水嫁
AIに設定を読み込ませて執筆された、ホラーショートストーリーです。
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一、乾かない手
祖母が死んで、ひと月が経った。
遺品整理のために岩手の大槌へ向かったのは、六月の初めのことだ。祖母の生家が沿岸の町にまだ残っていると知ったのは、葬儀のあとだった。
祖母は故郷の話をしない人だった。十八で町を出て、それきり一度も帰らなかったという。母と相談して、身軽な独り身の私が家の片付けを引き受けることになった。
東京から新幹線で新花巻まで行き、レンタカーで山をいくつも越えた。海の見える町へ下りた頃には、昼を過ぎていた。
大槌は水の町だった。山から下りてきた大槌川が町を抜けて、湾へ注いでいる。道端のあちこちに湧き水が引かれ、土地の人が桶で野菜を冷やしていた。車の窓を開けると、潮の匂いに混じって、冷たい土の匂いがした。
祖母の生家は、川からほど近い古い平屋だった。庭は夏草に埋もれていたが、家そのものは思ったより傷んでいない。誰かが時々、風を通していたのかもしれなかった。
鍵を開ける前に、私は家の前の水場で手を洗った。石を組んだ小さな水場で、底まで透けるほど澄んだ水が、絶えず縁から溢れている。長い運転で手が汗ばんでいたし、なにより、その水があまりに綺麗だったからだ。
指先が痺れるほど冷たかった。
家の中は、時間が止まったようだった。仏間には古い箪笥と仏壇が残されていて、鴨居の上の写真は日に焼けて、顔の判別がつかなくなっていた。私は雨戸を開け、畳を拭き、最初の一日を掃除だけで終えた。
夜になって、手を洗ったときの冷たさがまだ抜けていないことに気づいた。
正確に言えば、冷たさではない。湿りだった。ハンカチで拭いても、左手だけがしっとりと湿っている。タオルで強く擦っても同じだった。乾いた、と思って数分もすると、掌にうっすらと水気が戻ってくる。
スマホの画面が、左手の指を受け付けなくなった。濡れた指だと判定しているらしい。右手なら普通に反応する。つまり機械の目にも、この手は濡れて見えるということだ。
古い家の湿気のせいだろう。初日の私は、まだそう思うことができた。
その夜、敷いた布団の中で気づいた。
床下で、水の音がしている。
雨樋の音でも、配管の音でもない。細く、絶え間なく、土の下を流れていく音だった。知らない家の、知らない音のはずだった。それなのに、その音はなぜか、初めて聞く気がしなかった。
耳を澄ますうちに、いつの間にか眠っていた。
夢は見なかった。ただ、朝になっても左手は乾いていなかった。
二、湧き水の町
翌朝、隣家の老婦人が茹でた野菜を持って訪ねてきた。祖母を子どもの頃から知っているという、小柄な人だった。
「トキちゃんの孫なの。まあ、よく来たねえ」
縁側でお茶を出すと、老婦人は懐かしそうに目を細めた。祖母の名前を他人の口から聞くのは、ずいぶん久しぶりだった。
「この家もずっと空いたままでね。トキちゃん、一度も帰ってこなかったから」
「祖母は、どうして帰らなかったんでしょうか」
老婦人は湯呑みに目を落として、少しだけ黙った。
「……お姉さんのことがあったからかしらねえ。サヨちゃんっていう、五つ上のお姉さんがいたのよ。十三の夏に、川で亡くなったの」
六十年余りも前の話だという。祖母に姉がいたことを、私はその時に初めて知った。
「上流の、嫁ヶ淵っていう深い淵でね。昔から、あそこにだけは近づくなと言われていたの」
嫁ヶ淵。変わった名前だと思った。けれど老婦人はそれ以上を語らず、話を変えるように庭先の水場を指した。
「この町の湧き水はみんな、大槌川の伏流なのよ。家の下も、道の下も、水が流れているの。水で繋がっていないところなんて、この町にはないの」
だから床下で水の音がしたのか。私は妙に納得して、昨夜のことを話した。それから、何気なく左手のことも。
老婦人の顔から、表情が消えた。
「その手、いつから」
「昨日、着いてからですけど……家に入る前に、そこの水場で手を洗って」
湯呑みを置く音が、硬く鳴った。
「今年は雪が少なくてねえ。川がずいぶん痩せているの」
それがどう関係するのか、私には分からなかった。老婦人は腰を上げて、帰り際に一度だけ振り返った。
「早くお帰り。荷物なんか置いていきなさい。――水場の水さ、もう触るんでねえよ」
それまでの柔らかい言葉つきが、最後だけ別人のようだった。
昼前、私は気分を変えるつもりで川まで歩いた。老婦人の言ったとおり、川は痩せていた。流れの真ん中に白い石がいくつも背を出して、岸に近いところでは、乾いた川底がひび割れている。水際に立つと、流れの音は思いがけず細かった。あの夜、床下で聞いた音のほうが、よほど豊かに聞こえた気がした。
川面を眺めているうちに、左手の湿りが、ほんの少し強くなったように思えた。気のせいだと自分に言い聞かせて、私は家へ引き返した。
午後は片付けを続けた。気味の悪い話ではあったけれど、家を放り出して帰るわけにもいかない。湿った左手は相変わらず乾かなかった。拭く回数を数えるのは、もうやめていた。
夕方、仏間の箪笥の引き出しから、布を貼った古い手帖が出てきた。
表紙に名前はない。開くと、細い鉛筆の字が詰まっていた。
三、水は数を忘れない
手帖は、曾祖母が書いたものだった。
日付は古い順に並んでいた。読み進めるうちに、指先が冷えていく。
――旱の年に、先々代が嫁ヶ淵の主に水を乞うた。引き換えに、家の娘を一人、淵へ嫁がせる約束をした。
――川の痩せる年、この家の娘の手は乾かなくなる。それが、選ばれた徴。
――春から、上の娘の左手が乾かない。サヨはまだ笑っている。
――サヨが、夜のうちに家を出た。淵に白いものが立っていたと、見た者が言う。
――引き上げられた娘は、もう、嫁いだあとの躰だった。医者は何も言わず、皆も何も言わなかった。
そこから先は、字が乱れていた。
――水嫁は一人では終わらない。嫁いだ家の血は、もう向こうの家の血でもある。川の痩せる年にこの町の水へ触れた娘は、淵に、嫁と数えられる。
――水は数を忘れない。
――川がああまで痩せるのは、何十年に一度のこと。次の渇水が来る前に、トキを町から出す。あの子だけは。
最後の頁は、一行だけだった。
――トキ、帰るな。娘を産んでも、決して。
私は手帖を閉じて、自分の左手を見た。
部屋の明かりの下で、掌が薄く光っている。
落ち着け、と自分に言った。古い家の伝承と、ただの手の湿りだ。結びつける根拠はどこにもない。皮膚の病気かもしれないし、この土地の水が肌に合わないだけかもしれない。
けれど、と頭の隅で声がする。皮膚の病気なら、なぜ左手だけなのか。なぜ機械までが、この手を濡れていると判定するのか。
六十年余り前に死んだ少女と同じ徴が、いま、私の手にある。
今年は、川の痩せる年だ。
そして私はあの水場で、この町の水に触れた。
四、どこへでも通じている
翌朝、私は荷物をまとめた。
片付けは業者に任せればいい。家は売ってしまえばいい。要するに、二度とこの町の水に触れなければいいのだ。手帖は、徴の付いた娘がそのあとどうなるのかまでは書いていなかった。書いていないのなら、町を出れば逃れられると考えたかった。そう考えることで、私はかろうじて冷静でいられた。
レンタカーで山を越え、新花巻から新幹線に乗った。来た道を、そのまま引き返しただけだ。それなのに帰りの車窓は、行きよりもずっと長く感じられた。トンネルを抜けるたび、窓の外を川が並んで走っていた。東京に着く頃には、外は雨になっていた。
部屋に戻って、最初にしたのは左手を拭くことだった。
乾かなかった。
湿りは、手首のほうへ少し広がっていた。
それでも数日は、何ごともなく過ぎた。会社へ行き、帰り、眠る。左手のことは、なるべく考えないようにした。職場では誰にも気づかれなかった。湿った手というのは、見ただけでは分からないものらしい。ただ一度だけ、左手で押さえていた書類を受け取った同僚が、紙の端を摘まんだ自分の指を不思議そうに見つめたことがあった。
最初の異変は、水道だった。
コップに汲んだ水から、微かに緑の匂いがした。藻と、冷たい土の匂い。あの町の水場と同じ匂いだった。
集合住宅の水道だ。何百という部屋に同じ水が来ている。私の部屋の水だけが匂うはずがない。頭ではそう分かっていた。だから管理会社にも連絡しなかった。説明のしようがなかったからだ。
次は、音だった。
夜中、床下で水が流れている。
私の部屋は二階にある。床下などない。あるのは一階の部屋の天井裏だけで、そこを川が流れているはずがない。配管だと思おうとした。けれど配管の音なら知っている。これは違う。石の上を撫でていくような、川の音だ。あの家の布団の中で聞いたものと、同じ音だった。
スマホで録音してみた。枕元に置いて、音のするほうへ向けて、一晩。朝に再生すると、自分の寝息しか入っていなかった。八時間ぶんを早送りで全部確かめても、水の音はどこにもない。録れていないのではなく、私にしか聞こえていないのだと、認めるしかなかった。
雨の多い六月だった。傘を差しても、どこかしらは必ず濡れた。頬に当たった雨粒が左手と同じ温度をしていることに気づいてから、私は雨の日に外へ出るのをやめた。
ペットボトルの水を買い、風呂をやめて、体は拭くだけにした。湯を沸かすのも怖くなって、食事はほとんど乾いたものになった。そこまでして、ようやく思い至った。
水道も、雨も、ペットボトルの水も、元を辿ればみんな繋がっている。海から雲へ、雲から山へ、山から川へ。あの淵の水と、この部屋のコップの水を分けるものなんて、本当はどこにもない。
あの老婦人の言葉は、あの町だけの話ではなかったのだ。
水で繋がっていないところなんて、ない。
湿りは、肘のほうへ広がり続けていた。
五、満ちる夏
七月に入って、雨が続いている。
近頃、覚えのないことが増えた。
気がつくと、浴槽に水が張ってある。蛇口は閉まっているのに、なみなみと、縁のすぐ下まで。最初の夜は震えながら栓を抜いた。次の夜も抜いた。その次の夜は、抜く前に、しばらく水面を眺めていた。
黒い水面に、部屋の明かりが揺れている。緑の匂いがする。嫌な匂いのはずなのに、息を深く吸っている自分がいた。
左手を浸してみたのは、いつの夜だったか。
冷たい、と思ったのは一瞬だった。すぐに、温度が分からなくなった。水の中では、手が濡れているのか乾いているのか、区別がつかない。あの執拗な湿りが、水の中でだけ消える。
正しい場所に戻った。そんな感覚だった。
それが恐ろしくて、私は手を引き抜いた。引き抜いて、けれど栓は抜かなかった。
今では、夜ごとに少しずつ長く浸している。最初は指先だけ、それから手首まで、昨夜は肘まで。引き抜いたあとの腕は、空気の中のほうがかえって重い。乾いた場所にいることのほうが、間違いのように感じられてくる。その感じ方こそが一番恐ろしいのだと、頭のどこかではまだ分かっている。分かっているのに、夜になると浴室の戸を開けている。
湿りはもう、二の腕まで来ている。半袖の季節なのに、私は長袖を着ている。袖口から覗く左手は、部屋の明かりの下でいつも薄く光っている。指で押すと、皮膚の感触に違和感はない。熱もないし、痛みもない。ただ濡れている。川底から拾い上げたばかりの、白い石のように。
昨夜は、床下の水音がひときわ大きかった。細い流れの音ではない。水嵩を取り戻した川が、岩を呑みながら下っていく音だった。
あの淵も、いまごろ満ちているのだろう。
窓の外で、雨が降り続いている。雨は川へ、川は海へ、海はあの湾へ続いている。この部屋の浴槽の水さえ、辿っていけば嫁ヶ淵へ届く。
水は数を忘れない。六十年余りが経っても、約束は約束のままだ。祖母は帰らないことで、それを守った。私はそれを、知らずに破った。淵はもう、私を嫁と数えている。
今夜も、浴槽には水が張ってある。私が張ったのかどうかは、もう確かめていない。
左手はとうに乾くことをやめた。袖の中の湿りは肩へ届こうとしていて、それが満ちきる日のことを、私はもう考えないようにしている。
夏が、満ちようとしている。
水嫁(完)




