ヒロインは翻弄される。
色々な悪役令嬢物とか、婚約破棄物とか読みましたが、とにかく悪役令嬢が男前すぎる。かっこよすぎる。そんな悪役令嬢がヒーロー(男)だったらどうなるのか・・・、というテーマで書いたけど・・・なんか違うような・・・。
僕は今、困っていた。
「お前には今まで散々わずらわされた」
「へぇ・・・。それで?」
「もうお前の妨害など受けぬ!私は愛する者は自分の手で守ると決めたのだ!」
もう一度言う。僕は困っている。
「ここにいる皆が証人だ!レティスファルト王国王太子、ジャスティン・ソレイユ・レティスファルトは、この娘、フィー・ライピアをわが妃とすることを、ここに宣言する!」
悪夢だ。
なぜこんなことになってしまったのか、時間をさかのぼって説明しよう。あれは、僕がこの学園にようやく慣れたころの出来事だ―――。
僕の名前はフィー・ライピア。妙な一人称を使っているが、一応女だ。それもちょっと評判になるぐらい、美人の部類に入る十六歳の乙女だ。
小柄で華奢な、お人形めいた体躯。煌めく白銀の髪は胸の高さで切りそろえている。長い睫に縁どられた瞳は、透き通る葡萄酒のような紫色。つぶらな目元はどことなく小動物系の印象を与えるだろうか。全体的に可憐で、どこか神秘的な印象の漂う美少女だ。
自画自賛しすぎだって?まあそうだろう。
でも、これは客観的評価でもあるのだ。なんといっても、前世の僕だってそう思っていたのだから。
そう。僕は転生者だ。
前世では日本という国に住んでいる女子高校生だった。毎日スマフォをいじったり、友達と馬鹿話に興じたりするごくごく普通の少女だった。
けれど死んでしまった。死因は覚えていないけれど、僕は十代後半という若さでこの世を去った。
そして転生した。この・・・乙女ゲームの世界に。
タイトルは忘れた。しかしそこは重要ではないし、前世の僕もそのへんは気にしていなかった。なぜなら前世の僕は乙女ゲームをプレイする人ではなく、鑑賞して楽しむ人だったから。つまり絵師愛好家だった、というわけだ。公式サイトでキャラクター欄や世界観も見たし、プレイ動画もいくつか見たけど、それだけ。なんでこんな僕がこんな転生をしたのだろう?運命の神さまは人選は適当らしい。
僕が自分を「転生者」だと思い出したのは、王立学院を受験することに決まった、十四歳のある晴れた日のことだ。
僕は孤児だ。幼いころは母と一緒に教会に住んでいたのだけれど、母が亡くなってからは一人で教会に住んでいる。この国では教会はただの宗教団体ではない。福祉、教育という国の柱を支えるれっきとした国家機関のひとつなのだ。
そして教会には「平民登用制度」という制度がある。簡単に言うと、全国に支部がある、教会学校(義務教育が受けられる学校だ)の成績優秀者は、貴族の通う王立学院に通うことができる、という制度だ。
僕は成績上位者であったことから、親代わりの神父様に王立学院への受験を勧められた。僕は正直気が進まなかった。なぜなら貴族と一緒に生活するなんて、ちょっと想像できなかったから。
前世ではそんな身分制度のない国にいた僕だけど、こちらでの十数年の人生でいやというぐらいにわかる。
貴族とは、僕たち平民とは違う生き物なのだ、と。
地位が違う。
それだけで、僕らと彼らは話し言葉が違う、教育が違う、服が違う、食べるものが違う、使う家具が違う、同じ品物でもふっかけられる値段が違う、職業が違う・・・、違う、違う、尽くしだ。
前世でもテレビに映る閣僚とかと自分は違うものなのだと思うことはよくあったけど、現世でもそれに近い・・・、というよりむしろ現世の方がはるかに顕著だ。
それでも僕は受験を決意した。神父様の思惑が、僕にゆくゆくは教会の重役についてほしい、という部分にあることを知っていたから。
教会は国家機関の一つだ。当然、貴族たちもいるし、他の機関に属する貴族の相手をしなければならないこともある。多くの貴族は平民の孤児たちを軽んじているので、ここで相手方の要求を容易には飲まないことが重要だ。また、こちら側の貴族にも自分の出世のためだけに教会を利用しようとするやつもいる。
そうした連中を付け入らせないために、僕という教会育ちの人間を上層部に食い込ませたいのだろう。
僕も神父様と同感だ。そんな奴らに僕らの家を荒らされてたまるもんか。
そう決意したその時だった。
前世の記憶が戻ってきたのは。
それは水に一滴落とされた色水のように、ふわりと柔らかく広がっていった。
そして数舜呆けた後、僕は何の違和感もなく、ぽんとそれを受け入れていたのだ。
ああ、ここは乙女ゲームの世界なんだ、と。
で?ていう。
いや、本当にもう、で?ていう感じなのだ。
僕はもうすでにこの世の人間だ。教会に生かされ、教会に育てられた人間だ。恩返しをするために王立学院に入るのは必然だ。
原作のヒロインはここまでの覚悟を決めて、王立学院に進もうとしたのだろうか?
いや、そんなことはもう知ったことではないのだ。
僕は――、フィー・ライピアは、これから必死に受験勉強をし、学校でうまい立ち回りを身に着け、将来は教会を守ることのできる人間にならなければならないのだ。
攻略対象だの、イベントだの、そんなことは知らん!断じて、知らん!!
そのはず、だったのに。
悲劇は、僕が無事学院に入学して、二か月ほど過ぎたころに起こった。
僕は、出会ってしまったのだ・・・最悪の攻略対象、すなわち、この国の王太子と。
あの日僕は人気のない裏庭で昼休みを過ごしていた。僕はそこを気に入っていた。この学園に入ってそれなりに知り合いはできたけど、やっぱり貴族とは相いれないのではないのだろうか、という認識は増すばかりだった。
そもそも「初対面の相手には必ず家名を明かして挨拶する」という貴族の風習がいけない。僕は平民だから、通常は姓を持たない。平民で姓をもつのを許されるのはごく一部の特別な役職の人だけだ。
僕の名乗っている「ライピア」というのは教会の名前だ。僕が教会の孤児だから、というのもあるけれど、他の教会出身者以外の平民も、教会からの推薦を受けたということからか「ライピア」の姓を与えられることになっている。
別に僕はそのことに不満はない。僕の家は教会だ。何の問題もない。
しかし貴族にとっては蔑みの対象だった。
彼らは何よりも家名を大切にする生き物だ。言い換えればそれが無ければ貴族ではない。つまり僕らは「貴族ではありません」と常に公言しているようなものなのだ。
真実だ。けど、こうしていちいち名乗るたびにそれを意識されると、やはり居心地のよくない思いもする。教師陣は今のところそうしたそぶりは見せないが、同じ生徒たちからは様々な差別を受けた。
僕は早々に人付き合いというものに興味を失くした。
一応あるにはあるし、平民同士の横のつながりは大事にしている。けど、それ以外は最低限にするようにしてきた。
というわけで、昼休みには図書館などではなく、こうした人気のない裏庭で過ごすことが自然と多くなった。ここなら煩わしいことは何もない。
心穏やかに僕は課題の本を読んでいた。そのときだった。
がさっと茂みをかき分ける音が聞こえ、そちらを向くとやたらきらきらしい人影が目に移った。
まさに「光」だった。
陽光を集めたように眩い、少し長めの金髪。トパーズのように輝く金茶の瞳。顔立ちはどの部位をとっても見目良く、おとぎ話に登場する王子様のような正統派の美男子だ。
僕はその時、とっさに反応できなかった。貴族だということは一目でわかったが、誰なのかは知らない。とりあえず無難に顔を伏せた。真正面から目上の者を見るのはとんでもない無礼とされている。
「そなたは・・・」
見目にふさわしい、楽器のように綺麗な声でその男は言いかけた。
なんだ?こんな人から声を掛けられる覚えはないぞ。
逡巡するような気配がし、意を決したようにその男は僕に言った。
「許す。顔を挙げよ。」
僕は少々眉をひそめるのを堪えねばならなかった。だってその声は僕が聞いた中でも最上級に上から目線な印象を与えたから。本人は意識してしているわけでは無い。ただ、それ以外のやり方を知らないとでも言いたげな、ひどく慣れ切った声色だった。
今ならわかる。当たり前だと。
僕はおずおずと顔を上げた。輝くような美貌の青年は、僕をまじまじと見て息をのんだ。
なんだ?
いよいよもっておかしな反応だ。けど、僕から言葉を発するのは許されない。自分よりも上位の者に声をかけるのも、また、無礼なのだから。
「そなたは・・・新入生の・・・、名は、なんという?」
僕は躊躇った。
誰だかわからないが、この男が貴族社会でもかなり上位に位置するものだということはなんとなくわかる。
だからこそ下手に関わりたくない。教会からの推薦という後ろ盾しかない僕ら平民は、お貴族様の思惑に巻き込まれたらもうそのまま流されるしかない。いざというときに自分を守ってくれるものは皆無だと言っていい。
しかし僕に拒否権もない。
「・・・フィー・ライピアと申します。」
僕はできるだけおとなしそうな声を出した。貴族の方に声を掛けられて小さくなっている小心者とでも思ってくれればいい。御しやすそうどころか、御す価値もない奴だと思ってほしい。
「ライピア、か。そなたは教会の推薦を受けたのか?」
「はい」
確かめるまでもないだろう。普通。
「では、そなたは町娘か?」
「いえ、私は孤児です。教会に育てられました」
「そ、うか。済まないことを聞いた」
「いいえ」
変に気を使われても困る。それに平民では孤児も捨て子も特に珍しくない。口減らしや奉公は当然のことだ。しかし貴族にとっては違う。そもそも飢えたり寒さに震えたりすることもないのだから、そうそう死なないし、親類が多くてつながりも強いので、基本的に養親に恵まれる。
だから孤児はとても可哀想なのだ。余計なお世話だけど。
「そなた・・・、入学式の日も、ここにいなかったか?」
急に話題が変わった。それに何だろう。妙に金茶の目が熱っぽく輝いている気がする。
「はい。おりましたが・・・」
「そうか。やはり、そなただったか」
一人で納得し、妙に嬉しそうな男。
そして男ははにかむような笑顔を浮かべて言った。
「私はジャスティン・ソレイユ・レティスファルト。これからよしなに。フィー」
後で思い出したことだが、攻略対象の王太子は、入学式の時点でヒロインを一方的に見初めており、その後偶然裏庭で再会したことから運命と思って恋心を加速させる、という設定だったらしい。
それから一週間ほどさんざんだった。
王太子殿下はどうやら自身の立場というか、自分の影響力を理解していないらしい。
「フィー」
嬉々として僕のファーストネームをなれなれしく呼ぶ殿下。
「食事を一緒にどうだ?」
なんかお声掛けしてくる殿下。この後「弁当を持っていますので」と突っ張っていたら、次の日から弁当持ち込みしてきやがった。
「フィー、俺と一緒に・・・」
なんかお誘いしてくださりやがる殿下。
「フィ「急いでますので!」
逃げる僕。
「あの子、なんで殿下とあんな親しげに!」
「あのような無礼な振舞を!」
「殿下のお誘いを無下にするなんて・・・!」
当然、貴族の評価は下がる。下がりまくりだ。
なにせ殿下と言えば国王の跡継ぎであり唯一の嫡子。(庶子は多いらしい)
加えて無駄に爽やかな物腰と無駄にきらきらしい容姿。
他の人間には後光が差しそうなほど畏れ多い人なのだけれど、僕にとっては違う意味で畏れ多い。
殿下は「光」と呼ばれている。
この学園の、――ゆくゆくは国を照らす光だと。
しかし。
「ほう。本気か」
現実に戻る僕。
僕の肩を無理やりつかむ王太子。
そして、先程から王太子に睨まれている「男」。
切り裂くような調子で当たられているのに相槌が「ほう」とは本当に図太い奴だ。
学生だ。王太子と同じく、今年で十八歳。
闇のような髪と瞳。それに対比されて際立つ、透けるように白い肌。触れれば切れそうな線で描かれた美貌は魔性というのにふさわしい。
まさに一振りの刃物のような男だった。鋭く、妖艶で、作り物めいて美しい。
まさに「影」だ。光とついになる者。
「ああ・・・。そうだ。ギル。いや、ギルティス!」
ギルティス・ルナ・ゼルファ。
この男は前世の記憶がある僕にとっては完全なイレギュラーだ。
本来存在しているはずのない人間。
――、いや、本来とは違う姿の人間。
なぜなら僕の知っている、王太子のいとこであり筆頭公爵家の長子は、「長女」だった。
ギルティア・ルナ・ゼルファ公爵令嬢。
王太子の婚約者であり、主人公を陰湿な手段でいじめた押し、最後には処刑される「悪役令嬢」だったのだ―――。
数話で終わる予定。更新頑張りたい。悪役や王太子の視点も書くつもりです。