第71話 獄長室
結局。
レイはシルヴィアの質問へ曖昧に答えた。
自分が何者なのか。
なぜここへ来たのか。
本当のことは言えない。
シルヴィアも深く追及しなかった。
こうして。
お茶会は終わった。
◇
それから数日後。
アンが珍しく上機嫌だった。
「レイ!」
嬉しそうに駆け寄ってくる。
「私!」
「遂にモルド様に身を捧げる時が来たの!!」
レイの表情が固まる。
「え……?」
嫌な予感がした。
「まさか」
「行く気なの?」
アンは当然のように頷く。
レイは立ち上がる。
「ちょっと待って!」
アンが驚く。
「失敗したらどうなるか分かってるの!?」
仮にも。
数日間一緒に過ごした。
情が湧いていた。
だが。
アンの顔色が変わる。
「なに?」
冷たい声だった。
「もしかして嫉妬してるの?」
レイが言葉を失う。
「違う!」
思わず声が大きくなる。
「そんなわけ……」
すると。
アンが怒鳴った。
「ほっといて!!」
部屋が静まり返る。
アンは拳を握る。
「私にやっと来たチャンスなの!!」
目に涙が浮かぶ。
「私はね」
「生まれてから不細工で」
「スタイルも悪かった」
レイは黙る。
「頭も悪い」
「唯一好きになった男にも騙された」
「それでここに連れてこられたの!!」
涙がこぼれる。
「だから!!」
「もうこれが最後なの!!」
必死だった。
レイは何も言えない。
アンを止める言葉が見つからない。
静寂。
やがて。
アンが目を伏せる。
「……ごめん」
小さく謝った。
そして。
寂しそうに笑う。
「心配してくれてるんだよね」
レイは答えられない。
アンは続ける。
「でも私」
少し俯く。
「レイと違って」
「弱いから……」
違う。
レイは心の中で否定する。
自分も弱い。
ペーパーを失った。
アストラとクロエに正義を否定された。
何度も迷った。
何度も折れそうになった。
それでも。
マッドがいた。
フォーサがいた。
ミントがいた。
支えてくれる仲間がいた。
だから。
立っていられるだけだ。
レイは何も言えなかった。
何も。
アンは立ち上がる。
そして。
笑った。
「ありがとう、レイ」
その一言だけ残して。
部屋を出ていった。
アンは。
二度と戻ってこなかった。
◇
数日後。
レイは一人で掃除をしていた。
トイレ掃除。
床磨き。
いつもアンとやっていた仕事。
ふと。
アンの顔が浮かぶ。
少しだけ。
胸が痛くなった。
その時だった。
「なに浮かない顔してるの?」
聞き慣れた声。
レイが振り向く。
シルヴィアだった。
「ほっといて」
レイが冷たく答える。
シルヴィアは気にしない。
そして。
淡々と言った。
「モルド様からお声がかかったわ」
レイの手が止まる。
数秒。
固まる。
「私に?」
シルヴィアが頷く。
「なんで?」
一度断った。
それなのに。
なぜ。
シルヴィアは肩をすくめる。
「知らないわ」
少し不満そうだった。
「こんなこと初めてよ」
レイは黙る。
シルヴィアは続けた。
「とりあえず」
「今日の夜までにおめかしして」
振り返る。
それだけ言って去っていった。
レイはその場に立ち尽くす。
どうする。
殺すか?
いや。
相手は能力ランキング第9位。
能力『無傷』
方法がない。
思考が加速する。
考える。
考える。
考える。
だが。
何も思い付かない。
結局。
時間だけが過ぎていった。
◇
夜。
レイは鏡を見ていた。
慣れない服。
慣れない化粧。
自分ではないみたいだった。
レイは拳を握る。
絶対に生きて戻る。
そう心に決める。
やがて。
シルヴィアが迎えに来た。
二人は無言で歩く。
長い廊下。
階段を上る。
重い空気。
最上階。
そして。
一つの扉の前で止まった。
「ここよ」
シルヴィアが言う。
レイは扉を見る。
巨大な扉。
その向こうに。
能力ランキング第9位がいる。
シルヴィアが振り返る。
「後は一人で行きなさい」
そう言って去っていく。
レイは一人残された。
逃げるか?
一瞬考える。
だが。
首を振った。
ここで逃げれば。
何も変わらない。
それに。
マッドがいる。
レイは深呼吸した。
そして。
意を決して扉を開ける。
ギィ。
重い音。
広い部屋だった。
豪華な机。
豪華な椅子。
大きな窓。
そして。
窓の外を眺める男。
モルド。
「待っていた」
振り返らずに言う。
レイは警戒する。
「……私に何の用?」
モルドが小さく笑う。
そして。
ゆっくり振り返った。
「随分威勢がいいな」
穏やかな顔。
普通の青年。
だが。
次の瞬間。
レイの全身が凍った。
「第7位の妹」
戦慄が走る。
息が止まる。
なぜ。
それを知っている。
レイの動揺を見て。
モルドは笑った。
「色々話そうか」
不敵な笑みだった。




