第89話 終焉
「はぁ……はぁ……」
レイの息が上がる。
身体的疲労より。
精神的疲労の方が大きかった。
クロエの作戦。
あれは賭けだった。
一撃で仕留めなければ。
レイ以外。
全員死んでいた。
だが。
賭けには勝った。
そう思った。
その時だった。
「あぁぁぁぁぁ!!!」
「痛い痛い痛い!!!」
ネメシスの絶叫が響く。
レイが顔を上げる。
「まさか!?」
視線の先。
ネメシスは立っていた。
だが。
腹部が貫通している。
大量の血。
地面を赤く染めていた。
「腹部……!?」
レイが目を見開く。
そう。
レイは胸部目掛け光線を放った。
だが、ネメシスは。
光線が当たる直前。
重力を下向きへ変更していた。
ほんの一瞬。
その反応が。
心臓への直撃を避けた。
能力ランキング第6位。
伊達ではない。
しかし。
ネメシスの表情は苦痛に歪んでいた。
「くっ……」
腹を押さえる。
違和感があった。
傷が塞がらない。
血が止まらない。
そして。
理解する。
内臓が焼けている。
光線が通過した部分が。
完全に壊れていた。
重力で無理やり出血を抑える。
だが。
分かっていた。
もう助からない。
「くそ……」
ネメシスの顔が歪む。
死ぬ。
自分が。
こんな場所で。
こんな連中に。
その事実が許せなかった。
レイは右手を構える。
「まだ……」
「やれる……」
だが。
ネメシスが怒鳴った。
「殺してやるぞ!!」
「お前らぁぁぁぁ!!」
吐血。
それでも殺意だけは衰えない。
レイは歯を噛む。
ダメだ。
もう不意打ちは通じない。
今撃っても防がれる。
その時。
マッドたちが合流した。
クロエが言う。
「逃げるわよ」
レイが振り返る。
「でも!」
クロエが首を振る。
「あの傷なら」
「もうすぐ死ぬわ」
レイはネメシスを見る。
死にかけだが、凄まじい殺気を放っている。
クロエが続ける。
「私の隠れ家に……」
そこで。
力が抜けた。
クロエの身体が崩れる。
レイが支える。
「クロエ!」
レイが叫ぶ。
限界だった。
能力の使い過ぎ。
出血。
疲労。
全てが重なっていた。
まずい。
今誰か一人でも欠ければ。
追い付かれる。
レイが焦ったその時。
「そいつを貸せ」
男の声。
全員が振り向く。
そこにいたのは。
整った顔立ちの青年だった。
「誰ですか!?」
マッドが警戒する。
男は苛立ったように言う。
「いいから!」
「逃げるんだろ!!」
レイは一瞬だけ考えた。
敵か。
味方か。
分からない。
だが。
敵なら。
こんな場面で現れない。
そんな気がした。
ただの直感。
それでも。
レイはクロエを渡した。
「いいの!?」
フォーサが焦る。
レイは頷く。
「大丈夫」
男はクロエを抱える。
そして。
走った。
その瞬間。
全員が固まる。
速い。
速すぎる。
クロエを抱えているのに。
信じられない速度だった。
「はやっ!?」
マッドが叫ぶ。
男は振り返らない。
「置いてくぞ!!」
レイ達は慌てて追いかけた。
背後では。
「待てぇぇぇぇ!!!」
ネメシスの怒号が響く。
だが。
その声はどんどん遠ざかっていった。
◇
ネメシスは膝をついた。
「ぐふっ……」
血を吐く。
止まらない。
重力で抑えている。
それでも。
限界だった。
腹の中はぐちゃぐちゃだ。
助からない。
だが。
認めたくなかった。
その時。
ネメシスの表情が変わる。
「あいつは……」
思い出した。
先程の男。
能力ランキング第11位。
ディオン。
能力『無能力』
能力を持たない男。
能力者しか存在しないはずだった能力ランキングの。
ルールを変えた男。
純粋な身体能力だけで。
上位へ到達した化け物。
「チッ……」
今の自分では勝てない。
全快でも面倒な相手だ。
まして今は死にかけ。
ネメシスが倒れる。
そこへ。
足音が聞こえた。
テク。
テク。
「大丈夫?」
少女の声。
ネメシスが顔を上げる。
白いワンピース。
長い髪。
能力ランキング第5位。
ノアだった。
「遅い……」
ネメシスが吐き捨てる。
ノアは首を傾げた。
「私の能力で治してあげよっか?」
ネメシスの目が揺れる。
「治せるのか?」
能力ランキング第5位。
ノア。
能力『植物水遣』
植物へ水を与え。
自在に操る能力。
ノアは微笑んだ。
「治せるよ」
そう言って。
近くの木へ水を与える。
すると。
木々がうねる。
枝が動く。
ネメシスは眉をひそめた。
嫌な予感。
そして。
枝が。
腹部へ突き刺さった。
「おい……」
ネメシスの顔が歪む。
「なにを……」
グシャッ。
枝が体内へ侵入する。
内臓を突き破る。
骨を砕く。
「ぐわぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
絶叫。
枝は止まらない。
胸へ。
首へ。
腕へ。
脚へ。
全身を侵食する。
やがて。
ネメシスの口から。
枝が飛び出した。
「が……」
声にならない。
身体が変わっていく。
木へ。
意識だけが残る。
ノアは静かに見下ろしていた。
「私は植物の声が聞こえるの」
優しい声。
だが。
冷たい。
「植物たちが言ってた」
ノアは木になりつつあるネメシスを見る。
「あなたに仲間をいっぱい殺されたって」
ネメシスの瞳が揺れる。
最後に。
笑った。
苦しそうに。
自嘲するように。
「この……」
「外道どもが……」
それが。
最後の言葉だった。
ノアは振り返る。
そして。
その場を去った。
後には。
一本の木だけが残った。
能力ランキング第6位。
ネメシス。
能力『重力操作』
死亡。




