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写りもの

AIに設定を読み込ませて執筆された、ホラーショートストーリーです。

ホラーショートストーリーAI朗読Youtubeチャンネルもあります。

https://www.youtube.com/@VacuousKaikitan

一、途絶えた記事


 深夜、俺はいつものように、古いインターネットの底を漁っていた。

 怪談ブログ。実話系の、何年も更新が止まっている、誰の記憶からも漏れたような個人サイト。

 俺はそういうのを掘り起こすのが、昔から好きだった。誰にも読まれなくなったページの、わずかな読者の一人になる感覚。深夜の、薄暗い画面の中だけの、密かな趣味だった。


 その夜、見つけたのは「峠の電話ボックスで」という題のページだった。十年以上前の日付。そして、その記事を最後に、ブログの更新は完全に途絶えていた。

 コメント欄には、十年前の日付で「大丈夫ですか」という一行だけが残されていた。返信はついていなかった。


 書かれていたのは、三人の若者が肝試しに行った話だった。県境の山あい、廃村の手前の三叉路に、今でも残る公衆電話ボックス。その夜、写真を撮ったら、ボックスのガラスに顔が写り込んでいた──ありがちな話の、はずだった。


 ただ、貼られていた写真は、ありがちではなかった。


 粒子の粗い、夜のjpeg。中央に立つ、白い電話ボックス。中で受話器を取り、おどけたポーズで笑う若者。その背後のガラス。

 そこに、長く引き伸ばされた顔が、こちらを覗いていた。


 引き伸ばされ、ねじれている。それでも目鼻立ちははっきりと見えた。笑ってもいない、怒ってもいない、ただ、こちらを見ていた。


 俺は何度かウィンドウを閉じようとした。だが指先は動かなかった。スクロールが、写真のほうへ吸い寄せられていく。気がつけば、もう一度、その顔と目が合っていた。


 俺はその画像を、自分のスマホに保存した。古いブログは、いつ消えるかわからない。


 翌日、谷岡と真島にLINEで送りつけた。「面白いの拾った」と。

 谷岡は地元の人間で、その峠を知っていた。鳴瀬峠(なるせとうげ)。実家から車で四十分。廃村に通じる旧道沿いに、今でもあの電話ボックスは残っているらしい。

「行ってみるか」

 真島が乗り気だった。週末、行くことになった。


二、三叉路のガラス箱


 土曜の夜、九時。

 谷岡の軽自動車が、峠道を登っていく。街灯は途中で途切れた。山の闇は思った以上に重かった。ヘッドライトの届く範囲だけが、世界の全てに見えた。秋の風が車体を撫でていく。どこかで、水の流れる音がしていた。


 スマホはとっくに圏外を示していた。カーナビの地図も対応していない。だが谷岡は地図を覚えているらしく、迷う素振りもなく軽自動車を闇のほうへ滑り込ませていた。

 対向車はずっと来なかった。ガードレールが途切れた斜面の向こうから、湿った木の匂いと、もっと古い土と銅のような匂いが流れ込んでいた。


「あった」と谷岡が呟いた。


 三叉路の角。雑草に半ば呑まれた電話ボックスが、ヘッドライトの光に浮かび上がっていた。


 古い形の、ガラス箱。内側の蛍光灯はとうに切れている。四面の窓は曇り、雨垂れの跡が幾筋も走っていた。


「ブログのとおりだな」と真島がスマホを構えた。


 俺たちは車を降りた。


「順番に、誰か入って撮ろうぜ」


 谷岡が最初に入った。受話器を取って、わざとらしいピースサインをする。シャッターが切られる。次は真島。最後が、俺だった。


 ボックスの内側は、思った以上に狭かった。床の隅に、煙草の吸い殻と、潰れた缶コーヒーが残っていた。電話機は朽ちて、コードは途中で千切れている。

 受話器を取って耳に当てた。冷たい。当然、無音。

 だが奥のほうで、ごく微かに、誰かが息を吐いているような音が鳴っている気がした。

 気のせいだろう。

 だが、その音は息というよりは、囁きにも聞こえた。誰かが受話器の向こうで、急がず丁寧に、何かを呟き続けている。聞き取ろうとすると、すぐに、ただの古い回線の死んだノイズに戻った。


「笑え」

 シャッターの音が二度。


 外に出ると、空気がほんの少し、ぬるく感じられた。

 振り返ると、ボックスは静かに立っていた。さっきまで自分が中にいた箱が、ひどくよそよそしく見えた。


 車に戻ってから、真島のスマホのプレビューを覗き込んだ。

 受話器を持って、ぎこちなく笑う俺。背後のガラスには──

 なにも写っていなかった。


「合成じゃね、あのブログ」と谷岡が言って、真島も笑った。

 俺も笑った、と思う。

 ただ、下り道に入ってから、車内ではなぜか、誰もあの写真の話を続けたがらなかった。ハンドルを握る谷岡の横顔だけが、ヘッドライトの逆光に薄く青ざめて見えていた。


 ──


 翌日の夜。

 ベッドの上で、俺は自分のスマホを眺めていた。あの夜の写真は、まだ真島から共有されていない。だが、なんとなく、自分のスマホの写真フォルダを開いた。


 撮った覚えのない写真が、一枚、入っていた。


 ボックスの外側から、内側を撮ったような構図。中で受話器を持つ、俺。

 そして、ボックスのガラスに長く引き伸ばされた顔が、こちらを向いて写っていた。


 ブログのあの写真と、輪郭がよく似ていた。


三、移っていた


 朝、陽の光の中でもう一度確認した。

 やはり、写っている。間違いなく、見たことのない構図。誰かが、ボックスの外側から撮ったとしか思えない角度。

 だが、あの夜、ボックスの外には谷岡と真島しかいなかった。そして二人の位置からでは、この構図で撮ることはできない。


 ──いや、待て。


 俺はもう一つの写真を開いた。

 十年以上前のブログから保存しておいた、あの古いjpeg。


 写真の中の、電話ボックス。受話器を持って笑う若者。

 電話ボックスのガラスに、長く引き伸ばされた顔が、いたはずだった。


 ──いなかった。


 ガラスはただ、夜を映しているだけだった。あの長い顔は、写真のどこにも、もう、いなかった。

 俺は何度か画像を読み込み直した。粒子は同じ。背景の暗さも同じ。受話器を持って笑う見知らぬ若者も、変わらず同じ位置にいる。ただ、電話ボックスのガラスだけが、何も写していなかった。


 血の気が引いた。


 俺は自分のスマホに戻った。撮った覚えのない、あの写真。硝子の中の、長い顔。

 指で拡大した。


 その顔の、目鼻立ち。


 長く引き伸ばされ、ねじれているせいで、すぐにはわからなかった。

 だが、よく見れば、それは──


 俺の、顔だった。


四、消えない写し


 削除した。ゴミ箱を空にした。クラウドからも消した。寝た。

 朝、目を覚ましてフォルダを開けば、同じ写真が同じ位置に、同じ顔のまま、戻っていた。


 スマホを変えた。データを移行せず、新品のまま使い始めた。

 夕方、新しい端末の写真フォルダを開く。一枚だけ、あった。あの写真が。


 初期化した。SIMを抜いた。それでも、端末を起動するたび写真は最初から、そこに在った。

 パソコンに移して削除した。ハードディスクから消しても、クラウドが「二日前のバックアップを復元しました」と通知してきた。アカウントを削除しようとすると、本人確認に俺の顔写真が必要だった。送ったが、認証は通らなかった。


 真島のSNSを覗いてみた。最後の投稿は、肝試しに行く前日。鳴瀬峠の写真も、肝試しの夜の投稿も、何も上がっていなかった。

 ただ、プロフィール画像だけが、昨日、入れ替わっていた。

 長く引き伸ばされ、ねじれた見覚えのある顔に。


 真島に電話をかけた。出ない。LINEを送った。既読がつかない。


 谷岡に電話をかけた。

「ああ、俺もなんだよ」谷岡の声は早口だった。「お前の写真が勝手に入ってる」

「真島は」

「連絡取れない。なあ、あの電話ボックス、行く前にお前、何か変なこと考えてたか」

「いや」

「俺、明日ちゃんとしたとこ行ってくる。爺さん筋でいいとこ知ってるんだ」


 通話は切れた。


 翌日の昼、谷岡から短いLINEがきた。

「断られた。坊さんが、写しが終わってるって。受け取れないって」


 その日の夕方には、谷岡からの連絡も途絶えた。


 俺は谷岡の実家に電話をかけてみた。出たのは、知らない女性だった。

「谷岡さんという方は、こちらにはいらっしゃいません」と、その人は穏やかに、しかし困惑したように言った。「すみません、番号をお間違えではないですか」

 俺は何度も同じ番号にかけ直した。同じ女性が同じように、申し訳なさそうに、谷岡という人間を知らないと答え続けた。


 俺はもう一度、鳴瀬峠に行こうとした。

 麓の駅まで電車を乗り継ぎ、峠へ向かうバスに乗った。だがアナウンスは、いつまでも次の停留所を告げなかった。窓の外を流れる景色が、見知らぬ街並みのまま、止まらなかった。

 気がつくと、バスは終点の市街地に戻っていた。

 放心状態でバスを降りるとき、運転手は、どこにも降りずに戻ってきた俺を、困惑した顔で見送った。

 峠へは、辿り着けなかった。


 俺はもう一度、あの古いブログを開こうとした。

 だがブラウザは延々と読み込みを続け、ページは表示されなかった。検索しても出てこなかった。十年以上残り続けたはずの個人サイトが、今はもう、消えていた。


 代わりに、俺のスマホの中で、写真は増えていた。

 受話器を持つ俺の背後、ガラスに写る、長く引き伸ばされた顔。

 一枚目では、その顔はガラスの外側にいた。

 二枚目では、もう少し内側に近づいていた。

 三枚目では、電話ボックスの中に立っていた。俺と、同じ場所に。


五、写りこむ側


 洗面台の鏡の前に立った。

 鏡の中に、俺がいた。間違いなく、俺の顔。だが、なにかがおかしかった。


 鏡の中の俺は、こちらよりほんの少しだけ、笑っていた。

 俺は笑っていないのに。


 目を逸らした。

 鏡の中の俺は、半瞬遅れて、目を逸らした。


 居間に降りていくと、母が振り返った。

「あら、お客様?」

 穏やかな声だった。怖がってはいなかった。ただ、俺が誰なのか、わかっていなかった。

「俺だよ、息子だろ?」

「うちの子じゃないわ。どちらさま」


 母は怖がっていなかった。それが、何より怖かった。

 台所の壁に飾られた家族写真には、もう俺はいなかった。父と母と、見知らぬ若者が、川辺で笑っていた。長く引き伸ばされてねじれたその若者を、母はいかにも親しげに見上げていた。


 スマホを開いた。

 連絡先の写真が全て、長く引き伸ばされた見覚えのない顔に置き換わっていた。


 ただし、「自分」の連絡先だけは──

 あの夜、電話ボックスで受話器を持って笑った、俺の元の顔のままだった。


 学生証を取り出した。写真の顔は、見たことのない若者になっていた。免許証も、マイナンバーカードも、全て、同じ顔だった。

 洗面台に戻って、もう一度鏡を覗くと、そこに俺はいた。だが、さっきまで自分の顔だったはずのものが、ほんの少しずつ、ガラスの中の長い顔に近づいていた。


 電話が鳴った。

 表示は「公衆電話」。


 俺は受話器を取らなかった。

 だが、家中のテレビやパソコン、母の手の中の端末まで、いっせいに鳴り始めていた。

 窓の外でも、向かいの家の固定電話が鳴っていた。その先の、もう存在しないはずの公衆電話まで、街じゅうの受話器が、いっせいに鳴っていた。


 俺は一一〇番に電話をかけた。呼び出し音は鳴らなかった。代わりに、すぐに繋がった。

 受話器の向こうで誰かが、無音のまま、息を吐いていた。あの夜、鳴瀬峠の受話器の奥で聞いた、あの息。

 そしてその息は、こちら側からも聞こえていた。

 俺の口から、漏れていた。


 俺は家を出た。

 歩いた。歩き続ければ、何かが変わるかもしれない、と思った。

 街灯の下を、何人かの人とすれ違った。誰も俺を見なかった。一人、女子高生らしき子と肩がぶつかった。彼女は驚いた顔で振り返ったが、視線は俺のすぐ横を通り抜けていた。すみませんとも言わずに、彼女は早足で去っていった。


 夜の道。

 街灯の下に、電話ボックスがあった。

 さっきまでそこには無かったはずの、新しいガラス箱だった。


 中で誰かが受話器を持って、笑顔で、こちらに手を振っていた。


 俺の、顔だった。


 俺の足は勝手に、その箱へ向かって進んでいた。

 箱に入れば、もう、こちら側に出ることはない。それでも、足は止まらなかった。

 中の若者が嬉しそうに、わずかに頷くのが見えた。やっと交代できると言いたげに。


 彼が外へ出てきて、俺が中へ入る。

 ガラス越しに、彼と一瞬、目が合った。


 それは、十年以上前のあのjpegで受話器を持って笑っていた、知らない若者の顔だった。


写りもの(完)


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