焚かれぬ文(たかれぬふみ)
AIに設定を読み込ませて執筆された、ホラーショートストーリーです。
ホラーショートストーリーAI朗読Youtubeチャンネルもあります。
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一、写しの夜
その夜、わたしは寝る前にスマホを開いた。
タイムラインは荒れていた。
追いかけているオンラインゲームのイラストレーターが、別の絵描きを公然と侮辱したらしい。スクリーンショットが回り、引用がぶら下がり、怒りの返信が積み上がっていた。
怒っているのはファンだけではなかった。
ある匿名の固定ポストが、流れの中で何度も再掲されている。投稿者の名は「夜呪」。フォロワーは三万を超えていた。アイコンは黒地の墨絵で、何の顔も描かれていない。
〈この御方を呪ふ詞、ここに記す。心ある者、一字違はず写して掲げよ。声は同じき方を向けば、より深く届く〉
本文は古語調で書かれた、短い祝詞めいた一節だった。意味の半分はわからない。けれど読み下すと節のあるリズムがあって、すこし背中が冷えた。
日常で目にする呟きとは、明らかに毛色がちがう。誰かが書いたというよりも、どこかからそのままの形で持ってこられた、という手触りがあった。
ファンの何人かはすでに従っていた。
〈写しました〉
〈拡散です〉
〈一字違はず〉
タイムラインを下に流していくと、同じ短い文章が何度も並んで現れる。同じ字、同じ並び、同じ句切れ。揃った棒杭のような並びだった。
わたしは少し考えてから、自分のアカウントに同じ文を貼り付けた。投稿ボタンを押すと、文章は静かに公開された。
それだけの夜だった。
画面を伏せたとき、机の上のグラスの中で、氷が小さく鳴っている気がした。窓は閉まっている。風はない。
枕元の小さな照明だけを残して、布団に入る。
わたしは、その絵描きに直接迷惑をかけられたわけではない。誰かが言うべきことを言わずに飲み込んだ。けれど、誰かが代わりに掲げてくれた怒りに、便乗できる気がした。
何百人もが同じ言葉を掲げている列の、ちょうど真ん中あたりにそっと並ぶ。誰の顔も見えない。誰にも見られない。
ボタンを押した一瞬、指の先にだけ、わずかな抵抗があった。何かをひと撫ですり抜けるような、薄い膜の感触だった。気のせいだ、と思った。けれど、その触感は布団に入ってからも、指のはらに残っている気がした。
〈一字違はず〉
その一文だけ、まぶたの裏に妙な温度で残っている気がした。
スマホはサイドテーブルで、まだ通知の小さな振動を続けていた。誰かがわたしの投稿を引用していた。誰かがわたしの引用を、さらに引用していた。同じ字が、増えていく。
眠った気はしないまま、朝になった。
二、効きました、と書かれる
数日のうちに、潮目が変わった。
影渡。これが、件の絵描きの名前だった。
彼の公式アカウントから、活動休止の告知が出ていた。体調不良、と短く書かれている。
夜呪のアカウントは喜んでいた。
〈届いてゐる〉
〈効きました、と書かれる〉
固定ポストの下には、写しの投稿が増え続けていた。三百、五百、千。タイムラインを開けば、いつでも誰かが同じ文を掲げていた。
影渡をめぐる噂は続報が続いた。本人の入院、家族の事故、所属事務所からの絶縁。クライアントが次々に契約を切り、絵が表に出る場所がなくなっていく。一週間前まで何枚もの仕事を抱えていた人が、画面の中から音もなく削れていく。
わたしは画面を眺めながら、口の中に薄く錆びた味があるのに気づいた。歯を磨いてから水でうがいをしても、夕方になるとまた戻ってきている気がした。
わたしの周りでも、小さな躓きが続いた。
通勤の駅で、左の靴底だけが妙にすり減っている気がして見ると、革に裂け目が走っていた。仕事の打ち合わせで、自分の名前を一画違えて書いた。資料のファイルが、保存した先と違う場所に保存されていた。冷蔵庫の中で、開けたばかりの牛乳が、賞味期限の前に固まっていた。
どれも、影渡の不幸の規模に比べればつまらないことだった。たまたまの不運の連なりだと、自分に言い聞かせることはまだできた。
同じころ、職場の隣の席の人が、軽い接触事故を起こして数日休みをとった。出勤した日、その人はわたしの机のそばに来て、首をかしげながら言った。「最近、変な誤字ばっかり出るんだよね」。何の話か掴めずに、わたしは笑って受け流した。けれど画面に表示された彼のメールには、見慣れない古い仮名遣いがひとつ混ざっていた。
夜のうちに、わたしは引用ポストを開いた。もう一度、自分の写した文章を見た。
何度読んでも、意味の半分はわからない。けれど声に出して読み下すと、節のリズムが、自分の喉の奥にすでに馴染んでいる気がした。読まなくても、口の奥で、勝手に出てくる。
夜呪は新しいポストをまた固定にしていた。
〈写しは多きほど良し。多きほど、力は厚くなる〉
わたしは、その下に並ぶ写しの列を、下にスクロールし続けた。何度も指を弾いたが、スクロールはなかなか終わらなかった。最後の方になると、写したアカウント名は知らない人の名前ばかりになっていた。
顔のない人々が、同じ言葉で、同じ方向を向いている。
三、写しに無い字
ある夜、自分の投稿を読み返していて、わたしは指を止めた。
覚えのない字が、混ざっていた。
〈うつし給ひ穢し給へ〉
この〈穢〉(けがれ)という字を、わたしは打った覚えがなかった。打つには変換の手間がかかる字だ。日常の文章に出てくるものではない。
夜呪の固定ポストの原文と、自分の投稿を並べて見比べる。
原文にも、同じ位置に〈穢〉があった。
最初からあったのか、と一瞬思ってから、わたしは別の写しを開いた。他人のアカウントに転載された、同じ写しの投稿。
そこにも〈穢〉が、別の位置に増えていた。原文にはひとつなのに、写しにはふたつ。
別の人の写しを開いた。〈穢〉が、三つ。
もう一つ開いた。〈穢〉が、五つ。
わたしの背中の真ん中に、冷たい一点が下りた。
写しが増えるたびに、字が殖えている。それぞれの写しが、別々の場所で、別々の数の〈穢〉を抱えている。誰かが新しく写すたびに、すでに公開されている過去の写しの中でも、字が静かに育っている。
わたしは慌てて自分の投稿に戻った。さっき確認したときには〈穢〉はひとつだった。
画面の中で〈穢〉は今、ふたつになっていた。
画面を見ている間にも、もうひとつ、増えた。
誰かが新しく写したのだ。そのたびに、わたしの中の字が、増えていく。
四、焚けぬ
ベッドの上に座って、わたしはひと晩じゅう検索を続けた。
〈写し 呪い 古語〉〈呪詞 拡散〉〈祝詞 反転〉。最後はもう、意味の通る組み合わせではなかった。指は勝手に文字を打ち、目はかすれた画面を追っていた。
そのうちのひとつが、地方の民俗学のサイトに当たった。
〈写し呪詛〉と、見出しがあった。古い写真と、薄い手書きの図版が並んでいる。
本文は短かった。
〈呪ふ者、写しを以て力を分かつ。写しが増ゆれば呪は一処に留まらず、写しと写しとの間に貯まる。標的は呪の溜枡たり。標的尽きたるとき、貯まれる呪は写し手のうちに還る。解くには写しの一切を炎にて焚き上ぐべし。一枚なりとも残れば、呪は還らず、留まる〉
読み終えて、わたしは画面を伏せた。
標的は、呪の溜枡。
影渡という人は、夜呪が憎んだ相手であり、同時に写し手たちが分けた呪の落とし先だった。受け皿が壊れれば、呪はどこへ行くか。写した者のもとへ還る。
焚き上げ。お焚き上げ。神社の境内で護符や形代を炎にくべて穢れを送り返す、あの古い儀礼のことだ。
画面の中の文字を、炎にくべることはできない。
わたしは自分の投稿を削除した。フォロワーには見えなくなったけれど、引用元として参照されていた箇所には、削除ずみの灰色の枠が残った。スクリーンショットを撮って残している人もいた。検索のキャッシュにも残っていた。
誰かのまとめサイトに、わたしの投稿はすでに転載されていた。アーカイブにも影が刻まれていた。引用の引用、画像化、まとめ、翻訳。同じ文章が、別の器に乗り換えて、いくつもの場所で同じ形を保っていた。
焚けないものに、火は届かない。
わたしは机の引き出しの奥から、古いライターを出してきた。紙に印刷して焚き上げのまね事をしてみよう、と思いつき、印刷ボタンを押した。
紙が出てこなかった。プリンターは黙ったまま、ランプだけが赤く点滅していた。何度押しても、紙は出てこなかった。
手書きで写してみる、と次に思った。ペンを構えて、白い紙に、夜呪の文を写しはじめる。三文字書いて、ペン先が震えた。書いた字が、紙の上で、自分の見覚えのある癖の形をしていない。ほかの誰かの手で書かれたような、まっすぐで冷たい字だった。書き終わる前に、ペンを置いた。
影渡の訃報が流れたのは、その明け方だった。
入院先で容体が急変した、とニュースの一行が伝えていた。コメント欄には、夜呪の写しを掲げた者たちの祝勝のような書き込みと、同じ数だけの沈黙とが入り混じっていた。
画面の下の方で、夜呪のアカウントは、すでに消えていた。固定ポストの跡には、削除ずみのグレーの枠だけが残っていた。
五、写されつづける
それから幾日かが過ぎた。
わたしの周りの〈写した人々〉は、少しずつ静かになっていた。
ある人は体調を崩して入院した、と知った。ある人は、家族にスマホを取り上げられたと最後の投稿に書いていた。ある人は、何の前触れもなくアカウントごと消えていた。引用ポストの脇には、削除されたユーザーを示す灰色の人型だけが残っていた。
わたしは、まだ起きている。仕事にも行っている。表向きの暮らしは、ほぼ何も変わっていない。
ただ、書くたびに、混ざる。
仕事のメールを書いていて、ふと送信前に読み返すと、文末の句点の前に〈穢〉が一字紛れ込んでいる。〈つきましては 穢 ご確認のほど〉。慌てて消す。
友人へのメッセージを送る前に確認すると、文章の真ん中に夜呪の節のリズムが、自分の言葉の振りで現れている気がした。〈今日のお店、混んでゐる〉。〈ゐ〉。打った覚えのない、古い仮名遣い。
一字ずつ消す。消したつもりが、消えていない。何度も消すと、ようやく消える。
それを見て、わたしの友人のひとりが、こう書き送ってきた。
〈うつし給い〉
〈ごめん、誤変換〉
〈何でこんな字が出たんだろ〉
わたしは画面を見つめた。
友人は、何も知らないはずの友人だった。あの写しを、見ていないはずの友人だった。けれど、わたしと交わしている短いやり取りの中で、夜呪の節はわたしの言葉から友人の言葉へすでに移っている気がした。
別の友人からも、似た連絡が来た。〈最近、変なメッセージ送っちゃってない? ごめんね〉。
職場の隣の席の人が、別の同僚に送ったらしい連絡の一節が、回ってきた共有資料に紛れていた。〈一字違はず〉。短い、ただそれだけの一行だった。
電車の中でも、それは見えはじめていた。
向かいの席で、知らない誰かがスマホを操作している。指の動きをぼんやり目で追っていると、画面の中の文字に〈穢〉や〈ゐ〉が混じっている気がした。気のせいかと思って目を逸らすと、次の駅で隣に座った別の誰かの画面にも、同じ字がまた見えはじめている気がした。
車両の中の何人がもう写しているのか、わたしには数えられなかった。
返信を打とうとして、わたしは止めた。打てば、わたしの言葉の中にもまた節が現れる。それを友人が、こんどは自分の言葉のつもりで写しはじめる。友人の周りの、何も知らない誰かが、また写しはじめる。
火は、画面の中までは届かない。
わたしは部屋の明かりを消した。
布団の中で、暗い天井を見上げていた。
通知が、サイドテーブルで、小さく鳴り続けていた。
新しい引用通知が来るたびに、わたしの中の字が、ひとつずつ増えている気がした。
夜呪は、もういない。影渡も、もういない。
受け皿の壊れた呪は、わたしと、わたしから写したすべての人のあいだで薄く広がっている。
誰かが、まだ、わたしを写している。
焚かれぬ文(完)




