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3 湖畔に沈む静寂

【現在のステータス】

桜 LV 8(戦士)

 E : 兵士の剣/ 風紋の胸あて/うろこの盾

楓花 LV 7(盗賊)

 E : ルミナスナイフ / 旅人の服

【現在の場所】ゼーアウへの道

桜と楓花が木々の間を抜けると、湖畔の集落ゼーアウが姿を現した。


湖と小高い丘に挟まれたわずかな平地に、木造の家々が寄り添うように建ち並んでいる。

屋根の色や壁の造りは家ごとに異なり、湖岸には小さな船着き場も見えた。


王都ルフトブルクとの定期航路はないと聞いていたが、近隣の集落との間では船が行き来しているのかもしれない。


――もっとも、船着き場があるわりには、あたりは妙に静まり返っていた。


背後の丘はさらに高まり、その向こうには陽光の届きにくい深い森が広がっている。


青空を映す湖面と緑の丘、湖畔に連なる家々は、まるで絵画の一部を切り取ったかのように美しかった。これほど景色に恵まれた場所なら、さぞ穏やかな暮らしが営まれているのだろう。

普通なら、そう考えるところである。


「わあ、きれいな集落ね。こんなところで暮らせたら、毎日気持ちよさそう」


桜は足を緩め、湖と家並みを見比べながら微笑んだ。


ところが、家並みの間を進んでも、人の姿は見当たらない。窓辺にも戸口にも人影はなく、話し声はおろか、生活の物音さえ聞こえてこなかった。

家々はきちんと建ち並んでいるのに、まるで打ち捨てられた村のように静まり返っていた。


「船頭さんの話、本当みたいだね」


桜が声を落とす。流行り病のせいで村人たちの活気が失われたという、あの話である。


楓花は眼鏡の位置を直し、周囲を見回した。


「いくら辺境の村でも、静かすぎますね。病人が多いにしても、家の中に人の気配くらいはあるはずですが……」


「みんな、おうちで寝込んでるのかな。せっかくこんなに空気がおいしそうなところなのに、もったいないね」


桜はわざとらしく肩をすくめた。

冗談めかした口調とは裏腹に、その目は人影のない家々を気にしている。


「空気がおいしいかどうかと、病気が治るかどうかは別です」


楓花は素っ気なく答えた。

病人が目につくわけでも、家々が荒れているわけでもない。ただ、暮らしの活気だけが抜け落ちてしまったかのようだった。


そのとき、道の先に一人の人影が見えた。


「あそこに人がいます」


桜もそちらに目を向けた。

ようやく村人を見つけ、二人はひとまず安堵した。


道端に立っていたのは、四十代ほどに見える男性だった。

桜が明るい笑顔で近づき、楓花も後に続く。


「こんにちは。ちょっとお尋ねしたいことがあるんですけど、いいですか?」


男はすぐには顔を上げなかった。

桜がもう一度声をかけると、ようやく二人に視線を向けた。


「……何だい?」


「ブルーメンの学校に通う銀髪の女性を知りませんか? この村に来ていると聞いたんですけど」


男はしばらく考えるように目を伏せたが、やがて首を横に振った。


「さあ……知らないね。そんな人がいたかどうかも、よく覚えていないよ」


「そっか。ありがとう」


桜は気を悪くした様子もなく、素直に礼を言った。


男はそれ以上話そうともせず、再び道の先へ目を向けた。

見知らぬ旅人を警戒しているわけでも、珍しい訪問者に興味があるわけでもない。ただ、目の前の出来事に関心を向けることさえ億劫であるかのようだった。


二人が少し離れたところで、楓花が男を振り返った。


「話は通じていました。ただ、覚えていないのか、思い出すのも面倒なのか……」


「うーん。元気がないっていうのは、こういうことなんかな」


桜も振り返った。

男はもう二人のことなど忘れたかのように、ぼんやりと道の先を眺めている。


二人は家並みの間を進み、やがて教会の前に出た。

村の人々が日々祈りを捧げるはずの場所も、扉は固く閉ざされている。訪れる者の姿もなく、あたりはひっそりと静まり返っていた。


――やはり、何かがおかしい。


今は考えていても仕方がない。ほかの村人を探して話を聞くしかなかった。


「もう少し、村の中を回ってみようか」


桜が歩き出そうとした、そのときだった。


ふいに、桜の肩の上に小さな影が現れた。


赤い髪の幼い妖精が、まるで最初からそこにいたかのように、ちょこんと腰を下ろしている。小さな身体には似つかわしくない、人を食ったような表情だった。


桜は驚くより先に、呆れたように目を細めた。


「もう、久しぶりだね。どこに行ってたの?」


「どこにも行っておらんぞ。ずっとそなたの傍におった。ただ、姿を見せなんだだけじゃ」


「ふうん。お城が嫌いだから、隠れてたんじゃない?」


桜が顔を覗き込むと、ルフェルンはむっと頬を膨らませた。


「失礼なことを申すでない。ワシが隠れておったなど、誰が決めたのじゃ」


「じゃあ、なんて言えばいいの?」


「むう……。まったく、そなたは人の言葉尻を捉えるのが好きじゃのう」


「ふふっ。やっぱり、お城が苦手だったんだね」


桜は楽しそうに笑った。


「まあ、否定はせん。ああいう格式ばった場所は、どうにも肌に合わぬのでな。それに、ずっと姿を見せておるのも案外疲れるものじゃ。必要なときに出てくれば、それでよかろう?」


ルフェルンは小さく息をつき、ぷいと顔をそむけた。どうやら、そこは言い逃れをするつもりもないらしい。


「それで、聞きたいことがあるだろう?」


「えっ、分かってたの? もしかして、ずっと見てた?」


「細かいことは気にするでない。それより、流行り病などと言っておったが、あれは違う。この村には呪いがかかっておる。村全体にな」


桜の笑みが消えた。


「呪い? それって、どんな呪いなん?」


「そこから先は、そなたらで調べるがよい。ワシは忠告してやったのじゃ。それだけでも、ありがたく思うがよいぞ」


「そっか……。教えてくれてありがとう、ルフェルン」


桜はそれ以上問い詰めなかった。

ルフェルンが肝心なことを簡単には明かさないのは、今に始まったことではない。それでも、わざわざ姿を現して忠告したからには、何か注意すべきことがあるのだろう。


一方、傍らで二人のやり取りを見ていた楓花は、困惑したように桜を見つめていた。

彼女の目には、桜の肩に腰掛ける妖精の姿が映っていない。先ほどから桜が、誰もいない空間に向かって話しかけているようにしか見えなかったのだ。


「……今、あの妖精が現れたんですか? そう、ルフェルンが」


「うん。今も肩の上にいるよ」


桜は肩をわずかに傾け、そこに腰掛けている小さな妖精を示すように指先を向けた。


ルフェルンは我関せずといった顔で、桜の肩にちょこんと腰掛けている。


楓花は眼鏡の位置を直し、桜の肩を注意深く見つめた。しかし、何度確かめても、そこには何も見えない。

妖精が見えるという桜の話は、何度聞いても不思議だった。


「それで、何と言っていたんです?」


「この村全体に呪いがかかってるんだって」


楓花の表情が引き締まった。改めて、静まり返った家並みへと目を向ける。


「なるほど。村人たちの様子も、その影響なのでしょうか」


「どうなのかな。ルフェルンは、そこまでは教えてくれなかった」


「呪い、ですか……」


楓花は眼鏡のつるに指を添え、考え込んだ。


病気なら、症状を観察し、原因を推測する手がかりくらいはある。学校でも基礎的な知識は学んできた。

だが、呪いとなると勝手が違う。魔物の仕業なのか、人の怨念なのか。それ以前に、どのような仕組みで人に作用するのかさえ、見当もつかなかった。


――カメリアなら、何か知っているかもしれない。


魔法に詳しい彼女なら、呪いについても何か知っているかもしれない。

まだ見つかってはいないが、この村のどこかにいるのなら、彼女を見つけることで、呪いの謎を解く手がかりが得られるかもしれなかった。


もう一人、頼りにしたい相手がいる。呪いの存在を告げた妖精、ルフェルンである。


楓花は桜を横目で見た。当の本人は、すでに次の行動を考えているらしい。

先ほどの様子では、ルフェルンから詳しい話を聞き出すのも容易ではなさそうだった。





家並みの奥には、小さな広場があった。


中央には古びた石の水盤が据えられ、その周囲を木造の家々が取り囲んでいる。

村人たちが集う場所なのだろうが、今は腰掛けにも人影はなく、風に揺れる花壇の草花だけが目に入った。


「とりあえず、もう少し見て回るしかないね」


桜が歩き出し、楓花も頷いて後に続いた。

村全体に呪いが及んでいると分かった以上、慎重に調べる必要がある。


しばらく進むと、路地の一角で壁にもたれて休んでいる男性を見つけた。ようやく人に出会えたことに、二人はわずかな安堵を覚えた。


声をかけると、男性はゆっくりと顔を上げた。


「すみません。ブルーメンの学校に通う銀髪の女性を知りませんか?」


桜が尋ねると、男性はしばらく宙を見つめ、やがて何かを思い出したように眉を動かした。


「……銀髪の女の人?」


「はい。どこかで見かけたこと、ありませんか?」


「そういえば……グレーテのところにいたね。学校の人だとか、そんな話をしていたような気がするよ」


ようやく手がかりが見つかり、桜の表情が明るくなった。


一方、楓花は男を見つめた。


――この男は、呪いの影響が浅いのだろうか。


考えても答えは出ない。今は先へ進むしかなかった。


「グレーテさん、ですか。その人のおうちは、どこにあるんでしょう?」


男性は村の奥を指さした。


「あの道をもう少し進んだところだよ。ほかの家とは少し離れているから、すぐに分かると思う」


「ありがとうございます。助かりました」


桜が礼を言うと、男性は小さくうなずき、またぼんやりとした表情に戻ってしまった。


「やっと手がかりが見つかったね」


桜は少し弾んだ声で言ったが、楓花の表情はまだ晴れなかった。


「ええ。ただ、銀髪の女性が今もそこにいるとは限りません。それに、村人たちの様子も気になります。呪いが原因だとすれば、放っておくわけにもいきませんから」


楓花は淡々と答えた。手がかりが見つかったからといって、安心するわけにはいかない。


「そっか。でも、まずは行ってみよう。行けば何か分かるかもしれんしね」


桜は教えられた道へと足を向けた。

肩に乗ったルフェルンは何も言わず、二人がどう動くのか興味深そうに見守っていた。


湖畔の美しい景色とは裏腹に、ゼーアウには、人々の暮らしから何か大切なものが抜け落ちてしまったかのような静けさが漂っていた。


桜は前を向いて歩き、楓花は周囲の家々に目を配りながら後に続いた。





やがて家並みが途切れ、緩やかな坂道が見えてきた。

坂を上ったところに、ほかの家々から少し離れて建つ一軒家がある。屋根の形も窓の配置もどこか独特で、落ち着いた佇まいを見せていた。


「……あれでしょうか」


楓花が目を向けると、桜もうなずいた。


二人は坂を上り、玄関の扉をノックした。


「はいはい、どなたかね?」


しばらくして扉が開いた。


現れたのは、五十歳前後の女性だった。

髪には白いものが混じり、目元には細かな皺が刻まれている。眼差しは鋭く、学者らしい知性と、容易には他人を受け入れない気難しさが感じられた。


「あら、女の子じゃない」


女性は意外そうに二人を見比べた。桜の風紋の鎧と鱗の盾、腰に差した兵士の剣に目を留めると、表情がわずかに険しくなった。


「……あんたたち、兵士さんかい? まだ何か用があるのかね」


「えっ?」


桜は一瞬、返事に迷った。


「カメリア……」


そこまで言いかけて、慌てて言い直す。


「えーと、ブルーメンの学校に通う銀髪の女性を知りませんか?」


女性の目つきが変わった。


「ああ、カメリアさんのことかい。てっきり、あんたたちもイリスさんを探しに来たのかと思ったよ」


「そうです! カメリアです。カメリアは今、どこにいるんですか?」


桜が身を乗り出す。楓花も、ようやく名前を確かめられたことに安堵した。

探していた銀髪の女性は、やはりこの村に来ていたのだ。


「ああ、ひょっとして、あんたたちはカメリアさんの友達かね?」


女性は二人の顔を交互に見た。


「カメリアさんなら、少し前に湖のほとりへ出かけていったよ。私は止めたんだけどね」


「止めた?」


桜の表情から喜びが消えた。


女性は眉をひそめ、家の中をちらりと振り返った。


「……そういえば、まだ戻ってきていないね」


楓花の表情がわずかに引き締まった。


「止めた、というのは? 何かあったんですか」


女性はすぐには答えず、二人をもう一度見比べた。それから、小さく息をつく。


「……まずは中に入りな。ここで話すようなことでもないからね」


どうやら、カメリアの居場所を聞くだけでは済みそうになかった。

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