第163話 地獄の来訪
アストラは固まっていた。
思考が止まる。
今。
何を言われた。
アストラが震える声で言う。
「今なんて……」
セレスが微笑む。
いつも通り。
穏やかに。
もう一度言った。
「あなたの目が欲しいの」
静寂。
聞き間違いではなかった。
アストラの背筋が凍る。
セレスは嬉しそうに続ける。
「弟子の目って」
目が輝いていた。
狂気に。
「素敵じゃない?」
アストラが拳を握る。
いかれてる。
本当に。
最後まで。
この女は狂っている。
アストラの呼吸が荒くなる。
やるしかないのか。
ここで。
セレスを倒すか。
勝てるのか?
だが。
セレスが手を前に出した。
制するように。
「勘違いしないで」
静かな声。
「あなたの目を抉って」
「元に戻すの」
アストラが顔を歪める。
セレスは平然と言った。
静寂。
アストラが困惑する。
「何言ってるの……?」
セレスが説明を始める。
「世の中にはね」
「とんでもない能力者がたくさんいるの」
アストラは黙って聞く。
セレスが続ける。
「その中でも」
指を一本立てる。
「治癒系の最高峰」
「能力ランキング第14位」
「フィオナ」
「彼女なら一瞬であなたの目を治せるわ」
言葉の意味は分かった。
理解はできた。
だが。
理解しきれていなかった。
この女の。
異常さを。
セレスが微笑む。
「今のあなたなら」
「『能力無効』の解除もできる」
アストラが固まる。
そうか。
能力無効を解除できれば。
治癒能力も通る。
セレスが続ける。
「それで治癒も問題ないでしょ」
合理的だった。
恐ろしいほどに。
この女は。
自分の欲のために。
最も合理的な手段を選ぶ。
いつだって。
アストラが歯を食いしばる。
戦おうとしたが。
第4位セレスに勝てるわけがない。
やっと頬に傷をつけれるだけ。
クロエを助けるためなら。
ここで死ぬわけにはいかなかった。
アストラが小さく頷く。
「……分かった」
セレスが満足そうに笑った。
「いい子ね」
◇
セレスとアストラは出発した。
目的地は一つ。
フィオナの元。
静かな道を進む。
風が吹く。
その時だった。
ゾワッ。
悪寒。
アストラの全身に走る。
呼吸が止まりそうになる。
強烈な圧。
何か来る。
とんでもない何かが。
セレスも止まった。
顔色が変わる。
奥から。
巨大な影が飛んできた。
速い。
黒い翼。
空を裂く。
人型。
女。
露出の多い黒い服。
角。
尖った耳。
神話の怪物。
サキュバス。
アストラとセレスが固まる。
セレスの顔が青ざめる。
そして。
頭を抱えた。
「なんで……」
震える声。
いつもの余裕がない。
「なんで!!!」
叫ぶ。
取り乱していた。
アストラが驚く。
こんなセレスは初めてだった。
興奮じゃない。
狂気でもない。
恐怖。
それだけだった。
だが。
アストラが前へ出る。
レイピアを握る。
セレスが叫ぶ。
「やめなさい!」
「勝てる相手じゃ……」
その時。
セレスの言葉が止まる。
いや。
今のアストラなら。
可能性がある。
サキュバスが地面に降り立つ。
静かに。
妖艶な笑み。
アストラと対峙する。
静寂。
次の瞬間。
消えた。
超速。
サキュバスが攻撃を仕掛ける。
速い。
とんでもない。
だが。
アストラの瞳が捉える。
見える。
ギリギリ。
アストラが能力を発動する。
『能力無効』
次の瞬間。
サキュバスが消えた。
アストラが肩で息をする。
「はぁ……はぁ……」
「なによ、あれ……」
汗が流れる。
今の速度。
異常だった。
速すぎる。
だが。
見えた。
これまでの訓練のおかげで。
すると。
声が響く。
低く。
重い声。
「やるな」
アストラの背筋が凍る。
サキュバスの後ろから。
現れた。
大男。
圧が違う。
存在感だけで。
空気が重い。
人間じゃない。
そう思えるほどの。
化け物。
アストラが固まる。
「何……こいつ……」
声が震える。
セレスが低く言う。
絶望した顔で。
「能力ランキング第2位」
「ドルガン」
アストラの瞳が揺れる。
「能力」
「『地獄召喚』よ」




