第153話 姉妹の始まり
レイ達が去った後。
大広間には静寂が戻っていた。
広い空間。
残されたのは。
クロエ。
ディオン。
スライム。
そして。
ドルガン。
クロエが静かにドルガンを見る。
聞かなければならなかった。
「レイが必要なことは分かったわ」
静かな声。
「でも」
目を細める。
「私はどうするの?」
静寂。
ドルガンが答える。
「お前の死は」
「レイに悪影響を与える可能性がある」
クロエが黙る。
ドルガンは続けた。
「だから生かす」
それだけだった。
情もない。
優しさもない。
ただ。
合理的。
徹底的に。
合理だけで動いていた。
ドルガンはそのまま歩き出す。
重い足音。
そして。
去っていった。
静寂。
ディオンがクロエを見る。
「アストラは無事か?」
クロエは少しだけ目を伏せた。
だが。
すぐに顔を上げる。
「きっと無事よ」
短く答える。
そして。
小さく笑った。
「アス姉は私と違って」
「最強だから」
◇
アストラは走っていた。
ドルガンの城へ。
全力で。
クロエの情報が入った。
ディオンとヴェルナの大戦争。
クロエがそこにいたと。
そしてクロエがいる場所は。
ドルガン。
能力ランキング第2位。
彼の元。
顔に余裕はない。
普段の軽さも。
笑顔もない。
ただ。
焦っていた。
あの男は危険だ。
異常。
常軌を逸した存在。
アストラが唇を噛む。
「クロエ……」
妹の名を呟く。
その時。
過去が蘇る。
昔。
まだ何もなかった頃。
ディバイド結成よりずっと前。
一般家庭の普通の姉妹のときを。
◇
アストラとクロエは年子だった。
アストラが姉。
クロエが妹。
小さな頃から。
ずっと一緒だった。
クロエは特別だった。
生まれてすぐ。
能力を発現した。
異例だった。
誰もが驚いた。
アストラも驚いた。
そして。
嬉しかった。
クロエはすごかった。
影を操る。
自由自在に。
人の影から手を出す。
影が生き物みたいに動く。
アストラは目を輝かせた。
すごい。
すごい。
私の妹。
誇らしかった。
一方で。
アストラには何もなかった。
能力なし。
普通。
……のはずだった。
だが。
彼女には才能があった。
速さ。
異常だった。
能力もないのに。
圧倒的に速い。
同年代の子供など。
話にならない。
大人すら全く追いつけない。
その速さは。
能力者に匹敵した。
だが。
アストラにとっては。
どうでもよかった。
能力なんて。
速さなんて。
関係ない。
ただ。
クロエと一緒にいられれば。
それでよかった。
◇
アストラが十歳。
クロエが九歳。
その時だった。
事件が起きた。
突然。
両親からクロエが結婚すると言われた。
意味が分からなかった。
アストラの頭が止まる。
結婚?
クロエが?
九歳で?
母が嬉しそうに言った。
「クロエ、よかったわね!」
満面の笑み。
クロエは俯いていた。
何も言わない。
アストラが叫ぶ。
「結婚ってなに!?」
「誰と!?」
混乱していた。
父が笑う。
誇らしげに。
「この国の大臣だ!」
胸を張る。
「すごい人だぞ!!」
アストラの目が揺れる。
意味が分からない。
なぜ。
クロエなんだ。
アストラの疑問を見て。
父が答えた。
笑顔で。
「クロエの能力が認められたんだ!」
アストラが固まる。
父は続ける。
「将来能力ランキング入りは間違いない!!」
嬉しそうだった。
誇らしそうだった。
能力。
能力。
能力。
そればかりだった。
アストラがクロエを見る。
「クロエ」
「それでいいの?」
クロエがゆっくり顔を上げる。
アストラを見る。
そして。
小さく笑った。
無理やり。
笑顔を作って。
「うん」
短い返事。
その笑顔を見た瞬間。
アストラは理解した。
違う。
クロエは。
全然よくない。
助けを求めていた。
だが。
何もできなかった。
クロエは。
そのまま。
連れて行かれた。




