『昼休み』
模擬戦闘の授業も終わり
昼休みを告げるチャイムが校舎へ響く。
同時に、張り詰めていた空気が一気に緩んだ。
訓練終わりの生徒たちが教室や食堂へ向かっていく。
「はぁ……疲れたぁ……」
紅音が小さく伸びをした。
戦闘中とは違い、完全に普段の空気だ。
「お前でも疲れるんだな」
「今日はオーガが現れちゃったからね」
「まあ、それはそうか」
俺も軽く肩を回す。
模擬戦自体はそこまで疲れていない。
だが、人に見られる環境で動くのは普通に気疲れする。
「それで、お兄ちゃん」
紅音がこちらを見る。
「今日はどうする?」
「どうするって?」
「お昼ご飯」
「あー……」
食堂は混む。
購買は戦争。
正直、教室で適当に食べたい。
「購買でパンでも――」
「はい」
俺が言い切る前に、紅音が小さな弁当袋を差し出してきた。
「……今日も作ってきたのか」
「栄養偏るから」
「購買でいいんだけど」
「ダ~メ」
即答だった。
「はいはい」
受け取ると、紅音が少し満足そうに笑う。
その時だった。
「……お前ら、やっぱ付き合ってね?」
後ろから呆れた声が飛んできた。
振り返ると、購買帰りらしい九条が立っていた。
両手には大量のパン。
「双子だって言ってるだろ」
「いや距離感がおかしいんだよ!」
「そうか?」
「そうだよ!」
なぜか全力で否定された。
紅音は少しだけ得意そうだった。
「ほら九条くん」
「ん?」
「お兄ちゃん、ちゃんとお弁当受け取ってくれた」
「そこ報告すること!?」
騒がしい。
だが、九条のおかげで妙に場が明るくなるのも事実だった。
「つーか、もう噂になってるぞ」
「噂?」
「一年の模擬戦でオーガ出たって」
やっぱりか。
しかも、
「紅音が倒したって話と、“謎の指揮役がいた”って話まで広がってる」
「……嫌な予感しかしない」
「大丈夫大丈夫。今のところ名前までは広がってねぇから」
逆に時間の問題じゃないか?
「まあでも」
九条が少し真面目な顔になる。
「あの状況で冷静だったの、普通に助かった」
「そうか?」
「そうだよ。俺だけだったら普通に突っ込んでた」
「それは知ってる」
「否定しろよ!」
紅音が吹き出した。
その時。
廊下の奥がざわつき始める。
「……?」
周囲の生徒たちが道を開けていた。
まるで有名人でも来たみたいな反応。
そして。
「紅音さん!」
男子生徒がこちらへ駆け寄ってきた。
制服を見る限り、二年生だ。
「今日の模擬戦見てました! すごかったです!」
「え、あ、ありがとうございます……?」
「もしよかったら今度――」
「ごめんなさい」
即答だった。
可哀想な…。
二年生が固まる。
紅音は平然と続けた。
「お兄ちゃんとお昼食べるので」
「……え?」
なぜ俺を見る。
周囲の空気が変わった。
「お兄ちゃん?」
「兄?」
「紫乃宮って、あの落ちこぼれの?」
聞こえてる聞こえてる。
「……お前、結構有名なんだな」
九条が笑いながら言った。
「ありがたくない方向でな」
一方で、二年生は信じられないものを見る顔をしていた。
まあ無理もない。
学年上位の紅音と、
落ちこぼれ扱いの俺。
普通なら接点が薄そうに見える。
「じゃ、行こっか」
紅音は周囲など気にせず歩き出す。
その後ろをついていきながら、俺は小さく息を吐いた。
……静かな学園生活。
本当に遠ざかってる気がする。
「いやぁ、お前苦労してんな……」
九条がしみじみと言った。
「他人事だと思って」
「実際他人事だし」
こいつ、わりと遠慮がない。
そんな話をしながら、俺たちは校舎裏の中庭へ向かっていた。
中央探索学園の中でも比較的人が少ない場所だ。
木陰とベンチが並び、昼休みには休憩場所として使われている。
「ここなら静かでいいか」
「うん」
紅音が嬉しそうに頷く。
ベンチへ座ると、すぐに弁当箱を開き始めた。
妙に手際がいい。
「……相変わらず準備早いな」
「お兄ちゃん遅いから」
「そんなことないだろ」
「あるよ」
即答だった。
今日も反論権がない。
弁当箱の蓋が開く。
綺麗に並んだ卵焼き。
照り焼き。
野菜。
色合いまでしっかりしていた。
「普通に美味そう」
九条が横から覗き込む。
「そうでしょ?」
紅音が得意げに答えた。
「お兄ちゃんの栄養管理はしっかりしないとね」
「お前ら兄妹の関係か?」
「何度も言うけど兄妹で双子だ」
九条が本気で悔しそうだった。
紅音は少し照れたように視線を逸らす。
「……別に普通だよ」
「いや絶対普通じゃねぇって」
「九条くん、うるさい」
「理不尽!?」
騒がしい。
だが不思議と嫌じゃなかった。
その時。
「見つけたぞ、紫乃宮深樹」
聞き覚えのある低い声が響く。
嫌な予感しかしない。
振り返ると、そこには篠崎教官が立っていた。
「……なんでいるんですか」
「教師が校内歩いて何が悪い」
「正論やめてください」
篠崎教官はそのままこちらへ近づいてくる。
そして俺の前で止まった。
「少し話したいことがある」
「断ったら?」
「聞くだけ聞け」
強い。
この人、わりと強引だ。
「お前、本当に支援型か?」
単刀直入だった。
九条が「うわぁ……」みたいな顔をする。
紅音は静かに俺を見ていた。
「支援型ですよ」
「オーガ戦で一度も視線がブレていなかった」
「たまたまです」
「“たまたま”が多すぎる」
ごもっともである。
だが、ここで認めるわけにもいかない。
「深樹」
篠崎教官の目が細くなる。
「お前、実戦経験があるな?」
一瞬だけ空気が変わった。
九条も紅音も黙る。
俺は少しだけ視線を逸らした。
「……どうでしょうね」
「否定しないのか」
「ご想像にお任せします」
すると篠崎教官は小さく笑った。
初めて見る表情だった。
「ますます厄介だな、お前」
「褒め言葉として受け取っときます」
「褒めてない」
即否定。
だが、その時だった。
ピロン、と端末が鳴る。
全員の学生端末へ同時通知。
「……?」
紅音が端末を開く。
次の瞬間、その表情が少し変わった。
「……特別実技試験?」
九条も端末を見る。
「は? 早くね?」
俺も通知を確認する。
────────────────
【特別実技試験 開催通知】
対象:
一年生上位成績者および
教官推薦対象者
三日後、
合同ダンジョン実習を実施します。
────────────────
嫌な予感しかしなかった。
そして。
通知の最後に表示された名前を見て、俺は静かに頭を抱える。
────────────────
【教官推薦対象者】
紫乃宮 深樹
────────────────
「……終わった」
思わず本音が漏れた。
隣で、紅音が楽しそうに笑った。
「ふふっ」
紅音が隠しきれない様子で笑う。
「よかったね、お兄ちゃん」
「全然よくない」
「教官推薦だよ?」
「だから嫌なんだよ……」
目立つ。
とにかく目立つ。
俺の理想の学園生活からどんどん離れていく。
「いや待て待て待て」
九条が通知を何度も見返していた。
「なんで深樹が推薦枠なんだよ!?」
「俺が聞きたい」
「普通こういうのって上位成績者だろ!? お前総合Cじゃなかったか!?」
「そうだな」
「なのに推薦されてんの意味分かんねぇ!」
かなり納得いっていないらしい。
まあ、周囲から見れば当然だ。
総合評価Cの支援型。
しかも撃破数ゼロ。
そんな生徒が特別試験へ呼ばれるなんて異例すぎる。
一方で篠崎教官は腕を組みながら平然としていた。
「こちらとしても興味があってな」
「嫌な言い方するのやめてもらっていいですか」
「実際、お前は普通じゃない」
即答だった。
「……普通ですよ」
「その台詞で誤魔化せると思うな」
この人、本当に勘が鋭い。
「合同ダンジョン実習って、どこまでやるんですか?」
紅音が真面目な顔で尋ねる。
「一年用中層ダンジョンだ」
篠崎教官が答える。
「本来は二学期以降の内容だが、今回は模擬戦の件もある。実戦適性を見る」
「中層って結構危なくないか?」
九条が眉をひそめた。
「当然リスクはある。だからこその“特別試験”だ」
中央探索学園は実戦主義。
安全な訓練だけでは終わらない。
成績優秀者は早い段階で実地経験を積まされる。
「……面倒だな」
「そこは普通、“頑張ります”じゃねぇの!?」
「頑張りたくない」
「お前ほんとなんなんだよ……」
九条が頭を抱える。
すると篠崎教官が小さく笑った。
「だが、安心しろ」
「?」
「今回の試験、チーム形式だ」
その瞬間。
なんとなく嫌な予感がした。
「推薦対象者は、こちらでチーム編成を行う」
「へぇ」
「すでに編成は決めてある」
篠崎教官が端末を操作する。
次の瞬間、全員の端末へ新たなデータが表示された。
────────────────
【合同ダンジョン実習 編成】
前衛:
九条 隼人
紫乃宮 紅音
支援・指揮:
紫乃宮 深樹
────────────────
「やっぱりかぁ!!」
「やったぁぁ!!」
九条と紅音が叫んだ。
「いやなんで紅音まで嬉しそうなんだよ!?」
「知らん」
「お兄ちゃん、諦めよう?」
紅音が完全に楽しんでいる。
「……変更申請は?」
「却下だ」
篠崎教官が即答した。
早い。
食い気味だった。
「お前たちの連携は想像以上に良かった。特に紫乃宮深樹」
「はい」
「お前の指揮能力は実戦で確認する価値がある」
「買い被りです」
「それを決めるのは俺たちだ」
逃げ道がない。
俺は小さく空を見上げた。
青空がやけに眩しい。
「……静かに過ごしたかったなぁ」
「無理だと思うよ?」
紅音が即答する。
九条も苦笑していた。
「まあでも、ちょっと楽しみかもな」
「お前は楽しそうだな」
「そりゃな。今度はもっとちゃんと戦えるだろ?」
その目には期待があった。
最初の軽視はもうない。
完全に“仲間を見る目”になっている。
「……ほどほどにな」
「それ絶対本気出さねぇやつじゃん」
九条が呆れたように笑う。
そんなやり取りを見ながら、篠崎教官は静かに目を細めていた。
まるで、
何かを確かめるように。
その視線に気づきながらも、俺はあえて何も言わなかった。
「まあ、詳細は明日の放課後で説明する」
篠崎教官が踵を返す。
「今日はしっかり休め。中層は模擬戦とは違う」
「了解です」
紅音と九条が返事をする。
俺は適当に会釈だけした。
そのまま篠崎教官は去っていく。
だが最後に一度だけ。
ちらりとこちらを見た。
……やっぱり完全に疑われてるな。
「お兄ちゃん」
「ん?」
「どうするの?」
「どうするも何も、行くしかないだろ」
「珍しく諦め早いね」
「断れそうにないし」
教官推薦なんてものを出された時点で逃げ道がない。
中央探索学園は、実力を見込まれた生徒ほど半強制的に前線へ引っ張り出される。
実に嫌な校風だ。
「でも中層かぁ……」
九条が少し真面目な顔になる。
「ゴブリンだけじゃ済まねぇよな」
「当然」
紅音が頷く。
「ウルフ系とか、オーク系も出ると思う」
「一年でやる内容じゃねぇ……」
とは言うが、九条の表情はどこか楽しそうだった。
戦闘狂というほどじゃないが、強敵との戦いを嫌うタイプではないらしい。
「九条くん、絶対ワクワクしてるでしょ」
「ちょっとだけな」
「正直だな」
「お前に言われたくねぇ」
九条が即座に返す。
「深樹、お前さっきから全然緊張感ないし」
「まあ中層くらいなら」
そこまで危険では――。
……いや、普通の一年基準なら危険か。
「その反応なんなんだよほんと……」
九条が引き気味に言う。
紅音だけは小さく笑っていた。
昔から知っている。
俺が本当に危険だと思っている時と、
そうじゃない時の違いを。
「でも」
紅音がふと真面目な顔になる。
「無茶はしないでね、お兄ちゃん」
「しないしない」
「その言い方信用できないなぁ〜」
「心外だな」
すると九条が不思議そうに首を傾げた。
「紅音ってさ」
「?」
「深樹のこと、妙に信頼してるよな」
一瞬だけ空気が止まる。
だが紅音は迷わなかった。
「当然だよ」
即答だった。
「お兄ちゃんは強いもん」
「……」
九条が黙る。
俺は軽くため息を吐いた。
「誤解を招く言い方するな」
「誤解じゃないもん!」
「はいはい」
「そうやってまた……」
少し不満そうだ。
その時、再びチャイムが鳴り響く。
昼休み終了五分前。
「そろそろ戻るか」
「だな」
九条が立ち上がる。
紅音も弁当箱を片付け始めた。
その途中。
ふと、紅音の動きが止まる。
「……お兄ちゃん」
「ん?」
「また、無理して隠しすぎないでね」
小さな声だった。
だが、その言葉だけ妙に真剣だった。
九条は聞こえていなかったのか、先に歩き始めている。
俺は少しだけ目を細めた。
「……別に無理してない」
「嘘」
即答。
「昔からそういう時、そういう顔する」
「そんな顔してるか?」
「してる」
紅音はまっすぐ俺を見る。
昔から変わらない目だった。
全部知っている目。
だからこそ、誤魔化しきれない。
「……分かったよ」
俺がそう言うと、紅音はようやく少しだけ笑った。
「うん。それならいい」




