第161話 能力無効
アストラはセレスの前に立っていた。
手には瓶。
中には。
目。
二つ。
男の目だった。
アストラが震える手で差し出す。
セレスが嬉しそうに受け取った。
瓶を掲げる。
光に透かすように。
じっと見る。
そして。
恍惚とした表情で呟いた。
「素敵ねぇ」
うっとりしていた。
セレスが目を細める。
「この目は」
「女を性としてしか見ていない目だわぁ」
アストラの顔が青ざめる。
吐きそうだった。
気持ち悪い。
本当に。
だが。
少しだけ。
ほんの少しだけ。
セレスの言っていることが分かってしまった。
目。
確かに違う。
男の目。
女の目。
善人の目。
悪人の目。
全部違う。
その違いを。
ほんの少しだけ感じてしまった。
アストラが自分に嫌悪する。
その時だった。
セレスが懐からもう一つ瓶を出した。
にこにこしている。
「これはなーんだ?」
アストラが瓶を見る。
中の目を見る。
どこかで見た。
この目。
見覚えがある。
まさか。
アストラの顔が引きつる。
「執事……」
セレスが満面の笑みを浮かべた。
「正解!!」
その瞬間。
アストラの限界が来た。
「おええぇぇぇ!!」
吐いた。
激しく。
胃の中のものを全部。
セレスがゲラゲラ笑う。
腹を抱えて。
本当に楽しそうに。
「いいわぁ!!」
「センスあるわよあなた!!」
アストラは吐き続ける。
気持ち悪い。
無理だ。
なぜ執事の目をセレスが?
いや。
そんなことを考える余裕すらなかった。
ただ。
気持ち悪い。
吐く。
吐く。
セレスは高らかに笑い続けた。
異様な光景だった。
狂人と。
吐き続ける少女。
◇
しばらくして。
アストラはようやく落ち着いた。
吐しゃ物も自分で掃除した。
静かな部屋。
二人は向かい合って座っていた。
紅茶。
湯気が立つ。
何事もなかったように。
セレスが紅茶を飲む。
優雅に。
アストラが疲れた顔で言った。
「あの場にいたのね」
セレスが微笑む。
「えぇ」
あっさり答える。
「この目が欲しくてねぇ」
そう。
セレスはアストラに罪を被せる形で。
執事の目を手に入れた。
瓶を愛おしそうに撫でる。
続ける。
「透視の能力の目」
目が輝く。
狂気だった。
「すごいでしょ?」
アストラは再び吐き気に襲われる。
口元を押さえる。
下を向いた。
その時だった。
ふと。
思い出した。
違和感。
アストラが顔を上げる。
「そういえば」
セレスが見る。
アストラが続けた。
「私のナイフは執事にバレなかった」
「なんでだろう」
その瞬間。
セレスが驚いた顔をした。
珍しい。
本当に驚いている。
「あら」
セレスが目を瞬かせる。
「あなた、自分の能力を知らないの?」
アストラが固まる。
自分の能力?
何を言っている。
自分には能力なんてない。
ずっとそう思っていた。
セレスが紅茶を置く。
静かに。
「まぁ」
「私との特訓じゃ役に立たなかったけど」
前置き。
アストラが息を呑む。
セレスが真っ直ぐ見る。
そして。
言った。
「あなたの能力は」
「『能力無効』よ」
アストラの思考が止まる。
頭の中で反響する。
『能力無効』
相手の能力を無効化する能力。
そんな能力が。
自分に?
アストラが呆然とする。
信じられない。
自分に能力なんてないと思っていた。
だから。
混乱した。
アストラが震える声で聞く。
「それは……」
「強いの?」
セレスが笑った。
優しく。
だが確信に満ちていた。
「えぇ」
迷いなく答える。
「あなたのその身体能力と合わされば」
「最上位も狙えるわよ」
静寂。
アストラが固まる。
最上位。
その言葉が重かった。
つまり。
それは。
国なんて楽々潰せる。
クロエを助けられる。
そういうことだ。
アストラの瞳が揺れる。
絶望しかなかった世界に。
初めて。
光が差した。
助けられる。
クロエを。
妹を。
アストラの顔が明るくなる。
希望だった。
アストラが小さく呟く。
「もう少し待っててね」
「クロエ」
静かな声。
だが。
強かった。
まっすぐだった。
アストラの目に。
確かな意志が宿っていた。




