第157話 加速する狂気
広大な芝の上。
風が吹いていた。
静かな空間。
そこに。
アストラとセレスがいた。
訓練が始まる。
セレスがメイスを肩に乗せる。
余裕の表情。
アストラはレイピアを握る。
息を整える。
静寂。
セレスが微笑む。
「行くわよ」
次の瞬間。
消えた。
アストラが目を見開く。
速い。
速すぎる。
セレスの能力。
『加速世界』
自分のみを加速させ。
世界を減速させる能力。
他人から見れば。
セレスがあり得ないほど速くなる。
セレスから見れば。
世界がスローモーションになる。
圧倒的。
能力ランキング第4位。
その理由だった。
アストラが目で追う。
前。
右。
左。
消える。
そして。
背後。
一瞬だった。
さっきまで目の前にいたはずのセレスが。
もう後ろにいる。
アストラが振り向く。
間に合わない。
だが。
セレスが目を細めた。
「あなたすごいわね」
少し驚いた顔。
「ちゃんと目で追い切れている」
そう。
アストラは見えていた。
セレスの動きが。
スローモーションの世界ですら。
その動きを捉えていた。
だが。
身体が追いつかない。
その瞬間。
ブンッ。
メイスが振られる。
ドゴッ。
「いたっ!!」
アストラの背中に直撃した。
衝撃。
息が止まる。
アストラが前へ吹き飛ぶ。
芝に倒れた。
痛い。
背中が焼けるように痛む。
セレスがメイスを軽く振る。
「これでも骨が折れない」
感心したように。
アストラを見る。
「あなた」
「素敵なギフテッドを持っているわね」
微笑む。
「産んでくれた親に感謝しなさい」
アストラが歯を食いしばる。
怒りが込み上げる。
親殺しのことは知っているにも関わらず。
それでも。
平然と言う。
この女は。
どこまでも。
いかれている。
だが。
強い。
圧倒的に。
アストラは立ち上がる。
まだ終われない。
クロエを救うため。
もっと強く。
もっと速く。
こうして。
アストラは訓練を続けた。
ひたすらに。
◇
季節が変わる頃。
アストラは別人になっていた。
速い。
もはや常人では。
アストラの動きは見えない。
剣技も磨かれた。
速さも増した。
だが。
それでも。
能力ランキング第4位。
セレスには届かない。
結局。
一撃も。
当てられなかった。
訓練後。
アストラが息を整えていた。
汗だく。
疲労困憊。
セレスが紅茶を飲んでいた。
優雅に。
そして。
静かに言う。
「さて、そろそろ」
カップを置く。
「収集に行ってもらおうかしら」
静寂。
アストラの表情が曇る。
収集。
つまり。
目。
猟奇殺人。
アストラは考える。
逃げるか。
この狂人から。
だが。
だめだ。
まだ強くなりきっていない。
この女を。
利用しなければならない。
アストラが聞く。
「もう少し待てないの?」
セレスが黙る。
数秒。
そして。
突然。
叫んだ。
「もう無理よ!!」
アストラがビクッとする。
セレスの顔が崩れていた。
狂気。
むき出し。
「本当はもう諦めていたの!!」
叫ぶ。
「ドルガンに殺されかけた日!!」
「地獄を見せられた日から!!」
声が震える。
だが。
止まらない。
「でも……」
呼吸が荒い。
そして。
アストラを見る。
瞳がギラつく。
「あなたが来た!!」
「アストラ!!」
指を差す。
「私の猟奇に付き合ってくれそうな!!」
「親殺しのあなたがね!!」
アストラが固まる。
セレスは止まらない。
「運命!!」
叫ぶ。
「欲しかったおもちゃが」
「販売停止になって」
「また販売されるとなったら」
よだれが垂れる。
口元から。
「欲しがるのは当然でしょ!?」
次の瞬間。
ゴン!!
セレスが自分の頭を壁に叩きつけた。
アストラが目を見開く。
ゴン!!
もう一度。
血が流れる。
額から。
赤い血。
「ぁぁぁぁ……」
恍惚。
「ついに」
またぶつける。
ゴン!!
「目がまた増えるぅぅぅ!!」
狂っていた。
完全に。
セレスはまだ叫ぶ。
「あなたのために我慢したの!!」
ゴン!!
「もう待てないぃぃぃ!!」
ゴン!!
ゴン!!
ぶつけ続ける。
壁が赤く染まる。
アストラが叫んだ。
「分かった!!」
「もうやめて!!」
静寂。
ピタッと止まった。
セレスの動きが。
完全に。
壁に額を当てて。
止まる。
沈黙。
そして。
セレスが。
首だけ。
ゆっくりこちらを向けた。
見つめてくる。
無言で。
怖い。
恐ろしい。
セレスがにっこり笑う。
そして。
急に真顔になった。
何事もなかったかのように。
椅子へ座る。
紅茶を飲む。
優雅に。
血を垂らしながら。
「じゃあよろしくね」
真顔。
静かな声。
やはりこいつは。
本当に狂っている。
たまに普通の師匠に見える時があるが。
本物だ。
もう後戻りはできない。
アストラは。
猟奇殺人を始めるしかなかった。




