痂(かさ)
AIに設定を読み込ませて執筆された、ホラーショートストーリーです。
ホラーショートストーリーAI朗読Youtubeチャンネルもあります。
https://www.youtube.com/@VacuousKaikitan
一、迎えの砂利
祖母の通夜の晩、私は仏間にいちばん近い和室で眠っていた。
築六十年の家は、リフォームを重ねてもどこか古い匂いが抜けない。畳の縁が擦れて白くなり、襖の桟には細かい埃が溜まっている。線香の煙と、古い木と、誰かが昔こぼした醤油の、混ざった匂い。それでも壁にはエアコンがついていて、台所には食洗機があり、廊下の照明はいつのまにかLEDに替わっていた。新しいものと古いものが、この家のなかで奇妙に同居している。
東京で働く私がこの家に泊まるのは、年に一度あるかないかだった。子供のころは盆と正月に必ず来ていたのに、いつのまにか足が遠のいていた。祖母の声を最後に聞いたのが、いつだったのかも思い出せない。
祖母は三日前に亡くなった。九十二歳、老衰。最後の半年は寝たきりで、皮膚が乾いて剥がれ、背中や腕に薄い瘡蓋がいくつもできていたという。見舞いに来た母が、そのたびに「かわいそうに」と言って、保湿剤を塗っていたらしい。私はその場にいなかった。ただ、母が電話の向こうで話していた、白く乾いた瘡蓋のことを、なんとなく覚えている。剥がれかけた縁が、魚の鱗のようだったと、母は言っていた。
通夜の客が引けたのは夜の十時すぎだった。父と母は隣の部屋で喪服のまま仮眠を取り、私は仏間の祖母の棺の番をすることになった。番といっても、線香を絶やさないように見ているだけだ。本物の蝋燭は火事が怖いからと使われず、代わりに置かれた電池式の灯明が、棺の白い布をぼんやりと照らしていた。橙色の、揺れない光だった。作り物の揺れない炎は、かえって落ち着かなかった。
棺のなかの祖母の顔は、見ないようにしていた。納棺のとき一度だけ見た、化粧をされた頬が、生きていたころより若くふっくらとして見えたのが、こわかった。
スマホの充電が切れかけていた。バッテリーは十四パーセント。充電器を東京に忘れてきたことを、私はこの家に着いてから気づいた。電波も弱く、画面の隅のアンテナは一本きりだった。私は枕元にそれを伏せて置き、目を閉じた。畳の匂いが、鼻の先で濃くなった。
どれくらい経ったのか、砂利を踏む音で目が覚めた。
じゃり、じゃり、と、誰かが庭の飛び石を歩いてくる。ひと足ごとに、しゃらん、と高い金属の音が混じった。鈴だ。誰かが鈴を提げて、こちらへ近づいてくる。葬列の先頭が鳴らす、あの音に似ていた。
私は枕元のスマホを見た。点けると、残り四パーセントの表示が、目に刺さるように明るかった。時刻は午前二時を回っている。気づけば、丑三つ時の縁だった。電池を食うのが惜しくて、私はすぐに画面を消した。
足音は、縁側の前で止まった。
祖母が、最後の挨拶に来たのかもしれない。そう思った。理屈ではなく、ただそう感じた。亡くなった人が、別れを告げに戻ってくる。葬式の晩には、そういうことがある。誰かにそう聞いた覚えがあった。だから私は身体を起こさず、布団のなかで、音の行方を待った。
しゃらん、と、もう一度、鈴が鳴った。それから、雨戸の向こうで、何かが長く息を吐くような音がした。湿った、ざらついた呼吸だった。
二、見つめるもの
雨戸は、開いていないはずだった。
なのに、いつのまにか縁側に、それは座っていた。
人のかたちをしていた。けれど、人ではなかった。全身が、瘡蓋のようなもので覆われていた。乾いた皮膚が幾重にも剥がれかけ、その下からまた別の層が覗いている。魚の鱗にも、古い樹皮にも見えた。顔のあるべきところは、ただ細かい亀裂が縦横に走っているだけで、目も鼻も、口さえも判然としない。膝を抱え、背を丸めて、縁側の板の上に座っていた。
それでも、見られている、とわかった。亀裂の奥のどこかに、私の姿が映っている。そういう確信だけが、はっきりとあった。
私は声を上げなかった。喉が固まって、息だけが浅く漏れていた。動かなければ気づかれない。子供のころ、暗い部屋で何かの気配を感じたとき、そう信じて布団に潜ったのと同じだった。けれど、もう見られていた。最初から、それは私を見るために座っていた。
それは動かなかった。私が見ているあいだ、ただ縁側に座って、こちらを見ている。瘡蓋の表面が、呼吸のたびにわずかに浮いて、また沈んだ。乾いた紙を擦り合わせるような、かさ、かさ、という音が、その身体から絶え間なく漏れていた。畳の上に正座した祖母の背中を、子供のころ後ろから見ていた、あの記憶に、座りかたがどこか似ていた。
近づいてくる気配はなかった。襲ってくる様子もなかった。それはただ、私という存在を確かめるように、そこにいた。確かめて、覚えようとしていた。
長い時間だった気がするし、ほんの一瞬だった気もする。
私はとうとう堪えきれず、布団から這い出した。音を立てないように、棺と壁の隙間に身を押し込んだ。膝を抱え、背を丸めて、冷たい畳に頬をつけ、棺の影に隠れた。心臓が喉まで上がってきていた。指先が震えて、畳の目を意味もなく掻いていた。
隙間から、縁側のほうを盗み見た。
それは、もういなかった。
雨戸は閉まっていた。鈴の音も、砂利の音も、息の音も、何も聞こえなかった。ただ、自分の心臓の音だけが、耳のなかで鳴っていた。私はそのまま、棺の影で朝を待った。
三、同じかたち
朝になって、私は自分が夢を見たのだと思おうとした。
通夜の晩に、疲れて、変なものを見たのだ。そういうことにしておきたかった。父にも母にも、何も言わなかった。言えば、変な顔をされるに決まっていた。
葬儀は滞りなく進んだ。読経があり、焼香があり、親戚が順に手を合わせた。私も列に並び、祖母の遺影に向かって頭を下げた。写真のなかの祖母は、まだ元気だったころの顔で、穏やかに笑っていた。
焼香を終えて、自分の席に戻ろうとしたとき、ふと仏間のほうに目が行った。
棺は祭壇の前に移されていて、もとあった場所は空いていた。私が昨夜、身を隠した、棺と壁の隙間。
そこに、それが座っていた。
瘡蓋に覆われたヒトガタが、昨夜の私とまったく同じ姿勢で、膝を抱え、背を丸めて、壁にもたれて座っていた。頬を、見えない畳につけるように傾けて。そうして、こちらを見ていた。顔のない顔で、まっすぐに、私だけを。
私は周りを見た。親戚たちは誰も、そちらを見ていなかった。母は涙を拭いていた。父は神妙に正座していた。叔父は数珠を繰っていた。誰一人、隙間に座る瘡蓋の存在に気づいていなかった。
見えているのは、私だけだった。
それは、私が昨夜とった姿勢を、なぞっていた。私が隠れた場所で、私が隠れたかたちで、私を見ていた。逃げた先を覚えられていた。隠れたことを、見られていた。
一度見てしまったのだ、と思った。あの晩、目を合わせた瞬間から、それは私だけのものになったのだ。だから親戚には見えない。母にも、父にも、見えない。私が見たから、私にだけ、見える。理屈ではなく、そう肚で理解していた。
かさ、と、乾いた音がした。誰も聞いていない音だった。
四、灌ぎ
祖母の家は、川沿いの集落にある。
子供のころ、祖母に聞いた話を、私は葬儀のあいだじゅう思い出していた。この土地では昔、お産で命を落とした女のために、川に白い布を張ったのだという。流れ灌頂、と祖母は言っていた。布の四隅を竹で立てて、傍らに柄杓を置いておく。通りかかった人が、その布に水を掛ける。何度も、何度も。布が朽ちて、流れてしまえば、女は救われる。そういう習わしだった。
水を掛けるのは、見ず知らずの他人でいい。むしろ、知らない者のほうがいい。縁のない手が、何度も水を注ぐことで、ようやく解ける。縁の深い身内の手では、かえって解けないのだと、祖母は言っていた。幼い私には、その理屈がよくわからなかった。なぜ知らない人のほうがいいのか。なぜ身内ではいけないのか。祖母は笑って、大きくなればわかる、とだけ言った。
それから、声を低めて、こうも言った。──ただし、掛けてやらずに、ただ見てしまうのはいけない。見るだけの者は、水を注がぬまま縁を結んでしまう。布の代わりに、見た者がそこに立たされる。だから通りかかったら、目を逸らすか、必ず水を掛けてやりなさい。中途半端がいちばん、いけないのだと。
縁側で、夏の夕方だった。蚊取り線香の匂いがして、祖母の膝は乾いて、少しかさついていた。その手で私の頭を撫でながら、祖母はその話をした。声のことはもう曖昧なのに、膝のかさついた感触だけが、妙にはっきりと残っている。あのとき祖母は、縁側の柱を背に、膝を抱えるようにして座っていた。なぜそんな座りかたをしていたのか、今になって思い出す。
私はそのとき、ようやく腑に落ちた気がした。
あれは、祖母ではない。祖母の最後の挨拶などではなかった。あれは、解かれることを待っている何かだった。剥がれることも流れることもできずに、ずっと座って、誰かに見つけてもらうのを待っていた。
そして私は、見てしまった。砂利の音に耳をすませ、縁側のそれを見つめ、隠れた姿を覚えられた。水を掛けてやるでもなく、目を逸らすでもなく、私はただ、見てしまった。いちばんいけない、中途半端を。縁のない手で水を注ぐ代わりに、私はそれと、目を合わせてしまった。
葬儀が終わり、出棺の支度が始まった。棺に花が詰められ、蓋が閉じられ、霊柩車が来た。私は親戚に混じって、祖母を送り出した。火葬場へ向かう車のなかで、私は何度も後ろを振り返った。リアガラスの向こうに、家が小さくなっていく。
家は遠ざかっていった。それは、ついてこなかった。
ほっとした。終わったのだ、と思った。あれは家に残された、あの隙間に座る何かは、私が家を離れさえすれば、もう関わりはない。そう思おうとした。窓の外を、田んぼとコンビニと農協の倉庫が流れていく。どこにでもある、現在の風景だった。怪異の入り込む隙間など、どこにもないように見えた。
火葬は二時間ほどで終わった。係の人が炉の扉を開け、私たちは順に箸で骨を拾い、骨壺に納めた。祖母の骨は、思っていたより白く、軽そうだった。すべてが、滞りなく、事務的に進んでいった。
私たちは家に戻った。後飾りの祭壇に骨壺を置いて、母が線香をあげた。
棺のあった場所は、空のままだった。隙間には、何もいなかった。畳に、人のかたちの窪みもなかった。
私は、息をついた。やはり、夢だったのだ。そう思える気がした。
ただ、肩甲骨のあたりが、少しだけ痒かった。喪服の生地が擦れたのだろうと、そのときは思った。
五、養い
その夜から、私の背中に、薄い瘡蓋ができはじめた。
最初は、肩甲骨のあたりが痒いだけだった。掻くと、白い皮が爪のあいだに残った。乾燥だろうと思った。冬だったし、暖房で空気が乾いていた。私は東京の部屋に戻り、いつもの生活に戻った。仕事に行き、電車に乗り、コンビニで弁当を買った。保湿剤を塗った。母が祖母にしていたのと、同じように。
けれど、それは少しずつ広がっていった。背中から、腕へ。腕から、首筋へ。塗っても塗っても、皮膚は乾いて、剥がれて、その下からまた別の層が覗いた。鏡で見ると、剥がれかけた縁が、魚の鱗のように見えた。母が電話で話していた、祖母の瘡蓋。剥がれかけた縁が鱗のようだったという、あの話のとおりに。
夜になると、背中のほうから、かさ、かさ、という音がする。寝返りを打つたびに、乾いた紙を擦り合わせるような音が、布団のなかで鳴る。誰にも聞こえない音だ。同僚は気づかない。シャツの背を見せても、誰も何も言わない。皮膚科の医師は、画面のカルテを見ながら「乾燥性湿疹ですね」と言って、また同じ保湿剤を出した。瘡蓋は、私にしか見えていない。
私は、あの隙間に座っていたものの姿を、思い出す。膝を抱え、背を丸めて、顔のない顔でこちらを見ていた、あのかたち。剥がれることも流れることもできずに、ずっと座って、縁のない手が水を掛けてくれるのを待っていた、何かだった。
そして私は、見てしまった。砂利の音に耳をすませ、縁側のそれを見つめ、隠れた姿を覚えられた。水を掛ける代わりに、私はそれと、目を合わせてしまった。覚えられた者が、次に座る。きっと、そういうものなのだ。
水を掛けてくれる、縁のない手を待っている。何度も、何度も。布が朽ちて流れるまで。けれど、私に水を掛けてくれる他人はいない。この街には私を知らない人ばかりがいるのに、誰も、私の背中の音には気づかない。気づける手は、縁が深すぎる。深すぎて、解けない。
今夜も、背中で音が鳴っている。
かさ、かさ、と。少しずつ、剥がれている。少しずつ、私のかたちが、別の何かに移されていく。鏡の前で膝を抱えて座ると、壁にうつる私の影が、あの夜の縁側のかたちに、よく似ているのに気づく。背を丸めた、あの座りかたに。
私はまだ、戻れるのだと思っている。
痂(完)




