4 潜む呪い
【現在のステータス】
桜 LV 8(戦士)
E : 兵士の剣/ 風紋の胸あて/うろこの盾
楓花 LV 7(盗賊)
E : ルミナスナイフ / 旅人の服
【現在の場所】ゼーアウの集落
グレーテに促され、桜と楓花は家の中へ入った。
室内には古い書物や羊皮紙が積み重なり、壁際の棚には見慣れない器具が並んでいた。窓辺の机には開きかけの本と、書き込みのある紙片が散らばっている。
長年の研究に使われてきた部屋らしい。
グレーテは二人に椅子を勧めると、机の脇に腰を下ろした。
「銀髪の女性のことでしたね。あの子についてお話しする前に、知っておいてもらいたいことがあります」
「カメリアはどこにいますか?」
桜が尋ねると、グレーテは首を横に振った。
「まずは、この村のことをお話ししましょう」
二人は顔を見合わせた。
村の様子がおかしいことは気になっていた。とはいえ、今は何よりカメリアの居場所を知りたい。グレーテの表情を見るかぎり、話を遮って尋ねるのも難しそうだった。
この女性の学者は、どうやら誰かに話を聞いてほしいようでもあった。
このゼーアウの集落全体に呪いがかかっている――ルフェルンはそう告げていた。当の妖精は桜の肩の上でふわりと浮かび、話の続きを聞いている。今は口を挟むつもりもないらしい。
もちろん、グレーテにはその姿も見えていなかった。
「この村の人たちは、以前からあんな様子だったんですか?」
楓花が何気ない調子で尋ねると、グレーテはゆっくりと首を横に振った。
「いいえ。田舎でしたが賑やかな村でしたよ。湖には漁師の舟が浮かび、広場では人々が立ち話をしていた。子供たちが走り回り、夕方には、どの家からも夕食の匂いが漂ってきたものです」
グレーテは窓の外へ目を向けた。
「今では、そんな当たり前の光景も見られなくなりました」
「病気、というわけではなさそうですね?」
桜は慎重に尋ねた。いきなり呪いの話を持ち出さず、まずは相手の説明を聞く。桜もなかなか用心深くなった。
グレーテは再び首を横に振った。
「医者に診せても、原因は分からないでしょうね。熱があるわけでも、身体に目立った異常があるわけでもない。ただ、少しずつ元気がなくなり、何をするにも気力が湧かなくなる。人と話すことさえ面倒になり、気づけば一日をぼんやり過ごすようになるのです」
「それは、村全体に及んでいたと?」
「ええ。程度の差こそあれ、誰もが影響を受けています」
グレーテは二人の顔を順に見た。
「私は、これを呪いだと考えています」
反応を確かめるように言い切ったが、桜も楓花も驚かなかった。すでにルフェルンから聞かされていたからだ。
しかし、初めて聞いたはずの二人が妙に落ち着いていることに、グレーテはわずかな違和感を覚えたようだった。
「……呪い、ですか」
楓花が相槌を打つ。
「ええ。いつから始まったのか、正確には分かりません。ただ、私が異変の正体をはっきり意識するようになったのは、王妃エレオノーレ様が亡くなられる少し前からでした」
風の国ルフトの王妃の名を聞き、桜の表情がわずかに変わった。
エレオノーレはゼーアウで生まれ育った女性である。一年ほど前に亡くなり、娘のリディアは王都へ移ることになった。
「王妃様も、同じ呪いに?」
「ええ。おそらく、村の人たちに異変が現れる前のことです。あの方は身体が弱く、もともと無理の利く方ではありませんでした。王妃になったことによるストレスとも考えられましたが、それだけでは説明がつきません。日を追うごとに活力を失い、まるで身体の奥から精気を抜き取られていくようでした」
グレーテの声には、今も消えない悔いがにじんでいた。
「私は、あの方から相談を受けていました。こう見えても学者ですからね。王都から来た医師たちにも診てもらいましたが、原因は突き止められませんでした。医師たちの腕が悪かったわけではないはず。それでも、分からなかったのです」
彼女は唇を引き結んだ。
「目に見える病なら、対処のしようもある。けれど、これは違う。知らぬ間に、少しずつ心身を蝕んでいくのです」
「それで、グレーテさんが調べたんですね」
楓花が確認すると、グレーテは頷いた。
「どうにか原因を突き止めようとしましたが……結局、王妃様をお救いすることはできませんでした。アルベルト王とご結婚された頃から、ずっと心身の不調を抱えていらしたようです。私が調べ始めた頃には、すでにかなり悪化していました」
室内に沈黙が落ちた。
桜は慰めの言葉を探したが、見つからなかった。大切な人を救えなかった悔しさは、他人が簡単に慰められるものではない。
――エレオノーレは王妃となってからも、ルフトブルクの王城ではなく、このゼーアウで過ごすことがほとんどだったという。こうした事情も関係していたのかもしれない。
やがてグレーテは、机の上の古い本へ目を落とした。
「王妃様が亡くなり、リディア様が王都へ移られた頃から、村の異変は目立つようになりました。それも、以前よりずっと速い勢いで」
「それで、今も呪いについて調べているんですね」
楓花は積まれた書物を見た。
「ところで、何を専門に研究されているんですか?」
「各地に残る古い伝承です。今では誰も気に留めない言い伝えにも、思いがけない事実が隠れていることがあります。この村についても、古い記録を集めるうちに、気になる話を見つけました」
「どんな話ですか?」
桜が尋ねると、グレーテは顔を上げた。
「かつて、この村では、あるものを鎮めるために、身分の高い人間を供物として捧げていたというのです」
「人を、供物に?」
桜は思わず聞き返した。
「ええ。今の時代には受け入れがたい話でしょうね。けれど、昔の人々は、それが村を守るために必要だと信じていたのかもしれません。記録によれば、そうした儀式は一度ではなかったようです。やがて風習は途絶え、今では知る人もほとんどいませんが」
「その儀式と、今の呪いに関係があるんですか?」
楓花の問いに、グレーテはすぐには答えず、古い本のページをめくった。
「まだ、確かなことは言えません。ただ、無関係だとも思えなくなってきたのです」
彼女は、ある箇所で指を止めた。
「ここに記されているのは、ずっと昔、この村で起きた出来事です。今と同じように、村人たちは少しずつ活力を失い、村は打ち捨てられる寸前まで追い込まれた。そんな折、村の出身である貴族の娘が、古くから伝わる言い伝えを耳にしたのです。生贄を捧げれば、村は救われる――。少女は自ら供物となることを申し出たと記されています」
「その少女は、どうなったんですか?」
桜が尋ねた。
「記録によれば、少女が供物となった後、村を襲っていた災いは収まったそうです」
「……それで、呪いが解けたと?」
「そう伝えられています。ただし、古い記録に残された話です。どこまでが事実なのか、今の私には判断できません」
伝承を事実と決めつけず、記録と自分の見解を分けている。彼女の学者らしい慎重さがうかがえた。
グレーテは本を閉じ、二人を見た。
「それでも、今起きていることを解き明かす手がかりになるかもしれない。そう考えて、私は調べ続けているのです」
桜は楓花と視線を交わした。
村の歴史から王妃の死、そして生贄の儀式。ゼーアウには、まだ知られていない事情がありそうだった。
とはいえ、聞きたいのは別のことだ。
「グレーテさん。お話は分かりました。それで、カメリアは……」
桜が本題に戻ると、グレーテの表情が曇った。
「そう。カメリアさんの居場所ね」
彼女は記憶をたどるように、視線を落とした。
「あの子が私のところを訪ねてきたのは、数日前のことでした。私を頼って来たというより、たまたまここにたどり着いたのでしょう。人影も少なく、村もこんなありさまですから、少し外れにある私の家が目についたのかもしれません」
「どんな様子でした?」
楓花が尋ねた。
「物静かな女の子でしたよ。こちらから話しかければ答えるけれど、自分からはあまり話さない。私も初対面の相手に、あれこれ尋ねませんからね」
「カメリアらしいですね」
桜は小さく笑った。
旅の途中でも、カメリアは必要なこと以外あまり口にしない。そんな彼女の姿が目に浮かんだ。
「食事を出すと、あの子は遠慮がちに食べていました。そんなとき、ふいに言ったのです。この村には呪いがかかっている、と」
桜と楓花は黙って続きを待った。
「しかも、人知れず村人たちの精気を蝕む呪いだろう、と。驚きましたよ。何年もかけて調べ、ようやく確信を持てたことです。それを、あの子は村に来て間もないというのに、ほとんど一目で言い当てたのですから」
グレーテは感心したように首を振った。
「それだけではありません。呪いの根源は、湖のほとりにあるのではないか、とも言いました」
「湖のほとり……」
楓花が小さく繰り返した。
村人たちの様子から呪いを見抜いただけでも驚くべきことだ。その根源の場所まで推測していたという。
「どうして、そこまで分かったのでしょうね。私など、古い言い伝えを探し出し、一つずつ辿って、ようやく呪いの根源に思い至ったのです。それを、あの子は村の様子を見ただけで言い当てた。まったく、不思議な女の子です」
グレーテは首を振り、ふと思い出したように続けた。
「それに、もうひとつ、あの子は私に疑問を投げかけました」
「疑問、ですか?」
「ええ。なぜ、あなたは呪いにかかっていないのですか、と」
桜と楓花は顔を見合わせた。
「……なるほど」
楓花がつぶやいた。
村全体に呪いが及んでいるのなら、影響を受けていない人間がいる理由も考えるべきだ。
呪いだけでなく、その例外にも目を向ける。いかにもカメリアらしい着眼点だった。
「そのとき初めて、私も自分のことを考えました。確かに、私はこの村で暮らし、長い間、呪いを調べてきた。それなのに、村人たちのような症状は出ていない。なぜ今まで気づかなかったのでしょうね。まったく、盲点でした」
グレーテは苦笑した。
「そのあと、カメリアさんは、ここにある本を読ませてほしいと言い出しました。古い記録に興味があったようです。研究の助けになるのなら、こちらとしてもありがたい。もちろん、承知しました」
「カメリアなら、気になる本を見つけたら、片っ端から読んでいきそうですね」
桜が笑うと、グレーテも頷いた。
「ええ。実際、何冊も手に取っていましたよ。読むのが早いですね。そんなとき、王都から兵士たちがやって来たのです。銀髪の女性が最近この村に来なかったか、と尋ねられました」
「イリスさんを探していた兵士たちですか」
楓花が確認すると、グレーテは頷いた。
「そうです。ブルーメンの学生が来たことは伝えましたが、イリスという人には心当たりがないと答えました。隠すことなど何もありませんからね。すると、兵士たちはあっさり引き下がりましたよ」
グレーテは肩をすくめた。
「この村の様子に不気味なものを感じていたのでしょう。用が済めば、早く立ち去りたかったのかもしれませんね」
彼女は桜と楓花の顔を交互に見た。二人が落ち着かない様子なのに気づいたらしい。
「さて、私の話もこのくらいにしておきましょうか。お二人とも、そろそろカメリアさんの居場所を聞きたい、というところでしょう?」
グレーテは、教え子の胸の内を見透かした教師のように、いたずらっぽく目を細めた。
「はい」
桜は少し申し訳なさそうに頷いた。
「ごめんなさい。お話は気になるんですけど、やっぱり心配で」
「そうでしょうね」
グレーテは責めるでもなく、静かに頷いた。
「私も、あの子のことは気がかりです。湖のほとりへ向かったきり、まだ戻っていないのです」
桜と楓花は顔を見合わせた。
ようやく、最初の本題に戻ることができた。
「それなら、私たちも早く行ったほうがよさそうですね」
桜が言うと、グレーテは頷いた。
「ええ。私も一緒に行きましょう。あの子が向かった場所なら、案内できます」
興味を引かれたことには、自分の目で確かめずにはいられない。普段は物静かなカメリアだが、気になることを見つけると、意外なほど行動的になる。
こうして、ようやくカメリアの足取りがつかめた。
だが、グレーテが止めようとしたにもかかわらず、カメリアはなぜ湖畔へ向かったのだろう。呪いの根源があると考え、自分の目で確かめようとしているのか。
桜が尋ねようとしたとき、グレーテは椅子から立ち上がった。
「では、行きましょう」
それ以上、グレーテは語らなかった。桜と楓花も問いを胸にしまい、彼女の後に続いた。何よりも早く、カメリアに会いたかった。




