表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
65/69

受取評価

AIに設定を読み込ませて執筆された、ホラーショートストーリーです。

ホラーショートストーリーAI朗読Youtubeチャンネルもあります。

https://www.youtube.com/@VacuousKaikitan

一、──初期化済み


 古いスマホを一台買ったのは、撮影用のサブ機が欲しかったからだ。

 新しい機種である必要はない。画面が割れておらず、カメラが動き、Wi-Fiにつながれば十分。私は素材撮影用の端末をよくフリマアプリで探している。

 そのスマホは相場より少し安かった。


 商品名は「動作確認済み スマホ本体のみ」。説明欄には「初期化済み、残債なし。カメラに少し曇りあり」とだけある。出品者の評価は十数件。悪い評価はない。発送方法は匿名便で、相手に住所も名前も表示されない設定だった。

 気になったのは、最後の一文である。


「受取評価は、できれば朝にお願いします」


 理由のわからない注意書きだった。私は夜型なので引っかかったが、値段に負けた。購入ボタンを押すと、アプリが軽い音を鳴らす。

 数分後、出品者からメッセージが届いた。


「購入ありがとうございます。届いたら中を見ないで、そのまま初期化してください」


 初期化済みと書いてあったのに。

 そう思ったが、相手も念のために言っているのだろう。届いたら確認して、問題なければもう一度リセットする。それで済む話だった。


 二日後の夜、コンビニ受け取りにしていた荷物を取りに行った。レジでアプリのバーコードを見せる。店員は慣れた手つきで白い箱を棚から出し、私に渡した。送り状には数字と記号だけが並び、出品者の住所は読めない。

 部屋に戻って箱を開けると、緩衝材の中にスマホがあった。黄ばんだ透明ケースが付いている。ケースの内側に、小さな紙が挟まっていた。


 あさに。


 鉛筆で書いたような薄い文字だった。

 私は笑いそうになった。評価を朝に、という念押しだろうか。神経質な出品者に当たったのだと思い、スマホの電源ボタンを押す。

 起動音はなかった。

 画面には「こんにちは」と表示される。言語設定から始まる、普通の初期設定画面。アカウントも残っていない。Wi-Fiだけつないで、カメラとスピーカーを確認した。問題はない。

 ただ、アルバムアプリを開いたとき、一瞬だけサムネイルが一枚見えた。


 黒暗い部屋。

 畳の上に置かれた白い箱。

 その箱が、今ここにある箱と同じ形をしていた。


 次の瞬間、画面は空になった。「写真や動画はありません」と表示されている。

 私はしばらく画面を見つめていた。キャッシュか何かが残っていたのだろう。

 それでも、受取評価はしなかった。

 時刻は午前零時を少し過ぎていた。


二、──評価用


 翌朝、アプリを開くと出品者から催促が来ていた。


「朝になりました。評価をお願いします」


 送信時刻は、午前五時ちょうど。

 私は返信を打った。


「動作確認中です。問題なければ今日中に評価します」


 既読はつかなかった。

 スマホのほうは、朝の光の下で見ると古傷が多い。画面端に細い傷があり、背面カメラの内側が薄く曇っている。説明どおりだ。

 もう一度初期化しようとして設定を開いたとき、内部ストレージの容量が少しだけ使われていることに気づいた。システムだけにしては、端数が大きい。

 ファイル管理アプリを入れ、隠しフォルダを表示する。動画用に使う端末ではよくやる確認だ。すると、空のはずのストレージに一つだけフォルダがあった。


「評価用」


 名前が悪い冗談みたいだった。

 中には動画が三本。すべて再生時間は十七秒。作成日時はばらばらなのに、サムネイルは同じ黒い部屋である。

 私は最初の動画を開いた。


 画面の中では、誰かの部屋の天井が揺れている。スマホを床に置き、インカメラで録ったような角度だった。白いLEDシーリングライトが滲み、四隅が暗い。

 男の息が聞こえる。

 画面の外で、アプリの通知音が鳴った。


『受取評価をお願いします』


 機械音声ではない。男が、小さく真似ている。冗談のつもりなら下手すぎる声。

 映像が傾く。男の手が映った。指先が震えている。

『朝にしろって書いたのに』

 男はそう言った。

 その直後、玄関チャイムが鳴る。

 映像はそこで終わった。


 二本目も似ていた。別の部屋。フローリングに置かれた同じ白い箱。女の声が、泣きそうな息で「出品したら終わるんですよね」と言っている。

 チャイム。

 終了。


 三本目は、私が昨夜見たサムネイルと同じ畳の部屋だった。年配の人の手が白い箱を開けている。中にスマホが入っている。

『中を見ないで、そのまま初期化してください』

 声が言う。

 それは、私に届いたメッセージと同じ文面だった。

 再生バーが終わりに近づく。画面奥のふすまが、わずかに開いた。

 そこに、人の顔があった。

 目鼻の位置はわかるのに、誰の顔にも見えない。濡れた紙を指で押して、顔らしい凹凸だけ作ったような白さ。口だけが、評価の星の形にひらいている。

 年配の人が息を呑む。

 次に鳴るはずのチャイムは鳴らなかった。

 代わりに、動画のこちら側で音がした。


 ピンポン。


 私の部屋のインターホンだった。


三、──購入ありがとうございます


 私はスマホを伏せた。

 朝の八時。宅配が来る時間ではない。モニター付きのインターホンを確認すると、画面には誰も映っていなかった。マンションの廊下だけが青白く広がっている。

 床に置いた中古スマホから、かすかな振動が伝わった。


 購入ありがとうございます。


 画面に通知が出ている。フリマアプリはまだ入れていない。初期設定をしただけの端末に、私のアカウント情報はない。

 通知を開くと、真っ白な画面にチャット欄だけが表示された。相手のアイコンも名前もない。吹き出しには同じ文面が並んでいる。


「購入ありがとうございます」

「届いたら中を見ないで、そのまま初期化してください」

「受取評価は、できれば朝にお願いします」


 そして最後に、私が朝に送ったものと同じ文が表示されていた。


「動作確認中です。問題なければ今日中に評価します」


 血の気が引くという言葉を、そのとき初めて身体で理解した。自分のスマホを取り出し、取引画面を見る。こちらの正式なアプリには、その最後の返信だけがない。私が朝に送った文は、なぜか消えていた。

 出品者のページを開く。

 商品は削除済み。アイコンは灰色。利用制限中、という小さな表示。


 問い合わせを送ろうとしたが、文章がまとまらない。動画が残っていた。変な通知が出た。インターホンが鳴った。そう書くほど、自分が面倒な購入者に見える。

 私は中古スマホを工場出荷状態に戻した。リセットの確認画面で、「すべてのデータを消去」を押す。

 画面が暗くなる。

 進行バーが現れた。


 残り時間 十七秒


 私は瞬きした。

 普通なら、こんな秒数表示は出ない。けれど画面の中央で、数字は淡々と減っていく。

 十六、十五、十四。

 その間、部屋の空気が薄くなる。耳の奥で配送車のバック音がする。遠くから近づいて、遠くへ離れる、あの電子音。

 七、六、五。

 玄関のほうで、段ボールを爪でなぞるような音がした。

 三、二、一。


 リセットは完了した。

 画面にはまた「こんにちは」と表示されている。私は力が抜けて、床に座り込んだ。

 すると、アルバムアプリのアイコンに赤い点が付いていることに気づいた。

 開く。

 写真や動画はありません。

 そう表示された直後、黒いサムネイルが一枚だけ浮き上がった。


 再生時間は十七秒。

 作成日時は、今。


 私は触らなかった。

 触らなかったのに、動画は勝手に再生を始めた。

 映っていたのは、私の部屋だった。床に置かれた中古スマホの視点。画面の端に、座り込んだ私の膝が見える。私はまだ動いていない。

 映像の中の私が、ゆっくり玄関を見る。

 現実の私は、まだ見ていない。

 それでも首の筋肉が、録画に引っぱられるように動いた。

 玄関チャイムが鳴った。


四、──出品する


 誰もいなかった。

 ドアスコープから見える廊下には、朝の光と非常灯の緑だけがある。扉の下に、細い紙片が差し込まれていた。

 開けずに拾う。紙には、鉛筆の薄い字で一行だけ書いてあった。


 つぎへ。


 それが命令だと、すぐにわかった。

 私は中古スマホを売るしかないと思った。返品ではなく、処分でもなく、再出品。あの動画の女も、畳の部屋の年配の人も、同じことをしたのだろう。出品したら終わるんですよね、と女は言っていた。

 終わっていないから、動画が残っているのに。


 正午まで待って、自分のスマホでフリマアプリを開いた。中古スマホを白い机に置き、写真を撮る。画面は初期設定のまま。嘘はない。

 商品名を入れようとすると、予測変換の欄に文が出た。


「動作確認済み スマホ本体のみ」


 私は手を止めた。

 説明欄にも、候補が現れる。


「初期化済み。残債なし。カメラに少し曇りあり」


 指が冷たくなる。

 私はその文を使わず、自分の言葉で書こうとした。怪しい端末です。買わないでください。そう打ち込んだはずなのに、確定すると文字がすべて消えた。

 残ったのは、見覚えのある一文。


「受取評価は、できれば朝にお願いします」


 削除しても戻る。

 写真を差し替えても、サムネイルの隅に白い箱が写り込む。画面にはないはずの箱が、写真にだけある。背面カメラの曇りの奥で、箱が少しずつ近づいてくる。

 私は出品を取り下げようとした。

 その瞬間、中古スマホの画面が点いた。


 黒いサムネイルが並んでいる。三本だった動画が、四本になっていた。

 新しい一本のサムネイルには、私の机と私の手が写っている。再生時間は十七秒。私はまだ、その動画を撮っていない。

 出品ボタンの上で、指が止まる。

 現実の私の手は止まっている。だが画面の中の私の手は、先に動いた。出品ボタンを押す。押してしまう。

 直後、スマホのスピーカーから私の声がした。


『購入ありがとうございます』


 録音された声ではない。喉の奥から直接出ているような、湿った私の声。

 私は叫んだ。けれどアプリは出品完了の画面を表示する。商品は数秒で売れた。購入者の名前は表示されない。匿名便。

 取引メッセージ欄が開き、最初の文が自動で入力される。


「購入ありがとうございます。届いたら中を見ないで、そのまま初期化してください」


 送信ボタンは押していない。

 それでも、メッセージは送られた。


五、──朝に


 その夜、私は中古スマホを箱に戻した。

 緩衝材を詰め、透明ケースの内側に紙を挟む。あさに、と書く手が震えていた。なぜそんな紙を入れるのか、自分でもわからない。けれど入れなければならない気がする。入れないと、次に来るものが私の部屋から出ていかない。

 コンビニの発送機にQRコードをかざす。レシートを出し、店員に渡す。送り状は店員が貼ってくれる。私の住所も、購入者の住所も、そこには読めない形で処理されていた。

 箱がレジの奥へ運ばれる。

 その瞬間、肩から重いものが抜けた。店のLED照明の下で、涙が出そうになるほど安心した。


 翌朝、購入者に配達完了の通知が出た。

 受取評価はまだない。

 私はアプリを開きっぱなしにして待った。待ちながら、何度も自分に言い聞かせる。朝に評価してくれれば終わる。そう書いた。そう伝えた。今度は中を見ないかもしれない。

 だが昼を過ぎても、評価は来なかった。

 夕方、購入者からメッセージが届く。


「動作確認中です。問題なければ今日中に評価します」


 私はスマホを落とした。

 あの文だ。

 私が送ったことになっていた文。動画の中で、次の人が必ず踏む段差。

 返信しようとすると、入力欄に文字が勝手に並んだ。


「朝になりました。評価をお願いします」


 私は削除した。削除しても戻る。送信ボタンが、薄く光る。

 押していないのに、送信済みになった。


 それから三日間、購入者からの連絡は途絶えた。受取評価もない。運営から自動の催促が来るだけで、取引は宙に浮いたまま。

 私は中古スマホを手放したはずなのに、夜になると自分の部屋のどこかで通知音が鳴る。机の引き出し、ベッドの下、玄関の外。探しても何もない。

 四日目の午前五時、フリマアプリに新しい通知が来た。


「購入者が受取評価をしました」


 心臓が跳ねた。

 取引画面を開く。評価欄には星が五つ並んでいた。コメントはない。

 これで終わった。

 そう思った途端、私のスマホのアルバムが勝手に開いた。


 そこには動画が一本あった。

 再生時間は十七秒。

 サムネイルは、知らないワンルームの床。白い箱。まだ封を切られていない荷物。画面の端に、誰かの裸足が映っている。

 私は息を止めた。

 その足元に、もう一つ影がある。箱の影ではない。部屋の隅に立つ誰かの影でもない。

 スマホを覗き込む私自身の影だ。

 私はその部屋にいないのに。


 動画が再生される。

 知らない声が言う。

『動作確認中です。問題なければ今日中に評価します』

 その声に重なるように、私の声が小さく笑った。


『朝にしろって書いたのに』


 玄関チャイムが鳴る。

 映像はそこで終わる。

 同時に、私の部屋のインターホンも鳴った。


 モニターには誰も映っていない。

 ただ、画面の下に白い文字だけが出ている。

 宅配でも来客でもない。機械が表示するはずのない、取引メッセージの文面。


 購入ありがとうございます。


 玄関の外で、段ボール箱を床に置く音がした。

 私はまだ、受取評価をしていない。


受取評価(完)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ