06 クヴェルの薬草
前書き
【現在のステータス】
桜 LV 2(戦士)
E : どうのつるぎ / かわのふく
楓花 LV 2(盗賊)
E : くだものナイフ / ぬののふく
カメリア Lv 2 (魔法使い)
E : カメリアのステッキ / ぬののローブ
ひまわり LV 1 (魔法使い)
E : かしのつえ / ぬののローブ
森の奥深くにある洞窟――。
ランタンの灯だけを頼りに、四人は再び洞窟の奥へ歩き始めた。
緑凝体を倒したとはいえ、誰の顔にも勝利の喜びはなかった。
初めて魔物と戦い、生き残っただけで、心も身体もひどく疲れていた。
それでも、不思議と入口へ引き返そうとは思わない。
薬草を採りに来たまま戻らない兵士がいる。
誰に頼まれたわけでもない。
それでも、この先へ進まなければならない気がしていた。
それが、「十五歳の巡礼」の、その先にあるもののように思えた。
ひまわりは歩きながら右手を見つめ、小さく息をついた。
魔法が発動しなかったことが、まだ心に引っかかっているらしい。
いつもの彼女にしては、めずらしく沈んでいた。
「カメちゃん、ごめんな……。学校では、ちゃんとできたのに」
カメリアは静かに首を振った。
「うん。仕方がないよ」
責める響きは少しもない。
「初めての実戦だったから」
少し歩いてから、続けた。
「洞窟だから、暗さもある」
ひまわりは黙って聞いていた。
「初めて魔物と向き合えば、焦ることもあるよ」
「……うん」
「そういうものが重なると、わずかな発動時間の魔法でも、間に合わなくなることがあるんだ」
初歩的な魔法にも発動までの間はある。
そのわずかな時間が、実戦では致命的になることもある。
楓花は感心したようにカメリアを見た。
「だから短剣だったの?」
「そのほうが速かったから」
回答は短い。
カメリアとひまわりは、ともに魔法の素地を認められ、学校の専門課程へ進んだ。
そのなかでも、カメリアは群を抜いていた。
魔法の才能と知識は教師たちも一目置き、他の科目にも苦手らしいものは見当たらない。
どうやら武器の扱いまでも心得ているらしい。
魔法だけは誰にも負けない。だが、それ以外は及第点どまりのひまわりとは、いかにも対照的だった。
もっとも、そのことを本人の前で口にすれば、ひまわりがふくれるのは目に見えていた。
楓花は余計なことは言わず、「状況判断が正確」とだけ評した。
桜は苦笑しながら銅のつるぎを見下ろす。
なんと刀身には緑凝体の体液がべっとりと付着していた。
「うわぁ……」
近くの水たまりで刀身を洗う。
その拍子に水滴が跳ね、楓花の袖へ緑色のしみが一つ付いた。
「……わざとやろ」
楓花がじろりと見る。
桜は知らん顔をして肩をすくめた。
「そう見える?」
「見える」
「そっか」
桜は楽しそうに笑った。
それを見たひまわりが吹き出す。
「楓花も状況判断がなってへん。避けなあかんやん」
一瞬きょとんとした楓花も、やがて苦笑した。
「それは無理」
笑い声が洞窟へ小さく響く。
カメリアも、その様子を見て静かに微笑んだ。
洞窟は、なおも奥へ続いていた。
いくつか分かれ道が現れるたび、楓花は壁際へ小さな布切れを結びつけていく。
蛍草の染料を染み込ませた布で、ランタンの灯を受けるとかすかに青白く浮かび上がる。
「そんなものまで持ってきてたの?」
桜なら、ふだんは真っ先にからかうところだろう。
もっとも、いまはそんな余裕もなかった。
桜と楓花のランタンだけが暗い洞窟へ細い光の道をつくり、四人はその灯を頼りにさらに奥へ進んだ。
水滴の音は、先ほどよりも近い。
カメリアは何度か足を止め、壁を伝う水の筋や苔へ静かに目を向ける。
指先で湿り気を確かめると、また歩き出す。
自然と三人は、カメリアのあとを歩いている。
やがて、岩の割れ目から細い水が流れ落ちる場所で、カメリアがしゃがみ込んだ。
桜がランタンを差し向ける。
淡い灯に照らされ、小さな草が群れるように生えていた。
細長い葉は淡い緑色を帯び、先だけがかすかに青い。
カメリアは葉を裏返し、茎を軽く押さえ、香りを確かめる。
その拍子に、胸元の小さな首飾りがかすかに揺れた。
やがて、小さくうなずいた。
「ありました」
三人が身を寄せる。
「これが?」
桜が尋ねる。
「うん。泉癒草」
それだけ答えると、静かに付け加えた。
「水脈の近くにしか生えません。土の具合も分かれば、だいたい見当はつきます」
その声に得意げな響きはない。
見つかるべくして見つけた。
そんな様子だった。
泉癒草は、古くからこの地でしか採れない薬草として知られている。
村の名が薬草に由来するのか、それとも薬草が村の名を受け継いだのか――いまとなっては定かではない。
ただ、その薬効は確かだった。
日光の届かない洞窟の奥でも育つことは、古くから知られていた。
そのため、人々は競うように洞窟へ分け入り、薬草を探した。
だが栽培は難しく、自生数も多くはない。
ほどなくして、その姿を見ることさえ難しくなった。
洞窟の奥深くまで探した者は少なくなかったが、見つけられる者は、ごくわずかだったという。
もっとも、村人たちは、むやみに洞窟へ立ち入ろうとはしなかった。
それは、泉癒草を独占しようという考えからではない。
古くから、この洞窟には神聖なものが宿ると信じられ、踏み荒らしてはならないと言い伝えられてきたからである。
だからこそ、泉癒草は長い年月を経てもなお、この洞窟のどこかで静かに命をつないできた。
――本来なら、そうたやすく見つかる薬草ではない。
それをカメリアは、迷うことなく探し当てた。
ひまわりが、その泉癒草の葉をのぞき込む。
「こんな草なんや」
「この薬草って、もっと派手なんかと思っとった」
楓花が苦笑する。
「派手だったら、先に採られる」
桜は思わず笑った。
「ふーん。でも、逆かもね」
三人が振り向く。
「派手な色だと、毒草だと思って誰も採らないかもしれない」
楓花は返事に詰まった。
もっとも、「そんな植物があるの?」と聞かれれば、桜にも答えられない。
この場で答えられるとすれば、おそらくカメリアだけだろう。
だが当の本人は、採り終えた泉癒草の葉を布袋へしまいながら、三人のやり取りを静かに見つめ、小さく微笑むだけだった。
――そのときだった。
洞窟の奥から、小さく何かが転がるような物音が聞こえた。
桜は反射的にランタンを掲げ、その先へ光を向ける。
揺れる灯が土壁を照らし出す。
だが、そこには魔物の姿も、人影もなかった。
通路はゆるやかに折れ曲がり、その先は土壁に遮られて見えない。
四人は顔を見合わせると、足音を殺しながら慎重に曲がり角へ近づいた。
その先で通路は、さらに左右へと分かれていた。
右は人が二人並んでも歩けそうなほど広く、左は人ひとりがようやく身を通せるほどの細さで、ランタンの灯も途中で闇へ吸い込まれてしまう。
ひまわりは二つの道を見比べると、迷う様子もなく広いほうを指さした。
「うちは、こっちやと思う」
楓花がすぐに尋ねる。
「根拠は?」
「なんとなく」
あまりにも潔い返事だった。
桜は思わず笑みをこぼす。
「了解っ」
理屈では楓花に敵わない。
けれど、こういう場面では、ひまわりの勘も案外あてになる。
誰からともなく足は広い通路へ向かい、やがて四人は小さな部屋のような空間へ出た。
崩れた土壁と岩に囲まれたその場所は、何に使われていたのかも分からない。
ただ、二つのランタンだけが静かな部屋をゆっくりと照らし、長いあいだ人の訪れを待っていた闇を少しずつ押し返していく。
そのとき、不意に楓花が歩みを止めた。
「……待って」
視線の先には、部屋の隅へ積もった土の塊しかない。
桜には、ただそれだけにしか見えなかった。
しかし楓花は迷わずしゃがみ込み、指先で表面の土を静かに払っていく。
乾いた土がぱらぱらと崩れ落ち、その下から黒ずんだ木肌が現れた。
さらに角の土を払うと、錆びついた金具がかすかにランタンの灯を返す。
楓花は木目へ指を滑らせ、金具の位置や四隅の形を確かめるように見つめていたが、やがて小さくうなずいた。
「人工物です」
さらに土を払いながら、静かに続ける。
「……宝箱」
桜は思わず目を丸くした。
カメリアも静かに近寄り、木肌へそっと触れる。
「長い年月、土と水にさらされていたんだね。普通の木なら、ここまでは残らない。少し違う素材なのかもしれない」
楓花は腰の革袋から細い鋼線を二本取り出すと、何のためらいもなく鍵穴へ差し込んだ。
細い鋼線は彼女の指先に合わせて器用に動き、そのたびに鍵穴の奥から小さな金属音が返ってくる。
その様子を見ていた桜は、口元へ笑みを浮かべた。
「ふーん。泥棒みたいだね」
「違う」
「開錠」
「何が違うの?」
楓花から返事はなかった。
その代わり、
かちり。
小さく澄んだ音が洞窟へ響く。
「開いた」
だが、蓋はびくともしない。
長い年月で土が隙間へ入り込み、木と一体になってしまったらしい。
「うちも手伝うで」
ひまわりが袖をまくる。
桜もうなずき、二人で蓋へ手を掛けた。
楓花も横から力を添える。
みし……という鈍い音がして、さらに力を込めると、乾いた音とともに蓋がゆっくりと持ち上がった。
宝箱の中に納められていたのは、一着の革鎧だった。
胸元には精巧な装飾が施されていた跡が残り、かつては持ち主が大切にしていたことだけは伝わってくる。
だが、それも遠い昔の話である。
革は乾ききってひび割れ、軽く触れただけでも崩れ落ちそうなほど傷みきっていた。
桜はしばらくその鎧を見つめ、それから静かに宝箱の蓋へ手を掛ける。
「このままにしておこうか」
カメリアは小さくうなずいた。
「うん。そうだね」
誰も異論はなかった。
宝箱は再び静かに閉じられる。
長い年月、この洞窟の片隅で眠り続けてきた革鎧もまた、再び静かな闇の中へ帰っていった。
二つのランタンが離れていくと、小部屋は再び静寂に包まれ、四人は洞窟の奥を目指して歩き始めた。
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。
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