伝播する狂気
アリス達が駐屯地を襲撃した少年と交戦を開始した直後まで時間は遡る。龍二とお松、そして空母に残ったバロール兵の元へ本部から緊急の連絡が入っていた。明らかに動揺しているバロール兵はオリヴィエへ通信を始める。
「どないしたんや、なにか連絡があったみたいやけど?」
「本部に向けてフォール軍が侵攻を開始したらしい! まだ本部に直接の攻撃は無いみたいだが、一刻の猶予も惜しい状況だ!」
「おいおい、随分間が悪いな……アリス達と連絡は取れるのか?」
「オリヴィエ様の座標を特定した。全員を空母に乗せて本部まで帰投する」
龍二とお松を乗せた空母は急浮上すると、オリヴィエが示した座標まで全速力で発進した。
♢
時を同じくして、バロール連合軍本部。先のガロン川国境警備の際にアリスの尽力によって捕縛したフォール兵は地下牢で厳重な監視の元、幽閉されていた。投獄された当初は狂った様に暴れていたが、今では借りてきた猫の様に大人しく牢の隅で蹲っていた。
「なあ、捕虜として置いとくのはいいけどよ。まともに話すこともままならないこいつから情報が聞き出せると思うか?」
「無理だろうな。けど、こいつらの不死身の原因を特定出来れば対抗策も見つかるはずだ」
「だと良いけどな」
監視役のバロール兵二人は他愛もない会話をしながら牢の前に立つ。そんな中、大人しくしていたはずのフォール兵が急に呻き声を上げてのたうち回った。目を血走らせながら苦しみ悶えるフォール兵を落ち着かせようと二人は牢へ入りフォール兵を介抱する。
「おい! どうした、しっかりしろ!」
「……カ……の、……めに……」
「何か言ってるぞ! おい、なんだ!?」
悶えていたフォール兵はピタリと動きを止めたかと思うと、虚な目で虚空を見つめ不気味な笑みを浮かべながら口を開いた。
「全ては……カサブランカ、様の……ため……」
次の瞬間、フォール兵の身体は万力で締め付けられる様に捻れ、大量の血を牢に撒き散らしながら肉塊へと変わった。騒ぎを聞きつけた兵達が牢の外に集まる中、フォール兵の血を浴びた二人の兵はただ呆然としている。
「おい! 何があった、説明しろ!」
「わ、分からねえよ! 突然暴れ出したと思ったら……」
動揺した素振りの二人は動きを止め、何かにハッとした顔で口を閉じると虚な目で牢の外を見つめる。
「大丈夫か? とにかく、すぐに医務室に!」
「……全ては」
「なに?」
「「全ては、カサブランカ様の為に!」」
狂気に染まった目の二人は先ほどのフォール兵と同じ不気味な笑みを浮かべ、牢の外にいた一人の兵に飛び掛かり顔面や喉を貪り始めた。襲われる兵の悲鳴が木霊する中、動揺しながらもパニックを起こすことなく他の兵は携帯していた光銃を構え正気を失った二人を撃ち抜く。だが、どれだけ急所を撃ち抜こうとも倒れる様子は無く甲高い笑い声を上げていた。
「司令官! ノエル司令官! 応答して下さい!」
「どうした、そんなに慌てて?」
「捕虜のいた地下牢で暴動が起こっています! 正気を失った兵が襲ってきて……おい、待てやめろ! があああああああ‼︎」
「何があった、状況は!? 応答しろ!」
通信機越しにノエルの声が響く。貪られ絶命したはずの兵達は、数秒の後に何事も無かったかの様に立ち上がると不気味な笑みを浮かべながら歩き始めた。
♢
粉雪が舞う。機兵団と共に呻き声を上げるフォール兵を大量に引き連れ、修道服を纏う女は満足そうな笑みを溢す。
「良いわね、とても良いわ。この世界を我らが神へ捧げる為に、もっともっと混乱と狂乱を振り撒かなくては!」
光の無い紫色の瞳を天へ向け、両手を握り締める女は邪悪な笑い声を響かせた。




