第164話 地獄の執行者
アストラは。
ドルガンを目の前にして。
固まっていた。
身体が動かない。
息をすることすら。
忘れそうになる。
圧倒的。
存在そのものが違った。
能力『地獄召喚』
意味が分からない。
自分の知る能力とは。
何もかもが違う。
ドルガンが口を開く。
低い声。
重い声。
「俺がなぜここにいるか」
「わかるよな?」
静寂。
アストラの喉が鳴る。
セレスが震えていた。
あの狂人が。
目玉を前に笑っていた女が。
恐怖で震えている。
セレスが叫ぶ。
「わ……私はやっていない!」
震える指で。
アストラを指差した。
「彼女がやったの!!」
アストラが目を見開く。
裏切り。
だが。
事実だった。
殺したのは自分だ。
ドルガンの視線が向く。
アストラへ。
その瞬間。
全身が凍る。
ドルガンが聞いた。
「本当か?」
圧が増す。
空気が重い。
嘘をつけば。
死ぬ。
ドルガンの目を見れば分かった。
アストラが答える。
「……はい、私です」
思わず敬語になっていた。
ドルガンが少し考える。
沈黙。
やがて口を開く。
「お前の意思でやったのか」
「セレスにやれと言われたのか」
「どっちだ?」
アストラが止まる。
理解した。
この質問。
どちらにも答えられる。
自分の意思でやった。
それも事実。
セレスにやれと言われた。
それも事実。
だからこそ。
この回答は。
命を決める。
セレスの命。
自分の命。
両方を。
もし。
自分の意思でやったと言えば。
セレスの生存確率は上がる。
だが。
自分は死ぬ可能性が高い。
逆に。
セレスに命じられたと言えば。
セレスは死ぬ。
自分は恐らく生きる。
静寂。
今までのことを思い出す。
セレスと過ごした一年を。
頬に傷をつけて褒められたときを。
アストラの拳が震える。
そして。
答えた。
「……やれと言われました」
セレスが固まる。
目を見開く。
数秒。
そして。
俯いた。
アストラは師匠より。
妹を選んだ。
ドルガンが笑った。
「決まりだな」
静かな声。
だが。
残酷だった。
ドルガンがセレスを見る。
「セレス」
「地獄を見せても」
「まだ懲りないのか」
セレスは黙る。
何も言えない。
ドルガンが続ける。
「最上位がこれでは」
「世界に示しがつかん」
絶対的な宣告。
そして。
言い放つ。
「故に次は」
「地獄を見せるのではなく」
「地獄へ落とす」
死刑宣告だった。
だが。
ドルガンが止まる。
視線がアストラへ向く。
「そうする気だったが」
セレスが顔を上げる。
ドルガンが言う。
「そこの女がいるから」
「能力はやめておこう」
セレスの目に。
わずかに光が戻る。
『能力無効』
ドルガンはアストラの詳しい能力を知らない。
アストラがいる限り。
召喚が邪魔をされる可能性がある。
まだ生き残れる可能性が……
だが。
ドルガンが不敵に笑う。
「だから」
「俺がやろう」
セレスの背筋が凍る。
本来なら。
神話の怪物の方が怖い。
サキュバスのような存在と。
戦う方が。
恐ろしい。
だが。
この男だけは違った。
神話を超える。
セレスがメイスを握る。
強く。
震えながら。
だが。
目に闘志が宿る。
叫ぶ。
「やってやるよ!!!」
能力発動。
『加速世界』
世界が変わる。
セレスだけが加速する。
世界がスローモーションになる。
風が止まる。
音が消える。
セレスが駆ける。
速い。
圧倒的。
一瞬でドルガンの懐へ。
そして。
全力で。
頭に向けて。
メイスを振り下ろす。
ガン!!
轟音。
だが。
セレスの目が見開かれる。
「え……」
メイスが。
割れていた。
粉々に。
ドルガンの頭は無傷。
傷一つない。
ドルガンが笑う。
しかも。
普通の速度で。
セレスの加速世界の中で。
普通に動いていた。
「なんで……」
セレスが呟いた。
その直後。
ドルガンの手が動く。
速い。
見えない。
アストラの目でも。
全く追えなかった。
次の瞬間。
セレスの首を掴んでいた。
持ち上げる。
片手で。
軽々と。
セレスの目が揺れる。
ドルガンの手に力が入る。
ミシッ。
嫌な音。
「や……」
握る。
メキッ。
ブチッ。
セレスの首が。
握り潰された。
血が飛ぶ。
セレスの身体が力なく落ちる。
ドサッ。
動かない。
静寂。
能力ランキング第4位。
セレス。
死亡。




