呪い溜まり(のろいだまり)
AIに設定を読み込ませて執筆された、ホラーショートストーリーです。
ホラーショートストーリーAI朗読Youtubeチャンネルもあります。
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一、商品としての怨み
夜の十一時を回ると、千夏のスマホには新しいDMが届きはじめる。
「会社の係長を呪ってほしいです。料金は一万円でいいですか」
「同期の彼女、彼を取られました。写真添付します」
「義母が憎いです。なるべく早く」
布団の中で寝返りを打ちながら、千夏はひとつずつ既読をつけていく。返信は明日の昼でいい。料金は前払い、効果の保証はなし。最初の固定メッセージに書いてあるので、客はおおむね素直に振り込んでくる。一件三千円から五千円。月に百万円近くなる月もあった。
霊能力なんてものを、千夏は一度たりとも信じたことがなかった。
二年前に派遣切りに遭った。半年職を探した。面接で泣いて帰る日が増え、貯金が底をつきかけた頃、ふと思いついた商売だった。「あなたの嫌いな人を呪います」という固定ツイートを上げただけで、最初の週に十二件のDMが入った。世のなかには想像していた以上に、人を呪いたい人間がいた。
買い揃えたのは百円ショップの白いビニール人形と、家庭用プリンターと、油性マジック。客から送られてきた写真を縮小して印刷し、人形の顔に貼る。胸のあたりに五寸釘の代わりに画鋲を一本刺し、暗い角度から写真を一枚撮る。「儀式は無事に完了いたしました」とテンプレートで送り返す。それで仕事は終わる。
人形を刺すとき、千夏は何も唱えない。客には「丑の刻に行います」と伝えるが、実際は昼の十二時にカーテンを閉めて撮影することもあった。光の角度さえうまく合えば、画像は丑三つ時にしか見えない。
たまに律儀な客から「効きました、ありがとうございます」と返信が来る。千夏は薄く笑って既読をつける。係長が階段を踏み外そうと、義母が肺炎になろうと、それは偶然以外のなにものでもない。ただ偶然というのは、信じる側にとっては偶然の顔をしない。
通帳の数字は日ごとに重みを増していった。
最近ひとつだけ、気になっていることがある。
振込通知の電子音だ。
ピン、と短く鳴る何の変哲もない通知音だ。それが午前二時や四時に、客がそんな時間に振り込むはずもない時刻にふっと鳴ることがある。
画面を確認しても入金履歴は更新されていない。
通知センターを開いても、なにも残っていない。
最初は誤作動だと思って、アプリを入れ直した。それから一週間は鳴らなかった。
鳴らなかったが、夢のなかでは鳴っている気がする。
二、口コミは独り歩きする
匿名掲示板のホラー板に、千夏のアカウントを名指しした書き込みが現れたのは、サービスを始めて三ヶ月目の春先だった。
「@noroi_uketamawari、本物だぞ。係長、本当に階段から落ちた」
「うちの元彼、依頼した二週間後に交通事故。マジで効く」
「俺は信じてなかったけど、嫁の不倫相手が突然解雇された。三千円でこれは安すぎる」
偶然と確証バイアスが折り重なって、噂はひとり歩きを始める。フォロワーは三十人から二百人に膨れ、夜になるとDMの未読数が三桁を超えるようになった。千夏は最低料金を引き上げたが、それでも依頼は減らなかった。
仕事量が増えると、印刷と画鋲の作業もずいぶん雑になった。客の送ってくる写真をちらりと確認しただけで人形に貼り、画鋲を打って撮影する。流れ作業だった。
そのころから、街で名前が聞こえるようになった。
電車のなかで、隣の女子大生が連れに「美咲がさぁ」と言ったとき、千夏は今朝のDMに添えられていた佐藤美咲という名前を思い出した。喫茶店で店員に呼ばれた予約客の苗字が、昨日の依頼の標的と一字一句同じだったときも、ただの偶然だと思った。コンビニのレジで前に並んでいた男のクレジットカードに刻まれた名前が、先週画鋲を打った写真の人物と同じ字面だったときも、千夏は自分に「偶然だ」と言い聞かせた。
ただの偶然が、週に七つも八つも続くようになった。
スマホの振込通知音は、もう日常の音のひとつになっていた。明け方、夕方、入浴中、湯気で曇った浴室の鏡に向かって髪を流しているとき、隣の部屋からピンと鳴る。確認すると履歴には何も増えていない。
ピン、と鳴って、何もない。
ピン、と鳴って、何もない。
体調が落ちはじめたのは、桜が散る頃だった。
朝起きると、肩から首にかけて鉛を埋めたみたいに重い。胃のあたりが冷たくて、固形物が喉を通らない。耳のなかで、知らない名前が囁かれている気がする。気のせいだと自分に言い聞かせる。三千円の画鋲ごときで体調を崩すような女ではない。
ただ人形を撮影しようとカメラを構えると、画鋲の頭に映る自分の顔だけが妙にゆがんで見える日が増えていた。
三、受信箱の重さ
連休明けに、千夏は救急車で運ばれた。
外ではなく、自分のワンルームで倒れていたところを、宅配便の配達員が異変に気づいて通報したらしい。原因は判らなかった。血液検査もCTもMRIも、すべて異常なし。担当医は「過労ではないか」と言ったが、過労を起こすような労働を千夏はもう一年以上していない。
退院した翌週、銀行から連絡があった。
「不審な入出金が連続しているため、当口座を凍結いたしました」
明細を見ると、知らない名義からの三千円の振込が、一日に何十件も続いていた。ほとんどの名義は数字とアルファベットの羅列で、振込元の銀行欄は空白だった。何より奇妙だったのは、振込金額の合計が、ここ三ヶ月で彼女が客から受け取った金額とほぼ同額だったことだ。
その夜、千夏は自分のアカウントの引用ツイートを検索した。最初に目に入ったのは、千夏を詐欺師だと糾弾する消費者保護系のスレッドだった。霊能力もない人間が金銭を取って人形に画鋲を刺すだけの動画を送りつけている、と告発が並んでいた。
その下に、別系統のスレッドが立っていた。タイトルは「@noroi_uketamawariの件、本当に呪いはあるのか」。
ホラー板の住人を装ったらしいアカウントが、長文の考察を投げていた。
──@noroi_uketamawariには霊能力はない。これは断言できる。本人もそう自覚して商売を始めたはずだ。ただ、ここに重要な前提がある。客は『呪いを送った』と確信して金を払っている。その確信は、確かにどこかへ流れている。送り先がない呪いは、流通の結節点に溜まる。結節点が、人間でないという保証はない──
引用リツイートが二千を超えていた。
コメント欄には、似たような体験談が並んでいた。「自分が依頼したあと、占い師の方が体調を崩したと聞いた」「@noroi_uketamawariさん、最近ツイートが減ってませんか」。
千夏は画面を閉じようとして、指が動かなかった。
スマホが固まっている。
画面の中央に、自分が依頼を受けた標的たちの名前が、上から下へゆっくりとスクロールしていた。
佐藤美咲。
高橋順子。
小池雄一郎。
今村節。
名前と名前のあいだに、ピン、ピン、ピン、と振込通知音が連続して挟まる。
固形物が喉を通らない理由が、千夏のなかでひとつにつながりはじめていた。
四、退会できないアカウント
アカウントを削除しようとした。
設定画面の「アカウント削除」を押すと、画面が真っ白になり、しばらくしてエラーが返ってきた。
〈現在、このアカウントは削除できません。サポートまでお問い合わせください〉
何度試しても同じ表示だった。一度だけ「処理が完了しました」と出たのでホーム画面に戻ると、自分のアカウントは何事もなかったように、新しい固定ツイートを上に置いていた。料金体系を「一件最低三千円→四千円」に値上げしたという告知だった。投稿時刻は、千夏が削除ボタンを押した三秒後だった。
返金しようと考えた。
入金履歴に残っているうちの何人かに、千夏は「廃業するため返金させてください」とDMを送った。送ったはずだった。送信済みフォルダに、その文面は残っていなかった。代わりに、自分が送った覚えのない一文だけが履歴に残っていた。
「次回もよろしくお願いいたします」
スマホのSIMを抜いて、電源を落とした。
机のうえに置いた真っ黒な画面から、ピン、と通知音が鳴った。
電源が入っていないはずの画面が、薄く光った。
千夏は金槌を持ってきて、スマホを叩き割った。液晶のガラスがひび割れ、内部のフレキシブル基板が剥き出しになった。何度も叩いた。叩いているあいだも、ひび割れた画面の奥で振込通知音が鳴り続けていた。指先に細かな破片が刺さって血が滲んだが、痛みより、音の方が怖かった。
家を出ようとした。
鞄をつかんで玄関の鍵を回し、ノブを引いた。
廊下の外気は冷えていた。
外廊下を歩き、エレベーターを降り、エントランスを抜けた。駅まで歩いた。改札の前まで来て、ふと気づいた。
鞄のなかにスマホが入っていた。
壊したはずのスマホが、画面のひびを残したまま動いていた。
画面の上部には、新しい振込通知が三件、表示されていた。
そして、画面の下に、自分が受け取った覚えのないDMの返信通知が点滅していた。
「次のご依頼、承りました」
千夏は息を止めた。
改札の向こうから誰かが、ピン、と短く呼ぶような音を立てた。
それが本物の改札の音なのか、鞄のなかの音なのか、判別がつかなかった。
両方かもしれないと思った。
両方だったとしても、自分にもう逃げ場がないのは同じだった。
五、新しい受け皿
部屋に戻ったのは、その日の夜遅くだった。
ベッドのうえで仰向けになり、天井を見ている。スマホは机の隅で、画面を下にして伏せてある。ピン、という音は、もう何時間か鳴っていない。久しぶりの静けさだった。
静けさの理由が、判ろうとしていた。
匿名掲示板にもう一度アクセスする。スマホの画面は割れたままだが、表示には問題がない。新しいスレッドが立っていた。
「@urami_uketamashi、新規参入。三千円から、嫌いな相手呪います」
書き込みは数時間前の日付になっていた。新人を歓迎するコメントが、すでに二十件ほどついていた。
千夏は新しいアカウントを開いた。
プロフィールの文面は、自分のアカウントと寸分違わなかった。冒頭の固定メッセージも、料金体系も、写真添付のお願いの言い回しも。コピー&ペーストのようだった。
フォロワーは現時点で五十一人。
リストの先頭に、@noroi_uketamawari の名前があった。
自分のアカウントが、自分の意思を介さずに、新しい受け皿をフォローしていた。
そして自分の受信箱に、一件のDMが届いていた。
送信元は @urami_uketamashi だった。新規業者宛に出された依頼の控えが、なぜか千夏の受信箱にも流れ込んでいた。本文は、彼女自身がいつも見ていた依頼文のテンプレートだった。
「この人を呪ってください。写真を添付します。料金は三千円で大丈夫ですか」
添付された画像を、千夏はすぐには開けなかった。
判っていた。判っていたが、開かないと終わらない気がして、画面を撫でた。
画像は、千夏自身の顔だった。
化粧をしていない、寝起きの自分の顔。今朝、洗面所の鏡で見た顔だった。誰かが彼女の知らないあいだに、彼女の部屋に入って撮影したとしか思えない構図だった。けれども玄関の鍵は朝も夕方も、自分の指で確かに回したはずだった。
顔の下に、油性マジックで書いたような文字が乗っていた。
麻倉千夏
ピン、と振込通知音が鳴った。
新しいアカウントの口座に、三千円の入金があったのだろう。
彼女のスマホは、もう振込履歴を更新していなかった。更新する必要がなかった。彼女はもう、流通の結節点ではない。
商品の側に、回された。
身体の奥のほうから、画鋲の頭がひとつ、ゆっくりと押し込まれてくるような圧迫を感じた。胸の真ん中、ちょうど、いつも自分が人形に画鋲を打っていた場所だった。指で胸を押さえても、皮膚の下にそれが触れる感触はない。あるのは、確かに押し込まれているという、否定のしようがない圧だけだった。
喉から声を出そうとした。
声の代わりに、ピン、と短い電子音が自分の口から漏れた。
机のうえで、伏せられたスマホがもう一度、ピン、と鳴った。
呼応するような、規則正しい音だった。
呪い溜まり(完)




