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猿夢

AIに設定を読み込ませて執筆された、ホラーショートストーリーです。

 一、「貰い夢」

 SNSの通知音が、真夜中の部屋にちいさく鳴った。

 午前二時。大学のレポートを片付けた海斗は、ベッドに倒れ込むように寝転がりながら、スマホを開いた。送り主は高校時代からの友人、祐介だった。

『これ、読んでみ。マジで洒落にならんから』

 貼り付けられていたのは、古い匿名掲示板のスクリーンショットだった。二〇〇〇年代初頭の投稿、と日付にある。

『猿夢』という、素っ気ないタイトル。読みはじめて、海斗は小さく笑ってしまった。無人駅、お猿さん電車、小人、献立のアナウンス。どれも陳腐で、古臭い。怖がらせようとしすぎて、かえって安っぽい怪談だった。

『これ、読んだやつが同じ夢を見るらしいぞ』

 祐介から追加のメッセージが飛んできた。海斗は鼻で笑って、『ばーか』とだけ返した。

 けれど、既読がつかない。

 普段なら、すぐに返ってくる男だった。深夜のラインは祐介のほうから仕掛けてくるのがお決まりで、返信の遅さは、どう考えても彼らしくなかった。

 海斗はスクロールを戻して、もう一度、冒頭からスクショを読み返した。

 無人駅のベンチ。どこかで鳴く蝉の声。そして、男性の棒読みのアナウンス。

『今から来る電車に乗ると、ひどい目に遭いますよ』

 なんだ、ずいぶんと親切な警告だな、と海斗は思った。

 その瞬間、視界の端で、部屋の蛍光灯が一度だけ、じ、と音を立てて揺れた。

 気のせいだと思った。気のせいだと、思いたかった。

 スマホを伏せ、海斗は目を閉じた。明日は一限があるんだ、と自分に言い聞かせながら。

 眠りは、妙に、早く訪れた。


 二、「無人駅の改札」

 蝉の声で、目が覚めた。

 けれど、それは目覚めではなかった。

 海斗が立っていたのは、見知らぬ無人駅のホームだった。一両分ほどの短いホーム。古い木のベンチ。屋根の端から、蜘蛛の巣が何本も垂れている。

 空は、絵の具を水で薄く溶いたような、ぼんやりした水色。太陽らしきものはどこにもないのに、光だけはホームに満ちていた。

 ああ、これか、と夢だとすぐにわかった。自分が布団に入ったばかりであることも、スマホで何を読んだかも、はっきり覚えていた。

 海斗は笑おうとした。笑って、この夢を馬鹿にしてやろうと思った。なんだ、ちゃんとテンプレ通りじゃないか、と。

 そのとき、古びたスピーカーから、ざらついた男性の声が降ってきた。

『まもなく、電車がまいります』

 抑揚のない、棒読みの声。駅員というよりは、古いカセットの録音を思わせた。

『今から来る電車に乗ると、ひどい目に遭いますよ』

 海斗は、後ろを振り返った。

 出口があるはずだった。改札があるはずだった。

 けれど、ホームの裏には、ただ、灰色の壁があるだけだった。石膏で塗り固められたような、継ぎ目のない、のっぺりとした壁。階段もドアも、窓すらもない。

 背筋に、ゆっくりと冷たいものが這いあがった。

 夢だと、分かっているはずなのに、足が動かなかった。

 線路の向こうから、ごとん、ごとん、と、硬い音が近づいてくる。

 現れたのは、小さな遊園地にあるような、お猿さん電車だった。赤と黄色のけばけばしい車体。先頭車両の前面には、大きな猿の顔がくくりつけられていた。笑っているのか怒っているのか分からない、プラスチックの表情。

 扉が、からん、と開いた。

 中には、すでに乗客が座っていた。

 男が三人、女が二人。みな俯いていて、誰ひとり顔を上げなかった。髪の色も、服装もばらばらなのに、肌の色だけが、どれも同じだった。

 煮詰めた湯葉のような、黄ばんだ白。

『ご乗車ください』

 アナウンスが、もう一度、平たく降ってくる。

 海斗の足は、意思に反して、一歩、前に出た。


 三、「車内のお品書き」

 座席は硬かった。布張りの薄い、遊園地の安っぽい座面。海斗は、車両のいちばん後ろに腰を下ろした。前の席の乗客の、後頭部だけが、ずらりと並んで見えた。

 誰も、振り返らなかった。

 扉が閉まると、電車は、ごとん、と一度大きく揺れて、動きはじめた。

 外の景色が、ゆっくりと流れていく。途中から、窓の外が真っ暗になった。トンネルに入ったのだ、と思った。車内の、黄色い常夜灯だけが頼りだった。

 その光のなかで、ぼんやりとアナウンスが流れはじめた。

『次は、活けづくり。活けづくり』

 海斗の肩が、びくりと跳ねた。

 前から三列目の、縞模様のシャツを着た男が、ゆっくりと顔を上げた。顔は、見えなかった。ただ、肩が、小刻みに震えていた。

 座席の下から、ぬるりと、小さな手が伸びた。

 子どもの手というには、細すぎて、指が多すぎた。灰色の、しわだらけの手が、いくつも、いくつも、シャツの男の足首にからみついた。

 男は、声をあげなかった。

 ただ、音もなく、座席の下へと引きずり下ろされた。靴の片方だけが、通路に転がって残った。

 海斗は、息ができなくなった。

 その後のことは、音でしか、わからなかった。

 ぴちゃ、ぴちゃ、と水を切るような音。次いで、薄い何かを削ぐような、規則正しい音。

 見てはいけない、と思った。見てしまったら、たぶん、次は自分の番になる。

『次は、えぐりだし。えぐりだし』

 アナウンスが続いた。

 今度は、前から二列目の女だった。彼女もまた、抵抗しなかった。されるがままに、座席の下の暗がりへ吸い込まれていった。

 車内の空気は、甘ったるい、果物の腐ったような匂いで満たされていった。

 ひとり、またひとり、と、アナウンスが客を呼び続けた。ひき肉、とろ火、塩漬け。穏やかで、どこか家庭的で、だからこそ、たまらなく恐ろしい言葉の列だった。

 やがて、車内には、海斗ひとりになった。

 スピーカーが、わずかに雑音を立てた。

『次は、お客さまの、ばんに、なりますよ』

 海斗は、自分の膝のあたりを見た。

 座席の下から伸びた灰色の指が、すでに、靴のつま先に、そっと触れていた。

 指の数は、数えなかった。

『でも、今日は、ここまで』

 アナウンスは、ずいぶんと優しい声だった。

『次、見たら、最後ですからね』


 四、「寝るたびに、一駅ずつ」

 目が覚めたとき、海斗は、自分のベッドで、汗だくになっていた。

 カーテンの隙間から、白い朝の光が差していた。スマホを確かめると、祐介からのラインは、まだ既読がついていなかった。

 夢だ。ただの、夢だった。

 何度もそう言い聞かせながら、海斗はシャワーを浴びた。熱い湯が、首筋の奥にこびりついた甘い腐臭を、洗い流してくれるはずだった。

 けれど、鏡を見たとき、気がついた。

 右の足首に、灰色のうっすらとした指のあとが、五つだけ、並んで残っていた。

 触れても、痛くはなかった。ただ、石鹸で何度こすっても、消えてはくれなかった。

 大学へは行った。講義も受けた。友人とも話した。けれど、耳の奥では、ずっと、あの平たいアナウンスが、低く鳴り続けていた。

『次は、お客さまの、ばんに、なりますよ』

 帰宅してから、海斗は祐介に電話をかけた。数回の呼び出しのあと、妙にざらついた声が、通話口の向こうから返ってきた。

「海斗、おれ、どこまで、行ったと思う」

 声は、どこか遠かった。電話越しなのに、長いトンネルの向こうから話しかけられているようだった。

「俺さ、もう、六駅目なんだよ」

 祐介は、小さく笑った。笑おうとして、うまく笑えていない、という音だった。

「最初は、冗談のつもりだったんだ。お前に送ったのだって、怖がらせようとしただけで。でもな、一回寝るたびに、ちゃんと、一駅ずつ進むんだよ。お品書きも、ぜんぶ、違うやつで」

「そんなの、ただの――」

「次で、たぶん、最後なんだ。だから俺、今日は寝ないことにしたから。ずっと起きてる。起きてれば、電車、来ないだろ」

 通話は、そこで唐突に切れた。

 海斗は、その晩、眠らなかった。コーヒーを何杯も飲み、スマホの光を浴び続けた。

 午前四時。意識が、薄い膜の向こうへ遠のきかけた、その瞬間。

 耳のすぐ内側で、はっきりと、あのアナウンスが鳴った。

『まもなく、電車がまいります』

 海斗は、短い悲鳴をあげて、飛び起きた。

 窓の外は、まだ、真っ暗だった。


 五、「お客さまの番」

 三日目の夜が来た。

 海斗はもう、自分が起きているのか眠っているのか、よくわからなくなっていた。

 右足の指のあとは、脛の半ばまで、じわりと上がってきていた。うっすらとした輪郭が、皮膚の下から染み出してくるように、すこしずつ広がっていく。

 祐介からの返信は、二日前から途絶えたままだった。

 ネットで、猿夢について検索してみた。体験談が、いくつも並んでいた。同じ夢を見た、という書き込み。次で最後だ、と言われて目覚めた、という書き込み。

 そして、どの書き込みにも、同じ一行が、申し合わせたように添えられていた。

『この話は、誰かに送ると、その人に移せるらしい』

 海斗は、震える指で、スマホのラインを開いた。

 友人のリストが並んでいた。高校の仲間。サークルの先輩。昔、すこしだけ好きだった女の子。

 指は、迷いながら、リストの上を、ゆっくりと撫でた。

 誰でもよかった。ひとりでいい。ひとりに送れば、自分の番は、すこしだけ、先へずれる。

 画面のなかで、指は、ある名前のうえで止まった。

 そこで、海斗は、自分の手を、ぼんやりと見た。

 指の爪のあいだに、あの甘い、果物の腐ったような匂いが、いつの間にか、染みついていた。

 いつから、ついていたのだろう。

 海斗は、スマホを、そっと、伏せた。

 ベッドに潜り込み、目を閉じた。耳の奥で、ごとん、ごとん、と、遠い車輪の音が聞こえた気がした。

 アナウンスが、優しく降ってくる。

『次で、最後になりますよ』

 海斗は、答えなかった。

 ただ、目を閉じたまま、ぼんやりと考えていた。

 祐介は、自分にあのスクショを送ったとき、どんな顔をしていたのだろう、と。

 きっと、いまの自分と、同じ顔で、指を、スマホのうえで迷わせたのだ。ひとりだけ、どうしても選べない友人の顔を、思い浮かべながら。

 もし、あなたが、いま、このはなしを、誰かから、受け取ったのだとしたら。

 どうか、次の駅の名前を、聞き逃さないように。


(完)

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