第155話 狂気の蒐集家
国はアストラの起こした事件を隠した。
徹底的に。
理由は二つ。
一つ目。
大臣の妻の姉が起こした事件だから。
もし世間に知られれば。
国の信用は大きく揺らぐ。
大臣の面子も潰れる。
都合が悪い。
二つ目。
クロエに知られること。
それが最も困ることだった。
クロエは今や国にとって重要な存在。
影姫クロエ。
賞金首を狩る。
最強の兵器。
国を豊かにする。
金のなる木。
余計な情報を入れて。
心が揺らげば困る。
だから。
全て隠された。
兵士達にアストラを探させた。
だが。
大っぴらにはできない。
表向きには何も起きていないことになっている。
結果。
アストラを見つけ出すことはできなかった。
◇
アストラは生きていた。
事件が表に出なかったことで。
いつも通りだった。
橋の下。
路地裏。
酒場。
あらゆる場所で情報を集める。
欲しい情報は一つ。
クロエ。
妹の情報。
少しずつ分かってきた。
クロエは大臣の妻。
だが。
幸せに暮らしてはいなかった。
豪華な家。
金。
贅沢。
それは与えられていた。
だが。
代償があった。
賞金首狩り。
ひたすら殺す。
世界を飛び回る。
危険と隣り合わせ。
血まみれの日々。
しかも。
ずっと一人。
アストラが拳を握る。
震えていた。
怒りで。
悔しさで。
クロエ。
ずっと。
一人だったのか。
アストラの目が変わる。
決意。
私が。
クロエを助ける。
絶対に。
そのために。
強くなる。
誰よりも。
そして。
アストラはある人物の元へ向かった。
◇
遠い町。
静かな町だった。
人気は少ない。
風だけが吹いている。
町外れ。
古い家。
そこに。
一人の女性が住んでいた。
半隠居状態。
だが。
その名を知らぬ者はいない。
能力ランキング第4位。
セレス。
アストラは扉の前に立つ。
深呼吸。
そして。
扉を開けた。
ギィ。
中にいたのは。
三十歳ほどの女性。
長い髪。
落ち着いた顔。
静かな目。
だが。
異様な威圧感があった。
セレスがゆっくりアストラを見る。
「こんな町まで」
「何の用かしら」
その瞬間。
気付けば。
セレスの手には武器があった。
アストラが目を見開く。
速い。
全く見えなかった。
握られていたのは。
メイス。
金属製の頭部。
木製の柄。
鈍器。
重く。
殺傷力が高い武器。
セレスは構えない。
ただ持っているだけ。
それなのに。
今すぐ殺される。
アストラはそう確信した。
アストラが息を吸う。
そして言った。
「私を強くして」
セレスの目が細くなる。
アストラは続けた。
真っ直ぐに。
「国を潰せるくらいに」
静寂。
セレスが驚いた。
わずかに。
そして。
アストラを見る。
じっと。
目を見つめる。
沈黙。
長かった。
やがて。
セレスが口を開く。
「あなた」
「身内を殺したことがあるのね」
アストラが固まる。
見抜かれた。
一瞬で。
アストラは小さく頷く。
セレスの表情は変わらない。
「そう」
短く言う。
そして。
踵を返した。
「話を聞きましょう」
アストラは中へ入った。
◇
紅茶が置かれる。
湯気が立つ。
静かな部屋。
アストラは全て話した。
クロエのこと。
両親のこと。
国のこと。
自分が殺したこと。
全部。
何も隠さず。
セレスは黙って聞いていた。
一言も挟まない。
ただ聞く。
話し終える。
長い沈黙。
やがて。
セレスが紅茶を置いた。
カップの音が響く。
「あなたを強くすることはできるわ」
アストラの顔が明るくなる。
希望。
初めて見えた光。
だが。
セレスは続ける。
「でも」
一拍。
空気が変わる。
「条件があるわ」
アストラの顔が強張る。
条件。
何だ。
セレスが立ち上がる。
ゆっくり歩く。
部屋の奥へ。
壁一面。
巨大な布がかかっていた。
セレスが布を掴む。
そして。
引いた。
バサッ。
「な……」
アストラが息を呑む。
そこにあったのは。
棚。
巨大な棚。
何段もある。
だが。
並んでいたのは。
本ではない。
瓶。
無数。
異様だった。
そして。
瓶の中。
液体。
浮かんでいる。
目。
人の目。
無数の目。
何十。
何百。
こちらを見ているようだった。
アストラの呼吸が止まる。
セレスが静かに振り向く。
微笑んでいた。
「私の目の採集に協力して」
静かな声。
穏やかだった。
だからこそ。
恐ろしかった。
アストラは理解した。
自分は。
とんでもない場所へ。
足を踏み入れてしまった。




