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『妹だけが俺の強さを知っている』  作者: ミキ


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10/23

紅音とルナの女子トーク

 深樹が家を出ていった後。


 リビングにはテレビの音だけが静かに流れていた。


 ソファへ座る紅音は、クッションを抱えながら画面を眺めている。


 その隣では、ルナがお茶を淹れていた。


「はい、どうぞ」


「ありがとー」


 紅音は湯呑みを受け取り、一口飲む。


「……おいしい」


「お気に召したなら何よりです」


 ルナは柔らかく微笑んだ。


 すっかり家の空気に馴染んでいる。


 それが妙に自然で、紅音は少しだけ笑ってしまった。


「なんか不思議だなー」


「不思議、ですか?」


「うん」


 紅音は湯呑みを持ったままルナを見る。


「お兄ちゃんの召喚存在って、もっと怖い人ばっかりだと思ってた」


「怖い、ですか」


「なんかこう……戦闘狂! みたいな?」


 ルナは少しだけ考え込む。


「……否定はできません」


「いるんだ」


「おります」


 即答だった。


 紅音が思わず笑う。


「ルナは全然そんな感じしないね」


「私は戦闘より補助を担当することが多かったので」


「でも強いんでしょ?」


「ある程度は」


 控えめに答える。


 だが。


 昼間の模擬戦を見ていた紅音は知っている。


 “ある程度”では済まないことを。


「やっぱり、お兄ちゃんって昔からすごかったの?」


 その質問に。


 ルナは少し静かになる。


「……はい」


 短い返事だった。


「深樹様は、昔から特別でした」


 テレビの光が、静かにルナの横顔を照らす。


「どんな危険区域でも前へ出る方でしたし、判断も早い。誰より冷静で……強かったです」


「へぇー……」


 紅音は少し嬉しそうに笑う。


 兄を褒められるのは、やっぱり悪い気はしない。


 だが。


 ルナは少しだけ視線を落とした。


「ですが」


「ん?」


「無茶も多かったです」


 その声は静かだった。


「ご自身のことを、まるで大事にされていないような戦い方でした」


 紅音の表情が少しだけ変わる。


「……やっぱり、そうだったんだ」


「お気づきでしたか」


「うん」


 紅音は小さく頷く。


「昔のお兄ちゃん、なんかずっと余裕なかったし」


 学校から帰ってきても疲れ切っていて。


 それなのに、またすぐ出ていく。


 怪我も隠す。


 笑うことも少なかった。


「でも最近は少し違うかも」


 紅音はふっと笑った。


「学園入ってから、前より普通に話してくれるし」


「……はい」


「前はもっと、“一人で全部抱えてます”って感じだった」


 ルナは静かに頷く。


 それは、自分もよく知っていた。


 深樹は昔からそうだった。


 誰かに頼るより、自分が全部背負う。


 だからこそ危うかった。


「ルナたちは、ずっとお兄ちゃんと一緒に戦ってたんだよね?」


「はい」


「長いの?」


「かなり長いです」


 ルナは少し懐かしそうに目を細める。


「私たち召喚存在は、深樹様と多くの危険区域を共にしました」


「へぇ……」


「楽な任務ばかりではありませんでしたが」


 そこで。


 ルナは小さく微笑む。


「それでも、悪くない時間でした」


 その言葉に。


 紅音は少しだけ嬉しそうに笑った。


「そっか」


 兄には、自分の知らない時間がたくさんある。


 知らない戦い。


 知らない仲間。


 でも。


 こうして話を聞くと、その時間が少し近く感じられた。


 テレビでは、バラエティ番組の笑い声が流れている。


 そんな中。


 ルナがふと紅音を見る。


「紅音様」


「ん?」


「肩、凝っておりませんか?」


「え?」


 突然の言葉に、紅音がきょとんとする。


「少し姿勢が固く見えましたので」


「あー……言われてみればちょっと疲れてるかも」


「でしたら、マッサージでも致しましょうか」


「マッサージ!?」


 紅音が驚いたように目を丸くする。


「はい。昔は深樹様にもよく行っておりましたので」


「お兄ちゃんに?」


「任務後は疲労が激しかったので」


 ルナは当たり前のように答える。


 だが。


 紅音は少し興味津々だった。


「え、ルナってそういうの得意なの?」


「ある程度は」


「その“ある程度”信用ならないんだよなぁ……」


 昼間の戦闘を思い出しながら紅音が苦笑する。


 だが。


「では失礼します」


 ルナがソファの後ろへ回り込む。


「力加減はいかがでしょう」


 そう言って肩へ触れた瞬間。


「ひゃっ!?」


 紅音が変な声を出した。


「え、なにこれ!?」


「強すぎましたか?」


「違う違う! なんかめっちゃ気持ちいい!」


 ルナの手は驚くほど丁寧だった。


 肩の凝っている部分を正確に見つけ、無駄なくほぐしていく。


「うわぁ……すご……」


「普段から気を張っているのでしょう」


「そんなつもりないんだけどなー……」


 紅音はだんだん力が抜けていく。


 ソファへ身体を預けながら、小さく息を吐いた。


「ふにゃぁ……」


「お疲れだったようですね」


「これお兄ちゃん絶対好きなやつだ……」


「深樹様は無理をされますので、定期的に必要でした」


「想像できる……」


 二人で少し笑う。


 ルナは落ち着いた様子で肩をほぐし続ける。


 その動きは静かで、どこか慣れていた。


「……なんかさ」


 紅音がぼんやりした声で呟く。


「ルナ、本当にお兄ちゃんのことよく見てるよね」


「長い付き合いですので」


「お兄ちゃん、昔どんな感じだった?」


 ルナは少しだけ考える。


「……今より、ずっと危うかったです」


 静かな声だった。


「任務のたびに無理を重ね、それでも止まろうとはしませんでした」


「……」


「ですが同時に、誰より周囲を守ろうとする方でもありました」


 紅音は静かにその言葉を聞く。


 自分の知らない兄。


 だが。


 その姿は少し想像できた。


「だからこそ」


 ルナは優しく微笑む。


「今の深樹様を見ていると、少し安心するのです」


「今のお兄ちゃん?」


「はい」


 ルナは頷く。


「紅音様と過ごしている時の深樹様は、昔よりずっと穏やかですので」


 その言葉に。


 紅音は少し照れくさそうに笑った。


「……そっか」


 テレビの光が静かに揺れる。


 穏やかな時間だった。


 戦場でも任務中でもない。


 ただ、家でのんびりしているだけの時間。


 それが今は、とても大切に思えた。


「ふにゃぁ……」


 紅音は完全にソファへ身体を預けていた。


 ルナのマッサージは想像以上だった。


 肩の重さがじわじわ抜けていく感覚に、思わず力が抜ける。


「……すご……」


「少し楽になりましたか?」


「うん……めちゃくちゃ……」


 紅音はぐったりしたまま答える。


 すると。


 ルナがそっと手を離した。


「肩はこれくらいで問題ないかと」


「えっ」


 紅音が反応する。


「終わり?」


「はい?」


 ルナがきょとんとした顔をする。


 紅音は少し名残惜しそうに肩を回した。


「なんか……身体全体疲れてる気がする……」


「全体、ですか」


「うん……」


 紅音はちらっとルナを見る。


「その……他のところもやってもらったりって……できる?」


 少し遠慮がちな声だった。


 だが。


 ルナは特に変わらない様子で頷く。


「もちろんです」


「やった」


 紅音の顔がぱっと明るくなる。


「そんなに気に入っていただけましたか」


「だってめちゃくちゃ気持ちいいし……」


 紅音はクッションを抱え直しながら笑う。


「お兄ちゃんが頼ってた理由ちょっと分かったかも」


「深樹様は疲労を溜め込みやすいので」


「絶対そうだよね……」


 紅音は苦笑する。


 そして。


「じゃあ次どこやる?」


「そうですね……」


 ルナは少し考える。


「足もかなり疲れているように見えます」


「あー……今日いっぱい動いたし……」


「では失礼します」


 ルナが自然な動作で紅音の前へ座る。


 そして、ゆっくり脚へ触れた。


「ひゃっ……」


「痛みますか?」


「いや、びっくりしただけ……」


 ルナの手は温かかった。


 力加減も絶妙で、疲れがゆっくり溶けていく感覚がする。


「うわぁ……」


 紅音は思わず天井を見上げる。


「これダメになるやつ……」


「そのような反応をされる方は多いです」


「お兄ちゃんも?」


「最初は似たような反応でした」


「想像つくなぁ……」


 二人で小さく笑う。


 テレビの音を聞きながら、紅音はどんどんリラックスしていった。


「ルナって本当に万能だね……」


「そうでもありません」


「いや絶対すごいって……」


 紅音はぼんやりしながら呟く。


「料理できるし、気遣いできるし、戦えるし、マッサージも上手いし……」


「長く仕えておりましたので」


「メイド力高すぎる……」


 その言葉に。


 ルナは少しだけ困ったように微笑んだ。


「ですが、こういう穏やかな時間は嫌いではありません」


「私もー……」


 紅音はソファへ身体を沈める。


 疲れが抜けていく感覚が心地よかった。


「なんか眠くなってきた……」


「でしたら少し横になりますか?」


「……そうする」


 紅音はクッションを抱えたままごろんと横になる。


 ルナはそんな紅音を見て、小さく微笑んだ。


 そして。


「もしよろしければ、背中もほぐしましょうか?」


「え、まだやってくれるの?」


「はい。全身の疲労は繋がっておりますので」


「お願いしたい……」


 紅音は完全に力の抜けた声で答えた。


 ルナはソファの横へ静かに座る。


「少し失礼します」


 そう言って、そっと背中へ手を添えた。


「んぅ……」


 紅音の口から気の抜けた声が漏れる。


 肩周りとはまた違う感覚だった。


 じんわりと背中の力が抜けていく。


「すご……」


「背中もかなり張っておりますね」


「そんな凝ってたんだ私……」


「学園生活も慣れないことが多かったのでしょう」


 ルナの手がゆっくりと背中をほぐしていく。


 力加減は絶妙で、痛みは全くない。


 むしろ、心地よさで眠気が強くなっていく。


「これ危険……寝ちゃう……」


「お疲れの証拠です」


「ルナのマッサージ屋さん開いたら絶対人気出るよ……」


「考えたことはありませんでした」


「もったいない……」


 紅音はクッションへ顔を埋めながら呟く。


 すると。


 ルナが少しだけ微笑んだ。


「深樹様にも、よくこのように休んでいただいておりました」


「へぇー……」


「任務後は身体の疲労だけでなく、神経も張り詰めておりましたので」


 その言葉に。


 紅音は少しだけ静かになる。


 昔の兄は、今よりずっと危険な場所にいた。


 そんな日々の中で。


 ルナたちは、こうして支えていたのだろう。


「……ありがとね」


「はい?」


「お兄ちゃんのこと支えてくれてたんだなーって」


 紅音が少しだけ顔を上げて笑う。


 ルナは一瞬だけ目を丸くした後。


 穏やかに微笑んだ。


「私は、したいことをしていただけです」


「それでもだよ」


 紅音は小さく笑う。


「なんか安心した」


「安心、ですか?」


「うん。お兄ちゃん、一人じゃなかったんだなって」


 その言葉に。


 ルナは静かに目を細めた。


「……はい」


 短い返事だった。


 だが、その声はどこか優しかった。


 部屋にはテレビの音と、穏やかな空気だけが流れている。


 戦いも任務もない。


 ただ静かに、疲れを癒す時間。


 ルナはどこか懐かしそうに、紅音の背中を優しくほぐし続けていた。

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