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奥のひとり

AIに設定を読み込ませて執筆された、ホラーショートストーリーです。

一、いいね、と画面の向こうの誰か


 スマホの光だけが、深夜の部屋を青白く照らしている。

 澪はベッドの上で、ぼんやりとXのタイムラインを指で送り続けていた。

 画面の中で、誰かが楽しそうに泣き、誰かが冗談めかして死にたがり、誰かが小さな猫の動画に「いいね」を押している。

 そんな景色が、もう何年も続いている。

 夜の三時を過ぎたあたりから、流れてくる投稿は妙に湿っぽくなる。

 昼間の雑踏で押し殺されていた誰かの本音が、深夜のタイムラインに、ぽつぽつと染み出してくる。

 それを眺めていると、自分も同じように、誰かに本音を聞いてほしくなってくる。

『合わせ鏡、やってみた。』

 ある瞬間、指が止まった。

 何百万回も再生されている、短い動画だった。

 狭い部屋。向かい合わせに置かれた二枚の鏡。その奥に伸びる、無数の撮影者。

 画面の中の女が「やば、なんか奥のやつだけ動いてるんだけど」と笑い声をあげる。

 動画は十二秒で終わるのに、見終わったあとに残る湿った感じが、いつまでも消えない。

 リプ欄には「マジで試さないで」「これガチで来るやつ」「友達やった次の日入院した」と、忠告めいた言葉が並んでいた。

 くだらない、と澪は思った。

 合わせ鏡なんて、子供のころに祖母が口にしていた古いタブーで、それをZ世代がリバイバルさせているだけだ。

「鏡を向かい合わせると、最後の一人は、こっちに来るんだよ」

 昔、祖母は、湯船の中でそう言って笑った。

 からかうような、けれど目だけは少しも笑っていない、あの言い方。

 誰だって、見ようとすれば、「変なもの」を見つけられる。

 暗い部屋で鏡を覗き込めば、自分の影さえ怪しく見えるものだ。

 だからこそ、こういう動画はバズる。

 怖いから見るのではない。怖がっている自分を見たくて、人は動画を再生する。

 フォロワー三百人の自分に足りないのは内容ではなく、踏み込みのようなものだ、と澪は思った。

 大学を一年休んで、半年前から始めたバイトも続かなくて、今夜もまた、画面の中の他人の生活を遠くから眺めている。

 誰かに見られたい、と思う。

 誰でもいいから、自分のことを少しだけ気にしてほしい、と思う。

 その「誰か」は、できれば人間がいい――けれど、人間でなくても、別にかまわなかった。

 枕元には、化粧用のスタンドミラーがある。

 押し入れの奥には、母が置いていった姿見が立てかけてある。

 条件は揃っていた。

「やってみよ」

 つぶやいた声が、想像していたより、少し低かった気がした。


二、向かい合わせる、という儀式


 姿見を引っぱり出すと、布越しに乾いた埃の匂いがした。

 ベッドの正面に立てかけて、布を取る。

 反対側――壁を背にした位置に、スタンドミラーを置く。

 二枚の鏡は、互いを正確に見つめ合うように、わずかに角度を調整する。

 完璧な平行になった瞬間、部屋の空気の質が、ほんのわずかに変わったような気がした。

 耳の奥が、ふっと詰まる感じ。

 飛行機が高度を下げるときの、あの感覚に似ている。

 冷蔵庫のモーター音が、いつの間にか聞こえなくなっていることに、そのとき初めて気づいた。

 時計の針の音すら、しない。

 部屋の中で、音らしい音は、自分の呼吸だけになっていた。

 外を走るはずの車の走行音も、隣の部屋から漏れてくる生活音も、まるで誰かが世界の音量だけを少しずつ絞っていったように、消えていた。

 代わりに、と言うべきか――鏡のほうから、かすかな衣擦れのような音が聞こえる気がした。

 近づいて確かめようとして、やめる。

 まだ、確かめてはいけない、と本能のどこかが言っていた。

 スマホをスタンドにセットして、録画ボタンを押す。

 姿見の中に、自分が映っている。

 その背後に、もう一人の自分。さらにその奥に、もう一人。

 無数の澪が、まっすぐ奥へ奥へと連なっていた。長い長い廊下のように。

「……これ、奥まで何人いるんだろ」

 数えようとして、すぐに諦めた。

 五人目あたりから輪郭が滲み、誰の顔だかわからなくなる。

 十人目あたりから、もう人の形すら定かでなくなる。

 それより奥は――暗い。

 鏡の奥が暗い、というのは、おかしな話だった。

 照明は部屋の真上で、煌々と光っているのに。

 まるで、鏡の中だけ、別の天気のような暗さだった。

 窓のない地下室の、その奥にもう一つ部屋があるような、そういう種類の暗さ。

 ふと、奥のほうの澪の一人が、わずかに首を傾けた気がした。

 澪は、瞬きをした。

 気のせいだ。

 鏡の中の自分は、今、画面のこちらの自分と同じ姿勢で、両手を膝に置いて座っている。

 ちゃんと、同じだ。

 大丈夫だ。

 深呼吸をして、SNSにあげる用の文章を頭の中で組み立てはじめる。

「合わせ鏡、ガチで何も起きないんだが」――そんな気の抜けたキャプションが、いちばんウケるはずだ。

 ただ、視界の隅で、何かが、もう一度、動いた。

 目を向ければ、何もない。

 ただ無数の澪が、無数の自分の動きを、忠実に繰り返しているだけだった。

 ただ、と、思う。

 ただ、本当に、自分の動きを、繰り返しているだけ、なのだろうか。


三、ずれていく、わたし


 最初に違和感を覚えたのは、自分のまばたきだった。

 姿見の中の澪は、一拍遅れて目を閉じていた。

 ほんの百分の一秒。見間違いだと言い切れるほどの、ささやかな遅れ。

 けれど、その奥――手前から二人目、三人目の澪は、もう少し早くまばたきをしていた。

 四人目はもっと早く。

 五人目は、まだ目を開けていた。

 順番が、おかしい。

 ぞわり、と背中を冷たいものが這った。

 合わせ鏡の中の自分たちは、自分の動きを反復するはずだ。

 手前から奥へ、わずかに遅れて、同じ動きを繰り返すのが、合わせ鏡の決まりごとだ。

 それなのに、奥にいる「自分」のほうが、先に動いている。

 順番が、奥から手前へ、向かって流れている。

 まるで、奥にいる誰かが、こちらの真似をしているのではなく――こちらが、奥のあいつの真似をさせられているような。

 スマホ画面に目を落とす。

 録画中のカメラ越しに見る合わせ鏡は、しかし、何の異常も映していなかった。

 どの澪も同じタイミングで、同じ姿勢で、座っている。

 肉眼と画面の、どちらが正しいのか。

 顔を上げる。

 鏡の中で――手前から十人目あたりの澪が、こちらに向かって、わずかに笑っていた。

 笑っているのは、その一人だけだった。

 他の澪はみな、自分と同じ、強張った無表情のままだ。

 その一人だけが、口の端をほんの少しだけ持ち上げて、楽しそうに、こちらを見ている。

 目が、合った。

 合った、と、思った瞬間、その口がわずかに動いた。

 声は聞こえなかった。

 けれど、唇の形だけは、はっきりと読み取れた。

『はやく』

 そう、言っていた。

「……やめよ、もう」

 声が、自分のものではないように、震えていた。

 鏡を倒そうとして、立ち上がる。

 立ち上がった瞬間、視界の中の無数の澪が、いっせいに立ち上がった。

 ただ一人――いちばん奥の、暗がりに沈んでいた澪を除いて。

 その一人だけが、座ったまま、こちらをじっと見つめていた。

 奥のほうから。

 ゆっくりと。

 こちらへ向かって、歩き出した。

 他の澪たちは、その動きを反復しなかった。

 彼女たちは立ち上がったまま、ただ、後ろからやってくる「奥の自分」を、振り返ろうともせず、棒のように突っ立っているだけだった。


四、割って、捨てて、それでも


 姿見を倒した。

 ガラスは割れず、木枠が床を打って、鈍い音を立てた。

 スタンドミラーも引きずり下ろして、布をかぶせ、押し入れの奥に放り込む。

 扉を閉めて、もう一度、強く閉め直す。

 鏡の道は、これで途切れた。

 途切れた、はずだった。

 息を整える。

 背中が汗で濡れていた。

 部屋の照明が、急にやけに明るく感じる。

 明るすぎて、かえって何かに覗き込まれているような気分になる。

 スマホの録画を止めて、撮影された動画を再生する。

 画面の中の澪は、ベッドに座って、合わせ鏡を覗き込んでいた。

 鏡の中には、無数の澪。

 手前の澪は、画面の手前の澪と、同じように動いていた。

 奥の澪も、ほとんど同じように。

 ただ――いちばん奥の澪だけが、ゆっくりと立ち上がって、こちらへ向かって歩いてきていた。

 画面の中の澪は、まだ、それに気づいていなかった。

 動画の中の自分が、何も気づかずに、笑顔のキャプションを考えている。

 その背後で、奥の自分が、もう半分くらいの距離まで近づいていた。

 途中で、動画が途切れた。

『データが破損しています』と表示が出る。

 もう一度再生してみると、その都度、奥の澪が止まる位置が違っている。

 あるときは半分。あるときは三分の一。あるときは、もうすぐ手前にまで来ていた。

 動画は、再生されるたびに、少しずつ進んでいる。

 それでも澪は、その動画をXに上げた。

 バズらせるためだ、と自分に言い聞かせながら。

 本当はそうではないことを、わかっていたかもしれない。

 こうして誰かに見られていれば、自分だけが見られているのでは、なくなる気がした。

 多くの目に晒すことは、たぶん、ある種の防御だった。

 通知が、わずか五分で千を超えた。

 二時間後には一万を超えていた。

 眠れないまま、澪は画面の中の自分を、何度も何度も見返した。

 見返すたびに、奥の自分は、ほんの少しずつ、こちらに近づいてくる。

 リプ欄には『これフェイクだろ』『加工乙』という嘲りと、『マジで来てる』『うちの鏡も……』という同調が、半々に混ざっていた。

 その中で、ひとつだけ、妙に冷たい言葉があった。

『これ、もう撮ってる側のほうが心配なやつ。』

 澪はその一文を、何度も読み返した。

 言葉の意味は、わかる。

 わかっているのに、その「撮ってる側」というのが、画面の中の自分を指しているのか、画面のこちらの自分を指しているのか、急に判然としなくなった。


五、映るほうの、わたし


 朝、目を覚ます。

 窓の外は曇っている。

 洗面所に立つ。

 鏡の中の自分は、寝起きの顔をして、こちらを見ている。

 歯を磨く。

 きちんと、同じタイミングで磨いている。

 大丈夫だ。

 たぶん、大丈夫だ。

 リプライを確認する。

 バズは、続いていた。

「マジで来た、これ」「奥の人、こっち見てる」「最後、誰が立ち上がったの」

 そういうリプに混じって、ひとつだけ、奇妙なものがあった。

『これ撮ってる側、もう澪さんじゃないですよ。』

 知らないアカウントだった。

 アイコンは、自分のものと、よく似た構図の写真だった。

 笑顔のスタンプを返した。

 返した、つもりだった。

 スタンプは、確かに送信された。

 けれど、自分の指は、まだスマホに触れていなかった。

 触れる前に、画面のほうが先に、反応していた。

 ゆっくりと、洗面所の鏡に視線を戻す。

 鏡の中の自分は、まだ歯を磨いている。

 こちらは、もう磨き終わっていた。

 ほんの少しの、ずれ。

 ほんの少しの、遅れ。

 あの夜、姿見の手前から十人目で笑っていた自分。

 その一人だけが先に動いていた、あの感覚。

 奥にいたあの澪が、いつか手前まで来るとして――そのとき自分はどこにいるのだろう、と考えた。

 手前か。

 奥か。

 それとも、もう、手前だと思っているこの場所こそが、ずっと前から「奥」だったのではないか。

 考えながら、スマホを構えた。

 新しい動画を、撮ろうとした。

 インカメラを、自分のほうへ向ける。

 画面の中に、見慣れた自分が映っている。

 ただ、その顔が、わずかに笑っていた。

 笑った覚えは、まだ、なかった。

 そして、画面の隅にちらりと映り込んだ自分の部屋――その奥のほうに、押し入れの扉が、ほんの少しだけ、開いていた。

 昨夜、自分が確かに閉めたはずの、その扉が。

 扉の隙間の向こう側で、何かが、こちらをじっと、見ていた。

 目があるわけでも、姿があるわけでもない。

 ただ、押し入れの闇のいちばん奥から、視線とも呼べないような重さだけが、漏れ出していた。

 ふと、スマホの通知が鳴る。

 例の動画に、新しい引用ポストがついたらしい。

 投稿者は、自分のアカウントだった。

 覚えのない投稿に、覚えのない文字列が並んでいた。

『あと七人』

 数字の意味は、考えたくもなかった。

 考えなくても、わかってしまった。

 あの夜、手前から数えて、十人目で笑っていた澪。

 その澪が、一晩ごとに、ひとりぶんの距離を縮めながら、ゆっくりとこちらへ歩いてきている。

 あと七人、というのは、たぶん、そういうことだ。

 手前の三人は、もう、自分にとても近いところまで来ている。

 澪は、画面の中の自分の顔を、もう一度、よく見つめた。

 まばたきが、ほんの少し、遅かった。


(完)

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