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笠の喪主

AIに設定を読み込ませて執筆された、ホラーショートストーリーです。

ホラーショートストーリーAI朗読Youtubeチャンネルもあります。

https://www.youtube.com/@VacuousKaikitan

一、丘の上の人


 祖母の葬儀の日、火葬場へ向かうマイクロバスの窓から、丘の上に立つ人影を見た。

 霊園は山あいの町外れにあって、坂の途中から灰色の斜面が見渡せた。その斜面のいちばん高いところに、ひとりだけ立っている。喪服の列はもう火葬場の方へ流れていて、誰もその丘を見上げてはいなかった。

 私はなんとなく目で追った。喪服でもなく、作業着でもない。広いつばの、すげ笠のようなものを頭にかぶっている。顔は見えない。笠の影に沈んで、首から上が黒く塗りつぶされたみたいになっている。

 雨は降っていなかった。日も照っていない。曇り空の、ただ白くのっぺりした昼だった。あの笠は要らないはずだと思った。

 バスが角を曲がると、人影は丘の稜線の向こうへ消えた。私は座席に背を預けて、目をこすった。通夜から葬儀まで、ろくに眠れていない。見間違いだろうと、そのときは思った。

 火葬場の控室は、窓の大きい明るい部屋だった。LEDの白い光が床まで届いて、誰かが自販機で買った缶コーヒーの匂いがした。母が泣き腫らした目をして、座布団の上で背を丸めている。叔父たちは小声で香典返しの話をしていた。

 私はスマホで時間を確かめながら、さっきの人影のことを母に話そうとして、やめた。葬儀の最中にする話ではない気がした。母はもう何日も泣いていて、これ以上、妙なことで不安にさせたくなかった。

 収骨を待つあいだ、係の人が事務的に説明をしてくれた。喉仏の骨が、座った仏様の形に見えるのだという。母はその言葉に、また少し泣いた。私は箸で骨を拾いながら、なぜか手が冷たくなっていくのを感じていた。

 祖母は、町では知られた人だった。長く葬儀の世話役を務めていて、近所に不幸があるたびに呼ばれていく。だからこの葬儀には町の年寄りがずいぶん集まり、控室は知らない顔の老人たちで埋まっていた。その誰もが、祖母の世話になったのだと口々に言う。

 私は会釈を返しながら、ふと、あの丘の人もそのひとりだろうかと考えた。けれど火葬場まで足を運ぶ参列者が、わざわざ丘の上に立つ理由はない。

 帰りのバスでもう一度、丘を探した。けれど、もう誰もいない。陽が傾いて、斜面は一面、枯れ草の色をしていた。

 あの人は誰だったのだろう。喪主は母で、参列者の名前は受付の帳面にすべて書いてある。あんな高いところに、ひとりだけ立つ理由のある人は、いなかったはずだ。

 家に帰って喪服を脱ぐとき、肩のあたりが妙に重かった。何かを背負って歩いたあとのような、鈍い疲れだった。


二、見ている


 四十九日が過ぎても、丘の人影は頭から離れなかった。

 私は実家の片づけを手伝うために、しばらく祖母の家に泊まっていた。古い木造の平屋で、仏間には祖母の遺影が飾られている。線香の煙が低い天井に薄く溜まり、畳と簞笥の樟脳しょうのうの匂いが混ざって、子どものころに戻ったような気がした。

 夜、縁側のガラス戸の向こうに、また見えた。

 庭の奥、生け垣の上に、笠の影がのぞいている。背が高い。生け垣は私の身長と同じほどの高さだから、その上に頭が出るということは、二メートル近くあることになる。人としては、おかしな背丈だ。

 息を止めて見つめた。影は動かない。ただ、こちらを向いている――そんな気がした。顔がないのに、向いているとわかる。笠の下の闇が、私の方へ開いていた。

 ガラス戸を開ける勇気はなかった。代わりにスマホのカメラを構え、画面越しに庭を見た。明るさを補正すると、月明かりの庭が青白く浮かび上がる。

 画面の中に、影はいなかった。生け垣があって、その向こうに坂道があるだけだ。

 カメラを下ろすと、肉眼にはまだ、笠が見えていた。

 私はその場に座り込んだ。心臓が喉のあたりで鳴っている。落ち着け、と自分に言い聞かせた。逆光で生け垣の枝が人の形に見えただけだ。そう思おうとした。だが枝なら、カメラにも映るはずだった。映らないものを、目だけが見ている。その事実の方が、影そのものより怖かった。

 翌朝、生け垣を調べた。前夜に水をやったばかりで土はやわらかい。けれど何の跡もなかった。私の運動靴の跡だけが、点々と残っている。二メートルの何かが立っていたなら、跡が残らないはずがなかった。

 その日から、影は毎晩、少しずつ近づいてきた。生け垣の上から、庭の真ん中へ。庭の真ん中から、縁側の手前へ。距離が縮むのは、いつも私が見ていない一瞬のことだった。瞬きをするたびに、笠は数歩ぶん、こちらへ寄っている。

 私は試しに、影を見つめたまま、長いあいだ瞬きをこらえてみた。目が乾いて涙がにじむ。それでも笠は、一センチも動かない。動かないのに、こらえきれずに目を閉じて開けると、また近づいている。見ているあいだは止まり、見ていない隙に進む。だるまさんがころんだ、と思った。子どものころ、この庭でよく遊んだ。あのときも振り向くたび、誰かが背後で固まっていた。

 近づくたびに、わかったことがある。笠の下から、細い雨だれのような音が滴っていた。ぴちょん、ぴちょんと、間を置いて。雨は降っていないのに。縁側の板は、いつも乾いたままだった。音だけが、確かにそこにある。耳を澄ますと、その滴りは私の鼓動と、少しずつ拍子を合わせてきていた。


三、喪主の数


 祖母の家の押し入れから、古い帳面が出てきた。

 表紙に「会葬控」と墨で書いてある。祖母が手書きで、町の葬式を記録していたものらしい。誰の家で、いつ、誰が亡くなったか。喪主は誰で、何人が参列したか。几帳面な字で、何十年分も綴られている。

 私は何の気なしにめくった。古い紙の、かさついた手ざわりがした。そして、手が止まった。

 ページの隅に、小さな印がある。喪主の名前の横に、墨で描いた笠の絵。三角の、すげ笠の形。すべての葬儀にあるわけではなかった。何年かに一度、ぽつりと描かれている。

 笠の印のついた葬儀には、共通点があった。私は日付を指でたどりながら、背筋が冷えていくのを感じた。その印の家では、半年以内にもう一度、葬式を出していた。

 喪主が、次に死んでいる。

 最初は偶然だと思おうとした。年寄りの多い町だ。続けて不幸があってもおかしくはない。私は鉛筆で、印のある家とない家を数えて書き出してみた。理屈で片をつけたかった。だが笠の印は例外なくそうだった。印のない家には、続く不幸はない。印のある家だけが、半年で二度、喪服を着ていた。何度ページを戻しても規則は崩れず、むしろ数えるほどに、規則の方が私を見返してくるようだった。

 それだけではなかった。半年で二度めの葬式を出した家――つまり喪主が死んだ家では、次の葬儀の世話役を、決まって同じ家の者が引き受けていた。喪主の子が、あるいは孫が。役目は他人へは渡らない。印のついた血筋の中だけを、順に巡っていた。

 帳面には、もう一つ気づいたことがある。笠の印は、ふだんの記録とは筆が違っていた。祖母の字は柔らかく、墨が薄い。けれど笠の印だけは、同じ人が描いたとは思えないほど線が太く、黒々としていた。まるで誰かに筆を握らされ、その一画だけを描かされたみたいに。

 祖母の字は、最後のページの手前で終わっていた。最後に記録された葬儀の喪主の欄に、笠の印がある。日付は半年前。祖母自身が世話役を務めた、近所の老人の葬儀だった。

 そしてその半年後――祖母が死んだ。

 帳面の、本当に最後のページ。そこには祖母自身の葬儀が、震える字で前もって書き込まれていた。喪主の欄には、母の名前。その横に、墨の笠が一つ。

 めくる手が震えた。母の名の下に、薄くもう一行ある。

 私の名前だった。喪主、と書いてある。まだ誰も、死んでいないのに。


四、受け取らない


 私はしばらく、その一行を見つめていた。

 ただの偶然だと、もう一度だけ思おうとした。けれど指は、勝手に前のページをめくっていた。印のついた家、半年後の二度めの葬式、同じ血筋が継ぐ世話役。規則はどのページでも崩れず、まっすぐ私を指していた。母が喪主を務め、半年のうちに母が死に、次の喪主は私になる。帳面は、私の死ぬ順番まで決めていた。

 背中をいやな汗が伝った。考えるより先に、手が帳面をつかんでいる。記録がなければ、順番もない。

 庭の隅で、新聞紙に包んで火をつけた。乾いた新聞はよく燃えた。けれど帳面だけが、炎の中で濡れていくように見える。墨の笠の印が、焦げるどころか黒々と濃くなっていった。やがて火が消えると、帳面は灰の上に無傷で残っている。表紙が、しっとりと湿っていた。雨の降らない夜に。

 それでも諦めきれず、私は帳面を川へ持っていった。家の裏の浅い川だ。石を紐で縛りつけ、ふちの深みへ沈める。水音がして、帳面は見えなくなった。これでいい。そう思って踵を返したとき、背中で、ぱさり、と音がした。振り返ると、帳面が川縁の石の上に表紙を上にして載っている。紐も石も消え、濡れてさえいなかった。

 寺へ持っていこうと思った。住職に預けて、供養してもらえばいい。

 翌日、レンタカーを借りて山の上の寺まで行った。本堂の前で帳面を差し出すと、住職は受け取ろうと手を伸ばしかけ、表紙の「会葬控」の字を見た瞬間、手を止めた。一歩、後ろへ下がる。穏やかだった顔から血の気が引いていた。

 困った顔で、これは寺で扱うものではない、と繰り返す。世話役の家のものは、世話役の家で納めるのが筋だ、と言う。

「世話役は、亡くなった人を見送るだけではないのですよ」

 住職は声を落とした。送るうちに、次に送られる人がわかるようになる。わかった者が、次の世話役になるのだ、と。

「あなたが次の世話役なのでしょう」

 住職はそう言った。私はそんなことを一言も話していない。なぜ知っているのかと訊くと、住職は目を伏せて、それきり何も答えなかった。

 帰り道、カーナビが何度も道を間違えた。一度通ったはずの郵便局を、また右手に見る。同じ集落を三度通り、県道の標識が来たときと逆を向いている気がした。逃げるように家へ戻ると、玄関の上がりかまちに帳面が置いてある。私が持って出たはずの帳面が。表紙には、まだうっすら湿り気が残っていた。

 仏間で、線香に火をつけた。祖母の遺影に手を合わせる。どうか、これ以上近づいてこないでください。そう祈った。

 遺影の祖母は、笑っていた。葬儀のときに飾った、あの穏やかな笑顔のまま。けれどその背景――縁側のガラス戸のあたりに、写真を撮ったときには無かったはずの黒い三角が一つ、にじんでいた。額のガラスを指でこすっても、汚れではない。写真の、内側にあった。


五、世話役


 今、私は仏間に座って、帳面を膝にのせている。

 ガラス戸の向こうは庭。庭のいちばん手前、縁側のすぐそこに、笠は立っていた。もう生け垣の上ではない。手を伸ばせば届く距離に、つばの広い影が、雨だれの音を滴らせている。ぴちょん、ぴちょんと、私の鼓動より少し遅れて。

 顔は、やはり見えない。笠の下の闇が、ゆっくりとこちらへ開いていく。私はもう、逃げようとは思わなかった。逃げられないからではない。そうすることが世話役の役目なのだと、いつのまにか知っていたからだ。帳面を継ぐ者は、笠を継ぐ。それは決められたことのように、私の中に降りてきていた。

 帳面を開く。母の名の下の、私の名前。喪主、の二文字。

 私はペンを取り、母の名前の横に、小さな三角を描いた。すげ笠の形を。手が、勝手に動いていた。描き終えると、笠の影がほんの少し後ろへ退く。満足したように。

 これで、母の葬式の喪主は私になる。そして半年後、私の喪主は――その下に、まだ名前のない一行が空いていた。いつか誰かがそこに私の名を書き込み、横に三角を描くのだろう。

 線香の煙が、低い天井に溜まっていく。雨は降っていない。それなのに縁側のあたりから、細く絶え間なく滴る音がする。

 丘の上にいたあの人は、ずっと見ていた。喪を、見下ろしていた。次に笠をかぶる者を選ぶために。送るうちに次に送られる者がわかるようになり、わかった者が丘にのぼって喪を見下ろし、次の喪主を選んで横に黒い笠を描き足す。そうして選ばれた者は半年のうちに送られ、また次の世話役を選ぶ。祖母も、その輪の中にいた。母の名の横の太い墨は、祖母の手だったのだろう。祖母は選ばれた者であり、選ぶ者であり、半年前に自分の番が来たことを知っていたのだ。最後のページの震える字は、そういうことだった。

 私はガラス戸を開ける。庭に出て、丘を見上げた。いつか私が立つことになる、あの枯れ草の斜面のいちばん高いところを。月のない夜で、丘は黒くのっぺりと空に溶けていた。

 頭の上に、いつのまにか、何かが乗っている。広いつばが、私の顔に影を落としていた。指で触れると、編んだすげのざらりとした感触がある。もう外せないことは、触れた瞬間にわかった。雨の降らない夜に、その影の縁から、ぴちょん、と雨だれの音が滴りはじめる。私の鼓動と、ぴたり同じ拍子で。


笠の喪主(完)


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