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神還り

AIに設定を読み込ませて執筆された、ホラーショートストーリーです。

ホラーショートストーリーAI朗読Youtubeチャンネルもあります。

https://www.youtube.com/@VacuousKaikitan

一、廃集落の死者たち


 九月のはじめ、山中の沢沿いで二十七人の死体が見つかった。

 通報は地元の沢登り愛好家からだった。倒木と倒木のあいだに、円形に並んで座る人影が見えた、と。最初は人形のたぐいかと思ったらしい。だが、近づくにつれて、それが人だと分かった。

 井ノ口は、現場到着まで車で二時間かかった。林道は途中で途切れ、そこから先は徒歩でしか入れない。県境近くの、地図にもほとんど名前のない谷だった。

 沢の手前まで来た井ノ口は、空気の違いに気づいた。山の中なのに、虫の音がほとんどしなかった。鳥の声もない。沢の水音だけがあって、ほかの音がきれいに抜けていた。気温は外気とほぼ同じはずなのに、皮膚に触れる空気がわずかに冷たかった。湿った苔の匂いと、何か線香に似た残り香があった。


 到着したとき、まだ多くは服のままで座っていた。輪の中心は何もない。ただ平らに均された地面と、その上に置かれた小さな木箱だけがあった。蓋は開いていた。中身は空だった。木箱は手のひらに収まるほどの大きさで、ずいぶん古いものに見えた。表面には黒く煤けた跡がある。井ノ口は、なぜそんなところに着目しているのか自分でも分からなかった。

 二十七人。男女比はほぼ半々、年齢は二十代から六十代まで。皆、座ったままで絶命していた。手段については、ここでは書かない。鑑識の見立てでは、ほぼ同時刻だろうということだった。誰かが先で誰かが後、という痕跡が、どこにもなかった。

 所持品から、これが「還宮会かんぐうかい」と名乗る新興の宗教団体の信者たちであると分かった。教祖は本田良和、本籍は東北の某所、年齢二十八。会員名簿は、押収された自宅から後日見つかった。

 しかし、本田の姿はここにはなかった。


 まる一日、現場を見て回って、井ノ口の胸に残ったのは違和感だった。普通、集団自殺の現場には何かしらの遺書がある。スマホでも、紙でも、何かがある。ここにはなかった。皆、自分の意志でここに来て、自分の意志で並んだはずだった。だが、何ひとつ言い残さなかった。残す必要を、誰も感じていなかったかのようだった。

 ただ、輪の中央に置かれた空の木箱だけが、何かを待っている、というふうに見えた。空の容れ物というのは、本来、何かを入れるためにある。何が入るはずだったのか、井ノ口は考えそうになって、考えるのをやめた。

 その夜、署に戻った井ノ口は、班長と二人で写真を見直した。

「教祖が中にいなかったのは、なんでだろうな」

 班長は呟いた。井ノ口は答えなかった。答えはまだ持っていなかった。

 ただ、輪の中の一席だけ、円周がわずかに広く取られているように、井ノ口には見えていた。気のせいだろうと思おうとした。


二、教祖の手記


 本田の自宅は、現場から二百キロ以上離れた地方都市の郊外マンションだった。家賃はそう高くない。一人暮らしの男のものとして、ありふれた間取りだった。教祖と聞いて誰もが想像するような派手さは、どこにもなかった。神棚も、祭壇もない。ローテーブルにノートパソコンが一台。洗いものはきれいに片付いていた。冷蔵庫の中には近所のスーパーで買ったとおぼしき食材が、賞味期限を過ぎたまま残っていた。

 ただ、本棚の一段だけが、明らかに他と毛色が違った。古い和綴じの本が数冊と、コピー用紙の束。和綴じの本は、表紙に題が記されていない。中を開くと、古い字体の混じる手書きの記録らしいものだった。井ノ口は中身を判読できなかったが、何の本かは見当がついた。代々伝わってきたものだろう。

 井ノ口は、コピー用紙の束を引き出して捲った。


『我ら一族は、神と共に追われた』


 最初の頁にそう書かれていた。

 手記、と仮に呼んでおく。本田自身の筆だった。万年筆。文字は端正で、震えがなかった。書き散らしたものではない。誰かに読まれることを、想定していたのだろう。

 内容は、本田が祖父母から、あるいはそれより上の世代から伝え聞いた話だった。本田の血族は、もともとある山間の小さな集落で暮らしていた。集落には祠があり、村の者は皆、その祠の神を祀って暮らしていた。神は山と沢の境に宿る古い神で、村以外には知られていなかった。

 あるとき、外から来た者たちが、その土地を欲しいと言った。村人は断った。しかし、外の者は退かなかった。村は焼かれた。祠も壊された。村人は離散し、わずかに残った者たちは、神を背負って山を下りた。神は祠から出て、生き残った者たちと共に追われたのだ──と、手記には書かれていた。背負って、というのは比喩であって比喩ではないらしかった。本田は、神は今でも血の中にいると書いていた。

 追われたのが、いつのことなのかは、書かれていなかった。


『追いやった者らは、いずれ報いを受けねばならぬ。神は還ろうとしておられる。然らば、共に還る者なくしては、神は還れぬ』


 手記はそう締めくくられていた。共に還る、という言葉が、井ノ口の頭の片隅に残った。

 井ノ口は、手記の中の地名を地図で照合した。一つだけ、現代の地図でも辿れる名があった。「奥神野おくがみの」。古い地誌に、廃村として記載されている地名だった。位置を確認して、井ノ口は手を止めた。

 奥神野の旧地は、集団自殺の現場と一致していた。


 翌日、署で報告した。班長は手記を読み、眉間に皺を寄せた。

「いつの話だ、これは」

「分かりません」

「江戸期か。明治か。それとも、もっと前か」

「書かれていません」

 班長はしばらく黙ってから、笑った。

「俺たちも、報いを受けるのかね」

 軽口だった。井ノ口も笑った。そのときは、確かに笑った。会議室で笑い声が起きて、それから誰かが咳払いをして、また資料に目を戻した。普通の光景だった。


三、思考が同じ向きに揃う


 数日経って、捜査会議の空気が少し変わっていた。

 最初に気づいたのは、同僚の言葉遣いだった。

「あの場所には、まだ何か残っている気がする」

 会議室で誰かがそう口にした。何の話の流れだったかは思い出せない。だが井ノ口は、その言葉に違和感を持たなかった。残っている気がする、という感覚は、井ノ口自身の中にもあった。会議の終わりには、誰かが「奥神野」と地名を口にした。それを誰も訂正しなかった。本来、その地名は地誌の中にしか残っていない。捜査資料では「現場」と呼ぶことになっていた。

 もう一人の若い同僚、志村は、夢の話をした。

「沢を上っている夢を見るんです。何回も。同じ沢。倒木のところで止まって、そこから先に行けない」

 全員が黙った。井ノ口も、同じ夢を見ていた。倒木の手前で足が止まる。向こうに何かがいて、それを見てはいけないという感覚があって、それでも見てしまう。

 たまたまだと、誰かが言った。たまたまだろうと、井ノ口も思おうとした。だが、夢を共有することの確率を、井ノ口は計算しなかった。計算するのが怖かったわけではない。計算する必要がないと、頭のどこかが判断していた。


 翌週、捜査チームの誰かが、聞き込みの帰りに「奥神野」と看板にもない場所へ車で向かったことが報告された。誰がそんな指示を出したかは、分からなかった。本人も覚えていなかった。気がついたら林道の入口にいたと、本人は言った。引き返してきたときには、半日が経っていた。その半日に何をしていたかも、本人は覚えていなかった。

 班長は、その報告を聞いて何も言わなかった。代わりに、自分のスマホで、地図を開いていた。指は、奥神野の旧地の上にあった。班長も、自分が何をしているのかを、おそらく意識していなかった。


 志村が井ノ口に話しかけてきたのは、その頃だった。

「自分、もしかしたらあの村の血を引いてるかもしれないんです」

 真顔だった。

 井ノ口は、何と答えればいいか分からなかった。志村の出身は、奥神野とも本田の故郷とも何の関係もないはずだった。それを言おうとして、井ノ口は口をつぐんだ。なぜ口をつぐんだのか、井ノ口は自分でも分からなかった。

 志村は、続けて言った。

「井ノ口さんも、そうなんじゃないですか。誰にだって、分からないところがあるはずでしょう。先祖のことなんて」

 その言葉に、井ノ口は反論できなかった。誰にだって、分からないところがある。当たり前のことだった。当たり前のことを、当たり前のように言われて、井ノ口は黙った。


 その夜、井ノ口は自宅の台所で、地図を広げて立っていた。指は、奥神野の旧地の上にあった。なぜそこを見ているのか、自分でも分からなかった。地図はもともと別の用事で開いたものだった。それなのに、指だけが先に行き先を選んでいた。

 冷蔵庫が低く唸っていた。換気扇は止まっていた。台所のLEDが、いつもより少し青く見えた。

 手記の言葉が、頭の中で繰り返されていた。

 追いやった者らは、いずれ──

 そこから先を、井ノ口は思い出さなかった。思い出さなくても、続きは身体の中で勝手に鳴っていた。


四、若い刑事の番


 志村が休みを取った。

 翌週も来なかった。電話は通じなかった。家族にも連絡が取れず、井ノ口は同僚と二人で志村のアパートを訪ねた。鍵屋を呼んで開けた。中はきれいに片付いていた。スマホはテーブルの上に伏せて置かれていた。財布も鍵もそのままあった。出かけるときに、何も持たずに行った、ということだった。

 翌日、志村は発見された。

 奥神野の旧地。同じ沢沿いの、同じ倒木のあいだだった。座ったままで、絶命していた。手段は、現場の二十七人と同じだった。

 志村は還宮会の信者ではなかった。本田に会ったこともない。手記を読んだのは、捜査資料としてだった。読んだだけだった。


 葬儀で、井ノ口は他の同僚たちを見た。皆、似たような顔をしていた。眠れていないのが分かった。誰も志村のことは話さなかった。代わりに、奥神野の話をした。

「次は、自分かもしれませんね」

 誰かがそう言った。冗談ではなかった。

 井ノ口は何も答えなかった。答えるべき言葉が、もう自分の中になかった。


 その晩、井ノ口は自宅で、教祖の手記の写しを開いた。読み返したかったわけではない。だが、開かずにはいられなかった。

 最後の頁を、もう一度読んだ。

『追いやった者らは、いずれ報いを受けねばならぬ』

 追いやった者。井ノ口は、自分の祖先がどこの誰だったか、ほとんど知らなかった。父の代までは分かる。祖父も顔は知っている。だが、それより上は、誰がどこで何をしていたのか、知らない。

 知らないということは、可能性を否定できない、ということだった。奥神野を追いやった者の中に、自分の祖先がいなかったと、井ノ口には言い切れなかった。誰にも言い切れない。手記には、追われたのがいつとも書かれていなかった。何百年前かもしれない。数十年前かもしれない。どちらでも、否定はできない。

 否定できないのなら、それは、有り得るということだった。


五、まだ呼んでいる


 翌週、井ノ口は休みを取った。

 申請書には、私用、とだけ書いた。班長は何も訊かなかった。班長の顔も、同僚たちと同じ顔になっていた。眠れていない目で、それでも何かを了承するように頷いた。井ノ口も、それ以上は何も言わなかった。

 車で県境まで行き、林道を上った。途中で道が途切れる。そこから先は、徒歩でしか行けない。車を降りた瞬間、九月のはじめにここに来たときと、同じ空気だと分かった。虫の音がしない。鳥の声もない。沢の水音だけがあった。

 歩きながら、井ノ口は自分がなぜここに来ているのかを考えようとした。捜査の続きだ、と自分に言い聞かせた。教祖の本田がまだどこかにいるはずだ。あの男を探さなければ。そう、自分に言い聞かせた。

 だが、足は、そんな理由とは関係なく動いていた。沢を上る。倒木の手前で、井ノ口は立ち止まった。夢で、いつも止まる場所だった。倒木の表面に手を置くと、木の冷たさが指先に伝わった。夢の中の倒木は、こんなに冷たくはなかった。


 倒木の向こうに、人影が座っていた。

 数えた。輪を作るには、まだ一人足りなかった。

 現場の二十七人と、志村と、それから捜査チームの中から先に呼ばれていった者たちが、いつの間にか並んでそこにいた。誰がいつ来たのかは、井ノ口には分からなかった。順番だけが、ただ整っていた。皆、井ノ口のほうを見てはいなかった。輪の中央を、それぞれ静かに見つめていた。

 輪の中央には、空の木箱があった。最初の現場と、同じ木箱だった。蓋が開いて、中身は空のままだった。空のままで、何かを待っていた。

 その向こう、輪のいちばん奥に、もう一つだけ、座る場所が空いていた。広く取られた一席だった。最初の現場の写真を見直したとき、井ノ口が気のせいだと思おうとした、あの一席だった。


 二十七人。あの輪は二十七人だった。本田を加えれば、二十八人になる。

 今、輪の中には二十七人いた。それぞれがいつ座ったのかは、分からない。

 井ノ口は、輪に向かって、まだ歩いている。


神還り(完)


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