うつしみ
AIに設定を読み込ませて執筆された、ホラーショートストーリーです。
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一、仏間の小箱
伯母の四十九日が過ぎた頃、私はひとり、湾岸沿いの古いマンションを片付けに来ていた。
伯母は独身のまま、五十代半ばで静かに息を引き取った。母方の家系では、伯母だけがずっと体が弱かったという。子供の頃から大病を繰り返し、一度は危篤と告げられたこともあったらしい。それでも長く生きた、と祖母は晩年よく口にしていた。「あの子は、守られていたのよ」と。母も、伯母のことを話すときは、いつも少しだけ、声を低くした。
部屋には、伯母の几帳面さがそのまま残っていた。台所の食器は色別に並べられ、洗面所のタオルは三つ折りに揃えられていた。本棚の本は、背表紙の色だけでなく、高さまで揃えてある。冷蔵庫の中の調味料も、ラベルがすべて手前を向いていた。生きていた人の部屋とは思えないほど、整っていた。
けれど仏間の押し入れだけが、奇妙に乱雑だった。古い段ボール、季節外れの座布団、空の文箱、ほどけた数珠の入った紙袋、そして――いちばん奥に、何に使ったのかわからない小さな桐箱。
ふつう伯母なら、こういうものこそ、いちばん丁寧にしまっておくはずだった。整えられないまま、押し込まれている、という感じだった。あるいは、触れたくなかったのかもしれない、とも思った。
その桐箱を取り出して、蓋を開けたとき、私はしばらく動けなかった。
中には、布で何重にもくるまれた人形が一体、入っていた。
藁を芯にして、白い布を巻き、墨で目鼻を描いた、不格好な人形だった。掌より少し大きいくらい。いわゆる「身代わり人形」――古い民間信仰のもので、子供の災厄や病を代わりに受けるとされる、あれだ。戦時中によく作られたとも、聞いたことがある。地方によっては、神社で祓ってから、川に流すのだという。
桐箱の蓋の裏に、祖母の字で短い覚書があった。インクが薄く滲んで、けれどはっきりと読めた。
――この子に災いをやらせてはなりません。供養を、忘れずに。
伯母は、忘れていたらしい。
私は人形を持ち上げた。布越しに、奇妙にひんやりとした感触があった。長く誰にも触れられていないはずなのに、湿り気を帯びている。重さが、藁と布だけにしては、少し重い気がした。指先が、布の縫い目に触れた。糸の質感が、くぐもっていた。何かが染み込んでいるような、そんな手触りだった。
寺へ持っていこう、と思った。明日にでも。
そう決めて、私はそれを自分の鞄に仕舞い、マンションを後にした。エレベーターを降りるとき、鞄の底のあたりが、ふわりと、温かくなったような気がした。気のせいだ、と何度も自分に言い聞かせた。電車の中で、私は鞄を、膝の上にずっと抱えていた。
二、軽い災い
その晩、私はキッチンで包丁を取り落とした。
刃先が左手の指の付け根に、確かにかすめた。痛みもあった。鋭い、冷たい線が走った感覚だった。けれど血は、出なかった。指先を見ても、傷ひとつない。皮膚は白いまま、つるりとしている。
気のせいだ、と思った。疲れているのだ、と。
翌朝、駅のホームで、私は線路際に踏み出していた足を、誰かに引かれたように戻した。背後を振り返ると、誰もいなかった。電車が滑り込んできて、扉が開く。私は震える手でつり革を握って、車内に立っていた。乗客の誰も、私を見ていなかった。誰の視線も、私の上をすり抜けていくようだった。
二日後、職場の階段で踵が滑った。落ちる、と思った瞬間、体が宙で止まったように感じた。気がつくと私は、踊り場に立っていた。何ごともなく。同僚が「大丈夫?」と笑った。私はうなずきながら、自分の心臓の音だけが、奇妙に遠く聞こえているのに気づいた。胸の内側に、薄い膜が張ったような感じだった。
それから一週間のうちに、似たことが何度もあった。歩道に飛び出してきた自転車が、私の体をすり抜けたように見えたこと。夕方の交差点で、信号無視のトラックが、私の鞄をかすめたはずなのに、鞄に傷ひとつなかったこと。湯を張った浴槽の中で、一度、息を止めて沈んでみたとき、苦しさが、奇妙に他人事のように感じられたこと。
そのどれもが、災いではなかった。災いに、なる前に、何かが、それを引き取っていた。
その夜、私は鞄から人形を出して、机の上に置いた。
布の表面に、細い裂け目ができていた。
墨で描かれた目元の片方が、わずかに滲んでいた。
私は息を呑んだ。けれどその時の気持ちは、恐怖ではなかった。
――守られている。
そう思ったのだ。祖母の覚書も、寺へ持っていく約束も、頭の隅に追いやられた。私は布をそっと撫でた。指先に、湿った木のような匂いが移った。仏壇の線香と、雨の日の畳と、それから、もう少し古い、誰かの体温のような、そんな匂い。人形を桐箱に戻し、そっと蓋を閉じた。
その晩、よく眠れた。何年ぶりかというくらい、深く。夢も見なかった。朝、目が覚めたとき、自分の体が、いつもより少しだけ軽くなっているような気がした。
三、鏡の中で
異変に気づいたのは、それから二週間ほど経った頃だった。
朝、洗面台に立って、私は自分の顔を見つめていた。寝起きの、まだぼんやりとした顔。けれどその瞬間、何かがおかしい、と感じた。
頬の輪郭が、わずかに違っていた。
目の位置が、ほんの少しだけ、左右で揃っていなかった。
唇の色が、肌の色と、あまり変わらない。
私は鏡に近づいた。瞬きをした。指で頬に触れた。指の感触は、間違いなく自分のものだった。柔らかく、温かい。けれど鏡の中の顔は――どこか、作られたもののようだった。陶器のような艶。表情の落差のなさ。微笑もうとして、口の端が、ほんの少ししか上がらない。眉を寄せようとしても、額に皺が刻まれない。
スマートフォンのカメラを起ち上げて、自撮りしてみた。画面の中の私は、鏡の中の私と、同じ顔をしていた。何度撮り直しても、同じ角度の、同じ静けさの、同じ顔だった。表情を変えようとしているはずなのに、写真の中の私は、それを拒んでいた。
その日、私は仕事から帰ると、コートも脱がずに、すぐに桐箱を開けた。
机に置いた人形の、墨で描かれた顔を見た。
そこにあったのは、私の顔だった。
ぼんやりとした、けれど紛れもない、私の輪郭。私の目元。私の唇の薄さ。墨の線が、いつのまにか、滲みではなく、輪郭の写し取りになっていた。藁の節くれだったはずの頭部に、人の頬骨のような、ふくらみができていた。
桐箱の蓋を、震える手で閉じた。蓋を閉じても、人形が、まだこちらを見ているような気がした。蓋越しに、視線を感じた。
祖母の覚書の意味が、ようやくわかった。
「災いをやらせてはならない」――それは、災いを受けさせ続けると、人形が依代を覚えてしまう、という意味だった。誰かを守り続けた人形は、その誰かの「形」を、写し取っていく。藁と布の人形が、少しずつ、人の形を覚えていく。覚え終わったとき、それは、もう人形ではなくなる。
そして、主のいなくなった人形は、新しい主を、自分の側へ引き寄せる。引き寄せて、写し取って、また誰かの形を覚えようとする。
私は鏡をもう一度見た。
鏡の中の顔は、もう、寝起きの私ではなかった。
伯母の顔が、ふと、思い浮かんだ。法事の日に飾られていた遺影。穏やかに微笑んだ、けれど表情の動きの少ない、あの顔。子供の頃の伯母の写真を、私は数枚しか見たことがない。どれも、同じ角度の、同じ微笑みだった。
伯母は、何を、写し取らせていたのだろう。
四、戻ってくる
翌日、私は人形を持って、家から少し離れた寺へ行った。
住職は、桐箱を覗き込み、布を一目見るなり、首を振った。
「これは、お預かりできません」
「どうして」
「これは――もう、人形ではないので」
私は何かを尋ねようとしたが、言葉が出なかった。住職は静かに桐箱を返し、私の顔を、ほんの一瞬、奇妙な目で見た。哀れむような、けれどどこか諦めたような目だった。
「お気の毒です」
そう、住職は言った。誰に対しての言葉なのか、わからなかった。私か、人形か、それとも――もう人形のかたちではなくなった、何か他のものへの言葉だったのか。私は桐箱を抱えて、寺の門を出た。背中に、住職の視線が、長く張りついているような気がした。
寺を出て、私は河原に向かった。
河原の隅で、新聞紙と小枝を集めて、火を焚いた。人形を布ごと投げ込んだ。炎が立ち上がり、布の端が黒く縮れていく。私は最後まで見届けた。灰だけになるまで、見届けたつもりだった。手のひらを焚き火にかざすと、炎の熱は、確かにそこにあった。皮膚が赤くなるまで、私はその熱を確かめた。
その夜、目を覚ますと、枕元に人形があった。
布は、焼ける前と、何も変わらなかった。
裂け目だけが、少し、深くなっていた。
私は人形を抱えて、深夜の街を歩いた。コンビニの裏のゴミ捨て場、橋の下、線路脇の空き地、川の流れに――思いつく限りの場所に、人形を置き去りにした。最後には、二駅離れた古い神社の床下に、桐箱ごと押し込んだ。神社の鳥居をくぐるとき、鈴の音が、誰も鳴らしていないのに、ちりん、と一度だけ響いた。
朝、玄関を開けると、桐箱が、揃えられた靴の上に置かれていた。
蓋の裏には、まだ、祖母の覚書があった。
――供養を、忘れずに。
私はその文字を、長いあいだ見つめていた。手が、震えていなかった。むしろ、奇妙に落ち着いていた。
供養を、と祖母は書いた。けれど、何の供養だろう。
人形の供養か。それとも――人形に「写された」もの、すべての供養か。
伯母の遺影の、表情の動きの少ない顔が、また浮かんだ。
私は桐箱を抱えて、部屋に戻った。靴を脱ぐとき、自分の足音が、ほんの少しだけ、軽くなっているのに気づいた。
五、棚の上
人形は今、私の本棚の、いちばん上の段にある。
桐箱の中で、布にくるまれて、静かに座っている。
私は朝、鏡を見るときに、いつも同じ顔をしている。寝起きの自分と、夜帰宅した自分の顔が、不思議なくらい、変わらない。表情の落差がない。喜んだり、怒ったり、泣いたりしたとき、その感情が顔に出ているのか、私にはもうわからない。
写真に写る私の顔は、いつも同じ角度で、同じ微笑みを浮かべている。SNSにあげようとして、何枚撮っても、同じ顔ばかりが並ぶので、最近は撮るのをやめた。友人と写ったとき、私だけが、奇妙に静止しているように見えた。
職場では、何ごとも起きない。階段で踵が滑ることも、駅で線路に踏み出すこともない。包丁を落とすこともない。風邪も引かない。生理も、いつのまにか、来なくなった。日常は、奇妙なほど穏やかに、過ぎていく。災いが、私の側を、すべて素通りしていく。
母から、ときおり電話がかかってくる。「あなた、最近、声が伯母さんに似てきたわね」と母は言う。私は曖昧に笑って、話をそらす。母は、それ以上、何も訊かない。何かを、訊きたくないのだ、と私にはわかる。
ただ時々、本棚の前で、桐箱の方を見上げると、中から、ごく小さな音がする。
布が、こすれるような音。
あるいは、木と木が、軽く触れ合うような音。
私はその音を聞いて、いつも同じことを思う。
――伯母の顔を、私はもう、思い出せない。
写真の中の伯母は、いつも、同じ角度で、同じ微笑みを浮かべていた。法事のときに見た遺影も、そうだった。おそらく、伯母の最後の十年は、ずっと、同じ顔だったのだろう。
棚の上で、人形は、静かに座っている。
私は、それと同じ姿勢で、椅子に座っている。
外で、子供の笑い声がする。木と木が、こすれる音に、似ている。
膝の上に置いた手の甲を、私はじっと見つめる。指先が、白い。皮膚の温度が、わからない。爪の根元の、薄紅色が、いつから消えていたのか、思い出せない。
――供養を、忘れずに。
祖母の覚書の文字が、ふと、頭をよぎる。
私は、笑おうとする。けれど、口の端は、思ったほど、上がらない。
いつか私が伯母の年齢になり、誰かに四十九日の片付けをされる日が来たとき、押し入れのいちばん奥には、また、桐箱が押し込まれているだろう。その人もきっと、それを開けて、しばらく動けなくなる。そして、覚書を読む。
――この子に災いをやらせてはなりません。
人形は、それを、待っている。
棚の上の桐箱は、今夜も、静かに座っている。
うつしみ(完)




