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逆さの杜

AIに設定を読み込ませて執筆された、ホラーショートストーリーです。

ホラーショートストーリーAI朗読Youtubeチャンネルもあります。

https://www.youtube.com/@VacuousKaikitan

一、招かれた山


 心霊スポットの情報は、たいてい人づてに回ってくる。

 俺のチャンネルは登録者がようやく三万を超えたところで、世間に名の知れた配信者というわけではない。それでも夜中に廃墟を歩く動画を上げ続けていると、見ている人から「うちの近くにこんな場所がある」という連絡がぽつぽつ届くようになる。だいたいは噂止まりで、行ってみると何の変哲もない空き家だったりする。何時間もかけて山を越えて、結局は撮れ高ゼロで帰る。そんな空振りのほうが、当たりよりもずっと多い。その日の連絡も、最初はそういう一通のつもりだった。

 俺がこの仕事を始めたのは、子供の頃から、人より少しだけ見えてしまうたちだったからだ。階段の途中に立っている人。誰もいない教室の窓辺。怖くはなかった。ただ、いるものはいる。それだけのことだと割り切ってきた。だから廃墟を歩いても、たいていのものは平気で撮れる。怖がる視聴者を、こちらは半分笑って見ていられる。それが、俺の小さな自慢だった。

 差出人は九州の山あいの集落に住む女性だった。地元に廃神社がある。昔から良くない噂が絶えない。肝試しに入った人が戻らなかったこともあるらしい。文面は淡々としていて、煽るところがまるでない。怖がらせようとする気配がないぶん、かえって信じられた。

 添付された写真には、苔むした石段と、その上に建つ鳥居が写っていた。塗りの剥げた木の柱。傾いた笠木。ありふれた廃神社の佇まいだ。だが奥の暗がりに本殿らしき影が沈んでいて、撮れ高は期待できそうだった。俺は返信に礼を書き、撮影日をその週末に決めた。

 高速を途中で降り、ナビの示す県道を山の方へ走った。やがて舗装が途切れ、案内された林道の入口に車を停めたのは、日が暮れてしばらく経ってからだった。スマホの電波は、集落を抜けたあたりでとうに圏外になっていた。画面の隅に、扇形の薄い線が一本も立たない。地図アプリの青い点だけが、何もない灰色の上で、ぽつんと光っていた。

 集落そのものも、妙に静かだった。家々に灯りはあるのに、人影がない。一軒だけ、軒先で老婆が俺の車を見ていた。すれ違いざまに会釈をしたが、向こうは表情も変えず、ただ目で追ってきた。あの神社へ行くのかい、とでも言いたげな目だった。

 山は静かすぎた。

 夜の山には、ふつう虫の声がある。沢の音がある。風が木々を渡る、あの絶え間ないざわめきがある。けれどこの斜面には、それがない。耳のなかで自分の鼓動だけが、だんだん大きくなっていく。空気は湿って、土と苔の匂いが濃かった。俺は懐中電灯を点けて、石段を一段ずつ上った。湿った石は冷たく、苔が足の裏で滑った。一歩ごとに、靴底が小さく鳴った。

 石段は思っていたよりも長かった。途中で一度、後ろを振り返った。下りてきたはずの段が、闇に呑まれて見えなくなっていた。車のテールランプも、もう届かない。前にも後ろにも、光は俺の手元の円だけだった。数えながら上っていた段の数を、いつのまにか忘れていた。何段上っても、鳥居は同じ距離のまま、闇のなかに浮かんでいるように見えた。

 鳥居の下で立ち止まり、カメラを構えた。柱に手を当てると、木肌は思っていたよりも温かかった。夜気にさらされていたはずなのに、人の肌のような、かすかな温もりがあった。手のひらを離すと、そこだけが少し湿っていた。

 俺はその違和感を、撮影前の高揚と取り違えていた。



二、参道の作法


 鳥居をくぐると、空気の質が変わった。

 くぐる前と後で、温度が一度か二度、下がった気がした。境内は思いのほか整っていた。荒れ果てているわけではない。落ち葉が隅に掃き寄せられた跡があり、賽銭箱の縁には埃が薄く積もっているだけだ。誰かが、ときどき手を入れている。廃神社だと聞いていたのに、ここには人の暮らしの名残のようなものがあった。それが、ただ朽ちただけの場所よりも、ずっと薄気味悪かった。

 本殿の前まで進んで、俺はカメラに向かって低い声で状況を説明した。声が、思ったより遠くまで響かずに、すぐ近くで死んだ。狛犬が一対、参道を挟んで座っている。片方は落石で割れたのか、顔の半分が欠けていた。欠けた口が、笑っているように見えた。

 本殿の格子戸の隙間から、奥を照らした。御神体は見えない。代わりに、古い木札が一枚、内側から立てかけてあった。墨で何か書かれている。光を当てて、ようやく読めた。上下を逆さまに記された文字だった。

 逆さの字。

 文字は新しかった。墨の黒は、まだ深く濡れたような艶を残していた。何十年も前に打ち捨てられた神社の、その奥の暗がりに、つい先日書かれたばかりのような札が立っている。それがどういう意味なのか、そのときの俺は深く考えなかった。ただ、いいネタを撮れたとだけ思った。

 俺はそれを面白がって撮った。逆柱という言葉を、どこかで聞いた覚えがあった。木を、生えていた向きと反対にして柱に使うと、夜中に家鳴りがする、災いを呼ぶ。古い大工が忌んだという俗信だ。文字も同じで、わざと天地を逆さに書くのは、何かの順序を裏返す、まじないの類なのだろう。けれどそれが何のための逆さなのかは、見当もつかなかった。

 配信を盛り上げようと、俺は参拝の作法を大げさに演じた。柏手を打ち、頭を下げ、踵を返して鳥居の方へ戻る。鳥居の手前でもう一度手を叩いて、外へ出る。それから社に向き直り、前を向いたまま、鳥居の中へ入り直す。

 誰に教わったわけでもない。台本にもしていない。それなのに、手と足が、勝手にその順番をなぞっていた。次に何をすべきかを、体だけが知っているようだった。頭は遅れて、ただついていくだけだった。

 十秒、数えた。

 一、二、三──数える声が、自分のものに聞こえなかった。口は動いているのに、声だけが少し後ろからついてくる。

 もう一度、柏手を打った。

 乾いた音が、二つ重なった。打ったのは、一度だけのはずだった。

 背後で、空気が鳴った。



三、逆さの鳥居


 振り返ると、参道の途中に、もう一つ鳥居が建っていた。

 来るときには、なかったものだ。

 それは上下が逆さまだった。笠木が地面に埋まり、二本の柱が空へ向かって細く伸びている。地に刺さった逆さの叉のように、夜空を二つに裂いていた。くぐるための門ではない。何かを、外へ吐き出すための形に見えた。

 鳥居の中央は、暗かった。ただ暗いのではない。そこだけ空気が渦を巻いて、ゆっくりと内側へ巻き込まれていく。渦の縁から、無数の細い手が伸びていた。招くように、手のひらをこちらへ向けて、ひらひらと動いていた。

 腰が抜けた。立てなかった。膝が地面についたまま、後ろへも前へも動けなかった。

 鳥居というのは結界だと、いつか誰かが言っていた。柱と横木で組まれたあの形は、人は通れても神は通れぬ仕切りなのだと。浄いものと、浄くないものを分ける境目。あちらとこちらを隔てる門。

 だとすれば、逆さの鳥居は、その境目を裏返したものだ。外に出すべきものを、内に呼び込む。閉じておくべきものを、開け放つ。境界が、反転している。

 手入れの跡を思い出した。掃き寄せられた落ち葉。立てかけられた逆さの札。誰かが、これを保たせている。維持している。空腹のものに、絶やさず餌を運んでいる。

 俺の脇を、何かが這っていった。

 上半身だけの、女だった。



四、満ちていくもの


 女には、腰から下がなかった。

 肘で地面を掻き、長い髪を引きずりながら、逆さの鳥居の渦に向かって進んでいく。逃げているのではない。引き寄せられている。渦の縁の手が、女の髪をつかみ、たぐり寄せた。女の上半身が、渦の中心へ吸い込まれて、消えた。

 鳥居が、ひと回り大きくなった。

 空へ伸びた柱が、軋みながら太くなる。地面に埋まった笠木が、わずかにせり上がる。満たされた。そう思った瞬間、渦の奥から、赤ん坊の泣き声がした。声は、鳥居が膨らむたびに、少しずつ高くなった。

 俺は這って逃げようとした。石段はすぐそこにある。けれど体が動かない。動かないのではなく、向きが分からない。さっきまで下りてきたはずの石段が、見上げる先にあった。地面と空が、入れ替わりかけていた。

 逆さの鳥居の周りでは、上と下が混ざっていく。境界が裏返れば、その内も外も、向きを失う。落ちる先が、空になる。手をついた地面が、天井のように頭の上へ回り込んでくる。平衡が崩れて、胃の底が持ち上がった。

 背後で、縄を引きずる音がした。

 首から太い縄を垂らした男が、ゆっくりと俺の横を通り過ぎた。縄の先は地面を擦り、土に一本の線を引いていた。男は俺を見なかった。迷いもなかった。まっすぐ渦へ歩み入り、その身を投げた。

 鳥居が、また育った。

 育ちきった鳥居は、もう山の木々を越えていた。逆さの柱が雲を突き、笠木の埋まった地面が、その重みで深く沈んでいく。山ごと、裏返ろうとしていた。木が、谷が、星空が、ゆっくりと回転していく。

 札を立てた誰かは、これを鎮めていたのではない。育てていたのだ。満ちるまで、餌を絶やさぬように、参拝の作法を整え、落ち葉を掃き、次の客を待っていた。

 俺はその客だった。動画を見てくれている誰かに招かれて、自分の足で、ここまで登ってきた一人だった。

 そして今夜、鳥居は、もうほとんど満ちかけていた。



五、戻る道


 気がつくと、俺は車の運転席に座っていた。

 エンジンはかかっていた。ヘッドライトが、林道の入口を照らしている。機材はすべて、後部座席に積まれていた。カメラの録画ランプは消えていて、メモリーカードには、その夜の映像が一秒も残っていなかった。さっきまでの石段も、渦も、男も、何ひとつ。

 帰ってきた。そう思った。山を下りて、無事に家に戻れるのだと。

 高速を走っているあいだも、家の明かりを見たときも、俺はそう信じていた。むしろ安堵していた。撮れ高はゼロだが、命があればいい。次の機会に出直せばいい。そんなことを考えながら、いつもの道を、いつものように曲がった。途中のコンビニも、信号も、見慣れたままそこにあった。何も変わっていない。だから、戻れたのだと思い込んだ。

 けれど玄関の鍵を開けて、ドアを引いたとき、ようやくおかしいと気づいた。

 靴を脱いで上がるはずの三和土が、天井の側にあった。見上げた先に廊下の床があり、見下ろした先に、玄関の照明がぶら下がっていた。落ちるのが怖くて、俺はとっさに框へ手をついた。けれど框は、頭の上にあった。指は宙を掻いただけだった。

 部屋に上がっても、それは直らなかった。椅子は天井に張りついて静止し、テーブルの上の茶碗が、落ちもせずにそこにあった。落ちるのは、いつも俺のほうだった。立っているだけで、足の下の床が、空のように深く吸い込もうとしてくる。

 外に出て、空を見た。星が、足の下で瞬いていた。

 あの鳥居をくぐって外へ出たとき、俺は外へ出たのではなかった。逆さの境を抜けて、裏返った側へ、来てしまったのだ。境界が反転した世界では、戻ることが、出ていくことになる。家へ帰ったつもりで、俺は山の奥へ近づいている。下りるたびに、深く沈んでいく。

 スマホが鳴った。圏外だったはずの画面に、扇形の線が、逆さまに立っていた。

 動画を見てくれている人から、また連絡が来ていた。

 地元に廃神社がある。良くない噂が絶えない。肝試しに入った人が、戻らなかったこともあるらしい。文面は淡々としていて、煽るところがまるでない。

 差出人の名は、俺の名前だった。

 俺は、その文章を読んだ覚えがない。書いた覚えもない。けれど確かに、俺の名で、誰かに送られていた。掃き寄せられた落ち葉を、立てかけられた逆さの札を、俺はもう思い出していた。維持する者は、いつも、かつての客だったのかもしれない。

 だからきっと、誰かが信じて、登ってくる。淡々とした文面を、煽りがないと感じて、カメラを車に積んで、あの石段を上ってくる。

 逆さの鳥居は、まだ満ちていない。

 あと一人ぶん、足りていない。



逆さの杜(完)


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