妖魔剣聖譚
無明の光が水の斬撃とせめぎ合う。膨大な量の水が光の奔流と互角に競り合うなか、回復した花音が放つ光球による援護で徐々にミノリを後退させていった。
「花音ちゃん!」
「ただ見てるだけなんて、アタシの性に合わないからね!」
「ッ‼︎」
斬撃の勢いが衰え、光は水と共にミノリを一瞬で飲み込み空を覆う曇天を裂きながら光の粒となって消えた。分厚い雨雲は掻き消され、里を襲っていた妖魔の身体が弾け水となって全て消滅する。
光に飲まれる直前に黒い粘膜で全身を覆って命を繋ぎ止めたミノリは、息を荒げ力を使い果たした様子で身動きが取れずにいた。
「ここまで……かな……」
「逃がさん!」
空間が裂け闇が溢れ出し逃走を計るミノリを逃すまいと駆け出し刀を振り上げた紡を、闇の中から現れたバイクに跨る男が手に持つ鉄パイプで防ぎ、その膂力で吹き飛ばした。
ヘルメットを被り黒いライダースーツを着込む偉丈夫。エンジンを吹かしながらアリス達を見据える。
「撤退だ」
「お迎えありがと〜。いやあ、グランのおっさんに顔向け出来ないねえ」
「くだらねえこと言ってる場合じゃねえだろ。落とし前は後で必ずつけろよ」
分かってるよ、と呟きミノリはバイクに跨る。直後、駆けつけた龍二とお松は血相を変えて口を開いた。
「浩也はん! あんた、浩也はんやろ! そのバイク、間違いあらへん!」
「浩也! お前、生きてたのか!?」
浩也と呼ばれた男は龍二とお松に目をやるも、何も言わずに踵を返した。
「お松さん、知ってるんですか?」
「東雲浩也。龍二はんの弟分や!」
「浩也、お前そんな奴らとつるんで自分が何してんのか分かってんのか!?」
「兄貴、俺は俺の目的の為に動いてるんだ。たとえ兄貴だろうと邪魔はさせねえ」
「アリスちゃん、この世界を守れて良かったね。でも、どのみちIdeaは終わる。たった一つの世界を守ったところで意味なんて無いって、いずれ分かる時が来るよ」
そう言い残したミノリと共に、浩也はバイクを半転させて闇の中へと走り去っていった。
敵を取り逃がしはしたものの、勝利を掴んだアリス達は一斉に息をつきその場に座り込んだ。脅威が去り、銀狼の遠吠えと里の住人の歓喜の声が入り混じり里中に木霊した。
♢
激戦から一夜明けても、戦いに勝利した人々の熱は治ることなく里中がお祭り騒ぎしていた。仲違いした銀狼の一族とも和解し、里を守り抜いたアリス達を讃えるため催しが開かれた。
いつも以上に賑わいを見せる中、アリスは目が覚めた花音にこれまでの経緯を説明した。花音の世界は守れなかったことを話した際、意外にも花音は動揺を見せることなく終始落ち着いて話を聞いていた。
「すみません、私がもっと戦えていれば……」
「ううん。アリスには感謝してもしきれないよ。……まあ、本音言えば限界だったって分かってたんだ。でも、理不尽に世界が終わるのを受け入れるなんて、アタシには出来なかった」
「…………」
「暗い顔しない! この世界は守ることが出来たでしょ! それに、Ideaを元に戻せば、アタシの世界だって救うことが出来るかもしれない。涙は全部解決したときの為にとっておこうよ、ね?」
不甲斐なさに涙を流すアリスを、花音は底抜けに明るい笑顔で慰める。誰よりも泣きたいはずの花音は、決して顔を曇らせることなく、前だけを向いていた。
そんな二人の元に大勢の子供を連れた紡が歩み寄る。以前は深編笠が無ければ怖がられていた紡だったが、昨日の戦いぶりを見ていた子供達にすっかり懐かれ動揺しながらも嬉しそうな表情をしている。
「ありす殿、花音殿。其方らの力添え無ければ、この里……この世界は消え去っていただろう。改めて礼を言う」
「いえ、紡さんの世界を守ることが出来てよかったです!」
「まだこちらに滞在するのだろう? 其方らの好きなだけ寛いでいただきたい」
集まっていた子供達は花音を物珍しい様子で伺い目を輝かせながら取り囲んだかと思うと矢継ぎ早に口を開いた。
「お姉ちゃん、芸者さん?」
「芸者? んー、まあそんなとこかな。アタシの世界では、アイドルって呼ばれてるよ」
「あいどる? お姉ちゃんはあいどるなの?」
「その通り! アタシはその中でも一番のトップアイドルなんだから!」
「とっぷあいどる! よく分かんないけど、それって凄いの?」
「当たり前だけど伝わんないなあ……そうだ、今からアタシのライブ見てみる? 絶対みんなアタシに見惚れること間違いなしだから!」
「らいぶ! よく分かんないけど見たい見たい!」
満面の笑みで取り巻きの子供達を連れ、花音は賑わう群衆の中を駆け出して行った。快活だな、と呟く紡にアリスは真剣な表情で見据え口を開く。
「紡さん、一つお願いがあります」
「む? 構わぬ、拙僧に出来ることであればだが」
「無理を承知で言います。私たちと一緒に、この先も戦っていただけませんか? この先の世界にも多くの敵がいるはずです。紡さんの力があれば、きっと乗り越えられると思います!」
紡は面食らった様子でアリスを見つめる。世界を守る為に戦ってくれたアリス達の力になりたいという思いは確かに紡の中にはある。しかし、いつ妖魔に里を襲われるか分からない状況で、自分が里を離れて良いものなのか。紡はしばらく空を見上げ熟考すると、重い口を開き答える。
「すまぬ。拙僧も其方らの力になりたいのは山々だ。しかし、そうすればこの里を守ることが出来なくなる」
「そう……ですよね……」
「ならばその役目、我らが果たそう」
重い空気を破る様に現れた銀狼のリーダーは配下を引き連れ二人に言葉をかけた。




