第156話 狂人の師
アストラは目の前の棚を見ていた。
瓶。
無数。
その中には。
目。
人の目。
異様だった。
理解が追いつかない。
アストラが絞り出すように聞く。
「なんで……」
「なんで目を……」
静寂。
すると。
セレスの顔が急に明るくなった。
嬉しそうに。
目を輝かせる。
「私はね」
紅茶を置く。
そして。
アストラの顔の目の前に。
身を乗り出した。
「見られることで」
一拍。
満面の笑み。
「興奮するの!!」
アストラが固まる。
セレスは止まらない。
瓶の前に歩く。
「人の目というのは」
両手を広げる。
熱が入る。
「ただの眼球にあらず!」
「硝子体、角膜、瞳孔、水晶体、虹彩、毛様体、網膜、視神経」
「多くの組織で構築されている!!」
つばを飛ばしながら。
セレスは語る。
止まらない。
恍惚とした顔で言う。
「そして」
「その眼球は」
アストラを見つめる。
「その人を映し出す!」
セレスの目が怪しく光る。
「あなたの目を見れば」
「親を殺したことだってわかる」
「目というのは素晴らしいものなのよ!!」
静寂。
数秒後。
セレスは急に落ち着き、椅子に座り直す。
何事もなかったかのように。
紅茶を飲む。
優雅に。
静かに。
アストラは呆然としていた。
変貌が激しすぎる。
怖い。
本能が警告していた。
この女は危険だと。
セレスがカップを置く。
コトッ。
「ということで」
穏やかな声。
「あなたには目をたくさん集めてもらうわ」
アストラが眉をひそめる。
少し考えて。
聞いた。
「第4位なら」
「私がやる必要ある?」
セレスが微笑む。
「私がなぜ」
「こんな町に隠居しているか分かる?」
アストラは考える。
そして。
口を開いた。
「この趣味がバレたの?」
セレスがにっこり笑った。
「ご名答」
あっさり認める。
「第2位ドルガンにバレて」
少し肩をすくめる。
「殺されかけたの」
アストラが目を見開く。
ドルガン。
世界の支配者。
第4位でさえ。
萎縮する。
恐怖する。
セレスは紅茶を飲みながら続ける。
「もうやらないってことで」
「許してもらったけど」
軽い口調。
アストラが聞く。
「なら」
「バレたらまずいんじゃない?」
セレスが笑う。
穏やかに。
静かに。
「だからあなたにやってもらうの」
アストラが黙る。
セレスが指を立てる。
「私のことは」
「一切内緒でね」
静寂。
アストラは全てを理解した。
自分は。
この狂人の代わりに。
目を集める役目。
普通なら断る。
絶対に。
だが。
アストラの脳裏に浮かぶ。
クロエ。
妹。
一人で戦う妹。
助けたい。
守りたい。
そのためなら。
何だってやる。
アストラが拳を握る。
いかれた殺人鬼だろうが。
利用してやる。
アストラは頷いた。
セレスが嬉しそうに笑う。
「決まりね」
満足そうだった。
そして。
セレスが立ち上がる。
メイスを持つ。
アストラを見る。
「それじゃさっそく」
「あなたの武器は何がいい?」
そう言って。
壁際の棚を指さした。
大量の武器。
剣。
槍。
斧。
短剣。
鈍器。
何でもある。
アストラが歩く。
一つずつ見る。
両親を殺した時を思い出す。
傘。
持ちやすかった。
手に馴染んだ。
だが。
殺傷力が低かった。
なかなか死ななかった。
効率が悪い。
その時だった。
一本の剣が目に入る。
細い。
鋭い。
美しい剣。
レイピア。
アストラが手に取る。
軽い。
そして。
自分に合う。
「これ……」
セレスが近づく。
剣を見る。
そして笑う。
「いいじゃない」
頷く。
「女性らしいわ」
アストラがレイピアを握る。
しっくりきた。
手の一部みたいだった。
こうして。
セレスとアストラ。
狂人と少女。
最悪の師弟関係が始まった。
この出会いが。
やがて。
ディバイド誕生へと繋がっていく。




