第67話:聖女の髪飾り
クラリスたちは次の目的地、交易都市カサンガに到着した。
「異文化が混在する町だけあって、いろんなものがあるね」
ヒカリが周囲を見渡しながら言う。
「そうね。それに、人も多いわ」
クラリスも賑やかな町の様子に感心していた。市場には色とりどりの布や珍しい香辛料、異国の工芸品が並び、行き交う人々の言葉も多種多様。交易都市らしい活気が溢れていた。
そんな中、クラリスたちを出迎えたのは、この町の町長ハリスだった。
「お久しぶりです、クラリス様」
「お久しぶりです、ハリス町長」
クラリスは微笑みながら挨拶を交わした。
町長とは公爵領内での会合で何度か顔を合わせたことがある。
執事がすかさず一歩前に出て、道中で起こった盗賊襲撃の件や、商人ヴィクトールを助けたことを簡潔に報告する。
「なるほど、それは災難でしたね……。しかし、クラリス様のご活躍で大事に至らず何よりです」
町長は安堵した様子で頷いた。
執事はさらに続ける。
「ここで一旦、ヴィクトール様とは別れる形になりますが、後日、町長の邸宅で正式にお礼をすることで合意しました」
それを聞いたクラリスは小さくため息をつく。
「本当に気を遣わなくていいのに……」
「クラリス様、助けていただいた方としては、どうしてもお礼をしたいのでしょう」
執事が優しく諭すと、クラリスは苦笑いしながら頷いた。
「わかったわ……」
こうして、正式な場でヴィクトールからお礼を受け取ることになった。
翌日、町長の邸宅でヴィクトールから正式に感謝の意が伝えられることとなった。
「改めて、クラリス様、命を救っていただき、本当にありがとうございました」
ヴィクトールは深々と頭を下げ、小さな箱を差し出した。
「これをクラリス様に差し上げたいのです」
クラリスは驚いた様子で箱を受け取る。
「そんな……本当にお気持ちだけでよかったのに……」
「いえ、どうしてもお渡ししたいのです。最近、偶然手に入れたものなのですが、とてもクラリス様に似合うと思いまして」
ヴィクトールの言葉に、クラリスは少し戸惑いながら箱を開けた。
中には、可愛らしい髪飾りが収められていた。中央には透明な小さな水晶が埋め込まれており、上品でありながらも不思議な魅力を放っている。
「綺麗……」
クラリスが思わず呟いたその瞬間、ヒカリの表情が固まった。
(え? これって……課金アイテムの『聖女の髪飾り』じゃない!?)
ヒカリは驚愕した。
『聖女の髪飾り』――それは、かつてのゲームで高額の課金アイテムとして登場し、特殊な効果を持つことで話題になった装備だった。
(まさか、こんな形で出てくるなんて……)
「ヴィクトールさん、この髪飾りには何か特別な意味があるんですか?」
クラリスはヴィクトールに尋ねる。
「実は、とある遺跡で発見されたものなのです。しかし、危険な呪いや負の影響がないか、念入りに鑑定してもらいました。その結果、特に問題はなく、ただの美しい装飾品だと確認されています」
そう言いながら、ヴィクトールは鑑定書をクラリスに手渡した。
クラリスはそれを受け取り、目を通す。
「……確かに、呪いや危険性はないと書かれていますね」
ホッとしたように微笑むクラリス。
(でも、本当にただの装飾品なの?)
ヒカリは疑念を抱き続けていたが、クラリスは慎重に髪飾りを手に取り、そっと髪に添えてみた。
すると、微かに光が揺らめくような感覚がした。
「……え?」
クラリスは驚いたが、その光はすぐに消えた。
ヒカリがすかさず尋ねる。
「クラリス、今、何か感じた?」
「ううん……ただ、少し暖かい気がしただけ……」
「気のせいかもしれないけど、後で詳しく調べたほうがいいかもね」
ヒカリの言葉に、クラリスは小さく頷く。
「そうね……でも、せっかくだから大切にするわ」
クラリスは微笑みながら、ヴィクトールに感謝を伝えた。
「素敵な贈り物をありがとうございます。大切に使わせていただきます」
「気に入っていただけたなら光栄です」
ヴィクトールも嬉しそうに微笑んだ。
クラリスが部屋で休んでいると、ヒカリがぽつりと呟いた。
「クラリス、その髪飾り、しばらく持っててもいい?」
「え? どうして?」
「ちょっと、気になることがあって……」
ヒカリは髪飾りを慎重に手に取ると、静かに魔力を流し込んだ。
すると、髪飾りが淡い光を放つ。
(やっぱり……これはただの髪飾りじゃない)
ヒカリは確信した。
ゲーム内では『聖女の髪飾り』は装備すると隠された能力が開花するアイテムだった。しかし、この世界ではどんな効果があるのかは分からない。
「……クラリス、明日、一度試してみよう」
「うん、分かった」
クラリスは髪飾りを見つめながら、どこか不思議な運命を感じていた。
こうして、新たな謎を抱えながらも、交易都市カサンガでの滞在が続いていくのだった。




