第154話 姉の覚悟
アストラが十二歳になった。
クロエが連れて行かれてから。
二年。
その後。
クロエの情報は何も入っていない。
生きているのか。
元気なのか。
何も分からない。
アストラは自分に言い聞かせていた。
きっと幸せなんだ。
大臣の家。
裕福な暮らし。
危険なんてない。
そう思わなければ。
耐えられなかった。
だが。
アストラは変わっていた。
グレていた。
クロエがいなくなってから。
日常はつまらなくなった。
笑わなくなった。
怒ることも減った。
何も楽しくない。
アストラには。
有り余る体力があった。
圧倒的な速さ。
行き場のない力。
だから。
悪い連中とつるむようになった。
喧嘩。
悪さ。
毎日くだらないことばかり。
両親は何も言わなかった。
興味がなかった。
クロエが大臣の妻になったことで。
満足していた。
アストラのことなど。
もうどうでもよかった。
毎日豪遊。
酒。
贅沢。
笑い声。
最低だった。
そんなある日。
大雨。
ザーザーと雨が降る。
橋の下。
アストラはいつもの悪い仲間と集まっていた。
濡れた地面。
重い空気。
その時。
一人の男が口を開いた。
「なぁ」
全員が男を見る。
男がニヤつく。
「最近、国が豊かな理由知ってるか?」
静寂。
誰も答えない。
男が続ける。
「それはな……」
「賞金首を大量に殺してるかららしい」
全員が驚いた。
アストラが眉をひそめる。
「うちの国ってそんなに強かったっけ?」
男が笑う。
「最近すげぇ能力者がいるんだとよ」
アストラの目が細くなる。
嫌な予感。
男が続けた。
「なんでも」
「影から手が出て」
「首を折るんだとか」
その瞬間。
アストラの身体が止まった。
心臓が跳ねる。
まさか。
そんなはず。
アストラが男の肩を掴んだ。
強く。
「それってどんな人!?」
男が焦る。
「し、知らねぇよ!!」
肩を引こうとする。
だが。
アストラは離さない。
男が慌てて言う。
「でも名前は聞いた!」
アストラが止まる。
呼吸が荒い。
男が言った。
「影姫クロエ」
静寂。
雨音だけが響く。
アストラの瞳が揺れた。
◇
アストラは走った。
全力で。
家へ。
傘を持ったまま。
差さずに。
大雨の中を。
びしょ濡れになりながら。
ただ走る。
速い。
誰よりも速く。
家に飛び込む。
扉を乱暴に開けた。
バン!!
中には。
両親。
豪華な料理。
酒。
笑顔。
最低な光景。
アストラが叫ぶ。
「クロエが……」
「クロエが賞金首殺しをさせられてる!!」
息が荒い。
震えていた。
だが。
両親は動じない。
母が微笑む。
「活躍しているのね、クロエ」
父も笑う。
嬉しそうに。
「賞金首を殺すなんて素晴らしい!」
酒を飲む。
「能力ランキング入り間違いないな!!」
静寂。
そして二人は再び食事にありつく。
アストラが固まった。
理解した。
この二人にとって。
クロエは娘じゃない。
人間じゃない。
物。
道具。
自分達の自由のため。
自分達の名声のため。
使うための存在。
アストラの手が震える。
クロエ。
大切な妹。
その妹が。
人殺しの道具にされている。
アストラが傘を握る。
強く。
強く。
手が白くなる。
両親を見る。
もう。
親には見えなかった。
アストラの瞳から感情が消える。
いや。
違う。
感情はあった。
怒り。
殺意。
全てが燃えていた。
こいつらは。
こいつらは。
こいつらは……!!
両親の影が揺れた。
◇
その夜。
国に衝撃が走った。
大臣の妻の。
両親が殺された。
自宅で。
惨殺。
犯人は。
娘。
いや。
正確には。
大臣の妻の姉。
アストラ。
能力なし。
十二歳。
現在。
逃走中。




