第68話:カサンガの視察
ヒカリは聖女の髪飾りをクラリスから預かり、後で試すために一旦自分の体内に取り込んだ。
(とりあえず、しばらく保管しておこう)
それが後に大変なことを引き起こすとは、この時はまだ誰も知らなかった。
クラリスたちは、町長ハリスの案内でカサンガの視察をすることになった。
「カサンガは交易都市として発展しており、公爵領内でも最も賑やかな町の一つです」
ハリスが誇らしげに説明する。
市場には異国の品々が並び、香辛料の強い香りが漂っていた。
「色々なものがあるね!」
ヒカリは興奮しながら、空中を飛び回っていた。
「ちょっとヒカリ、あんまり騒がないの!」
クラリスが注意するが、ヒカリはまったく聞いていない。
「だってすごいんだよ! 見て見て! あの金細工! こっちには見たことない魔導具もあるし!」
精霊の姿は普通の人間には見えないため、ヒカリが飛び回っていても町の人々には気づかれない。ただ、クラリスは「またか……」と苦笑いするだけだった。
「ヒカリ、少し落ち着いたら?」
「えへへ、ごめんごめん! だって、こんなに面白いものがいっぱいあるんだもん!」
ヒカリは興奮しすぎて、聖女の髪飾りのことをすっかり忘れてしまっていた。
「ここがカサンガ最大の交易市場です」
町長が案内した場所は、巨大な広場に数百もの露店が並ぶ大規模な市場だった。
「すごい……」
クラリスも感嘆の声を漏らす。
市場には異国の商人たちが集まり、見たことのない品物が並んでいた。
「こちらは異国から輸入された魔導具や装飾品を扱う店です」
町長が指差した先には、キラキラと輝くアクセサリーが並べられた店があった。
クラリスが何気なく手に取ったのは、青い宝石が埋め込まれた指輪だった。
「これ、珍しいですね」
「ええ、それは『蒼星の指輪』と呼ばれ、魔力増幅の効果があるとされています。ただ、使いこなすには魔力量がかなり必要だとか」
町長の説明を聞いて、クラリスは興味深そうに指輪を見つめた。
「うーん、今はいいかな」
「お目が高いですね。この指輪はカサンガでも希少な品ですので、売れるのも時間の問題でしょう」
店主が微笑みながら言った。
そのやり取りを聞きながら、ヒカリは相変わらずあちこち飛び回っていた。
「クラリス! あっちにもっと面白いものがあるよ!」
「ちょっとヒカリ、落ち着いて!」
クラリスは苦笑いしながらヒカリを追いかける。
町長と執事も、そんな様子に微笑んでいた。
「……賑やかですね」
「ええ、クラリス様の精霊が飛び回ってるんでしょう」
視察を続けていると、広場の一角で人だかりができているのを見つけた。
「何かしら?」
クラリスが近づいてみると、路上の占い師が人々を集めていた。
「おお、そこのお嬢さん! あなたの未来を占ってみませんか?」
占い師は年老いた女性で、手には水晶玉を持っていた。
「占い……?」
「この占い師は、時々当たると評判なのです」
町長が説明する。
「時々……?」
クラリスは少し笑いながら、占い師の前に座った。
「では、あなたの未来を見てみましょう……」
占い師は水晶玉に手をかざし、静かに呪文を唱え始めた。
すると、水晶玉が淡く光り始めた。
「……おや?」
占い師の表情が変わる。
「何か見えましたか?」
クラリスが尋ねると、占い師は慎重に言葉を選んだ。
「あなたの周りに……とても強い光の力を感じます。そして……」
「そして?」
「……あなたの運命が、大きく動こうとしています」
「運命が……?」
クラリスは驚いた表情を浮かべる。
「あなた自身が、その運命の中心となるでしょう。ですが、それは決して悪いものではない……むしろ、とても重要な使命を果たすことになるでしょう」
「……」
クラリスは静かに考え込む。
「大きな運命、か……」
「ふむ……ただ、一つだけ気になることが……」
「気になること?」
占い師は少し首をかしげた。
「……あなたの近くに、もう一つの光がある。いや、光の中に眠る何か……」
「え?」
クラリスが戸惑った瞬間、ヒカリが後ろから覗き込んだ。
「うわー! 面白そうな占いしてるね!」
「ヒカリ、ちょっと!」
クラリスが慌てるが、占い師はヒカリの存在には気づいていないようだった。
「……まあ、深く考えすぎる必要はないでしょう。あなたはきっと、自分の道を見つけられるはずです」
占い師はそう言って、微笑んだ。
「クラリス、何か気になること言われた?」
ヒカリが興味津々に尋ねる。
「うーん……『運命が動こうとしている』とか、『私の近くにもう一つの光がある』って……」
「もう一つの光……?」
ヒカリは少し考えたが、その瞬間、あることを思い出した。
(……あっ!! 聖女の髪飾り!!)
そう、ヒカリは完全に忘れていた。
今、聖女の髪飾りはヒカリの体内にある。
(ま、まさか……占い師が言ってたのって、それ!?)
しかし、すでに視察は次の場所へと進んでいた。
ヒカリは慌てながらも、とりあえず様子を見ることにした。
こうして、聖女の髪飾りを取り込んだまま、カサンガの視察は続いていくのだった。




