第40話 不思議な存在
ルーファは、ヒカリの考え方や行動に驚きを覚えていた。
魔力操作や魔法を使うことは、本来精霊が考えることではない。
それなのに、目の前の光精霊は当たり前のように魔力を操り、自ら魔法を使っていた。
しかも——自分たちにまで、その考えを伝え、魔力操作をさせようとしている。
「ヒカリ……君って、本当に変わった精霊ね」
ルーファは、ふわりと風をまといながら、ヒカリをじっと見つめた。
「え? そうかな?」
ヒカリは首をかしげるが、その表情はどこか楽しそうだった。
エルもまた、小さく頷きながら言葉を紡ぐ。
「ぼ、僕も思うよ……ヒカリは普通の精霊とは違う。僕たちの常識を超えているというか……」
ルーファは、改めてヒカリを見つめながら、ふと疑問を口にした。
「ヒカリ、何で契約しないの?」
この問いに、ヒカリは一瞬きょとんとした表情を浮かべた。
「え? 俺はクラリスと契約したかったけど、火属性のクラリスと光精霊の俺だと契約できないからだよ」
笑いながらヒカリは答えた。
しかし、その言葉にルーファの中で新たな疑問が生まれる。
「……待って。それっておかしくない?」
「何が?」
ヒカリが不思議そうに聞き返す。
ルーファは腕を組み、考えながら言葉を続けた。
「私たち精霊は、人間が持つ属性に引き寄せられる。火属性の人間には火の精霊、風属性の人間には風の精霊……そうやって契約が結ばれるのが普通よ」
「うん、まあ、そうだね」
「でも、ヒカリはクラリスに引き寄せられたって言ったわよね?」
ヒカリは少しだけ黙り込んだ後、肩をすくめた。
「そうだね。クラリスのそばにいたいって思った。それだけだよ」
その何気ない一言に、ルーファとエルは驚愕する。
本来、精霊が特定の人間に執着することはない。
それは、契約を交わした者に魔力を提供するためであり、それ以上の感情を持つことは基本的にありえない。
しかし、ヒカリは違った。
属性の枠を超えて、特定の人間に引き寄せられた。
——クラリスが特別なのか。
——それとも、ヒカリが特別なのか。
ルーファとエルには、その答えが分からなかった。
◆◇◆
「まあ、難しいことは考えなくていいんじゃない?」
ヒカリが無邪気に笑う。
「俺は俺のやりたいようにやるだけだし、精霊だからって決められたルールに縛られるつもりもないしね!」
カインが深くため息をついた。
「お前は本当に自由すぎる……」
「えへへ、それ褒め言葉?」
「褒めてない」
カインが鋭い視線を向けるが、ヒカリは気にする様子もなくニコニコしていた。
エルは、小さく呟いた。
「……でも、もしかしたら……ヒカリみたいな精霊の在り方も、間違いじゃないのかもね」
ルーファもまた、複雑な表情を浮かべながら頷いた。
「そうね……精霊の常識は、ヒカリによって変わるのかもしれない」
◆◇◆
遠くで、クラリスが優雅にお茶を飲みながら、エリーナとセシリアと談笑していた。
ヒカリは、その姿を見つめながら、ポツリと呟く。
「クラリス……俺は君を守るために、もっと強くなるよ」
ルーファとエルは、ヒカリの横顔を見つめながら、少しずつ彼の考えを理解し始めていた。
「……不思議な精霊ね、ヒカリは」
そう、ルーファが静かに呟いた。
ヒカリはルーファとエルを見ながら、楽しそうに笑った。
「俺の話はそんな感じで! それじゃ、ルーファとエルは魔力操作頑張ってやってね。少し魔力操作覚えただけで満足してたらダメだからね?」
「うっ……」
ルーファとエルは少し顔をしかめる。
確かに、さっきヒカリの説明を聞きながら魔力を操作しようと試みたが、ほんの少し流れを感じ取ることができただけだった。
それでも、精霊としては異例のことだ。
だが、ヒカリは当然のように「もっとやれ」と言ってくる。
「簡単に言うけど……そんなにすぐ出来るものじゃないわよ」
ルーファがため息交じりに言うと、エルもコクコクと頷いた。
「そ、そうだよ……精霊は今まで魔力を操作しようなんて考えたこともなかったし……」
「だからこそ、やるんだよ!」
ヒカリは自信満々に言い放つ。
「最初から出来ると思ってない。でも、精霊が契約者に魔力を供給するだけの存在っていうのは、俺には納得できないんだよね! だから、俺たち自身も魔力を活かしていくべきだと思う!」
カインは腕を組みながら、それを静かに聞いていた。
そして、呆れたようにため息をつく。
「まったく……お前はいつも勝手に理論を展開するな」
「だって、実際に俺は魔法を使えてるし、カインだって使えるようになったでしょ?」
「……それは、お前の影響だ」
カインは渋々認めるように言った。
最初はヒカリの考えに懐疑的だったが、ヒカリが魔法を使うのを見て、自分でも試してみた。
結果、カイン自身も魔法を使えるようになった。
「精霊が魔法を使うなんて、普通の感覚では考えられないけどな……」
「でも、出来るならやったほうがいいでしょ?」
ヒカリは笑顔で言う。
「契約者がピンチの時に、ただ見てるだけなんてつまらないしさ」
ルーファとエルは、お互いの顔を見合わせた。
「……やってみるしかない、かな」
「ぼ、僕も……やるだけ、やってみる……!」
二人の精霊が覚悟を決めたその瞬間——ヒカリが手を叩いた。
「よし! じゃあ、特訓開始!」
「えっ!? い、今すぐ!?」
「当たり前じゃん! 言い出したらすぐ行動しないと!」
ルーファとエルは呆然としたが、ヒカリの勢いに押されてしまう。
こうして、精霊たちによる魔力操作の修行が始まった——。
◆◇◆
「まずは、自分の魔力を意識してみて!」
ヒカリが指導を始めると、ルーファとエルは目を閉じ、魔力を感じ取ろうとした。
「……流れてるのは、わかるんだけど……」
「うう……思うように動かない……」
二人とも、魔力を感知することはできるが、それを自在に操ることはまだ難しいようだった。
「うんうん、最初はそんなもん!」
ヒカリは満足げに頷く。
「大事なのは、魔力を流す方向を意識すること! 例えば、手に魔力を集めようとしたら、意識してそこに魔力を移動させるんだ!」
「意識……ね」
ルーファはもう一度試してみた。
体内の魔力を感じながら、手に集中させるようにイメージする。
——すると、手のひらがほのかに風の魔力を帯び始めた。
「……できた?」
「おお! いい感じじゃん!」
ヒカリが嬉しそうに言う。
エルも負けじと、水の魔力を手に集めようとしたが——なかなかうまくいかない。
「む、難しい……!」
「エルは、水の流れを意識するといいよ!」
ヒカリのアドバイスを受け、エルは再び集中する。
流れる水をイメージしながら、少しずつ魔力を手のひらへと集める。
——すると、エルの手にほんのりと水の粒が現れた。
「や、やった……!」
「よっしゃー! それでこそ俺の弟子!」
「えっ!? ぼ、僕たち弟子なの!?」
ルーファとエルは驚いたが、ヒカリは悪戯っぽく笑った。
「まあまあ、そんな細かいことは気にしない!」
カインがまたため息をつく。
「お前、本当に自由すぎるな……」
「だから、それ褒め言葉?」
「褒めてない」
精霊たちの修行は、こうして続いていく。
◆◇◆
——それから数時間後。
「はぁ……はぁ……」
ルーファとエルは、すっかり疲れ果てていた。
しかし、二人とも以前よりは確実に魔力を操作できるようになっていた。
「やればできるじゃん!」
ヒカリは満足げに頷いた。
「これで、少しは主を守れるようになるかな?」
ルーファがポツリと呟くと、エルも同意するように頷いた。
「うん……少しでも、役に立ちたい……」
ヒカリは、そんな二人を見てニコッと笑った。
「それでいいんだよ!」
「あと魔法は、イメージが大事だからね。」
カインはそんなヒカリを見ながら、静かに呟いた。
「……本当に、お前は変わった精霊だな」
ヒカリは笑って答える。
「俺は俺のやり方で、大切な人を守るんだ!」
こうして、ヒカリの影響を受けたルーファとエルは、新たな道を歩み始めた。
精霊が魔力を操るという、新たな可能性を手に入れながら——。




