写りもの
AIに設定を読み込ませて執筆された、ホラーショートストーリーです。
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一、途絶えた記事
深夜、俺はいつものように、古いインターネットの底を漁っていた。
怪談ブログ。実話系の、何年も更新が止まっている、誰の記憶からも漏れたような個人サイト。
俺はそういうのを掘り起こすのが、昔から好きだった。誰にも読まれなくなったページの、わずかな読者の一人になる感覚。深夜の、薄暗い画面の中だけの、密かな趣味だった。
その夜、見つけたのは「峠の電話ボックスで」という題のページだった。十年以上前の日付。そして、その記事を最後に、ブログの更新は完全に途絶えていた。
コメント欄には、十年前の日付で「大丈夫ですか」という一行だけが残されていた。返信はついていなかった。
書かれていたのは、三人の若者が肝試しに行った話だった。県境の山あい、廃村の手前の三叉路に、今でも残る公衆電話ボックス。その夜、写真を撮ったら、ボックスのガラスに顔が写り込んでいた──ありがちな話の、はずだった。
ただ、貼られていた写真は、ありがちではなかった。
粒子の粗い、夜のjpeg。中央に立つ、白い電話ボックス。中で受話器を取り、おどけたポーズで笑う若者。その背後のガラス。
そこに、長く引き伸ばされた顔が、こちらを覗いていた。
引き伸ばされ、ねじれている。それでも目鼻立ちははっきりと見えた。笑ってもいない、怒ってもいない、ただ、こちらを見ていた。
俺は何度かウィンドウを閉じようとした。だが指先は動かなかった。スクロールが、写真のほうへ吸い寄せられていく。気がつけば、もう一度、その顔と目が合っていた。
俺はその画像を、自分のスマホに保存した。古いブログは、いつ消えるかわからない。
翌日、谷岡と真島にLINEで送りつけた。「面白いの拾った」と。
谷岡は地元の人間で、その峠を知っていた。鳴瀬峠。実家から車で四十分。廃村に通じる旧道沿いに、今でもあの電話ボックスは残っているらしい。
「行ってみるか」
真島が乗り気だった。週末、行くことになった。
二、三叉路のガラス箱
土曜の夜、九時。
谷岡の軽自動車が、峠道を登っていく。街灯は途中で途切れた。山の闇は思った以上に重かった。ヘッドライトの届く範囲だけが、世界の全てに見えた。秋の風が車体を撫でていく。どこかで、水の流れる音がしていた。
スマホはとっくに圏外を示していた。カーナビの地図も対応していない。だが谷岡は地図を覚えているらしく、迷う素振りもなく軽自動車を闇のほうへ滑り込ませていた。
対向車はずっと来なかった。ガードレールが途切れた斜面の向こうから、湿った木の匂いと、もっと古い土と銅のような匂いが流れ込んでいた。
「あった」と谷岡が呟いた。
三叉路の角。雑草に半ば呑まれた電話ボックスが、ヘッドライトの光に浮かび上がっていた。
古い形の、ガラス箱。内側の蛍光灯はとうに切れている。四面の窓は曇り、雨垂れの跡が幾筋も走っていた。
「ブログのとおりだな」と真島がスマホを構えた。
俺たちは車を降りた。
「順番に、誰か入って撮ろうぜ」
谷岡が最初に入った。受話器を取って、わざとらしいピースサインをする。シャッターが切られる。次は真島。最後が、俺だった。
ボックスの内側は、思った以上に狭かった。床の隅に、煙草の吸い殻と、潰れた缶コーヒーが残っていた。電話機は朽ちて、コードは途中で千切れている。
受話器を取って耳に当てた。冷たい。当然、無音。
だが奥のほうで、ごく微かに、誰かが息を吐いているような音が鳴っている気がした。
気のせいだろう。
だが、その音は息というよりは、囁きにも聞こえた。誰かが受話器の向こうで、急がず丁寧に、何かを呟き続けている。聞き取ろうとすると、すぐに、ただの古い回線の死んだノイズに戻った。
「笑え」
シャッターの音が二度。
外に出ると、空気がほんの少し、ぬるく感じられた。
振り返ると、ボックスは静かに立っていた。さっきまで自分が中にいた箱が、ひどくよそよそしく見えた。
車に戻ってから、真島のスマホのプレビューを覗き込んだ。
受話器を持って、ぎこちなく笑う俺。背後のガラスには──
なにも写っていなかった。
「合成じゃね、あのブログ」と谷岡が言って、真島も笑った。
俺も笑った、と思う。
ただ、下り道に入ってから、車内ではなぜか、誰もあの写真の話を続けたがらなかった。ハンドルを握る谷岡の横顔だけが、ヘッドライトの逆光に薄く青ざめて見えていた。
──
翌日の夜。
ベッドの上で、俺は自分のスマホを眺めていた。あの夜の写真は、まだ真島から共有されていない。だが、なんとなく、自分のスマホの写真フォルダを開いた。
撮った覚えのない写真が、一枚、入っていた。
ボックスの外側から、内側を撮ったような構図。中で受話器を持つ、俺。
そして、ボックスのガラスに長く引き伸ばされた顔が、こちらを向いて写っていた。
ブログのあの写真と、輪郭がよく似ていた。
三、移っていた
朝、陽の光の中でもう一度確認した。
やはり、写っている。間違いなく、見たことのない構図。誰かが、ボックスの外側から撮ったとしか思えない角度。
だが、あの夜、ボックスの外には谷岡と真島しかいなかった。そして二人の位置からでは、この構図で撮ることはできない。
──いや、待て。
俺はもう一つの写真を開いた。
十年以上前のブログから保存しておいた、あの古いjpeg。
写真の中の、電話ボックス。受話器を持って笑う若者。
電話ボックスのガラスに、長く引き伸ばされた顔が、いたはずだった。
──いなかった。
ガラスはただ、夜を映しているだけだった。あの長い顔は、写真のどこにも、もう、いなかった。
俺は何度か画像を読み込み直した。粒子は同じ。背景の暗さも同じ。受話器を持って笑う見知らぬ若者も、変わらず同じ位置にいる。ただ、電話ボックスのガラスだけが、何も写していなかった。
血の気が引いた。
俺は自分のスマホに戻った。撮った覚えのない、あの写真。硝子の中の、長い顔。
指で拡大した。
その顔の、目鼻立ち。
長く引き伸ばされ、ねじれているせいで、すぐにはわからなかった。
だが、よく見れば、それは──
俺の、顔だった。
四、消えない写し
削除した。ゴミ箱を空にした。クラウドからも消した。寝た。
朝、目を覚ましてフォルダを開けば、同じ写真が同じ位置に、同じ顔のまま、戻っていた。
スマホを変えた。データを移行せず、新品のまま使い始めた。
夕方、新しい端末の写真フォルダを開く。一枚だけ、あった。あの写真が。
初期化した。SIMを抜いた。それでも、端末を起動するたび写真は最初から、そこに在った。
パソコンに移して削除した。ハードディスクから消しても、クラウドが「二日前のバックアップを復元しました」と通知してきた。アカウントを削除しようとすると、本人確認に俺の顔写真が必要だった。送ったが、認証は通らなかった。
真島のSNSを覗いてみた。最後の投稿は、肝試しに行く前日。鳴瀬峠の写真も、肝試しの夜の投稿も、何も上がっていなかった。
ただ、プロフィール画像だけが、昨日、入れ替わっていた。
長く引き伸ばされ、ねじれた見覚えのある顔に。
真島に電話をかけた。出ない。LINEを送った。既読がつかない。
谷岡に電話をかけた。
「ああ、俺もなんだよ」谷岡の声は早口だった。「お前の写真が勝手に入ってる」
「真島は」
「連絡取れない。なあ、あの電話ボックス、行く前にお前、何か変なこと考えてたか」
「いや」
「俺、明日ちゃんとしたとこ行ってくる。爺さん筋でいいとこ知ってるんだ」
通話は切れた。
翌日の昼、谷岡から短いLINEがきた。
「断られた。坊さんが、写しが終わってるって。受け取れないって」
その日の夕方には、谷岡からの連絡も途絶えた。
俺は谷岡の実家に電話をかけてみた。出たのは、知らない女性だった。
「谷岡さんという方は、こちらにはいらっしゃいません」と、その人は穏やかに、しかし困惑したように言った。「すみません、番号をお間違えではないですか」
俺は何度も同じ番号にかけ直した。同じ女性が同じように、申し訳なさそうに、谷岡という人間を知らないと答え続けた。
俺はもう一度、鳴瀬峠に行こうとした。
麓の駅まで電車を乗り継ぎ、峠へ向かうバスに乗った。だがアナウンスは、いつまでも次の停留所を告げなかった。窓の外を流れる景色が、見知らぬ街並みのまま、止まらなかった。
気がつくと、バスは終点の市街地に戻っていた。
放心状態でバスを降りるとき、運転手は、どこにも降りずに戻ってきた俺を、困惑した顔で見送った。
峠へは、辿り着けなかった。
俺はもう一度、あの古いブログを開こうとした。
だがブラウザは延々と読み込みを続け、ページは表示されなかった。検索しても出てこなかった。十年以上残り続けたはずの個人サイトが、今はもう、消えていた。
代わりに、俺のスマホの中で、写真は増えていた。
受話器を持つ俺の背後、ガラスに写る、長く引き伸ばされた顔。
一枚目では、その顔はガラスの外側にいた。
二枚目では、もう少し内側に近づいていた。
三枚目では、電話ボックスの中に立っていた。俺と、同じ場所に。
五、写りこむ側
洗面台の鏡の前に立った。
鏡の中に、俺がいた。間違いなく、俺の顔。だが、なにかがおかしかった。
鏡の中の俺は、こちらよりほんの少しだけ、笑っていた。
俺は笑っていないのに。
目を逸らした。
鏡の中の俺は、半瞬遅れて、目を逸らした。
居間に降りていくと、母が振り返った。
「あら、お客様?」
穏やかな声だった。怖がってはいなかった。ただ、俺が誰なのか、わかっていなかった。
「俺だよ、息子だろ?」
「うちの子じゃないわ。どちらさま」
母は怖がっていなかった。それが、何より怖かった。
台所の壁に飾られた家族写真には、もう俺はいなかった。父と母と、見知らぬ若者が、川辺で笑っていた。長く引き伸ばされてねじれたその若者を、母はいかにも親しげに見上げていた。
スマホを開いた。
連絡先の写真が全て、長く引き伸ばされた見覚えのない顔に置き換わっていた。
ただし、「自分」の連絡先だけは──
あの夜、電話ボックスで受話器を持って笑った、俺の元の顔のままだった。
学生証を取り出した。写真の顔は、見たことのない若者になっていた。免許証も、マイナンバーカードも、全て、同じ顔だった。
洗面台に戻って、もう一度鏡を覗くと、そこに俺はいた。だが、さっきまで自分の顔だったはずのものが、ほんの少しずつ、ガラスの中の長い顔に近づいていた。
電話が鳴った。
表示は「公衆電話」。
俺は受話器を取らなかった。
だが、家中のテレビやパソコン、母の手の中の端末まで、いっせいに鳴り始めていた。
窓の外でも、向かいの家の固定電話が鳴っていた。その先の、もう存在しないはずの公衆電話まで、街じゅうの受話器が、いっせいに鳴っていた。
俺は一一〇番に電話をかけた。呼び出し音は鳴らなかった。代わりに、すぐに繋がった。
受話器の向こうで誰かが、無音のまま、息を吐いていた。あの夜、鳴瀬峠の受話器の奥で聞いた、あの息。
そしてその息は、こちら側からも聞こえていた。
俺の口から、漏れていた。
俺は家を出た。
歩いた。歩き続ければ、何かが変わるかもしれない、と思った。
街灯の下を、何人かの人とすれ違った。誰も俺を見なかった。一人、女子高生らしき子と肩がぶつかった。彼女は驚いた顔で振り返ったが、視線は俺のすぐ横を通り抜けていた。すみませんとも言わずに、彼女は早足で去っていった。
夜の道。
街灯の下に、電話ボックスがあった。
さっきまでそこには無かったはずの、新しいガラス箱だった。
中で誰かが受話器を持って、笑顔で、こちらに手を振っていた。
俺の、顔だった。
俺の足は勝手に、その箱へ向かって進んでいた。
箱に入れば、もう、こちら側に出ることはない。それでも、足は止まらなかった。
中の若者が嬉しそうに、わずかに頷くのが見えた。やっと交代できると言いたげに。
彼が外へ出てきて、俺が中へ入る。
ガラス越しに、彼と一瞬、目が合った。
それは、十年以上前のあのjpegで受話器を持って笑っていた、知らない若者の顔だった。
写りもの(完)




