送り提灯
AIに設定を読み込ませて執筆された、ホラーショートストーリーです。
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一、灯りの消えた村
肝試しに廃村を選んだのは、サークルの先輩だった。
名前は伏せておく。県道を逸れて山あいへ三十分、カーナビが道を見失うあたりに、その集落はある。十年以上前に最後の住人が出て行って、いまは行政上もう存在しない村だ。オカルト系のまとめサイトでは、それなりに名の知れた場所らしかった。八月の終わり、大学の夏休みもあと少しという頃に、私たちは四人でレンタカーに乗り込んだ。
日が落ちてから入る。それが先輩の主張だった。昼のうちに下見をして、暗くなるのを待ってから本番にする。そのほうが雰囲気が出るのだという。私はあまり気が乗らなかった。けれど、断る理由も思いつかなかった。
昼の村は、ただ静かだった。蝉の声だけが、四方の杉林から降ってくる。崩れかけた家が斜面に張りついていて、瓦の落ちた屋根から細い木が生えていた。窓ガラスはほとんど割れ、土間には夏草が膝の高さまで茂っている。湿った木と土の匂いだけが、村のどこにいてもまとわりついてきた。
一軒だけ、集落の中心に大きな建物が残っていた。公民館だろうか、それとも何かの会所だったのか。入口の上に、墨で「送」と一文字だけ書かれた板が打ちつけてあった。半分腐っていて、あとの字は読めない。
その板の下に、提灯がいくつも吊るされていた。
破れて骨だけになったものもあれば、油紙がまだ残っているものもある。みな同じ形で、同じ大きさだった。先輩がスマホで写真を撮りながら、祭りの名残じゃないか、と言った。村が無くなる前は、夏に祭りをやっていたのだろう、と。
提灯の列は、建物から山の奥へ向かって続いていた。点々と、木の枝や朽ちた柱に吊るされて、暗い杉林の中へ消えていく。誰が、いつ吊るしたものなのか。住人がいなくなって十年は経つはずだった。それにしては、油紙の白さが妙に新しい。雨ざらしの十年なら、骨も紙も、とうに灰色に朽ちているはずなのに。
けれど私は、そのときは深く考えなかった。日が傾くまで、私たちは村の下を流れる川の河原で時間を潰した。誰かが買ってきた手持ち花火をして、コンビニのおにぎりを食べた。山あいのこんな場所にコンビニはない。来る途中の国道沿いの店で、まとめて買い込んできたものだ。
花火の火薬の匂いが、川面を渡る風に流れていく。後輩が、ここ電波入りますね、と意外そうにスマホをかざした。先輩が、まとめサイトに昔の祭りの話があった、と画面を見せてくる。村では夏に「送り」の祭りがあって、村中の家から一つずつ提灯を出し、それを山の奥の社まで運んだのだという。災いを集めて、村の外へ送るための祭り。ただ、記事には妙な一節があった。社は終点ではなく、災いを村の外の誰かへ渡すための場所だった、と。渡す相手が誰かは、書かれていない。社の場所も、いつ廃れたのかも、記事にはなかった。へえ、と私は気のない返事をした。そのときは、それだけの話だった。
やがて日が暮れた。空の青が、藍から黒へ沈んでいく。川の音が、急にはっきりと耳に届きはじめた。私たちは懐中電灯を手に、もう一度村へ入った。
二、半袖の男
夜の村は、昼とは別の場所のように見えた。
懐中電灯の光が届く範囲だけが世界で、その外側は、ただ黒い。家々の窓が、こちらを見ている目のように並んでいた。先頭を歩く先輩が、わざと低い声で怪談を始めた。けれど、誰も笑わなかった。風がないのに、どこかで木の軋む音がする。蝉はもう鳴いていない。昼にあれほど降っていた声が、日が落ちると一斉に止んでいた。
例の建物まで来たとき、後輩の女の子が、あっ、と小さく声を上げた。
入口に、人が立っていた。
懐中電灯を向ける。普通の男の人だった。年の頃は四十くらいだろうか。白っぽい半袖のシャツを着ている。手に、コンビニのものらしい白いビニール袋を提げていた。袋は、中身で重そうに膨らんでいる。
幽霊ではない。それははっきりしていた。光を当てれば足元に影が伸びたし、シャツの胸が、呼吸で上下していた。生きている、ごく普通の男の人だった。それなのに、白いシャツの袖口だけが、何年も着古したように黄ばんで、ほつれていた。受け取ったばかりのように白い袋と、長く晒されたようなシャツ。その取り合わせが、ひどくちぐはぐだった。
だからこそ、おかしかった。
行政上は存在しない、夜の廃村の入口に、なぜこの人は半袖のシャツ一枚で立っているのか。ここへ来る道で、対向車は一台も見なかった。建物のそばにも、車は停まっていない。歩いてここまで来たのなら、国道から何時間かかるか分からない。手にしたビニール袋は、それなのに、ついさっきレジで受け取ったように白かった。皺の一つもなく、口の結び目だけが、きつく結ばれている。
男は私たちを睨んでいるようにも見えた。ただ立っているだけのようにも見えた。表情が、よく読めなかった。懐中電灯の光の中にいるのに、顔の造作だけが、なぜか靄がかかったように曖昧だった。先輩が、こんばんは、と声をかける。男は答えなかった。代わりに、提灯の続く山の奥のほうへ、ゆっくりと顔を向けた。
それから男は、ビニール袋を持ち上げて、私たちのほうへ突き出した。
受け取れ、ということなのだと思った。けれど誰も動かなかった。私の腕を掴む、後輩の指の爪が食い込んでいた。男は袋を突き出したまま、もう一度、山の奥へ顔を向ける。提灯の列の、いちばん奥のほう。光の届かない、杉林の闇のほうを。
行け、と言われている気がした。受け取って、あの奥へ行け、と。
三、袋の中身
逃げよう。最初にそう言ったのは、私だったと思う。
四人で来た道を駆け戻った。レンタカーは村の入口の、舗装が切れるあたりに停めてある。男は追ってこなかった。途中で一度だけ振り返ると、入口に立ったまま、まだこちらを見ていた。ビニール袋を提げたまま、ぴくりとも動かずに。
車に乗り込んで、先輩がエンジンをかける。タイヤが土を噛んで、車体が大きく揺れた。砂利を踏む音、エアコンの送風、四人の荒い息。そのとき、後部座席の後輩が、足元のものを踏んづけた。
白いビニール袋だった。
いつから車内にあったのか、誰にも分からなかった。窓は閉めていた。男に背を向けて走っている間、誰一人、何かを受け取った覚えはない。けれど袋は、確かにそこにあった。男が提げていたものと、同じ白さで、同じように膨らんで。
先輩が車を停めた。誰も口をきかない。後輩が、震える手で袋の口の結び目をほどいた。
中には、提灯が入っていた。
昼に見た、あの建物に吊るされていたのと同じ提灯。油紙の新しい、骨の白い、一つの提灯。畳まれて、袋の底に丁寧に納まっていた。それだけだった。ほかには何も入っていない。私たちは、それが何を意味するのか、すぐには分からなかった。ただ、誰も触れようとしなかった。
そのとき、後輩のスマホが鳴った。
画面に、村のほうを撮った昼間の写真が表示されていた。建物の下に吊るされた、提灯の列。先輩が撮ったものを、グループに共有していたのだ。後輩が、その写真を指で広げて、提灯の数を、一つずつ数えはじめた。
数えおえて、後輩は手を止めた。
提灯の数が、減っている。震える声で、そう言った。昼に撮った写真の提灯は、九つだった。いま、私たちの足元の袋の中に、一つある。村に残っているのは、たぶん八つ。誰も、夜の村でもう一度数える気にはなれなかった。けれど数えなくても分かった。
差し引きは、合っている。合っていることが、いちばん恐ろしかった。
九から一を引けば八になる。当たり前の算数が、このときばかりは、取り返しのつかない契約の証文のように思えた。私たちは確かに、一つ受け取ってしまった。受け取った覚えもないまま。先輩が、ハンドルを握る手をじっと見ていた。その手の甲に、夏なのに、鳥肌が立っていた。
四、灯りを返しに
返しに行こう。先輩は、そう言った。
持って帰ってはいけない。それだけは、四人とも、理屈ではなく分かっていた。あの男は、村から提灯を持ち出そうとしていたのではない。逆だった。提灯を私たちに持たせて、村の外へ送り出そうとしていたのだ。
夏の祭りは、送る祭りだ。河原で先輩が見せてくれた記事を思い出していた。社は終点ではなかった。村の外の、誰かへ渡すための場所。山の奥へ送っていたのではない。山の奥から、外へ渡していたのだ。疫病を、不作を、悪いものを、提灯に乗せて、村の外の誰かへ。そして今、村にはもう誰もいない。村の外から来た者に渡すしかない。
送られているのは、私たちのほうだった。
車を村の入口に戻した。男はもう、入口に立っていない。私たちは懐中電灯と、袋に入った提灯を持って、もう一度あの建物まで歩いた。提灯の列は、相変わらず山の奥へ続いている。それでも、本数を数えようとして、私は手を止めた。数えるたびに、数が違うのだ。八つに見え、十に見え、また八つに見える。光を向けるたびに、闇の奥で白いものが増えたり減ったりしているようだった。
建物の入口に、提灯を一つ、元の鈎に掛けようとした。
掛からなかった。鈎は、すべて埋まっている。昼に見たときには空いていたはずの場所まで、新しい提灯で埋まっていた。掛ける場所がない。それなら、と私は袋を入口の地面に置いた。置いて、一歩下がる。次に瞬きをしたとき、袋は、また私の手に提げられていた。重さも、白さも、置く前とまるで変わらずに。もう一度置いた。同じだった。指の力を抜いても、提灯の取っ手は手のひらに貼りついたように離れない。私たちが返そうとしている一つ分だけ、村の提灯は、もう満ちている。
返せない。
村は、もう受け取らない。送り出したものを、村が再び引き受けることはない。それが、この祭りの形なのだと、そのとき腑に落ちた。腑に落ちて、足が動かなくなった。背中を、汗が一筋流れていく。風はないのに、それは冷たかった。
山の奥で、誰かが歩いている音がした。砂利を踏む、ぴしゃ、ぴしゃ、という、妙に湿った足音だった。乾いた砂利を踏む音ではない。何か濡れたものが、裸足で、ゆっくりと近づいてくるような音。一歩ごとに、それははっきりと大きくなる。提灯の列の、いちばん奥から。私たちは提灯を袋に戻し、その音に背を向けて、もう振り返らずに駆けた。後ろで足音が止まったのか、追ってきたのか、確かめる勇気はなかった。
五、提灯は満ちている
あれから、ひと月が経つ。
私たちは無事に村を出た。提灯は、袋に入れたまま、先輩のアパートに置いてある。捨てようとした。燃えるゴミの日に、ほかのゴミに紛れさせて出した。けれど翌朝、玄関の前に、白い袋がぽつんと戻っていた。次は、車で一時間かけて河口まで運び、川に流した。袋は、ゆっくりと流れの向こうへ消えていった。それなのに三日後、先輩の郵便受けに、それは入っていた。濡れた跡もなく、出したときのまま、口の結び目だけがきつく結ばれて。寺へ持っていこうとして、その前に、四人で電話で相談した。やめておこう、と誰かが言った。理由は口にしなかった。けれど、みんな同じことを考えていた。寺は、たぶん、受け取らない。あの村の鈎が、もう一つ残らず埋まっていたように。
夜、眠る前に、ときどき思い出す。あの男のことだ。
白っぽい半袖のシャツ一枚で、ビニール袋を提げて、夜の廃村の入口に立っていた、ごく普通の、生きている男の人。あの人も、いつか、誰かに提灯を持たされたのではないか。受け取って、返せなくなって、それからずっと、次の誰かを待っていたのではないか。村の入口で。袋を提げて。送り出す相手が来るのを。
昨日、先輩から写真が送られてきた。アパートの玄関に置いた、あの袋を撮ったものだ。口の結び目が、少しだけほどけている。中を覗いた先輩が、震える声でメッセージを残していた。
提灯が、二つになっている。一つは、廃村で受け取ったもの。もう一つは、見覚えのない、油紙の黄ばんだ、ずっと古いもの。誰かがいつか受け取って、返せないまま抱えていた一つが、先輩のところへ移ってきたのだと思った。
私は、自分の部屋の隅を見る。いつから置いてあるのか分からない、白いビニール袋を。膨らんだ口の隙間から、油紙の、まだ新しい白さが覗いている。先輩のところで二つになったのなら、私のところの一つも、いつか増えるのだろうか。それとも、もう増えているのを、私が数えていないだけなのか。
外では、まだ蝉が鳴いている。夏は終わっていない。半袖でいられる日が、あと幾日か残っている。
送る祭りは、送り出す相手がいなければ終わらない。村が無くなっても、祭りだけが残った。私たちが受け取ってしまったから。
それを提げて、私はどこの入口に立つのだろう。次の誰かが、肝試しに来るのを待って。受け取れと、袋を突き出すために。
送り提灯(完)




