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招かれ提灯

AIに設定を読み込ませて執筆された、ホラーショートストーリーです。

ホラーショートストーリーAI朗読Youtubeチャンネルもあります。

https://www.youtube.com/@VacuousKaikitan

一、宵宮の残り灯


 うちの町の稲荷神社は、境内が驚くほど狭い。

 鳥居をくぐって十歩も歩けば、もう拝殿の階に手が届く。それなのに、毎年の宵宮には町じゅうの人が集まって、肩がぶつかるほどの賑わいになる。出店は店屋のものではなく、近所の人たちが手作りで出す。焼きそばの鉄板も、綿菓子の機械も、隣の田中さんの納屋から運び出してきたものだ。社務所の裏で煮炊きの煙が上がって、醤油の焦げる匂いが、油と汗の匂いと混じり合う。それが私にとっての、夏の匂いだった。


 私は中学三年で、その夏も例年どおり夜まで居座っていた。隣のクラスの陽介と二人、参道の端にしゃがんで、生地の余りで焼いてもらったお好み焼きを食べていた。陽介は近所の幼なじみで、それ以上でも以下でもない。男女で居残っていても、誰も冷やかしたりしないくらいには、知れた間柄だった。境内の隅では、小さな子が金魚すくいの水槽を覗き込んで、母親に手を引かれていく。その姿を、なんとなく目で追っていた。


 この神社には、子どもの頃から言い聞かされてきた決まりがいくつかあった。鳥居の真ん中は通らない。狐の像の前で振り返らない。そして、暗くなったら長居しない。どれも理由は教えてもらえなかった。ただ、祖母が生きていた頃、宵宮の帰り道で一度だけ、ぽつりと言ったことがある。昔この町でも、祭りの晩に子どもが二人、行方知れずになったのだと。神隠しに遭ったのだと、大人たちはそう言って手を合わせていたらしい。作り話だと思っていた。私はその話を、怖いとも思わず聞き流していた。


 夜の九時を回ると、提灯の灯りが一つ、また一つと落とされていく。

 鈴の音が遠くで鳴る。神輿を蔵に戻す合図だ。私たちは焼きたてのお好み焼きを半分に割って、片方を拝殿の前の小皿に置いた。お稲荷様におすそ分け、と昔から母に言われてきたからだ。残りを頬張りながら、片づけの手伝いに立とうとしたとき、参道の向こうから町内会の池辺のおいちゃんが手招きした。


「○○ちゃん、陽介、そろそろ帰っぺ。いっしょにあんべ」


「はーい」と私は返事をした。

 おいちゃんは、なぜかこちらを見ない。手招きの形のまま、首だけを左右に振って、また同じことを言う。私の声が聞こえていないみたいに。提灯の灯りが、また一つ、ぽとりと落ちた。残った灯りが、参道に細長い影を引いている。その影が、いやに濃いと思った。


二、呼ばれない名前


 立ち上がって、もう一度大きな声で返事をした。

 手も振った。それでもおいちゃんはこちらに気づかない。やがて隣にいた酒屋のおばちゃんに向かって、「○○と陽介、どこさ行ったか知らねえか」と尋ね始めた。こんなに近くにいるのに。私はゴミ袋を提げたまま、おいちゃんのほうへ駆け寄った。


「ここにいるよ」


 肩を叩いた。確かに叩いた。布越しの肩の硬さも、手のひらに伝わってくる。けれどおいちゃんは振り向かない。私の手が触れているあたりを、虫でも払うように一度だけ撫でて、それきりだった。陽介が私の腕を掴んだ。指の冷たさが、はっきりとあった。爪が少し食い込むくらいの強さで、彼の手は震えていた。


「なあ。なんかおかしいぞ、これ」


 おばちゃんが急に声を上げた。「あれっ、二人して、そこの椅子で食べてたのに」と、私たちが座っていたあたりを指差す。指の先には、誰もいない椅子があるだけだった。私たちはその椅子のすぐ横に立っている。声を張り上げても、手を振っても、目の前の大人たちは私たちを通り越して、どこか遠くを探していた。耳のすぐ横で、自分の心臓の音だけが大きくなっていく。


 境内が、ざわつき始めた。

 誰かが私たちの自転車を見つけた。鳥居の脇に二台、並んで停めてある。陽介の籠には、さっきすくった金魚すくいの袋がまだ揺れていた。「荷物もそのままだ」「変だ」「神隠しでねえか」——そういう言葉が、人の口から口へ伝わっていくのを、私たちはただ眺めていた。自分のことなのに、まるで他人の噂話のように。大人の一人が拝殿に駆け上がって、宮司を呼んでくる。提灯の灯りは、もうほとんど落とされていた。残った最後の一つが、拝殿の軒先で、心細く揺れている。


 おばちゃんの一人が、両手で口を覆って、後ずさりした。私の祖母が話していた、昔の二人。その名前を、誰かが口にしたのが聞こえた。私はその名を知らない。けれど大人たちは皆、その名を知っていた。同じ場所で、同じことが、また起きている。そう思っているのが、強張った横顔から伝わってくる。私は陽介の手を、握り返した。彼の指は、まだ震えていた。


三、灯りの裏側


 陽介が、拝殿のほうを振り返った。

 さっき小皿に置いたお好み焼きが、消えていた。皿だけが、ぽつんと残っている。鳥や猫が咥えていったのかもしれない。けれど私は、置いた瞬間のことを思い出していた。お稲荷様におすそ分け、と口の中で唱えながら、私は半分を皿に置き、半分を自分の口に入れた。神様の分を、横取りした。そういう食べ方を、毎年していた。今年だけ、九時を回ってからだった。片づけが長引いて、最後まで境内に残っていた子どもは、もう私たち二人きりだった。例年なら、灯りのあるうちに、みんな食べ終えて帰っていた。九時を過ぎてから神様の膳に手をつけたのは、きっと、私たちだけだったのだ。


 胃の底が、すっと冷えた。

 これは、おすそ分けではなかったのかもしれない。神様の膳から、私たちのほうが、いただいてしまったのではないか。九時を回った境内で、灯りが落ちきったあとの一皿を。それは人の側の食べ物ではなく、もう、向こう側の膳だったのではないか。母の声が、耳の奥でよみがえる。お祭りの食べ物は、灯りのあるうちにおあがり。暗くなったら、もう神様の刻だからね。子どもの頃に何度も言われて、意味も分からず聞き流していた言葉だった。


「陽介。私たち、たぶん、招かれたんだ」


 口にしてから、自分でも馬鹿馬鹿しいと思った。神隠しなんて、祖母の昔話の中の言葉だ。きっと何か、もっと普通の説明がつくはずだった。集団で気づかないふりをされているとか、私たちの聞き間違いだとか。けれど、肩を叩いた手の感触は確かにあった。おばちゃんの指差した先の、空の椅子。噂話のように流れていく、自分の名前。どれも普通の説明を撥ねつけていた。一つずつ可能性を潰していくと、最後に残るのは、いちばん信じたくない一つだけだった。


 口にした言葉が、正しいと分かった。

 神隠しというのは、どこか遠くへ攫われることだと思っていた。違った。私たちは一歩も動いていない。同じ境内に、同じ夜に、ただ立っている。動いたのは私たちではなく、灯りの裏と表だ。提灯の灯りが落ちるたびに、表の祭りが一つずつ仕舞われ、裏側の——お稲荷様の側の祭りが、一つずつ開いていく。私たちは、その境目をまたいでしまった。膳に手をつけた者から順に。最後の提灯が落ちれば、表の祭りは終わる。そのとき私たちは、完全に裏側へ残されるのだろうか。


四、影のお練り


 帰ろう、と私たちは決めた。

 自転車に乗って、田んぼと畑に挟まれた一本道を漕いだ。左手にずらりと田んぼが続き、右手には畑が連なっている。すれ違う祭り帰りの人に声をかけても、誰も振り向かない。蛙の声だけが、やけに近い。途中で陽介が「待って」と自転車を止めた。前輪のライトが、ふっと暗くなっていた。


「さっきから、あいつら、お前の籠ばっか見てる」

「え」

「そのキーホルダー、籠に入れて」


 私の鞄には、夜になると淡く光る蓄光のキーホルダーが下がっていた。安物の、星の形をした緑のやつだ。言われるまま、自分の自転車の籠に移し、二台とも道端に乗り捨てる。陽介に手を引かれて、右手の畑に分け入った。背の高いトウモロコシの茎が、私たちの姿を隠す。葉の縁が腕をかすめて、細い痛みが走った。「しゃがんで。あれ見て」と陽介が囁いた。


 街灯の下を、祭り帰りの人影が通り過ぎていく。

 そのなかに、黒いとも白いとも透明ともつかない、輪郭のあやふやな人影が、混じっていた。提灯を提げて、ゆっくりと列をなして歩いている。お練りだ、と思った。神輿のあとに続く、行列。けれどその列は、生きた人の歩みより半拍だけ遅れて、こちらへ近づいてくる。蜃気楼ではない。蜃気楼なら、こんなに長いこと、形を保っていない。


「あれにライトが当たったとき、顔が見えた」と陽介が言った。

 私は訊かなかった。誰の顔だったのか。それでも、ひとつだけ気づいてしまったことがある。列の先頭をゆく二つの影は、ほかのどの影よりも小さかった。子どもの背丈ほどの。提灯を提げた手の高さが、低い。私は祖母の話を思い出して、口をつぐんだ。昔この町で、祭りの晩に消えた、二人。あの二つの影が、そうなのではないか。そう思った途端、声が出せなくなった。


 影たちは、道端に乗り捨てた自転車の籠で淡く光る、蓄光のキーホルダーの明かりを、まっすぐに辿ってくる。わざと畦道を選んで遠回りしても、列は遅れずについてくる。私たちが普段通らない道まで、影は知っているようだった。畑の畝にうずくまって、息を殺す。土の匂いがした。湿った、夜の土の匂い。膝の下で、湿った土が冷たく沈んでいく。しばらくすると、影の列は道の先で立ち止まり、こちらを向いたまま、動かなくなった。提灯だけが、ゆらゆらと揺れている。私たちが灯りを取り戻すのを、待っているように見えた。


五、まだ点いている


 それから三日、私たちは家にも警察署にも神社にも行った。

 誰にも声は届かなかった。スーパーのレジに多めのお金を置いて飲み物を取り、店員の腰の後ろで組んだ手のひらに無理やり握らせても、お金は床に落ちて、店員は気づかない。事務所のテレビを消してみると、画面はちゃんと暗くなった。物には触れられる。強く肩を押せば、人はわずかによろめく。けれど誰も、私たちには気づかない。私たちは確かにここにいるのに、誰の目にも、空いた椅子のようにしか映らないのだ。眠れず、食べる気も起きず、ただ影から隠れて夜を渡った。


 三日目の夜、橋の下で、とうとう眠ってしまった。

 陽介に肩を揺すられて目を覚ますと、川の土手を、懐中電灯の光がこちらへ近づいてくる。警官だった。私たちのほうを、まっすぐに見ている。声をかけてくる。会話のできる人が、三日ぶりに現れた。私は泣いた。そのまま保護されて、家出ということで処理された。私たちは三日しか家を空けていないのに、町では二週間、行方知れずになっていたという。乗り捨てた自転車も、スーパーに置いてきたお金も、ちゃんと見つかっていた。けれど誰も、その三日と二週間の隔たりを、説明できなかった。


 なぜ警官にだけ見つかったのか、長いこと分からなかった。

 あとで気づいた。乗り捨てた私の自転車の籠の、蓄光のキーホルダー。あれは三日のあいだ、夜ごと淡く光り続けていた。影たちを呼ぶ灯りであると同時に、私たち自身を、表の人の側へわずかに繋ぎ止める錨でもあったのだ。あの光が点っているあいだだけ、私たちはかろうじて、表側に片足を残していられた。光が尽きかけた、その最後の夜。橋の下で眠る私たちの輪郭が、ほんの一瞬、表側へ滲んだのだろう。あとで聞いた話では、土手を巡回していた警官が「何か動いた気がした」と言って、懐中電灯を橋の下へ向けたのだという。陽介の言ったことは正しかった。籠に入れて、置いていって、よかったのだ。あの淡い光が、私たちを表側へ繋ぎ止めていた、最後の一本の糸だった。


 ただ、一つだけ、思い違いをしていた。

 あの夜、影の列がこちらを向いて待っていたのは、私たちが灯りを取り戻すのを待っていたのだと、ずっとそう思っていた。違うのかもしれない。膳に手をつけて招かれた者は、いつか灯りの裏側に、影として並ぶのではないか。あの列は、私たちより先に招かれた人たちだったのだ。だとすれば、立ち止まって待っていたのは、灯りではない。次に列へ並ぶ者を、待っていたのだ。


 宵宮のたびに、私はあの小皿の前に立つ。

 焼いてもらったお好み焼きは、今は丸ごと皿に置いて、自分の口には入れない。灯りのあるうちに、人の側で食べるぶんは、別に取り分けておく。それでも夜の九時、提灯の灯りが一つ落ちるたび、参道の端に、見覚えのある淡い光が点るのが見える。蓄光の、あの淡い緑。私の鞄に下がっていたのと、同じ光。今年も点いている。私のものではない、どこかの子のそばで。あの子は、もう半分を、口に入れてしまっただろうか。それとも、まだ間に合うだろうか。


招かれ提灯(完)


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