↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
59/62

1 湖畔の集落へ

【現在のステータス】

桜 LV 8(戦士)

 E : 兵士の剣/ 風紋の胸あて/うろこの盾

楓花 LV 7(盗賊)

 E : ルミナスナイフ / 旅人の服

ハンナ LV 10(神官)

 E : 鉄のメイス / 神官のローブ

【現在の場所】ルフトブルクの王城


その夜、桜と楓花はルフトブルクの王城に一泊することになった。


用意されたのは、兵士たちの控室の一角にある小部屋だった。二人で泊まるには少々狭いが、兵士用の宿泊部屋としては、ごくありふれたものだった。隣にはハンナ、そのさらに隣にはヨハンの部屋が用意されていた。


城側からは来賓用の部屋も提案されたが、桜たちは学生だからと、やんわり断った。兵士長である父の立場を利用しているようで、どうにも落ち着かなかったのだ。ハンナとヨハンも、立場こそ違えど、同じように考えていたらしい。


夕食を済ませた二人は、部屋の窓辺に立って夜の王都を眺めていた。城下には家々の明かりが灯り、昼間の賑わいもすっかり遠のいている。


「ねえ、楓花。明日はいよいよゼーアウに向けて出発だね」


桜が声をかけると、楓花は荷物を確かめながら答えた。王都に着いたのは今日のことだが、ゆっくり休む間もなく、明日にはまた次の旅が始まる。


「歩いて二日ほどかな。途中で一泊することになるね」


「船で渡れたりはしないの?」


「これも調べてみたが、ルフト湖を渡る定期航路はないね。船を探すより、湖畔を回ったほうが確実。大陸街道ほど整備されてはいないけど、途中の街道沿いにも集落があるらしいから、宿も見つけやすいと思う」


ゼーアウはルフト湖の対岸にある。船のあてがない以上、湖畔を回って陸路を進むのが現実的だった。


「ゼーアウで見かけた銀髪の女性が、本当にカメリアだといいね」


「まだ断定できません。その女性がブルーメンの学生だとしても、それだけではカメリアだと判断するには材料が足りません」


「うん。そうやね。でも、手がかりが見つかっただけでもよかったと思う」


桜は再び窓の外へ目を向けた。


カメリアも、ひまわりも、いまどこにいるのかはわからない。心配ではある。


それでも、危険回避の結界(エヴァトランス)によって別々の場所へ飛ばされた人々のうち、何人かは無事であることがわかっていた。楓花も、神官のマティアスも、ヨハンも、こうして再会できた。今回の一件を招いた仮面の男の付き人らしきクロザールも、生きていた。


――ならば、二人もきっとどこかで無事にいる。


桜はそう考えることにした。まして、二人とも魔法の心得がある。無事でさえいれば、どんな状況に置かれても、自分たちで切り抜けられるはずだった。


「明日も早いよ。そろそろ休もうか」


「はーい。おやすみ、楓花」


「おやすみ」


二人は寝支度を整え、それぞれの寝台に入った。


今日一日だけでも、ずいぶん多くのことがあった。こう思うのは、いったい何度目だろう。


アルベルト王やグレゴール老と話し、七歳の王女リディアとも知り合った。普通の学生生活を送っていたら、まず縁のない人たちばかりだ。


――そういえば、ルフェルンはどこへ行ったのだろう。


城に入ってからというもの、ルフェルンの姿を一度も見ていない。いつもなら何の前触れもなく現れるのに、今日はずいぶん静かだった。


もっとも、気まぐれな妖精のことである。気にしてもしかたがない。また、どこかでひょっこり姿を現すだろう。


そんなことを考えながら、桜はいつしか眠りに落ちていった。





翌朝、王都ルフトブルクは、春の淡い朝の光に包まれていた。中庭では小鳥がさえずり、ひんやりとした空気にも春の気配が感じられた。


桜は黒髪を整え、兵士から借りた剣を腰に携えた。肩には、カメリアの姉リゼットから預かった古びた革鞄が掛かっている。地下の古代遺跡で手に入れた光のつるぎは、その中に収めてあった。


見た目はごく普通の鞄だが、魔法の力によって、どれほどの物でも入れられるらしい。便利なことに変わりはないが、考えてみれば不思議な代物だった。


楓花も荷物をまとめ、食料と地図を確かめていた。


「準備できた?」


「ええ。確認は済んでいます」


「よし、じゃあ出発しようか」


二人が部屋を出ると、ハンナとヨハンが待っていた。


「お二人とも、どうかお気をつけて」


ハンナの言葉に、桜は笑顔で応じた。


「ありがとう、ハンナさん。ヨハンさんのこと、よろしくね」


「はい。また神殿でお会いしましょう」


ハンナは静かにうなずいた。


同僚のヨハンをクヴェル村のはじまりの神殿へ送り届ける。それが彼女の本来の役目だった。桜と楓花も道中をともにしてきたが、王都でヨハンの無実が明らかになり、彼を縛っていた疑いもようやく晴れたのだった。


「また一緒に旅をする約束だったね。それまで、お互い気をつけよう」


ヨハンが言うと、桜はうなずいた。


「うん。また会おうね」


「はい。お二人も、どうかご無事で」


ハンナは二人を見つめ、わずかに表情を和らげた。


ともに旅をした時間は長くない。それでも、別々の場所へ飛ばされた仲間を案じ、手がかりを探して歩いた日々は、彼女にとっても忘れがたいものだったのだろう。


「また、はじまりの神殿で会おうね」


桜が念を押すと、ハンナは今度こそ笑顔で答えた。


「ええ。約束です」


ヨハンはルフトブルクの教会で神父にあいさつを済ませてから、出発することになっていた。そのため、ハンナたちが城を出るのは、桜たちより少し遅くなる。


「カメリアさんが見つかるといいですね。私も、そう願っています」


ヨハンが穏やかに言うと、桜は笑顔でうなずいた。


「うん。ありがとう」


二人に別れを告げ、桜と楓花は城門へ向かった。


――そこで待っていたのは、七歳の王女リディアだった。


鮮やかな赤い短髪に、大きな瞳。あどけない顔立ちには、年相応の幼さが残っている。王女らしく身なりはきちんと整えられていたが、眠たげに目を細めているところを見ると、朝早くから起きるのは少々つらいらしい。


そばには護衛の兵士が二人ついていた。


クヴェル村のはじまりの神殿で襲撃を受けた以上、城内でも警戒を緩めるわけにはいかないのだろう。とはいえ、七歳の少女にとって、普段の行動にまで兵士がついてくるのは、煩わしいに違いなかった。


「おはよう」


「リディアもおはよう」


桜が声をかけると、リディアの顔が少し明るくなった。


二人はすっかり打ち解けていた。年齢だけを考えれば、桜とリディアは姉と妹ほども離れている。それでも、一緒に話をしていると、王女と一般の学生という身分の違いは不思議なほど気にならなかった。


「いまからゼーアウに行くんだね……聞いたよ」


「うん。カメリアかもしれない人がいるんだって」


「そうなんだ」


リディアはうなずいた。朝の光を受けた赤い髪が、頬のあたりでさらりと揺れる。


ふと、リディアは何かを思い出したように桜を見上げた。


「ゼーアウは、リディアのふるさとなんだよ……いちおうね。一年前までは、そこにいたの」


「いちおうね」という言い方には少し引っかかった。けれど、それ以上に桜の耳に残ったのは、「一年前までは」という言葉だった。


「えっ、そうなの?」


「うん。お母様と一緒に暮らしていたんだよ」


その話なら、桜も聞いたことがあった。


アルベルト王の二番目の王妃、エレオノーレは、八年前に盛大な結婚式を挙げたあと、王都を離れ、故郷の集落であるゼーアウで暮らすようになった。


先代の王妃が宮廷の争いの末に暗殺されたことから、アルベルト王は新たな妃の身を案じたのだという。宮廷の争いから距離を置き、生まれ育った土地で静かに暮らすほうが、王妃の心も安らぐだろう。ほどなくリディアも生まれ、国王自身も、折に触れてゼーアウへ足を運んでいたらしい。


エレオノーレ王妃は身体が弱かったらしく、昨年、病によって若くして亡くなった。王城を訪れるのは年に一、二度ほどで、リディアもまた、母とともにゼーアウで暮らしていたという。そして王妃の死後、リディアは王都の城へ迎えられた。


――そうか。リディアは、まだ城に来て一年なのか。


桜は、目の前の小さな王女をあらためて見つめた。


王女として城で暮らす姿は、すっかり板についているように思えた。けれど、リディアにとって、ここでの生活はまだ一年にすぎない。ゼーアウには、母と過ごした日々が残っているのだ。


そう思うと、幼いながらも母を亡くし、慣れない城で暮らすリディアが、いじらしく感じられた。


「リディアは、ゼーアウに戻りたい?」


桜が尋ねると、リディアは少し考えるように視線を落とした。


「うーん……どうかな。お城も好きだよ。でも、ゼーアウも好き」


幼いながらも、どちらか一方を選ぶつもりはないらしい。桜はそれ以上尋ねず、柔らかく笑った。


「そっか。いいところだといいね、ゼーアウ」


「うん。湖がきれいなんだよ」


その言葉に、桜はまだ見ぬ湖畔の景色を思い浮かべた。


桜も楓花も、ゼーアウを訪れたことはない。同じ風の国ルフトの中とはいえ、国土は広く、知らない土地はいくらでもある。


そして、その湖畔の集落には、危険回避の結界(エヴァトランスクスト)によって飛ばされたカメリアがいるかもしれない。


「じゃあ、リディア。行ってくるね」


「うん。気をつけてね、桜お姉ちゃん」


思いがけない呼び方に、桜は一瞬目を丸くした。それから、いつもの明るい笑顔を浮かべる。


「ふふっ。ありがとう。また会おうね」


「うん!」


リディアは元気よくうなずいた。眠たげだった顔にも、すっかり笑みが戻っている。


桜は小さく手を振り、楓花とともに城門へ向かった。振り返ると、リディアは護衛の兵士たちに挟まれながら、まだこちらを見送っていた。





二人は城門を抜け、王都の街並みを通り過ぎると、分厚い城壁の門をくぐった。こうして王都をあとにし、ルフト湖畔のゼーアウを目指して歩き始めた。


「楓花、行こう」


「はい」


二人は湖畔へ続く道を東へ進み、やがて北へと向きを変えた。ゼーアウへ向かうには、ルフト湖を大きく迂回するように進まなければならない。


街道の両側には、冬の名残をとどめる草地が広がっていた。枯れ草の間からは新しい緑が顔をのぞかせ、枝先にも小さな芽がつき始めている。初春の風はまだ冷たかったが、陽射しは穏やかだった。


この辺りは平坦な地形が続き、左手には広大なルフト湖が静かに広がっていた。風が吹くたびに水面がきらめき、遠くの岸辺は霞んで見える。


「広いね。さすがルフト第一の水瓶といわれるだけあるね。風もすごく気持ちいいよ」


桜は湖を眺めながら、気持ちよさそうに息を吸い込んだ。


「まあ、ゼーリヒ湖のほうが広いけどね」


楓花は地図を確かめながら、淡々と答えた。簡易的な地図ではあるが、国内の地理や主要な街の位置関係は把握できる。


ゼーリヒ湖は、風の国ルフトの西部、山々に囲まれた場所にある。湖の面積だけでいえば、ルフト湖を上回る。しかし、王都ルフトブルクやブルーメンに暮らす人々にとって、湖といえば、やはり王都の前に広がるこのルフト湖だった。


大陸街道は南から北へ延び、十字路の街ブルーメン、王都ルフトブルク、そして港町ハーフェンを結んでいる。人や物資が行き交う、ルフトの大動脈だ。ルフト湖もその近くに位置しているため、王都や周辺の街で暮らす人々には馴染み深い。


一方、ゼーリヒ湖は主要な街道から大きく外れた山間部にある。面積こそ広いが、周辺には小さな集落が点在するばかりで、交通の便もよくない。自然に恵まれた土地ではあるものの、日常的に訪れる人は限られるだろう。


「つまり、湖の大きさと人々に馴染みがあるかどうかは別の話。そういうことだね」


楓花は地図から顔を上げずに言った。


いささか理屈っぽい説明ではあったが、これから向かうゼーアウもまた、ルフト湖畔にある小さな集落だ。王都ルフトブルクの周辺を離れ、湖の対岸へ向かうにつれて、街らしい街は少なくなり、静かな集落が点在するばかりとなる。


楓花なりに、その土地がどのような場所なのかを整理しておきたかったのだろう。


「ふーん。そういう理屈っぽいところが楓花らしいね」


「どういう意味?」


「そういう意味だね」


桜は悪びれる様子もなく笑った。


「はぁ」


楓花は小さくため息をつき、再び地図へ目を落とした。


桜はそんな楓花の横顔を見て、くすりと笑った。


街道に人影はなく、二人の足音だけが乾いた土の道に響いていた。湖から吹く風が、桜の髪を揺らす。


桜は乱れた髪を手で押さえ、前方へ目を向けた。


道は、まだ先まで続いている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。