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影曳き

AIに設定を読み込ませて執筆された、ホラーショートストーリーです。

ホラーショートストーリーAI朗読Youtubeチャンネルもあります。

https://www.youtube.com/@VacuousKaikitan

一、くびれトンネル


 その夜、俺たちは肝試しのつもりで山の旧道へ車を走らせていた。

 ハンドルを握る拓海が、後部座席の歩美に向かって笑う。

「縊れトンネル、知ってる奴は知ってるって感じのスポットだから、いまポストすれば刺さるぞ」

 歩美はスマホを構えて、もう動画を回し始めていた。彼女のXのフォロワーは数千で、地方の心霊スポット巡りの短い動画がときどきバズる。俺はその巻き添えに駆り出された口だった。バズれば俺のポストにも飛び火が来る。来てほしかった。

 旧国道に入ると、対向車はすっかり途絶えた。秋口の山は冷えていて、車を停めたとき、シートから降りた途端に息が白く流れた。アスファルトには細かい砂利が散っていて、靴の裏でジャリジャリと不快な音を立てる。

 トンネルの坑口こうぐちには、半ば崩れかかった小さな祠があった。御幣ごへいの紙はとうに失われ、軒下に薄汚れた木の札が一枚、釘で打ち付けられている。札の縁は雨に打たれて黒ずみ、表面にはうっすらと苔の縁取りが浮いていた。

 俺はスマホの灯りを当てた。

「影、持ち帰るべからず」

 そう読めた。墨は半分かすれていて、真ん中あたりに大きく擦れた跡がある。

「は、それ何」歩美が寄ってくる。

「肝試しの注意書きじゃね。映えるな、これ」

 拓海が札を撮る。俺も撮る。歩美はスマホを高く掲げて、札と自分の顔を一緒に収めた。

 中に入ると、コンクリートの壁は黒く湿っていた。所々に水が垂れる音がする。湿った冷気が背筋を這い上がってきて、襟元から首筋へ忍び込んだ。半ばまで進んだところで、坑道の端に錆びた鏡台が打ち捨てられていた。鏡面はうっすら曇っているけれど、こちらの輪郭はちゃんと映る。誰かが昔、肝試しの仕掛けで置いていったものらしかった。

「これは、いい絵だ」

 歩美が言うので、俺たちは鏡台の前に三人並んで自撮りをした。フラッシュが二度焚かれて、湿った闇が一瞬だけ昼に近づく。フラッシュが切れたあと、闇は前より一段深く戻った。視界の縁に黒い染みが残って、瞼を閉じても消えなかった。

 坑口へ戻る途中、歩美が小さく振り返って、「いま、後ろから足音した?」と訊いた。誰も応えなかった。気のせいと拓海が笑って言うのを、俺は妙に長く感じた。

 車に戻ってから、歩美はその場でXに投稿した。

 〈来たよ縊れトンネル。影、持ち帰っちゃう?〉

 俺と拓海もリポストする。坑口に戻る道で、リポストの通知音が小さく鳴り続けていた。

 拓海はハンドルを叩いて笑った。

「伸びてるな、これ」

 祠の札の墨が、車のヘッドライトの中で一瞬光った気がした。後で写真を確認すれば消えている、その類の光だ。

 俺は何も言わずにシートに沈んだ。窓の外を、街灯のない夜が長く流れていった。


二、映らぬもの


 翌朝、リポストの通知で目を覚ました。

 寝ぼけたまま画面を開く。歩美の投稿は伸びていた。引用ポストには〈ここ行ったことある〉〈昔死人出てる〉〈最後の写真こわ〉などが並ぶ。

 最後の写真。

 俺は指を止めた。鏡台の前で三人並んでいる、あの一枚だ。

 真ん中に拓海、左に俺、右に歩美。フラッシュは強かったから、足元のコンクリートに影がくっきり落ちている。

 影は二つしかなかった。

 拓海の影。歩美の影。

 俺の足元だけ、影がない。

 地面の質感がそのまま続いている。塗りつぶしたのではなく、もとから何もなかったというふうに。

 寒気がして、寝室の照明をつけた。ベッドから降りる。フローリングに自分の影が落ちる。落ちている、と思った。

 しゃがんで覗き込む。

 影は、俺の足の少し横にあった。本来ならまっすぐ後ろへ伸びるはずの形が、肩から先だけ、わずかに横へずれている。輪郭の縁が、油膜のように滲んでいた。

 震える指で拓海に電話をかけた。

「お前の影は、ある?」

「あるよ。なんだよ朝から」

「あの写真、見た?」

 電話の向こうで一拍の沈黙があり、拓海が短く息を呑むのが聞こえた。

「お前の影、ねえな」

 拓海はわざと笑ったけれど、笑いは語尾でほどけた。

 昼前、歩美からDMが届いた。

 〈写真の私、影が薄い〉

 〈拡散されるたびに、少しずつ薄くなってる気がする〉

 そんなはずはない、と返した。送ったあとで、自分の指が画面の上に落とすはずの影が、画面より一段奥にずれていることに気がついた。指は画面に触れているのに、影だけ、画面の二センチほど下の机の天板に落ちていた。

 午後、コンビニへ歩いた。空は晴れていて、自分の前方、横、後方と、影がついて来るはずだった。けれど、振り返ると、影は数歩遅れて道の角に佇んでいた。俺が止まると、影もそこで止まる。俺が歩き出すと、影は俺ではなく、別の方角へ一歩ずれて歩こうとした。

 店内に入ると、白いLEDの下で、レジ前の床に他の客の影がいくつも交差していた。俺だけが、その交差の上に、何も加えていなかった。

 レジの店員が会計を打ちながら、ふと俺の足元へ視線を落とした。視線はすぐに戻った。けれど店員は釣銭を俺の手のひらに載せたあと、その横の何もない空間に一度だけ目を向けた。

 店を出るとき、自動ドアのガラスに自分の姿が映った。輪郭はある。顔もある。ただ、その背後の地面に伸びるはずのものが、なかった。

 スマホが鳴る。Xの通知だ。

 〈リポスト 千件突破〉


三、影は曳かれて


 その夜、自室の鏡の前で俺は何度も振り返った。

 鏡には俺が映る。輪郭も顔も間違いなく俺だ。けれど、鏡の中の俺には、足元の影がはっきりとあって、現実の俺の足元にはそれがない。

 鏡の中だけが、ほんとうの俺を覚えている。

 そう気づいた途端、背後の壁紙の上を、長い影が滑った。

 人型だった。背の高い、肩のとがった、見覚えのある立ち姿。俺自身の影だ。それが俺から離れて、壁の中を、まるで誰かに引かれるように移動していく。歩いている、というよりは、引っ張られて滑っている。糸を曳かれて運ばれていく、影絵芝居の駒のようだった。

 影は窓の方角へ流れた。窓の外、夜の街灯のずっと奥、東の方向。歩美の家のある方角だった。あるいは、リポストが特に伸びているアカウントの居る方角。

 壁から、もう一つの影がちぎれた。今度はクローゼットの方角、北西へ向かう。地図上のどこかで、誰かが俺たちのポストをリポストしたのだ。

 ベッドの上のスマホが断続的に鳴る。

 通知欄には新しい引用ポストが並んでいた。

 〈写真の真ん中の人、影なくない?〉

 〈うちのリビング、いま大きな影が映ってる。窓もないのに〉

 〈左下の人、薄くなってない?〉

 リポストされるほど、影は俺から離れて、見知らぬ画面の向こうへ運ばれていく。リポストは確かに拡散の動作だった。けれど拡散していたのは画像ではなく、俺の影そのものだった。

 画面の中で、俺の影は俺の手から少しずつ離れていく。誰かがリポストするたびに、その人の家の壁へ、その人の足元へ、運ばれていく。

 窓の外を、街灯の柱が伸びている。柱の影は地面に落ちていた。電柱の影、植え込みの影、停めてある車の影、すべて正しい角度で地面に落ちていた。

 俺の足元には、何も落ちていなかった。

 鏡の中の俺が、こちらを見ていた。鏡の中の俺の足元には、いま、ふたつ目の影が伸びかけていた。

 俺の影ではない、誰か他人の影だった。


四、燃やしても消えぬ


 俺は投稿を削除しようとした。

 歩美の元ポスト、拓海のリポスト、自分のリポスト。

 〈このポストは表示できません〉

 何度更新しても同じ画面が返ってくる。アカウント設定から非公開にしようとすると、アプリが固まる。再起動しても、Xのアイコンを開いた途端、あの写真がタイムラインの先頭に張り付いていた。アルゴリズムが俺の足元の不在を、繰り返し見せつけてくる。

 拓海に電話した。呼び出し音は十回鳴って、十一回目で繋がった。

「俺の部屋、いま壁に大きい影が来てる」拓海の声は乾いていた。「窓もない。鏡もない。灯りは天井からまっすぐで、影が立つ理屈がねえんだよ。それが、ずっとそこに居る。動かないんだ。でも、こっちを向いてる」

 歩美にもメッセージを送った。既読がつかない。彼女のXのアカウントを覗くと、最後の更新はあの夜のままだった。

 俺は車を出して、もう一度トンネルへ向かった。

 旧国道を一人で登っていく。ヘッドライトの先で、道路の白線がぼやけていた。バックミラーを覗くと、運転席の俺が映っている。その後ろの座席に、長い人影が一つ、座っているように見えた。瞬きをすると、消えていた。

 坑口の祠に着くころには、夜が深まっていた。札はまだそこにあった。

 ヘッドライトを当てて、改めて読む。墨はやはり半分かすれていて、しかし、近くで見ると、擦れていた中央の部分にうっすら筆のあとが残っていた。

 俺は前の晩、読み間違えていた。

 札にはこう書かれていた。

「影、置いて還るべからず」

 影を持ち帰るな、ではなかった。影を置いて還ってはならない、だった。

 肝試しに来た者は、必ず自分の影と一緒に還らなければならない。さもないと──

 俺は札を釘ごと引き抜いて、家に持ち帰った。

 台所のシンクで火をつけようとした。ライターの火は札に触れる直前で揺らぎ、横に逸れた。何度試しても同じだった。札の縁を直に火に押し当てても、紙は焦げず、煤もつかなかった。指先に火傷の感触だけが残り、札は冷たいままだった。

 水をかけた。札は濡れず、水滴は札の表面を球になってこぼれた。シンクの底へ流れていく水の中で、札だけが乾いた島になっていた。

 シンクのLEDの下、俺の足元にはもう影が無かった。けれど、白いタイルの上を、見覚えのない誰かの長い影が、自分の方向へゆっくり伸びてきていた。

 スマホが鳴る。

 〈リポスト 五千件突破〉


五、伸び続ける


 朝になった。

 日が昇って、部屋の床に窓枠の影が長く伸びていた。机の影、椅子の影、本棚の影。ぜんぶ正しい方向に落ちていた。

 俺だけが、影を持っていなかった。

 通知欄を開く。歩美のあのポストは、もう万を超えるリポストを集めていた。

 新しい引用ポストが先頭に並んでいる。

 〈うちの玄関に、知らない人の影が立ってる〉

 〈寝室の天井に長い影が伸びてる、ずっと動かない〉

 〈さっきからリビングに人型の影。家族には見えない〉

 〈写真の真ん中、もう影が一つもない〉

 そして、知らないアカウントから一通のDMが届いていた。

 〈あなたの影、うちにいます。返したいです〉

 返したい、と打たれていた。けれど、もうそれは俺の影ではなかった。俺ではない誰かの影として、その人の家に立っていた。リポストの数だけ、俺の影は分かれ、見知らぬ家の壁に住み始めていた。一つの影が、万に分かれていた。

 窓を開けると、朝の街は普通に光っていた。学生が歩き、車が走り、自転車が滑る。

 彼らの足元には、長い影がきちんと伸びていた。

 そのうちの一つが、ほんの一瞬、こちらを振り向いた気がした。

 角を曲がる女性の影が、ほぼ同時にもう一つ振り向く。バス停の老人の影が、半歩、こちらへ動いた。郵便配達のスクーターの影が、走行方向と逆にゆらりと頭を傾けた。

 影だけが、見ていた。

 影を持つ人々は、何も気づかずに歩いていた。

 俺は窓を閉めた。

 スマホを伏せた。

 それでもリポストの通知は止まらなかった。短く、短く、絶え間なく鳴り続けていた。画面を伏せても、机が小刻みに震えるたびに、誰かの家の壁が新たに俺の影を受け取ったのだとわかった。

 通知が一つ鳴るたびに、見知らぬ誰かの家の壁を、俺の影が一歩、また一歩、歩いている。

 札はまだ机の上にあった。火も水も受け付けない、たった一枚の、朽ちかけた木札だ。

 影、置いて還るべからず。

 俺はあの夜、それを読み間違えた。

 読み間違えたまま家に還ってしまった。

 拓海からの着信は、もう来なかった。歩美のアカウントは、いつのまにか消えていた。

 俺は机の前で、画面の伏せられたスマホを見ている。

 通知の振動は、まだ続いている。

 誰かが、また今、リポストした。

 誰かの家に、俺の影が一歩、踏み入っている。

 リポストは、まだ伸びている。


影曳き(完)


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