戦術授業2-1
「……あ」
「言った?」
やらかした顔だった。
一瞬。
蒼真の動きが止まる。
近くの何人かが「ん?」という顔をした。
「経験あるのか?」
誰かが聞き返す。
「え!?いや、その……動画!」
「探索動画とか結構見るし!」
明らかに誤魔化していた。
しかも少し慌てている。
深樹はその反応を見て、小さく眉を動かした。
(……今の反応)
少しだけ引っかかる。
でも。
「はいそこまで」
神崎だった。
「今授業中」
気の抜けた声。
だけど、それだけで教室は静かになった。
カチッ。
モニターが切り替わる。
今度はダンジョンの立体マップ。
さっきの通路が上空視点で表示されていた。
「じゃあ次。今度は『何が悪かったか』じゃなくて、『どうすれば防げたか』を考える」
画面には前衛、後衛、支援役の位置が表示される。
「まず前衛の二人。この位置関係は少し前に出過ぎてる。前衛は敵を探す役でもあるけど、前に行き過ぎると後ろで何か起きた時に助けに戻れない」
神崎は画面の距離表示を指差した。
「例えば後衛側に敵が出た場合、この距離だと戻るまで二秒近くかかる。でもダンジョンの二秒って結構長い。魔物はその間に距離を詰めるし、隊列も崩れる」
二秒間のシミュレーションが表示される。
「あ……」
「思ったより近い」
教室から声が漏れる。
「だから前衛は前に立つ役じゃない。後ろを助けられる距離を維持する役。声が届いて、すぐ動ける距離が大事」
深樹もモニターを見つめる。
さっきまで見ていた映像なのに、違って見えた。
「それと後衛。危険を感じて下がる判断自体は間違ってない。でもこの通路幅で後ろに下がると支援役と位置が被る」
赤い範囲が表示される。
「位置が重なると避ける人、止まる人、振り返る人がバラバラに出る。そうなると誰が敵を見てるか、誰が動くか分からなくなる」
教室は静かだった。
「だから探索前に決めておく。敵が横から来たら誰が下がるか、誰が前を維持するか、誰が指示を出すか。戦術って難しそうに聞こえるけど、実際はこういう事前確認の積み重ね」
一瞬。
「地味だけど、生き残る人ほどちゃんとやってる」
(……なるほど)
深樹は思う。
戦う前から準備する。
崩れないように動く。
それが戦術。
ふと隣を見る。
蒼真もモニターを見ていた。
腕を組み、さっきまでの笑顔はない。
真剣だった。
映像の細かな動きまで追う視線。
まるで実際の現場を知っている人みたいだった。
(……やっぱり何かあるな)
少し引っかかりながらも授業は続く。
「じゃ、次いくよー」
モニターが切り替わる。
今度は広い空洞地帯。
岩が点在し、障害物も多い。
探索者四人。
前衛一人。
後衛二人。
支援役一人。
「次は地形の話。さっきは通路だったから問題は距離。でもダンジョンって、ずっと同じ場所じゃない」
映像が動く。
後衛が左右へ広がる。
そして岩陰から敵が出現。
避けた先で味方同士の射線が重なる。
魔法が撃てない。
支援役も止まる。
映像停止。
「委員長」
「はい」
白鳥優奈が静かに立ち上がる。
「問題は視界の管理だと思います」
優奈は岩陰を指差した。
「障害物のせいで前衛と後衛の間に死角ができています。その結果、敵を見つけるタイミングがズレています」
「そして避けた先で射線が重なり、攻撃と支援が止まっています」
一呼吸。
「広い場所は動きやすい反面、距離と視界を意識しないと連携が崩れやすくなると思います」
「……ほぼ正解」
教室から感嘆の声が上がる。
さらに神崎は映像を巻き戻した。
「じゃあもう一個」
敵が現れる少し前。
「もしこの場にいたら、敵が出る前に気付ける人いる?」
再び優奈。
「敵そのものは見えません。でも地面の砂が少し動いています。それと岩の影の形も変わっています」
一瞬。
「敵を探すより、違和感を探した方が見つけやすいと思います」
「……正解」
神崎は画面を拡大する。
「敵は隠れられる。でも足跡や影は意外と隠れない。だから敵を探すんじゃない。違和感を探す」
そして続ける。
「今度は逆。敵がいるって気付けた後、どう動く?」
上空マップへ切り替わる。
「前衛一人は正面維持。全員で敵を見ない。後衛は周囲確認。支援役は動ける場所を確保」
その直後。
別方向から二体目の敵が現れる。
「あっ!」
教室から声が上がる。
「一体見つけると安心する。でも安心した瞬間が危ない」
神崎は教室を見渡した。
「じゃあこの状況なら最初に何する?」
「神崎教官」
優奈が立ち上がる。
「まず敵の数を確認するべきです。前衛が敵を警戒している間に、後衛や支援役が周囲を確認するべきだと思います」
「敵の追加や逃げ道の有無を確認してから戦闘判断するべきです」
数秒。
「……正解」
神崎は小さく頷く。
「敵見つけた瞬間って、人は戦いたくなる。でも確認終わってないなら、まだ戦闘始まってない」
一瞬。
「戦うか決める前に、生き残れるか確認する」
教室は静かだった。
深樹は画面を見つめる。
ただ敵を倒す話じゃない。
どう帰るか。
どう崩れないか。
そういう話だった。
(……違和感を探す)
その言葉が少し引っかかった。
地面。
影。
視界。
敵の位置。
今までの説明が頭を巡る。
そしてふと思う。
(……あれ?)
今までダンジョンで敵を見つける時。
深樹は深く考えたことがなかった。
どこにいるか。
どこから来るか。
何となく分かっていた。
索敵能力。
自分の魔法が周囲の反応を拾う。
敵意。
気配。
位置。
無意識に探っていた。
だから考えたことがなかった。
でも今、神崎の説明を聞いて気付く。
(……俺、魔法で先に知ってただけか)
もし能力がなかったら。
地面の違和感。
影。
位置関係。
本来はそういう情報から判断していたはずだった。
便利だから使っていた。
当たり前みたいに使っていた。
だけど――。
(能力だけに頼るのは、違うのかもしれない)
神崎の授業は。
思っていた以上に深樹の中へ残っていた――。




