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2 旅路の小鬼

【現在のステータス】

桜 LV 8(戦士)

 E : 兵士の剣/ 風紋の胸あて/うろこの盾

楓花 LV 7(盗賊)

 E : ルミナスナイフ / 旅人の服

【現在の場所】ゼーアウへの道


湖畔の集落ゼーアウへ向かう街道に人影はなく、二人の足音だけが乾いた土の道に響いていた。


ルフト湖から吹く風が桜の髪を揺らす。

桜は乱れた髪を押さえ、前方へ目を向けた。


そのとき、道端の茂みががさりと揺れた。続いて、小枝の折れる乾いた音がした。


二人が足を止めると、茂みの奥から小柄な影が二つ現れた。


緑色の皮膚に尖った耳、額から鼻にかけて歪んだ顔つき。人間より背が低く、細い手足をした魔物が、二匹そろってこちらをうかがっていた。

その目には、獲物を見つけた喜びと、相手を値踏みする浅ましさが浮かんでいる。


小鬼(ゴブリン)だった。


学校では、小鬼(ゴブリン)は群れを作り、人間に害をなすこともあると教わった。

桜も楓花も知識はあったが、実物を見るのは初めてだった。


今のところ、目の前にいるのは二匹だけで、ほかに仲間が潜んでいる様子もない。ひとまず、群れに襲われる心配はなさそうだった。


二人がさほど驚かなかったのは、ここ最近、魔物との遭遇を何度も経験していたからだ。

初めて魔物を目にした頃なら、姿を見ただけで身構えていたかもしれない。旅を重ねるうちに、その姿にも少しずつ慣れてきていた。


もっとも、魔物を見慣れることと、遭遇する機会が増えることは別の話だ。


自分たちの行動範囲が広がったためなのか。それとも、本当に何かがおかしくなり始めているのか。今の二人には判断がつかなかった。


二匹の小鬼(ゴブリン)は、道を塞ぐように立っていた。手には粗末な木製の武器を握り、互いに顔を見合わせながら二人の様子をうかがっている。


人間の言葉を理解し、複雑な駆け引きをするほどの知能はないと教わっていた。

それでも、二匹で獲物を襲えば有利になることくらいは、本能的に知っているらしい。


「こんなところにも小鬼(ゴブリン)がいるんだね」


桜は少し驚きながら、腰の兵士の剣に手をかけた。街道で見かけるような魔物ではない。とはいえ、以前ほど身構えなくなっているのも確かだった。


旅の経験を重ね、軽口を叩く余裕も生まれていた。

ただ、それは胸の内にある不安を紛らわせるためでもあった。


「人目につきにくい場所で、獲物を待ち伏せしていたようですね」


楓花は小鬼(ゴブリン)を観察しながら、ルミナスナイフを抜いた。

装備は粗末で、防具も見当たらない。もっとも、見た目だけで相手の力を判断するのは危険だった。


「人の形をした魔物と戦うのは、どうも抵抗がありますね」


楓花がぽつりと言った。


「それは、人の形をしていなくても同じなんじゃない?」


桜が横から口を挟むと、楓花は一瞬、返答に詰まった。


「……まあ、そういうことになりますね」


「ふふっ。楓花でも、苦手なものがあるんだね」


「苦手というより、できれば関わりたくないだけです」


楓花は短剣を握り直した。どうやら、これ以上からかわれるつもりはないらしい。


桜もそれ以上は追及せず、盾を構えて小鬼(ゴブリン)たちに向き合った。

「来ます」


楓花が告げると同時に、二匹の小鬼(ゴブリン)が動いた。


一匹は奇声を上げて桜に突進し、もう一匹は大きく回り込んで楓花へ迫った。連携と呼ぶには単純な動きだったが、二人を別々に相手取ろうという狙いは明らかだった。


桜は迫りくる小鬼(ゴブリン)を見据え、うろこの盾を突き出した。


鈍い音が響き、武器が盾に弾かれた。

小柄な体に似合わぬ勢いだったが、力任せの攻撃は軌道が読みやすい。桜は体勢を崩さず、盾で攻撃を受け止めることにも慣れてきていた。


相手が体勢を立て直すより早く、桜は兵士の剣を振るった。実戦向きに鍛えられた剣は、華美な装飾こそないものの、扱いやすく頑丈だった。

刃がゴブリンの体を捉え、耳障りな悲鳴が湖畔の静けさを破った。


一方、楓花は正面から打ち合おうとはしなかった。小鬼(ゴブリン)が武器を振り上げると、半歩横へ移動して攻撃をかわす。

勢い余った相手の体が流れたところで、女神の髪を模した神聖な彫刻が鍔に施された短剣、ルミナスナイフを構え直した。


ゴブリンはすぐに振り返り、再び武器を振り回した。動きは速いものの、攻撃のたびに体勢が崩れている。

楓花はその癖を見極め、次の一撃をかわして相手の懐へ踏み込んだ。


短い刃がゴブリンを捉えた。


相手は驚いたように目を見開き、手にした武器を取り落とした。

楓花が距離を取る頃には、ゴブリンは地面に倒れ伏していた。


楓花はすぐに桜へ目を向けた。

桜もまた、楓花が相手を倒したことを気配で察していたが、目の前の敵から注意を逸らすことはなかった。

互いの状況を細かく確かめずとも、今どちらに手を貸すべきかは、二人とも心得ていた。


桜の相手は、まだ抵抗を続けていた。


仲間が倒されたことを理解したのか、小鬼(ゴブリン)は甲高い声を上げ、むやみに武器を振り回し始めた。攻撃はさらに大振りになり、桜にとっては隙だらけだった。


「そんなに振り回したら、疲れちゃうよ」


桜は攻撃を盾で受け流し、よろめいたゴブリンの脇へ回り込んだ。

体勢を崩しながらも相手は振り向きざまに力任せの一撃を放ったが、桜は剣で弾いた。


昨日の模擬戦で相手をした兵士は、これよりもずっと巧みに剣を扱っていた。攻撃の鋭さも、次の動作へ移る速さも、目の前のゴブリンとは比べものにならない。

あのときは必死に相手の動きについていくばかりだったが、今では攻撃を見極め、次の一手を考える余裕まで生まれていた。


その違いが自分自身の成長によるものだとは、桜はまだ気づいていなかった。


兵士の剣が一閃し、二匹目のゴブリンも地面に倒れた。


戦いは、ほんのわずかな時間で終わった。


桜は剣を下ろし、小鬼(ゴブリン)たちが動かないことを確かめてから、ようやく息をついた。


やがて、倒れた二匹の小鬼(ゴブリン)は、いつものように黒いすすとなって消えていった。


「ふう。二匹なら、なんとかなったね」


「攻撃は単純でした。ただ、二匹が別々に襲ってきたのは少し厄介でしたね」


楓花は短剣の汚れを確かめ、周囲へ目を向けた。茂みの向こうから、別の魔物が現れる気配はない。


「でも、小鬼(ゴブリン)って本当に人間を襲うんやね。学校で習ったとおりだった」


「少なくとも、この二匹はそうでした。ほかの小鬼(ゴブリン)も同じとは限りません」


「楓花らしいね。初めて会った小鬼(ゴブリン)にも冷静なんやね。今度会う小鬼(ゴブリン)とは友達になれるかも」


桜が楽しそうに言うと、楓花は心底嫌そうな顔をした。


「嫌です。あんな化け物と仲良くするくらいなら、最初から会わないほうがましです」


「そっか。残念やね」


桜は悪びれる様子もなく笑った。


二人は周囲にほかの魔物がいないことを確かめ、再び街道へ戻った。


ゼーアウまでは、まだ長い道のりが残っている。





やがて、ルフト湖へ注ぎ込む大きな川の手前に、小さな集落があった。


日も傾き、空が夕暮れの色に染まり始めていたため、桜と楓花はそこで一泊することにした。


その後、道中にトラブルもなく、手頃な宿屋もすぐに見つかった。

それが普通の旅というものだろう。何事もないのは喜ばしいことだが、思いがけない出来事を幾度も経験してきた二人には、かえって落ち着かない。人間とは、なかなか救いがたい心理を抱えているものらしい。


翌朝は、川を渡る渡し舟に乗る予定だった。川を越え、さらに湖岸沿いの道を進めば、目的地のゼーアウの集落へたどり着く。


――翌朝、二人が川岸へ向かうと、一艘の渡し舟が待っていた。船頭は二人の姿を認めると、櫂を手にしたまま声をかけてきた。


「お嬢ちゃんたち、どこへ行くんだい?」


「ゼーアウです」


桜が答えると、船頭は少しばかり意外そうな顔をした。


「ゼーアウ? そりゃ、よしたほうがいいよ」


「どうしてですか?」


桜が尋ねると、男は困ったように頭をかいた。


「一年前からだったかな……。流行り病なのか、詳しいことは知らないんだが、村の人たちが急に元気をなくしてね。まるで、精気を奪われちまったみたいになっているらしい」


「一年前?」


楓花が反応した。


「ああ、たしかその頃だったと思う。そうそう、王妃様が亡くなったのも、ちょうどその時期だった。このあたりじゃ、王妃様の死も、その病気が原因だったんじゃないかって噂になっているよ」


もちろん、王妃の死と村人たちの異変に関係があるという確かな根拠はない。それでも、人の死と不可解な出来事が同時期に重なれば、両者を結びつけて考える者が出てくるのも無理はなかった。


そうした噂は、事実かどうかが確かめられるよりも早く、人々の間に広まっていくものだった。


桜は隣の楓花へ顔を向けた。


「でも、それだったら王都にも話が伝わっていておかしくないんじゃないかな。イリスさんを探しに来た兵士たちから、何か報告があってもよさそうだけど」


もっとも、仮に報告が王都に届いていたとしても、桜や楓花の耳に入るとは限らない。二人は王城に仕えているわけではなく、城で一泊しただけなのだから。


「人探しが目的だったのなら、村人の様子まで詳しく調べていなかった可能性はあります。異変に気づいていたとしても、捜索に関係がないと判断すれば、報告しなかったのかもしれません」


楓花は落ち着いた口調で答えた。


「なるほど」


桜は素直にうなずいた。


楓花はもう少し反論されると思っていたのか、わずかに目を向けたが、何も言わなかった。


桜は再び船頭に向き直った。


「でも、私たちは行かなければならないので」


「まあ、それはそうだな。お嬢ちゃんの言うとおりだ」


男は苦笑しながら、二人を舟へ乗せた。


ほかに客はいなかった。二人が乗り込むと、渡し舟は岸を離れ、ゆっくりと川の流れに乗った。船頭が櫂を操るたびに水面が揺れ、朝の光が細かな波に反射する。川の向こうには、湖へと続く水面が広がっていた。


「まあ、ゼーアウは本当に綺麗な村だよ。一度だけ王妃様を見かけたことがあるんだが、それに負けないくらい綺麗な人だった」


男は櫂を動かしながら、懐かしむように話した。


「ただ、もともと身体が弱かったらしくてね。若くして亡くなっちまったのは、気の毒なことだったよ」


楓花は少し考えてから、男に尋ねた。


「でも、どうして流行り病が村を襲った、という話になったんでしょう。村人たちが元気をなくしているというだけでは、病気だとは限らないと思いますが」


「さあね。そこまでは知らないよ。行けばわかるんじゃないかい」


男はそれ以上説明する気もないらしく、あっさりと話を切り上げた。


「ほら、楓花のせいで、機嫌を損ねちゃったよ」


桜が小声で言った。


「どうしてそうなるんですか」


「だって、質問ばっかりするから」


「わからないことを尋ねただけです」


楓花は納得のいかない顔をしたが、船頭は二人のやり取りを聞いて苦笑いを浮かべていた。


やがて、渡し舟は対岸へと近づいた。


船底が岸辺に触れ、男が舟を押さえた。桜と楓花は礼を言って舟を降りた。


目の前には、ゼーアウへ続く道が延びていた。


美しい村だという船頭の言葉と、村人たちの精気が失われているという噂。その二つは、どうにも結びつきにくかった。


二人は顔を見合わせ、それから道の先へと目を向けた。





二人は湖岸沿いの道を北へ、やがて西へと進んだ。


朝の陽射しを受けたルフト湖は、穏やかな水面に青空を映していた

。岸辺には草地が広がり、風が吹くたびに水面が細かな波を描く。湖の向こうには遠い岸が霞み、空と水との境目が溶け合うように見えた。


「本当にきれいな湖だね。風もいい」


桜がこうして湖を褒めるのも、これで何度目だろう。歩きながら、彼女はきらめく水面に目を向けた。


道は湖に沿って緩やかに続いていた。やがて湖岸から少しずつ離れ、左手には小高い丘が迫ってきた。

斜面には木々が密集し、その向こうにはさらに深い森が広がっていた。陽の光が届きにくい森の奥は暗く、どこまで続いているのかもわからない。


湖と丘に挟まれた道は、次第に細くなっていった。

開けた湖畔の景色は背後へ遠ざかり、木々に囲まれた道が二人を奥へと導いていく。風の音もいつしか木々のざわめきに変わり、足元では乾いた土を踏む音だけが響いていた。


やがて、道が緩やかに曲がった。


木々の切れ間から、ふいに光が差し込んだ。


その先に、湖と丘に挟まれた小さな集落が姿を現した。


家々の屋根が寄り添うように並び、湖畔には小さな船着き場が見える。背後には緑の丘が控え、その向こうには険しい崖と深い森が連なっていた。


湖の青と丘を覆う緑。そのあいだに、ひっそりと身を寄せるように佇む家々。


「あれが、ゼーアウなんだね」


桜は静かに呟いた。


二人はしばらく、その景色を眺めていた。

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