第五話 泥
マッドは逃げていた。
能力『泥』
地面を泥に変える能力。
ただそれだけ。
戦闘向きではない。
「待て!!」
後ろから怒号が飛ぶ。
武器を持った男たちが追いかけてくる。
マッドは必死に能力を使った。
地面を泥に変える。
男たちの足が沈む。
だが。
距離は縮まる。
マッド自身が遅いからだ。
追いつかれる。
そう思った時。
前方に少女が見えた。
黄色い髪。
旅装束。
一人。
「助けてください!!」
マッドは少女にしがみついた。
少女……レイは面倒そうにマッドを見る。
身長の低い、丸眼鏡をかけた少年。
「何?」
「追われてるんです!」
「このままじゃ売られるんです!」
売られる。
レイの眉が動く。
すると。
追手が追いついた。
五人。
全員武器を持っている。
レイは目を細めた。
武器が小さく震えている。
能力か。
「あ?」
リーダーらしき男が睨む。
「なんだお前」
レイは答えない。
代わりにマッドを見る。
「説明して」
「は、はい!」
マッドは慌てて答えた。
「能力者売りです!」
「能力者を捕まえて売る連中です!」
レイは黙る。
そんな商売もあるのか。
この世界は本当に腐っている。
「お嬢ちゃん」
男が笑う。
「能力者か?」
「……いいえ?」
マッドの顔が絶望に染まる。
だが男は笑った。
「まぁいいさ」
「女は別ルートで高く売れる」
「最近胴元のお偉いさんが死んでな」
「バタバタしてるが、いい金にはなるだろ」
レイは聞いていた。
ただ静かに。
男たちは気付かない。
その目が少しずつ冷たくなっていることに。
「あなた」
レイがリーダーに聞く。
「ランキングに入ってる?」
男は鼻で笑った。
「あ?」
「まだだ」
「だがもうすぐ入る」
男が武器を掲げる。
小さく振動している。
「俺はウェイブ!」
「能力『振動』!」
「武器を振動させて威力を上げる!」
「もうすぐランキング入りさ!」
レイは少し考える。
入っていない。
ブラッドとは違う。
強者ではない。
殺す必要はないかもしれない。
そう思った。
だが。
男は続けた。
「女子供を売りまくって」
「名を世界に轟かせるんだ!」
母の顔が浮かぶ。
父の顔が浮かぶ。
ブラッドの顔が浮かぶ。
レイは小さく息を吐いた。
「……やっぱり駄目」
マッドが聞き返す。
「え?」
レイが振り向く。
「あなた」
「マッドです」
「……マッド」
「はい」
「今から見ること」
「誰にも言わないで」
マッドは何かを感じた。
本能が警告する。
目の前の少女は危険だと。
それでも。
黙って頷いた。
レイが前へ出る。
ウェイブが眉をひそめる。
異様な空気。
嫌な予感。
「おい、お前ら……」
言い終わらなかった。
光が走った。
ウェイブの胸に穴が開く。
「え……?」
血が溢れる。
崩れ落ちる。
残った四人が凍り付く。
何が起きたか分からない。
レイは無表情だった。
右手を向ける。
光。
一人。
また一人。
また一人。
心臓を貫かれる。
悲鳴すら上がらない。
全員が倒れた。
マッドは動けなかった。
五人。
一瞬だった。
レイは死体を見る。
そして。
右手を向ける。
光線。
何度も。
何度も。
何度も。
死体を消していく。
肉が消える。
骨が消える。
やがて何も残らなくなった。
風だけが吹く。
レイは振り返る。
「行こう」
「え……?」
「まだ追手が来るかもしれない」
マッドは震えていた。
目の前の少女が。
能力ランキング22位を殺したことなど。
まだ知る由もなかった。




