↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
62/63

4 潜む呪い

【現在のステータス】

桜 LV 8(戦士)

 E : 兵士の剣/ 風紋の胸あて/うろこの盾

楓花 LV 7(盗賊)

 E : ルミナスナイフ / 旅人の服

【現在の場所】ゼーアウの集落


グレーテに促され、桜と楓花は家の中へ入った。


室内には古い書物や羊皮紙が積み重なり、壁際の棚には見慣れない器具が並んでいた。窓辺の机には開きかけの本と、書き込みのある紙片が散らばっている。

長年の研究に使われてきた部屋らしい。


グレーテは二人に椅子を勧めると、机の脇に腰を下ろした。


「銀髪の女性のことでしたね。あの子についてお話しする前に、知っておいてもらいたいことがあります」


「カメリアはどこにいますか?」


桜が尋ねると、グレーテは首を横に振った。


「まずは、この村のことをお話ししましょう」


二人は顔を見合わせた。


村の様子がおかしいことは気になっていた。とはいえ、今は何よりカメリアの居場所を知りたい。グレーテの表情を見るかぎり、話を遮って尋ねるのも難しそうだった。


この女性の学者は、どうやら誰かに話を聞いてほしいようでもあった。


このゼーアウの集落全体に呪いがかかっている――ルフェルンはそう告げていた。当の妖精は桜の肩の上でふわりと浮かび、話の続きを聞いている。今は口を挟むつもりもないらしい。


もちろん、グレーテにはその姿も見えていなかった。


「この村の人たちは、以前からあんな様子だったんですか?」


楓花が何気ない調子で尋ねると、グレーテはゆっくりと首を横に振った。


「いいえ。田舎でしたが賑やかな村でしたよ。湖には漁師の舟が浮かび、広場では人々が立ち話をしていた。子供たちが走り回り、夕方には、どの家からも夕食の匂いが漂ってきたものです」


グレーテは窓の外へ目を向けた。


「今では、そんな当たり前の光景も見られなくなりました」


「病気、というわけではなさそうですね?」


桜は慎重に尋ねた。いきなり呪いの話を持ち出さず、まずは相手の説明を聞く。桜もなかなか用心深くなった。


グレーテは再び首を横に振った。


「医者に診せても、原因は分からないでしょうね。熱があるわけでも、身体に目立った異常があるわけでもない。ただ、少しずつ元気がなくなり、何をするにも気力が湧かなくなる。人と話すことさえ面倒になり、気づけば一日をぼんやり過ごすようになるのです」


「それは、村全体に及んでいたと?」


「ええ。程度の差こそあれ、誰もが影響を受けています」


グレーテは二人の顔を順に見た。


「私は、これを呪いだと考えています」


反応を確かめるように言い切ったが、桜も楓花も驚かなかった。すでにルフェルンから聞かされていたからだ。

しかし、初めて聞いたはずの二人が妙に落ち着いていることに、グレーテはわずかな違和感を覚えたようだった。


「……呪い、ですか」


楓花が相槌を打つ。


「ええ。いつから始まったのか、正確には分かりません。ただ、私が異変の正体をはっきり意識するようになったのは、王妃エレオノーレ様が亡くなられる少し前からでした」


風の国ルフトの王妃の名を聞き、桜の表情がわずかに変わった。


エレオノーレはゼーアウで生まれ育った女性である。一年ほど前に亡くなり、娘のリディアは王都へ移ることになった。


「王妃様も、同じ呪いに?」


「ええ。おそらく、村の人たちに異変が現れる前のことです。あの方は身体が弱く、もともと無理の利く方ではありませんでした。王妃になったことによるストレスとも考えられましたが、それだけでは説明がつきません。日を追うごとに活力を失い、まるで身体の奥から精気を抜き取られていくようでした」


グレーテの声には、今も消えない悔いがにじんでいた。


「私は、あの方から相談を受けていました。こう見えても学者ですからね。王都から来た医師たちにも診てもらいましたが、原因は突き止められませんでした。医師たちの腕が悪かったわけではないはず。それでも、分からなかったのです」


彼女は唇を引き結んだ。


「目に見える病なら、対処のしようもある。けれど、これは違う。知らぬ間に、少しずつ心身を蝕んでいくのです」


「それで、グレーテさんが調べたんですね」


楓花が確認すると、グレーテは頷いた。


「どうにか原因を突き止めようとしましたが……結局、王妃様をお救いすることはできませんでした。アルベルト王とご結婚された頃から、ずっと心身の不調を抱えていらしたようです。私が調べ始めた頃には、すでにかなり悪化していました」


室内に沈黙が落ちた。


桜は慰めの言葉を探したが、見つからなかった。大切な人を救えなかった悔しさは、他人が簡単に慰められるものではない。


――エレオノーレは王妃となってからも、ルフトブルクの王城ではなく、このゼーアウで過ごすことがほとんどだったという。こうした事情も関係していたのかもしれない。


やがてグレーテは、机の上の古い本へ目を落とした。


「王妃様が亡くなり、リディア様が王都へ移られた頃から、村の異変は目立つようになりました。それも、以前よりずっと速い勢いで」


「それで、今も呪いについて調べているんですね」


楓花は積まれた書物を見た。


「ところで、何を専門に研究されているんですか?」


「各地に残る古い伝承です。今では誰も気に留めない言い伝えにも、思いがけない事実が隠れていることがあります。この村についても、古い記録を集めるうちに、気になる話を見つけました」


「どんな話ですか?」


桜が尋ねると、グレーテは顔を上げた。


「かつて、この村では、あるものを鎮めるために、身分の高い人間を供物として捧げていたというのです」


「人を、供物に?」


桜は思わず聞き返した。


「ええ。今の時代には受け入れがたい話でしょうね。けれど、昔の人々は、それが村を守るために必要だと信じていたのかもしれません。記録によれば、そうした儀式は一度ではなかったようです。やがて風習は途絶え、今では知る人もほとんどいませんが」


「その儀式と、今の呪いに関係があるんですか?」


楓花の問いに、グレーテはすぐには答えず、古い本のページをめくった。


「まだ、確かなことは言えません。ただ、無関係だとも思えなくなってきたのです」


彼女は、ある箇所で指を止めた。


「ここに記されているのは、ずっと昔、この村で起きた出来事です。今と同じように、村人たちは少しずつ活力を失い、村は打ち捨てられる寸前まで追い込まれた。そんな折、村の出身である貴族の娘が、古くから伝わる言い伝えを耳にしたのです。生贄を捧げれば、村は救われる――。少女は自ら供物となることを申し出たと記されています」


「その少女は、どうなったんですか?」


桜が尋ねた。


「記録によれば、少女が供物となった後、村を襲っていた災いは収まったそうです」


「……それで、呪いが解けたと?」


「そう伝えられています。ただし、古い記録に残された話です。どこまでが事実なのか、今の私には判断できません」


伝承を事実と決めつけず、記録と自分の見解を分けている。彼女の学者らしい慎重さがうかがえた。


グレーテは本を閉じ、二人を見た。


「それでも、今起きていることを解き明かす手がかりになるかもしれない。そう考えて、私は調べ続けているのです」


桜は楓花と視線を交わした。


村の歴史から王妃の死、そして生贄の儀式。ゼーアウには、まだ知られていない事情がありそうだった。


とはいえ、聞きたいのは別のことだ。


「グレーテさん。お話は分かりました。それで、カメリアは……」


桜が本題に戻ると、グレーテの表情が曇った。


「そう。カメリアさんの居場所ね」


彼女は記憶をたどるように、視線を落とした。


「あの子が私のところを訪ねてきたのは、数日前のことでした。私を頼って来たというより、たまたまここにたどり着いたのでしょう。人影も少なく、村もこんなありさまですから、少し外れにある私の家が目についたのかもしれません」


「どんな様子でした?」


楓花が尋ねた。


「物静かな女の子でしたよ。こちらから話しかければ答えるけれど、自分からはあまり話さない。私も初対面の相手に、あれこれ尋ねませんからね」


「カメリアらしいですね」


桜は小さく笑った。

旅の途中でも、カメリアは必要なこと以外あまり口にしない。そんな彼女の姿が目に浮かんだ。


「食事を出すと、あの子は遠慮がちに食べていました。そんなとき、ふいに言ったのです。この村には呪いがかかっている、と」


桜と楓花は黙って続きを待った。


「しかも、人知れず村人たちの精気を蝕む呪いだろう、と。驚きましたよ。何年もかけて調べ、ようやく確信を持てたことです。それを、あの子は村に来て間もないというのに、ほとんど一目で言い当てたのですから」


グレーテは感心したように首を振った。


「それだけではありません。呪いの根源は、湖のほとりにあるのではないか、とも言いました」


「湖のほとり……」


楓花が小さく繰り返した。


村人たちの様子から呪いを見抜いただけでも驚くべきことだ。その根源の場所まで推測していたという。


「どうして、そこまで分かったのでしょうね。私など、古い言い伝えを探し出し、一つずつ辿って、ようやく呪いの根源に思い至ったのです。それを、あの子は村の様子を見ただけで言い当てた。まったく、不思議な女の子です」


グレーテは首を振り、ふと思い出したように続けた。


「それに、もうひとつ、あの子は私に疑問を投げかけました」


「疑問、ですか?」


「ええ。なぜ、あなたは呪いにかかっていないのですか、と」


桜と楓花は顔を見合わせた。


「……なるほど」


楓花がつぶやいた。


村全体に呪いが及んでいるのなら、影響を受けていない人間がいる理由も考えるべきだ。

呪いだけでなく、その例外にも目を向ける。いかにもカメリアらしい着眼点だった。


「そのとき初めて、私も自分のことを考えました。確かに、私はこの村で暮らし、長い間、呪いを調べてきた。それなのに、村人たちのような症状は出ていない。なぜ今まで気づかなかったのでしょうね。まったく、盲点でした」


グレーテは苦笑した。


「そのあと、カメリアさんは、ここにある本を読ませてほしいと言い出しました。古い記録に興味があったようです。研究の助けになるのなら、こちらとしてもありがたい。もちろん、承知しました」


「カメリアなら、気になる本を見つけたら、片っ端から読んでいきそうですね」


桜が笑うと、グレーテも頷いた。


「ええ。実際、何冊も手に取っていましたよ。読むのが早いですね。そんなとき、王都から兵士たちがやって来たのです。銀髪の女性が最近この村に来なかったか、と尋ねられました」


「イリスさんを探していた兵士たちですか」


楓花が確認すると、グレーテは頷いた。


「そうです。ブルーメンの学生が来たことは伝えましたが、イリスという人には心当たりがないと答えました。隠すことなど何もありませんからね。すると、兵士たちはあっさり引き下がりましたよ」


グレーテは肩をすくめた。


「この村の様子に不気味なものを感じていたのでしょう。用が済めば、早く立ち去りたかったのかもしれませんね」


彼女は桜と楓花の顔を交互に見た。二人が落ち着かない様子なのに気づいたらしい。


「さて、私の話もこのくらいにしておきましょうか。お二人とも、そろそろカメリアさんの居場所を聞きたい、というところでしょう?」


グレーテは、教え子の胸の内を見透かした教師のように、いたずらっぽく目を細めた。


「はい」


桜は少し申し訳なさそうに頷いた。


「ごめんなさい。お話は気になるんですけど、やっぱり心配で」


「そうでしょうね」


グレーテは責めるでもなく、静かに頷いた。


「私も、あの子のことは気がかりです。湖のほとりへ向かったきり、まだ戻っていないのです」


桜と楓花は顔を見合わせた。

ようやく、最初の本題に戻ることができた。


「それなら、私たちも早く行ったほうがよさそうですね」


桜が言うと、グレーテは頷いた。


「ええ。私も一緒に行きましょう。あの子が向かった場所なら、案内できます」


興味を引かれたことには、自分の目で確かめずにはいられない。普段は物静かなカメリアだが、気になることを見つけると、意外なほど行動的になる。


こうして、ようやくカメリアの足取りがつかめた。


だが、グレーテが止めようとしたにもかかわらず、カメリアはなぜ湖畔へ向かったのだろう。呪いの根源があると考え、自分の目で確かめようとしているのか。


桜が尋ねようとしたとき、グレーテは椅子から立ち上がった。


「では、行きましょう」


それ以上、グレーテは語らなかった。桜と楓花も問いを胸にしまい、彼女の後に続いた。何よりも早く、カメリアに会いたかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。