数えの社(やしろ)
AIに設定を読み込ませて執筆された、ホラーショートストーリーです。
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一、十二日
仙台の市街から車で四十分も走ると、舗装はだんだん心許なくなってくる。
最初はただの郊外の県道だった。コンビニが間遠になり、ガソリンスタンドの看板が一つ過ぎると、もう民家もまばらになった。やがて道は山に吸い込まれるように細くなり、両側から迫る杉の影が、フロントガラスの上を流れていった。
ナビが沈黙してから、もう十分は経っていた。助手席のケンは膝の上でスマホをかざし、電波の立たない画面をしきりに上下させている。
「圏外」
「だろうな」
俺たちが目指していたのは、青葉区の山奥にあるという廃神社だった。
大学の後輩が「ヤバい雰囲気の場所がある」と言っていただけの、それだけの理由だった。心霊スポットというほどでもない、ただ「なんか嫌な感じがする」と地元で噂される程度の場所。夏の夜の手前、まだ陽の残るうちに着いて、写真の一枚でも撮って帰れば、肝試しというほど大袈裟なものでもない。そう高を括っていた。
路肩に車を停めたのは、これ以上は無理だと判断したからだ。道は途中で土に還りかけていて、轍の跡だけが頼りなく続いていた。駐車場などあるはずもない。タイヤを半分草に乗り上げる形で、なんとか車体を寄せた。
車を降りると、空気がひやりと変わった。
六月だというのに、ここだけ秋の入り口のような匂いがする。湿った落ち葉と、苔と、それから何か甘いような、線香に似た匂い。鼻の奥に微かに残る、嗅いだ覚えのない匂いだった。
「鳥居、あれじゃね」
ケンが顎で示した先に、苔むした石の鳥居が立っていた。傾いてはいない。むしろ、まわりの荒れようには不釣り合いなほど、まっすぐ立っていた。荒れ放題の参道の入り口に、それだけが背筋を伸ばして来訪者を待っているようで、俺は妙に落ち着かなかった。
鳥居の脇に、低い石碑があった。
膝ほどの高さの、四角い石。表面はびっしりと苔に覆われている。指でなぞって読むと、達筆すぎてほとんど判らなかったが、辛うじて「山神」の二字と、その下に小さく彫られた数字のようなものが見て取れた。
十二、と読めた気がした。
「何これ」
「さあ。建てた日付か、何かじゃないの」
俺は適当に答えた。
今日が六月十二日だということに、そのとき気づいてはいた。けれど、それを口に出すのは、なんとなく憚られた。偶然だ。数字なんて、どこにでも転がっている。
鳥居をくぐると、参道が始まっていた。
石畳は草に呑まれ、両側の杉が空を狭く切り取っている。夕方の光は梢の高いところにしか届かず、足元はもう薄い藍色に沈み始めていた。歩くたびに、足の下で枯れ葉が乾いた音を立てた。かさ、かさ、と、自分の足音だけが、やけに大きく耳に届く。
風はなかった。
なかったはずなのに、頭上の葉だけが、さわ、さわ、と揺れていた。
俺は立ち止まって、空を見上げた。
杉の梢は、確かに動いている。けれど、頬には風の感触がない。襟元も、前髪も、まったく揺れない。
ケンも気づいたのか、無言で足を速めた。
二、数える声
社殿は、参道を五分ほど登った先にあった。
屋根に穴が空き、軒は垂れ下がり、賽銭箱は錆びて口を開けている。狛犬は片方が台座から崩れ落ち、苔の中で横向きに笑っていた。残ったもう一方も、目玉のあたりが欠けて、洞のような窪みになっている。
二十年前に神主がいなくなって、それきり放られている。後輩はそう言っていた。けれど、目の前の荒れようは、二十年どころではない気がした。屋根を突き破って若木が育ち、社殿の土台は地面に半分めり込んでいる。半世紀、いや、もっと長く放置されていたとしても、おかしくはなかった。
俺は社殿の正面に立って、なんとなく手を合わせた。
信心なんてなかったけれど、こういう場所では、そうするものだという気がしたのだ。湿った木と、苔と、あの甘い線香の匂いが、ここでは一段と濃かった。
そのときだった。
社殿の裏から、声が聞こえた。
クス、クス、と。
女の子の、忍び笑いのような声だった。鈴を転がすような、けれどどこか湿った響き。
「……今の、聞いた?」
ケンが小声で言った。聞こえていたらしい。
二人で顔を見合わせ、それから足音を忍ばせて、社殿の裏に回り込んだ。
誰もいなかった。
あるのは崩れた瑞垣と、その向こうに続く杉林だけ。林の奥は、もう薄暗くなりかけていた。下草の一本も揺れていない。さっきの笑い声が、どこから聞こえたのか、まるで見当がつかなかった。
戻ろうとした俺の背後で、今度は反対側から声がした。
ヒ、ヒ、ヒ、と。
さっきの笑いとは違う、低い、嗄れた声。年老いた何かが、喉の奥で笑っているような声だった。それは、笑っているようにも、数を数えているようにも聞こえた。
ヒ、フ、ミ、と。
一、二、三と、誰かが俺たちを数えている。
古い数え方だった。子供の頃、祖母がそんなふうに数えていたのを、ふと思い出した。
「帰ろう」
俺が言うより先に、ケンが歩き出していた。
参道を下りながら、俺は妙なことを考えていた。
数えるなら、二人だ。俺とケン。二、で終わるはずだ。
なのに、さっきの声は、まだ数え続けている気がした。
ヨ、イツ、ム、と。
背後で、四、五、六と、声は途切れずに続いていく。
俺は振り返らなかった。振り返れば、数の続きが見えてしまう気がした。
風のない杉の葉が、足音に合わせて、さわ、さわ、と揺れていた。
数える声と、葉擦れの音が、いつのまにか同じ拍子になっていた。
三、合わない数
鳥居をくぐって振り返ったとき、俺はあの石碑をもう一度見た。
十二、と彫られていた数字。
その下に、もう一つ、新しく引っかいたような線が増えている気がした。
苔の上に、まだ生々しい、白っぽい傷。さっき来たときには、なかったはずだった。
気のせいだ。そう思おうとした。暗くて、よく見えなかっただけだ。
車に戻り、エンジンをかけた瞬間、ダッシュボードの上のキーホルダーが、かたん、と音を立てて動いた。
誰も触れていない。エアコンの風も当たらない位置だ。
それは、ほんの数センチ、俺のほうへ滑っただけだった。けれど確かに、誰かの指がそっと押したような、ためらいのある動き方だった。
「……行こう」
ケンの声が震えていた。
山道を下りる間、俺はバックミラーを見ないように運転していた。
見れば、後部座席に何かが映る気がしたからだ。後ろから、足音みたいなものがついてきている。タイヤの音に紛れて、かさ、かさ、と。車に乗っているのに、そんな音が聞こえるはずもないのに。
数えられた、と思った。
なぜそう思ったのかは、自分でもわからなかった。ただ、あの声は俺たちを数えていたのではない気がした。そこにいる「何か」の数を、ただ勘定していただけ。そして俺とケンも、いつのまにか、その数の一つに入れられてしまったのではないか。
言葉にできない予感だけが、背中にはりついて離れなかった。
市街地の灯りが見えてきたとき、ようやく息ができた気がした。アスファルトの広い道に出て、対向車のヘッドライトが流れていくのを見て、ようやく現実に戻ってきた心地がした。
ケンを家まで送り、自分のアパートに帰り着いたのは、夜の十時過ぎだった。
部屋の明かりをつけて、俺はまず、スマホを充電器に挿した。
山の中ではずっと圏外で、バッテリーも残りわずかになっていた。
画面が点いた。
通知が一件。後輩からだった。
「あの神社、行きました? 一応言っとくと、あそこ、十二日だけは行かないほうがいいって地元で言われてるらしいです。なんか、山の神様が数を数える日らしくて」
四、戻ってくる
その夜から、家の中で、葉擦れの音がするようになった。
窓は閉めてある。風など入りようがない。エアコンも切ってある。
なのに、天井の隅で、さわ、さわ、と、あの杉林の音がする。
最初の数日は、気のせいだと思おうとした。古いアパートだ。建物が軋む音か、上の階の生活音か、何かそういうものだろうと。
けれど、音は少しずつ近づいてきていた。
天井の隅から、本棚の上へ。本棚の上から、枕元へ。夜ごとに、確実に、距離を詰めてくる。
眠ろうとして目を閉じると、暗闇の奥で、数を数える声がする。
ヒ、フ、ミ、ヨ、と。
俺は布団の中で、それが幾つまで数えるのかを聞いていた。耳を塞いでも、声は頭の内側から聞こえてくるようで、どうにもならなかった。
声は、いつも同じところで止まった。
十一、で。
トオアマリヒトツ、と古い言い方で唱えて、そこでぴたりと止む。
そして少しの間を置いて、もう一度、最初から数え直す。
ヒ、フ、ミ、ヨ、と。
十二には、決して届かない。
届かないから、終わらない。
あの社の数は、まだ一つ、足りていないのだ。
後輩のメッセージを、何度も読み返した。山の神様が数を数える日。たったそれだけの一行から、俺は勝手に、筋道を組み立てていた。
昔は、誰かが数を合わせていたのだろう。神主が、十二日ごとに、山に入った者と出た者を勘定して、過不足のないようにしていた。それが務めだったのだ。けれど、その神主が二十年前に消えた。数える者が、数の中に入れられてしまったのだとしたら。
合わせる者がいなくなれば、数はいつまでも一つ足りないまま、宙ぶらりんに残される。
毎晩、十一で止まるあの声は、その足りない一つを、ずっと探している。
眠れない夜が組み上げた妄想かもしれない。けれど、そう考えると、葉擦れの音にも、数え声にも、嫌になるほど辻褄が合った。
仕事も手につかなくなった。日中はぼんやりして、夜になると壁の音に怯えて過ごす。鏡を見るのが怖くなった。歯を磨くときも、顔を洗うときも、視界の隅に映る自分の後ろに、もう一人ぶんの影が立っている気がする。背後に、誰かが立って数えている気がして、振り返ることができなくなった。
部屋のものが、少しずつ動くようにもなった。テーブルの上のコップの位置が、朝になると変わっている。本棚の本が、一冊だけ抜き出され、床に伏せて置かれている。誰かが、家の中のものを一つずつ数えて回っているようだった。
四日目の朝、俺はケンに電話をかけた。
あいつも同じ目に遭っているなら、せめて二人で、どうにかできるかもしれない。そう思ったのだ。
呼び出し音が、十一回鳴った。
十二回目で、繋がった。
「もしもし、俺だよ。あれから、変なこと起きてないか」
受話器の向こうで、ケンは少し黙ってから、こう言った。
「お前さ、誰だっけ」
声は、確かにケンのものだった。けれど、その奥で、さわ、さわ、と葉擦れの音がしていた。あの杉林の音が、電話の向こうから漏れてきていた。
「数え間違えたみたいなんだ」とケンは言った。「こっちは、もう、数が合ったよ」
電話は、それきり切れた。
かけ直しても、もう繋がらなかった。何度かけても、おかけになった電話番号は現在使われていないと、機械の声が返してくるだけだった。
五、足りない一
俺は今、アパートの部屋にいる。
ケンとは、あれきり連絡が取れない。
あいつの家を訪ねてみたが、表札は空白に変わっていた。大家に訊くと、その部屋はもう何年も空き部屋だと言われた。
後輩に訊いても、「ケンって誰ですか」と返ってくるだけだった。俺とケンが山へ行ったことすら、覚えていない。あの日、ヤバい場所があると教えてくれたのは後輩自身のはずなのに、その記憶も、もうないらしかった。
スマホの写真を見返した。あの日、社殿の前で撮ったはずの一枚。けれど、そこに写っているのは俺一人だった。隣にいたはずのケンの姿は、どこにもない。代わりに、俺の背後の杉林の奥が、不自然に暗く滲んでいた。
俺の記憶の中だけに、ケンはいる。
誰の数にも、もう入っていない。
夜になると、葉擦れの音は枕元まで来る。
そして声が、数え始める。
ヒ、フ、ミ、ヨ、イツ、ム、ナナ、ヤ、ココ、トオ、トオアマリヒトツ。
十一で、止まる。
あと一つ。
あの社の数は、あと一つで合う。
俺は、それが自分のことだと知っている。
数えられた者は、いつか数の中に入れられる。過去の誰かがそうだったように。ケンがそうだったように。
逃げようとは思わない。逃げ場などないことを、もう知っているから。引っ越しても、遠くへ行っても、葉擦れの音はついてくるのだろう。あの石碑に、俺の分の線が、もう一本引かれてしまった以上は。
ただ、一つだけ気がかりなことがある。
もし俺が数の中に入ったら、十二が揃う。
十二が揃えば、あの社の数は合う。
けれど、いつか誰かがまた、あの鳥居をくぐるだろう。
苔むした石碑の前で、足を止めるだろう。
達筆すぎて読めない文字を、指でなぞるだろう。
そして、十二の下に、また新しい線が一本、引っかかれる。
数は、また足りなくなる。
誰かが数を合わせなければ、それは終わらない。けれど、合わせた者は、数の中に消えていく。
今、天井の隅で、葉が揺れている。
さわ、さわ、と。
声が、近づいてくる。
ヒ、フ、ミ、と。
今夜は、十二まで数えるのかもしれない。
数えの社(完)




