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第77話 晴れのち雨のち妹②


 ——藍とつぼみが俺に密着し始めたのは、約1週間前の8月7日(水)のことだった。


「……は? ……え? ……何で二人が……相談部室いるの?」


 前日の万引き騒動により傷心した俺を出迎えたのは、俺よりも早く部室にいたいつもの相談部員たちと……クラスメイトにして生徒会役員である女子二人——そのうち一人は現在交際中の藍。

 と、若干気まずいままの彼女の姿に妙なドギマギはさせられたものの、ことの問題は藍云々などではなく……。

 なにせ、昨日の今日だ。

 未だ冷めやらぬ心の内の動揺がつい言葉尻に出てしまった。


 まさか、まだ何か俺に不審な点があったのだろうか?——と、俺は俺自身を疑わずにはいられない。気分的には、散歩していただけなのに警察に職務質問を受けるようなものと同じだろう。もっとも、俺は職質なんて受けたことないんだけども。


「————蓮。昨日僕たちが言ったこと、覚えてる?」


「ん……え? 昨日、言ったこと??」


 いつも通り皆よりも微妙に遅く、ほんの数分だけ遅刻をしてきた俺がこの場にいないはずの二人に意識を取られていた最中、妙に真剣顔のサクがそう問いを投げてくる。

 当然、マルチタスクなんてまともに出来ない俺はしどろもどろにクエスチョンマークだけを投げて返した。


「"今回は全員で協力して頑張る"、"何かがあれば報告をグループにする"————確かにそう伝えたはずだけど?」


「あ、あぁー!! それね!! はいはい覚えてました。覚えてましたとも」


 なるほど、真剣顔の理由はそんなことだったのかと内心で納得しながら、昨日は帰ってから携帯をいじっていない事をしっかりと思い出す。適当な相槌だけは忘れずに。


「ふーん? ほな、何でここにこの二人がおるんやろなぁ?」


「えーっと……それは俺が聞きたいんだけど……」


 ——と、そこでサクと同じぐらい苛立ちを見せているみずきが発言を挟んできた。同時に、つい口から相槌ではない当初の疑問が溢れ出る。

 ……いけない。

 そう思ったのも束の間、今の迂闊な発言にサクとみずきが明らかに眼光の鋭さを増していた。


「じゃあ、僕が聞かせてあげようか? ——なんでも、この二人は昨(・)日(・)の(・)事(・)の関係で生(・)徒(・)会(・)の(・)お(・)仕(・)事(・)があるんだってさ」


「へ、へぇー……そ、それはそれは……ご苦労さまです?」


「————」


「す……すぅみませんでしたあぁッッ!!」


 そうして俺は、温厚な……いや、割と怒ってるイメージが多いサクさんが臨界点を迎えてしまう前に、しっかりその場にひれ伏したのだった。


 ——その際、「お、おお久しぶりの!! 天才くん、いい姿勢だいい感じだいい調子ださすがだね!!」なんて興奮した文音の声が、場違いに木霊(こだま)していた。




 ◇




「——で? サクからは生徒会の仕事だって聞いたけど……結局二人はどんな理由でここに来たわけ? 昨日のことならあれは冤罪だって会長も分かってくれたじゃんか。お、あずきサンキュー」


 土下座——否、華麗な土下寝によって事なきを得た俺は、何事も無かったかのようにソファに座り、あずきから受け取ったお茶を啜りながら二人に尋ねる。

 その、ちょっと前にあった姿からのあまりの華麗な転身に、サクやみずきが溜息をついているのが分かったが、もちろん無視だ。

 今大事なのは未だ尚、昨日の問題が尾を引いてしまっていることの方だった。


「うーんとねー、ちょっとつぼみたちも詳しくは聞いてないんだけど……」


「だけど?」


「今日の朝、会長からの指示が副会長から私たちに届いたのよ。——とにかく、次の指示があるまで野内蓮の傍にいろ、ってね」


「————」


 つぼみんの話の続きを口にした藍からの視線を受けたせい——ではなく、その指示の内容に俺は思わず絶句する。

 なぜなら——、


「————え?? それだけ??」


 あまりに呆気ない内容に驚いたからだ。


「え、え?? まじで?? ほんとに会長からの指示はそれだけなの?? もっとこう……俺の部屋を埃一つ逃さずくまなく調べてこいーだとか、精神的に追い詰めて化けの皮を剥いでこいーだとかは??」


 昨日の続きだというなら、それぐらいのことはしてくるだろうと思っていただけに、拍子抜けもいいところだった。


「そんなこと会長が言うわけないじゃんかー。まぁでも、それはともかくホントに指示はそれだけだよ」


「ま、まじか……なんだよー、ビビッて損した」


「——ビビってたってことは、まだ何か会長に目を付けられる心当たりでもあるのかなあ? 蓮」


「いやいやいやいや!! それはさすがに言いがかりだぞサク!! ……っていうかお前ら!! 言っておくが俺は万引きの冤罪にあってしまった、かーわいそぉーーうな被害者なんだからな!? たかが連絡のし忘れぐらいで……そんな目の敵にしなくたっていいだろ!?」


 ソファに項垂れた俺が後ろをチラと見れば、そこにいるのは「たかが?」と鋭利な目をしたサクとみずき。

 文音とあずきはそれほど——というか全く気にしてもいないような気がするが、サクとみずきの空気感に乗りかかる形でこの状況を楽しんでいる節があるのでそれはそれでタチが悪い。こっちは土下寝まで披露して見せたんだ。許されて当然なのである。


「ま、ひとまず野内くんの説教は置いとくとして……その会長さんの指示にはどういう理由があるんかな?」


 一瞬静まり返った空気を無かったことにするかのように、みずきは俺をスルーする形で話を進め始める。

 まるで推理ゲームで段取りを踏むセリフみたいに。

 だがそれにはサクも同意見のようで、顎に手を当て思案顔を見せる。


「いや、この場合は理由よりも意味の方が気になるね。藍ちゃんたちはどう思う?」


「そうね……あくまで想像の範囲でなら分かる気もするけれど——つぼみはどう?」


「んー、まぁ順当に野内くんの見張りとか? ……万引きできないように」


「あれ……もしかしてまだつぼみん俺の事疑ってる? 泣くよ? 俺泣くよ?」


「お、天才くん天才くん! 泣くならどーぞこの胸に!」


「えーん……って、いっつあぁっ!!」


 合法的に女子の胸に顔を押し当てられるチャンスだったのに、対面に座る何者かからの物理的な攻撃が俺の額を直撃。

 お茶菓子として出されていた煎餅が手裏剣のように投げ出されていた。


「あ、あの……?」


 恨めしい気持ちというよりも、意外といえば意外な横槍に驚いてそちらを見れば、恥ずかしそうに「——こ、こほんっ」とわざとらしい咳払いをする藍がいた。


「野内くん、今はふざけてる場合じゃないでしょ? 貴方は今——あの会長と、貴方に罪を擦り付けた犯罪者を、同時に相手にしているようなものなのよ」


「————」


 ——な。


 ————なんだって??


「あ、藍ちゃん、さすがに会長が敵っていうのは違うんじゃ……」


「敵とは言ってないわ、つぼみ。相手にしているようなもの、と言ったの」


 ……そ、それはつまり、=敵なのでは?


 なんだろう、謎かけが始まってる気分だ。

 緩急がつきすぎた、突然のヤバそうな展開にハラハラだが、ポーカーフェイスだけはギリギリ保てている。する意味があるのかは甚だ疑問なんだけど。


「会長は貴方が真犯人だなんて考えていない。昨日の様子からも、それはハッキリ言えるわ。でも——同時に、犯人に繋がる手段として貴方を利用するのが最も良い選択とも考えているはず」


「……なるほどなぁ。野内くんが昨日狙われたんなら、次はその野内くんを囮にして探ってこって考えなわけや。実に合理的で会長さんらしい。——でも、実際問題、その肝心の囮が利用できるかどうかって段階で躓く考えやとウチやったら思うんやけど?」


「…………」


 ひとまず、会話を妨げないよう、黙ってお茶を飲む、俺。

 現実逃避とかポーカーフェイスとか諸々のために、しっかり両目を瞑るのを忘れない。


「ええ。だから恐らく——というか、絶対に会長もそこは懸念しているわ。囮役が野内くんかどうかに関わらず、真犯人側も、いわば常套手段で正道なこの方法を警戒していると考えるのが当然でしょうから」


「——? なら、会長が二人を蓮のところに寄越した理由にならなくない? 警戒されてるなら蓮を利用する手は打たないはずで、そもそも僕もあの会長がそんな単純な手を打つとは思えないし」


 ナイスだ、サク。

 俺もちょうどそれが気になって頭にハテナを浮かべていたところだ。


 ——と、バレないようにうんうんと頷いていたのだが、


「——だから、相手にしているようなもの、と言ったの」


 そこで、何とも意味深な、ちょっとシリアス染みた藍の言葉が飛んでくる。頷きなんてすぐ止まってしまって、クエスチョンマークの再来だ。いい加減にして欲しい。

 目を開けて眼前を見てみれば、藍が真剣な顔をしていて。隣のつぼみんはぐっと唾を飲み込んでいた。

 つられて俺も唾を飲み込んで。

 そして、ほんの数秒の間が挟まれたあと——、


「まさか——」


 次の言葉は俺の前に座る藍——ではなく、右斜め後ろに立つ、みずきから発せられた。


「みずき?」


 その、いつにもまして真剣な姉の飲み込むような声にあずきが心配するが、みずきの方はそんなことはお構いなしに前へ進みだし——、


「——まさか、囮(・)やなくて獲(・)物(・)として扱うつもりなんか」


 ——と、非常識で決定的な結論を口にしたのだった。




 ◇




「——兄さんが獲物、ですか。それはそれは……」


 藍とつぼみんがお風呂に入り、髪をタオルで巻いた状態でひと段落ついた頃。

 俺たちはリビングのL字ソファに座りながら、こんな状況になってしまった経緯について言葉を交わしていた。

 そして、その全部を聞き終えたレキは——何故か微笑を浮かべている次第である。……何にも面白くないんですが?


「会長さんも随分と思い切ったことをしますね」


 ——囮ではなく、獲物。

 これを最初に聞いたとき、俺はイマイチ言葉の意味するところが分からなかったのだが、さすがはレキちゃん。詳しい説明も無しに言葉の真意を把握したらしい。すごい。

 ……けど、だからこそ尚更疑問なんだが、俺の妹は何で笑顔なんだろう。怖い。


 そこで、ようやく自分のことをジト目で見ている俺に気付いたのか——はたまた気付いていたけど放置していたのか——レキが笑顔の理由を喋り始める。


「いくら兄さんとはいえ、犯罪者——それも天下の城才に巣食っている本物の天才の類を相手にするのは初めてでしょうし、危険すぎますから。心配しているんですよ」


「笑顔で?」


「はい、心配の笑顔で」


「笑顔なのに?」


「はい、笑顔なのに心配です」


「……さいですか」


 ——が、結局、笑顔の理由は意味が分からず。

 俺は観念したように両手を挙げて、いつも通り大人しく聞き手に回ることにした。

 タイミング良く震えた携帯を見てみれば、そこにはいつもの迷惑メールがたんまり来ており、話を聞きながらの暇つぶしに丁度いいなと順繰りに流し読むことにする。もちろん、目の前の三人を気にしながらだが。

 そんな俺の仕草を見てか、レキも藍とつぼみんとの会話の渦に自然と再合流していった。


「立花さん野内さん……いえ、つぼみさんと藍さん。念のため、言葉の解釈の一致をさせておきたいのですが、構いませんか?」


 恐らく、お互いに野内姓なことへ配慮したのだろう。

 デキる妹は藍たち二人の呼び方を、早々に名前呼びへと変化させる。


「ええ。もちろんです」


「では、遠慮なく。『囮ではなく獲物』ということはつまり——兄さんがその犯罪者の手によって被害を被った、もしくは被りそうなとき、貴女方生徒会は手助けを一切しない——という宣言のようなもの。この認識でお間違いないですか?」


「——はい」


「…………」


 さすがに、キッパリと核心を言葉にされたことにより空気が一段階重くなる。レキは藍からの肯定を受け取ると静かに瞼を閉じ、途端に静かになってしまった。

 藍は綺麗で整いすぎた眉頭を近づけるように皺を寄せながらも慇懃(いんぎん)に頭を下げているし、つぼみんはすごく気まずそうに俺の方をチラチラ見てきたりしている。


 ——今、レキが口にしたように。


 この『囮ではなく獲物』という考え方だが、要は俺を完全に見捨てようという意味合いに他ならない。

 囮のプランの場合、犯罪者からのターゲットにされているらしい俺が被害を被るとき、最低でも直前ぐらいに助けなければ筋が通らないというのが当たり前の話だ。

 当然、そうとなれば俺も生徒会も、ある程度自由が奪われてしまう形となる。

 そのことはいわゆる世間一般の常識であり、敵方もこの手段を警戒しているのは明々白々。

 お互いに隙の少ない布陣となった状況では、尻尾を掴むのも一苦労どころか困難を極め……最悪の場合このまま決着がつかないというケースも想定される。


 故に——その負け筋を断ち切る強引な発想こそが、この囮の放置。

 獲物は獲物のままにしておいて喰らいつかせ、その食事を終えたあとの尻尾を安全に確実に踏んづけてやろうじゃないか、という強者視点の罠だった。


 だからあの時、藍は会長すらも相手にしているようなものと俺に言ったのだ。


「あ、あのー……弁明になるかは分からないんだけど、さ。い、一応、今話したことはあくまで……そう! あくまで私たちの勝手な想像にすぎないから…………ね??」


「…………」


 ——と、重くなった空気に耐えられなくなったつぼみんがあたふたしながらそんな弁明をレキにする。が、肝心のレキはそれでも瞼を開かない。

 つぼみんもつぼみんで、『ね??』なんて可愛らしく笑ってみせているつもりだろうが、左頬が若干ピクピクと引き攣っていた。ギャル目で明るいつぼみんにしては珍しい光景だ。

 きっと、この空気はつぼみん的にかなりキツイのだろう。


「そ、それにね!!」


 それでも懸命に弁明を続けようとするつぼみん。

 俺からしても、骨身に染みる優しい気遣いだ。

 素直に応援したくなる。

 しかし——、


「手助けはしないとかさっきは言ってたんだけど、実は全然私たちはそんなつもりじゃなくって——」


「——————面白いですね」


「————————————え?????」


 ——その弁明は、瞼を閉じたまま……微笑みだけを携えた彼女の、妖艶じみた魔性の言葉によって勢いを削がれ。


 そうして——、


「お二人の宿泊の件、この野内礼貴が任されました。幸いにもゲストルームがありますので、今からそちらへ案内します。——ああ、それと。両親はしばらく仕事と旅行で帰ってこない予定ですので安心してくださいね」


「————っ、ありがとうございます」


「——————え、えっ!?? い、良いのっ!??」


「————え、いいの?」



 ——沈んだ空気も明るくならぬうちに、もう弁明の必要は無くなってしまったのだった。






 …………え、いいの???


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