束の間の平穏、舞い戻る絶望
ショッピングモールの事務所へ戻ったアリスと花音は、糸が切れた人形のようにベッドに倒れ込むとあっという間に眠ってしまった。増産バグズとの激戦まで絶えず戦い続けた花音、目を覚まし慣れない闘いに身を投じたアリスは翌朝まで泥のように眠った。
「ん……」
「あ、起きた。おはよ、アリス」
アリスが目を覚ますとカップ麺を美味しそうに啜る花音がいた。起き抜けにも関わらず花音の姿を見たアリスのお腹が鳴り、アリスは顔を赤らめながら俯いてしまう。年相応の無邪気な笑顔で花音は側にあったカップ麺をアリスに差し出した。
「一緒に食べよ。あ、嫌いな味だったら他のを取ってくるけど」
「いえ、いただきます!」
他愛もない話をしながら食事を済ませると、生き残っている人を探すために街へ行きたいと花音はアリスに持ちかけた。バグズによってほとんどの人間が襲われていたが、万が一にもアリスのように生きていれば助けたいと話す花音の提案を、アリスは快く受け入れ準備を始める。
「ん、お嬢にアリス。どっか行くのか?」
「街までね。まだ生き残ってる人がいるかもしれないし」
「なら全員で行った方がいいだろ。ちょっと待っとけ、いま売り場で菓子をドカ食いしてるお松も連れてくる」
どこから持ってきたのか、小さなリュックにお菓子をパンパンにしたお松と合流して一行はバグズとの激戦を繰り広げた街へと赴く。闇夜に覆われていた時とは違う朝日が照らす街の景色は、アリスの目には荒廃しているとはいえ綺麗に映っていた。
アリスと花音、お松と龍二の二手に分かれ捜索をすることになり、二人は車から降りると周囲に気を配りながら歩き出した。
「そういえばさ、アリスはまだ記憶が戻ったりはしてないの?」
「いえ、なにも……でも、このペンダントが私にとって、記憶を取り戻す鍵なんじゃないかって思うんです」
「確かに、あの時アリスの助けがなかったらきっとアタシ達は負けてた。そのペンダント、きっとこの先もアタシ達を助けてくれるよ!」
電光掲示板の映像が切り替わる。すると、軽快な音楽と共に聞き覚えのある歌声が流れた。そこには、キラキラ輝くステージで踊り歌う花音の姿ともう一人、黒髪の美しい少女のライブ映像が映し出されていた。思わず見入っているアリスとは対照的に、寂しげな表情になる花音。
「花音ちゃん、隣にいる人は?」
「夢乃詩音。アタシの親友で相棒ってとこかな」
彼女はどこにいるのか。そう問おうとしたアリスは口に出すのを済んでのところで飲み込んだ。あれだけのバグズに襲撃され、いま現在行動を共にしていないのであれば、生存は絶望的なのは明白だった。思い沈黙を破るように、花音はアリスの手を握り口を開く。
「大丈夫、あの子はきっと生きてる。何でか分かんないけどそんな気がするんだ」
「……! そうですよね、私も協力します!」
「ありがとアリス……って、あれ?」
再び歩き出した花音は動きを止め足を止める。視線の先に、一人の男が立ち尽くしていた。黒いロングコートを着込んだ銀髪の男は、眉間に皺を寄せながらただ空を見上げている。アリスは男を視認した瞬間、言いようのない不信感に支配された。
「ちょっとそこの人! よかった、生き残れたんだね!」
花音の呼びかけに気づいた男はゆっくりと二人に向き直る。堀の深い顔立ちに光が感じられない瞳。何処か退廃的な空気を纏う男は少しだけ驚いたように目を見開き、直ぐに無表情に戻る。
「驚いたな、探し物が自ら現れてくれるとは」
無機質な声色で男は呟く。違和感を感じた花音は咄嗟にアリスを自分の背で隠しながらノーツを展開する。今まで見てきた人間とは違う、底知れない闇を本能的に察した花音は臨戦態勢を取る。
「アンタ、何者? この世界の人間じゃないでしょ」
「そうだな。こんなぬるま湯のように平和ボケした世界では、俺は生きていけんからな」
「平和ボケした世界? アタシの世界を馬鹿にすんなっての!」
「これだから子供は嫌いなんだ。お前に用は無い、用があるのは……」
男がアリスに目を向けた瞬間、無表情だった表情が崩れ不気味な笑みを浮かべた。花音は展開したノーツを男目掛けて撃ち出すが、何もない空間から漆黒の剣を出現させ撃ち出したノーツを難なく弾き飛ばす。
「威勢がいいな。予定とは少しズレるが……まぁ、少しは楽しんでもいいだろう」
男が剣を天に掲げると黒い稲妻のようなものが空へ走る。雲一つ無かったはずの晴天が一瞬にしてドス黒い闇に塗り変わった。再び世界が闇に覆われたかと思うと、影の中から霧散したはずのバグズが姿を現し始めた。
「我が名はグラン・アルベルト。主命により、この世界を奈落に沈める者だ」




