第168話 姉妹の涙
最後に。
クロエはその言葉に。
アストラの覚悟を感じた。
真剣だった。
逃げる気はない。
誤魔化す気もない。
全部話すつもりだ。
クロエは静かに座った。
アストラも座る。
二人が向かい合う。
アストラは。
以前セレスが座っていた椅子に。
クロエは。
以前アストラが座っていた椅子に。
皮肉だった。
静寂。
アストラが紅茶を見る。
湯気。
揺れていた。
ふと。
思い出す。
セレス。
狂人。
最低な女。
でも。
自分を強くした師匠。
その椅子に。
ランキング第4位として座っている。
不思議な気分だった。
アストラが口を開く。
「クロエ……ごめんなさい」
頭を下げた。
深く。
クロエは睨み続ける。
怒りは消えていない。
アストラが続ける。
「私はずっと」
「クロエが幸せだと思ってた」
小さく息を吐く。
「いや……願っていた」
本音だった。
「でも、あなたが影姫クロエとして」
「人を殺しているって聞いたの」
クロエは黙って聞いている。
「だからここで鍛えて」
「あなたを助けに来た」
全部話した。
だが。
クロエの表情は変わらない。
冷たい目。
クロエが言った。
「聞こえはいいけど」
静かな声。
だが鋭い。
「何か隠してることあるんじゃないの?」
アストラが止まる。
息を呑む。
痛いところだった。
逃げられない。
アストラが下を向く。
数秒。
そして。
覚悟を決めた。
顔を上げる。
「ある」
短く答える。
アストラが言った。
「私は」
「お父さんとお母さんを殺した」
静寂。
重い告白。
アストラはクロエの反応を見る。
だが。
クロエの表情は変わらなかった。
驚きもない。
怒りもない。
ただ。
静かだった。
クロエが言う。
「知ってる」
アストラが固まる。
「……え?」
クロエが俯く。
そして。
静かに言った。
「あの日」
「私も家にいたから」
アストラの思考が止まる。
クロエがいた?
あの日。
あの家に?
クロエが続ける。
「お父さんとお母さんを殺しに」
「あと……アス姉も」
アストラが目を見開く。
静寂。
アストラが息を呑む。
偶然だった。
あの日。
アストラが両親を殺した日。
クロエが家族を殺そうとした日。
重なっていた。
クロエは限界だった。
家族に捨てられた。
利用された。
人を殺し続けた。
毎日。
毎日。
血まみれの日々。
十一歳の少女に。
耐えられるはずがなかった。
だから決めた。
助けに来ない家族を殺すと。
影の中を移動して。
家へ向かった。
そこで見た。
アストラが。
両親を殺す姿を。
クロエの目から涙が落ちる。
「でもね」
声が震える。
クロエがアストラを見る。
真っ直ぐに。
涙で滲みながら。
「アス姉がお父さんとお母さんを殺す姿を見て」
クロエの唇が震える。
「生きる希望が湧いたの」
アストラが固まる。
クロエが叫ぶ。
感情が爆発した。
「すぐ!!」
涙が溢れる。
止まらない。
「助けに来てくれるって!!」
アストラの胸が締め付けられる。
クロエが泣き叫ぶ。
子供みたいに。
いや。
まだ子供だった。
十二歳の少女だった。
「でも来なかった!!」
「一年!!」
「なんで来てくれなかったの!!」
アストラが黙る。
何も言えない。
あの一年。
セレスとの地獄。
過酷だった。
死にかけた。
狂いかけた。
だが。
違った。
本当に苦しかったのは。
迎えが来ないクロエだった。
一人で。
誰も来ない日々。
絶望。
待つことすら。
苦しかったはずだ。
その時。
アストラの脳裏に。
セレスの言葉が蘇る。
「欲しかったおもちゃが」
「販売停止になって」
「また販売されるとなったら」
「欲しがるのは当然でしょ!?」
そうだ。
クロエは。
助けてほしかった。
でも。
諦めた。
全部。
だが。
アストラを見た。
自分のために。
両親を殺す姉を。
希望が生まれる。
すぐ助けてくれる。
そう思うのは当然だった。
アストラの目から涙が零れる。
止まらない。
「ごめん……」
震える声。
「ごめん……」
嗚咽。
「ごめん……クロエ……」
謝り続ける。
何度も。
何度も。
クロエも泣いていた。
姉妹。
幼い二人。
ずっと。
すれ違っていた。
それはあまりにも。
残酷だった。
二人の嗚咽だけが部屋に響く。
その時。
外から声が響いた。
「波動……爆砕!!」
アストラとクロエが目を見開く。
次の瞬間。
轟音。
世界が揺れる。
セレスの家が。
吹き飛んだ。
いや。
違う。
街ごと吹き飛んでいた。
全てが。
爆風に飲み込まれた。




