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ひきかえ

AIに設定を読み込ませて執筆された、ホラーショートストーリーです。

ホラーショートストーリーAI朗読Youtubeチャンネルもあります。

https://www.youtube.com/@VacuousKaikitan

一、入ってはいけない森


「奥の森、行ってみねえか」

 言い出したのは健太だった。

 お盆を過ぎて、蝉の声がいくらか細っていた頃のことだ。

 集落の道祖神の前に、俺たち四人は集まっていた。

 俺と健太、それにわたると修。


 奥の森には入ってはいけない。

 それは、この集落で生まれた子なら、誰でも知っている決まりだった。

 理由は誰もはっきり教えない。

「お山が借りていくから」

「子取りに遭うから」

 婆さんたちはそう繰り返すだけで、それ以上を語らなかった。

 親に訊いても、口をつぐむ。

 そのくせ、子供だけになると、噂は割と平気に出てくる。

 あの森に入った子は、別の子になって出てくる、と。


 俺は、健太の言い方が嫌だった。

「行ってみねえか」と気軽に振るくせに、こちらが断れば臆病者と決めつける口ぶり。

 亘も似たような顔をしていた。

 ただ、修だけが、少し目を輝かせていた。

 普段はおとなしくて、影法師みたいな修が、こういう時だけ妙に乗ってくる。

「行こうよ。お婆ちゃんが、何があっても子供は迷うはずがないって言ってた」

 修の口から出るその言葉は、なんだか説得力があった。

 反対する理由を、俺はうまく組み立てられなかった。


 集落の外れ、田んぼの脇を逸れて、山道を登る。

 ふだん使う通学路を反対側に折れたところに、奥の森の入口があった。

 苔の生した古い石が立っていて、上が斜めに欠けている。

 かつては石碑だったのかもしれない。。

 何かが書かれていただろう跡だけが、今は黒く残っていた。


 石の脇をすり抜けるように、木立に入る。

 途端に空気が変わった。

 頭上で揺れていた蝉の声が、急に遠のく。

 湿った土と、苔と、嗅いだことのない樹皮の匂い。

 木漏れ日が斑模様で地面に落ちている。

 それは綺麗だったが、なんとなく、影の側のほうが濃い気がした。


 しばらく歩いた。

 道らしい道はないのに、足は止まらなかった。

 獣道のようなものを、誰かがすでに辿ったあとを、なぞるように歩いていた。

 やがて、木立の隙間に、屋根が見えた。

 苔と藁葺きの、ぼろい小屋だった。


「あれ、もしかして子捨て小屋じゃないか」

 修が言った。

「うちのお婆ちゃんが、昔は口減らしのために赤ん坊を奥に置きに行ったって。その小屋らしい」

 口減らし、という言葉は、俺たちには現実味がなかった。

 だから、俺たちは別の意味で、その小屋に惹きつけられた。

 健太が一歩、もう一歩と前に出ていった。

 亘は俺の袖を引いたが、結局、俺たちはついていった。



二、下の扉


 戸は朽ちて、半分が外れていた。

 押せば抵抗なく開く、というより、もうほとんど開いている戸だった。

 中は、外より少し涼しかった。

 土間と板の間の境目がはっきりしないほど、床は傾いていた。


 ガラクタが積まれていた。

 鎌や鍬のような古い農具。

 欠けた瓦。

 藁を束ねたもの。

 よく分からない木枠の檻のような道具。

 塵が、俺たちが踏むたびに舞い上がる。


 健太は、入ってすぐにガラクタを蹴り散らし始めた。

「宝とか、ないかな」

 亘は埃が嫌だと言って、戸の近くで腕を組んでいた。

 俺は奥の壁を見ていた。

 何か紙のようなものが、貼られた跡だけ残っていた。

 文字は、ほとんど読めなかった。


 その時、健太が「何これ」と声を上げた。

 ガラクタを蹴ってどけた床の真ん中に、四角い扉が現れていた。

 木の扉だった。

 板を合わせて作っただけの、簡素な作り。

 蝶番に錆が浮いている。

 取っ手は、太い鉄の輪だった。


「開けようぜ」

 健太は迷わなかった。

「やめとけよ」と亘。

 修が、健太の隣に屈み込んだ。

 細い指で、鉄の輪を引いた。


 扉は、軽かった。

 あれだけ錆びていた蝶番が、きしみもせずに、すうと持ち上がった。

 俺は、それが少し変だと思った。

 でも、口には出さなかった。


 階段が下へ続いていた。

 木の段が、三段ほどは見える。

 その先は、闇に呑まれていた。

 真っ昼間なのに、その地下だけが、夜よりも黒かった。


「うわ、真っ暗」

 俺たちは扉の縁に屈んで、覗き込んだ。

 やがて目が慣れてくると、階段の脇にも、ガラクタらしいものが積まれているのが見えた。

 古い籠。

 藁の束。

 それだけだった。


「中に入ってみる?」

 修が言った。

 怖がりのくせに、修はこういう時だけ妙に乗ってくる。

 そう、俺はもう一度思った。

 修は鉄の輪を握ったまま、片足を一段下に降ろした。

 両足を、段の上に揃えた。


 その背中を、俺は今でも覚えている。

 夏のTシャツが、扉の縁から下に沈んでいく、修の背中。

 俺は何かが引っかかった。

 それが何なのか、その時はうまく言葉にできなかった。

 ただ、修が下を覗き込む角度が、ひどく自然だった気がした。

 まるで、下に降りる手順を知っているような、馴染んだ動きに見えた。


 健太が、にやりと笑った。

 扉の縁に手をかけた。

「修、しばらく入ってろよ」

 扉が、上から落ちるように閉まった。


 ばたん、と音がした。

 小屋の中の空気が、わずかに揺れた。

 塵が、舞い上がってまた落ちていった。

 扉が閉まる瞬間、地下からふっと冷たい風が漏れ出た。

 真夏の昼に、その風は妙にひやりとしていた。

 亘が小さく身震いをしたのが、横目に映った。



三、戻らぬ声


 扉の下から、修の声が上がってきた。

「は? なに? ふざけんなよ」

 拳で扉を叩く音。

 ばん、ばん、と乾いた音が続いた。


 俺と亘と健太は、笑った。

 特に健太が、腹を抱えて笑った。

「修、ちゃんと反省したら出してやるよ」

「ちょっと、もう、健太!」

 扉の下の声は、すこし笑い混じりだった。

 向こうも、まだ冗談だと思っているのが分かった。


 ひとしきり笑ったあと、健太が扉の輪に手をかけた。

「もう許してやるよ、出てこい」

 が、扉は開かなかった。


 健太の手が、止まった。

 さっきまで羽根みたいに軽かった扉が、岩のように動かなかった。

「あれ」

 もう一度引いた。

 両手で、力を込めて、引いた。

 動かない。


「修、中から押さえてないか」

 扉越しに、修の声が返ってきた。

「は? なんで? 早く開けて」

 さっきまでの笑い混じりの声が、急に細くなっていた。


 亘と俺も加勢した。

 三人で、鉄の輪を引いた。

 扉は、岩のままだった。

 指が滑って、爪が反り返った。

 木の縁に棘が立って、指の腹に刺さった。


「修、こっちも開かない。ほんとに」

 俺は、扉の隙間に口を寄せて言った。

 扉の向こうの修の声が、ぐにゃりと歪んだ。

「は、なに、嘘でしょ、嘘だよね」

 向こうから、扉を叩く音が再び始まった。

 さっきよりも、ずっと激しかった。

 扉が震えていた。

 俺たちが上から引いている扉と、修が下から叩いている扉が、同じ扉とは思えないほど震えていた。


「ねえ、なんで開けないの。開けてよ。早く!」

 怒鳴り声が、泣き声に変わっていく。

 俺たちはもう笑っていなかった。

 健太の額にも、汗が滲んでいた。

 扉の鉄の輪に手をかけ、足で踏ん張り、引いた。

 動かなかった。


 修の声が、ぐっと近くなった。

 扉の真下まで来ているのが分かった。

 そのあと、すこしずつ、声が遠ざかっていった。

 怒鳴り声が、小さな呼びかけに変わっていった。

 何かが、修を遠ざけているような気がした。


「ねえ、ねえ……」

 最後に聞こえたのは、それだけだった。

 扉の下に、沈黙が降りた。

 俺たちは扉に耳を当てた。

 何も聞こえなかった。

 土の匂いと、嗅いだことのない別の匂いが、扉の隙間からゆっくり漏れ出てきていた。



四、自分で出てきた


 亘が震えていた。

「どうしよう」

「親、呼びにいくか」と俺は言った。

「そしたら、ここに入ったって、絶対バレるよ」と健太。

「修が、もし、もうダメだったら、それどころじゃねえだろ」

「ダメじゃないよ。気を失っただけかも」

「呼びに行く時間、あるか」

「今すぐ走れば、十分くらいで戻れる」

「十分も置いておけるかよ」

「だったら、もう少しここで頑張るしかないだろ」


 議論は紛糾した。

 俺たちはどうしても、奥の森に入ったことを、大人に言いたくなかった。

 それは、修の身に何が起きているかという恐れよりも、もっと根の深い恐れだった。

 村の決まりを破ったと知れたら、もう何かが取り返しのつかないことになる。

 そんな気がした。

 婆さんたちの繰り返してきた言葉が、その重みのまま、俺たちの胸に降りてきていた。

 口減らしの小屋に勝手に入った子供を、大人がどう扱うか、想像がつかなかった。

 想像がつかないということが、何より怖かった。


「もう少しだけ、ここで開けてみよう」

 亘が言った。

 亘は普段は判断が早いのに、この時ばかりは、判断を先送りにする側に回っていた。

 俺もその案に乗った。

 健太はもう何も言わなかった。

 ただ、扉の輪を、無言で引き続けていた。

 指の腹からは血が滲んでいた。

 それでも引く手を、健太は止めなかった。


 そうしていたら、扉が下から開いた。

 さっき最初に開けた時と同じように、軽く、すうっと。

 俺たちは飛び退いた。

 鉄の輪が、こちらに引かれて持ち上がる前に、勝手に扉のほうから持ち上がっていた。

 下から、誰かの手が扉を押し上げているわけでもなかった。

 扉そのものが、軽く跳ね上がるように開いていた。


 階段の中ほどから、修が顔を出した。

 土埃も付いていなかった。

 膝にも袖にも、汚れひとつなかった。

 さっきあれだけ泣いて叫んでいたはずなのに、目は乾いていた。

 頬の白さも、入る前と変わらなかった。

 息も上がっていなかった。

 夏の昼に、闇のなかから出てきたとは思えない、平らな顔だった。


「……ごめん、修。ふざけすぎた」と健太が言った。

 修は薄く笑った。

「いいよ。出てこられたから」


 声が、少しだけ低い気がした。

 気のせいだろうと俺は思った。

 あれだけ叫べば、声も枯れる。

 そう自分に言い聞かせた。


 俺たちは小屋を出た。

 帰り道はやけに早く感じた。

 木立を抜けると、頭上の蝉の声が戻ってきた。

 集落の道に出ると、午後の日射しが眩しかった。

 俺たちはそれぞれの家に帰った。

 じゃあな、ありがとな、と修が言った気もする。

 言わなかった気もする。



五、すこしずつ違うもの


 翌朝、俺は修の家のチャイムを鳴らした。

 昨日のことが気になっていた。

 修は普段通りに出てきた。

「おはよ」

 笑顔も普段通りだった。


 ただ、修のお母さんの顔が、妙だった。

 台所のほうから、お皿を片づける手を止めて、こちらを見ていた。

「今朝、卵焼きを食べなかったのよ」

 お母さんは小声で俺に言った。

「あの子、朝食の卵焼きが好きだったのに」

 俺は曖昧に頷いた。


 午後、神社の境内で野球をした。

 修はバットを持たなかった。

「野球って、なんでみんなあんなに楽しめるのかな」

 そう言って、俺たちが投げる球を、社の段に座って眺めていた。

 頬杖をついた手が、左手だった。

 修は右利きだったはずだ。

 俺はそう思ったが、そうじゃなかったかもしれない、とも思った。

 記憶が、確かではなくなっていた。


 夕方、集落の老人とすれ違った。

 修を見て、老人は目を細めた。

 何かを言いかけて、口を閉じた。

 そのまま、すれ違っていった。

 振り返らなかった。

 修も、振り返らなかった。

 普段なら老人を見れば挨拶をする修が、その時は黙ったまま、まっすぐ前を向いて歩いていた。

 俺は何か言おうとして、結局、言えなかった。


 学校が始まる前の、夏休み最後の集まりの夜だった。

 修は河原で、俺たちが組んだ焚火の前で笑った。

 笑い方が、少しだけ間延びしていた。

 口角が上がるタイミングが、わずかに遅い。

 そのずれは小さすぎて、誰も指摘しなかった。

 誰も気づいていないのか、気づかないことにしているのか、俺には分からなかった。


 字も、変わっていた気がした。

 夏休みの宿題を見せ合っていた時、修のノートの字が、以前より少し角ばっていた。

 払いがすこし強い。

 本人に訊くと、修は不思議そうな顔をしただけだった。

「俺、こんな字だったよ。前から」

 そう言われると、そうだったかもしれない、と思えてくる。

 記憶のほうが、揺らいでくる。

 俺は最近、自分の記憶を信じることが、少し難しくなっている。


 俺は時々、考える。

 あの日、修ではなく俺が、一段降りていたら。

 あの背中が、俺の背中だったら。

 今、こうやって日々のずれをまとっているのは、俺だったかもしれない。


 修は、相変わらず修である。

 学校でも、家でも、誰もそれを疑わない。

 俺たちは、夏の終わりを一緒に過ごす。

 修であることに、修は毎日少しずつ慣れていく。

 俺たちも、修であることに、毎日少しずつ慣れていっている。


 奥の森の入口の、欠けた石は、今もそこに立っている。

 昔そこに書かれていたらしい文字を、最近、俺は読みたいと思うようになった。

 読めたら、何かが分かるかもしれない。

 読めないままのほうが、いいのかもしれない。

 そう思いながら、毎朝、その方角を遠目に見ている。


ひきかえ(完)


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