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『妹だけが俺の強さを知っている』  作者: ミキ


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戦術授業3

 昼休みが終わる。


 校舎に鳴り響く予鈴。


 さっきまで賑やかだった廊下を、生徒達が次々と教室へ戻っていく。


 深樹も中庭を後にし、教室へ戻っていた。


 ガラッ――


 扉を開ける。


 教室の中はまだ少し騒がしい。


「マジで購買戦争だった……」


「パン全部消えてたんだけど」


「だから早く行こうって言ったのにー」


 そんな会話が飛び交う。


 深樹は自分の席へ座った。


 窓の外を見る。


 でも頭の中に残っていたのは、さっきの通知だった。


(……天音蒼真)


 若手探索者ランキング急上昇。


 単独踏破記録多数。


 そして合同任務参加。


 今日転校してきたばかりのクラスメイト。


 でも、ただの学生とは思えない空気があった。


 授業中の反応。


 戦術映像を見ていた時の視線。


 経験者特有の理解の速さ。


(……いや)


 そこまではいい。


 問題はその後だった。


 探索者登録名。


 学校とは別に使っている名前。


 協会側ではそちらで管理されている。


(もし探索者名義で見られたら……)


 深樹は小さく眉を寄せた。


 合同任務。


 臨時編成。


 現場判断。


 条件が揃えば、接点ができる可能性はある。


 そして何となく。


 今日の授業内容が頭をよぎる。


 指揮役。


 索敵。


 視界。


 違和感。


(……考えすぎか)


 そう結論づけた時だった。


 ガラッ――


 教室の扉が開く。


「はい席着いてー」


 神崎教官だった。


 紙コップ片手。


 相変わらず気の抜けた空気。


 でも教室はすぐ静かになる。


「午後は実戦形式」


 一瞬。


「映像だけど」


 モニターが起動する。


 映し出されたのは訓練用ダンジョン。


 そして探索装備を着た生徒達。


「これ別クラス」


 神崎が教卓へ寄りかかる。


「二年先輩」


 画面の中では五人パーティが通路を進んでいた。


 前衛二人。


 中衛一人。


 後衛二人。


 隊列も綺麗。


「今日はこれ見ながら」


 神崎がモニターを指差す。


「どうやって指揮してるか」


「何を見てるか」


「どこで判断してるか」


「そこ確認する」


 映像が動き出す。


 先頭の探索者が足を止めた。


『前方反応あり』


 後ろの一人が前へ出る。


『距離十五。通路狭いです』


『後衛、射線注意』


 深樹は自然と画面へ視線を向けていた。


 指示。


 距離確認。


 役割分担。


 昼休みに見た通知と繋がる。


 特に最後。


 “指揮役”。


 神崎が画面を止めた。


「今誰が一番重要だった?」


 教室が少し静まる。


 数人が悩む。


 その中で。


「後ろの索敵役」


 蒼真が答えた。


 教室の視線が集まる。


 蒼真はいつもの軽い雰囲気のまま続けた。


「前衛が戦いやすい距離を維持してるし、後衛の射線も管理してる」


「敵だけじゃなくて味方の位置も見てるから、多分この人が崩れると全体がズレる」


 一瞬静かになる。


 神崎は小さく頷いた。


「正解」


 そして。


「よく見えてる」


 その言葉に、深樹は少しだけ視線を細めた。


(……やっぱり経験者か)


 ただ映像を見ているだけじゃない。


 実際に潜ってきた人間の見方だった。


 モニターの映像が再開される。


 狭い通路。


 薄暗い視界。


 先頭の前衛が盾を構えたままゆっくり進む。


『左角注意』


『了解』


 指示と同時。


 後衛が位置をずらす。


 射線確保。


 前衛と重ならない位置取り。


 そのまま敵が出現。


『接敵!』


 前衛が一歩前へ出る。


 だが同時に。


『右後方反応!』


 後ろの索敵役が声を上げた。


 画面の端。


 別通路から魔物が現れる。


「うわっ」


「挟み撃ち?」


 教室が少しざわつく。


 だけど映像のパーティは崩れない。


『前衛一、そのまま前維持!』


『後衛左寄せ!』


『中衛、右処理補助!』


 指示が飛ぶ。


 全員の動きが噛み合う。


 誰も迷わない。


 神崎がそこで映像を止めた。


「今の判断」


 一瞬。


「何が良かったと思う?」


 教室が静かになる。


 すると白鳥が手を挙げた。


「前衛を無理に戻さなかった所、だと思います」


「ほう」


 神崎が続きを促す。


「前の敵に対応していた前衛を戻すと、通路が崩れて正面も危険になります」


「だから後衛と中衛で時間を作って、その間に前衛を維持したんだと思います」


 神崎は小さく頷いた。


「そう」


「前衛って簡単に下げない方がいい」


「狭い場所は特に」


「一人崩れるだけで全員巻き込まれる」


 そして後方を指差す。


「その上で後衛と中衛が時間作った」


「だから立て直せた」


 深樹は画面を見る。


 確かにそうだった。


「戦闘って」


 神崎が紙コップを揺らしながら言う。


「敵倒すだけじゃない」


「どれだけ崩れないか」


「そっちの方が大事」


 その時。


「あと多分」


 蒼真が口を開く。


「最初に右後方へ気付けたの、索敵役が前見すぎてなかったからだと思う」


 一瞬。


「前だけ見てると、普通に挟まれる」


 軽い口調。


 だけど妙に実感がこもっていた。


 神崎は少しだけ笑う。


「……経験ある?」


「ありますね」


 蒼真も笑った。


「一回それで全滅しかけました」


「おい怖いこと言うな!」


 教室に笑いが起きる。


 でも深樹だけは少し考えていた。


(全滅しかけた、か)


 言い方が妙に自然だった。


 実際に経験した人間の言葉。


 そして。


 あの視線。


 昼休みの通知。


 探索者としての蒼真。


 少しずつ。


 “クラスメイト”という印象が変わり始めていた。


 神崎は再び映像を切り替える。


 今度は広めの空間だった。


 円形の部屋。


 柱が複数。


 遮蔽物あり。


 そして敵反応も多い。


「これ難易度ちょい上」


「さっきと違って見える場所多い」


「だから逆に危ない」


 映像の中では、パーティが部屋へ入っていく。


 その瞬間。


『三方向反応!』


 敵出現。


 左。


 正面。


 さらに右後方。


「うわ多っ」


「これ無理じゃない?」


 教室から声が上がる。


 だが映像の中では。


『右無視!』


『正面突破優先!』


 即座に指示が飛んだ。


 深樹の視線が止まる。


(……無視した?)


 映像では前衛が正面へ突っ込む。


 そして柱を利用して位置を変えた。


『柱裏使え!』


『後衛下がるな!』


 敵同士の進行方向がぶつかる。


 結果。


 三方向から来ていた敵が、一方向へ圧縮された。


「……あ」


 誰かが声を漏らす。


 神崎はそこで映像を止めた。


「今の大事」


「囲まれそうになった時」


「全部対応しようとすると崩れる」


「だから優先順位決める」


 神崎は柱を指差す。


「今のは地形使って敵のルート制限した」


「結果、一方向だけ見れば良くなった」


 教室が静かに聞いている。


「戦闘中に全部完璧は無理」


「だから“捨てる判断”も必要」


 その言葉に深樹は少し目を細めた。


(……捨てる判断)


 敵を全部見るんじゃない。


 見なくていい状況を作る。


 その時。


「でもこれ」


 白鳥が小さく手を挙げた。


「判断が遅れたら逆に囲まれませんか?」


「囲まれる」


 神崎は即答した。


「だから指揮役いる」


「迷う時間減らすため」


 そして後方の索敵役を指差す。


「この人、敵見てるだけじゃない」


「味方がどこ動けるかも見てる」


「指揮役って、敵見る役じゃない」


「味方を動かす役」


 深樹はその言葉を聞きながら、無意識に考えていた。


 自分ならどう動くか。


 どこを見るか。


 もし自分が後ろに立つなら。


 その時だった。


「深樹ならどうする?」


「――っ」


 急に名前を呼ばれ、深樹が顔を上げた。


 教室の視線が集まる。


 そして。


 前を見ると。


 蒼真がニヤッと笑っていた――。

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