13 湖の向こうに
【現在のステータス】
桜 LV 8(戦士)
E : 兵士の剣/ 風紋の胸あて/うろこの盾
楓花 LV 7(盗賊)
E : ルミナスナイフ / 旅人の服
ハンナ LV 10(神官)
E : 鉄のメイス / 神官のローブ
【現在の場所】ルフトブルクの王城
王都ルフトブルクで行われた模擬戦は、対戦相手の一人が突如として理性を失い、桜に襲いかかるという騒ぎの末、兵士たちが男を取り押さえて幕を閉じた。
訓練場に落ち着きが戻ると、桜たちは兵士たちにカメリアとひまわりの行方を尋ねた。
「カメリア? ひまわり?」
返ってきたのは、聞き覚えのない名前に戸惑う声だった。
そもそも、王都は広く、人も多い。仮に二人が王都にいたとしても、長い銀髪の少女や、ポニーテールにした元気な女の子という外見だけで見つけ出すのは難しいだろう。二人の行方を探る手がかりは、すぐには得られそうになかった。
「わたしも、イリスのことを聞いてみたの。でも、やっぱり何もわからなかったの……」
リディアもまた、行方のわからないイリスを探していた。王女である彼女でさえ手がかりを得られずにいるのだから、捜索は容易ではないらしい。
そのとき、訓練場の入口から一人の兵士が歩いてきた。
「サクラさん、フーカさん。こちらにおられましたか」
「はい。何かありましたか?」
「国王陛下からの伝令です。ヨハン殿の件で、聞きたいことがあるとのことです」
桜と楓花は顔を見合わせた。
「じゃあ、三階にいくの?」
リディアが尋ねると、兵士はようやく彼女に気づき、慌てて姿勢を正した。
「リディア様。こちらにおられましたか。お父上が心配しておられましたぞ」
「ちちうえが?」
リディアはきょとんと目を丸くした。
「それで、なにかあったの?」
「国王陛下のお言葉では、謁見の間の隣の控室で聞き取りを行うとのことです。私も詳しい事情までは存じませんが」
桜と楓花が頷くと、リディアも「では、いこう」と歩きだし、ハンナも後に続いた。
案内されたのは、三階にある謁見の間の隣の部屋だった。
立派な調度品が置かれているものの、こぢんまりとしている。クヴェル村でリディアやイリスに同行していた兵士たちは、すでに聞き取りを終えたらしく、姿がなかった。
室内には、四十代ほどの質問官と書記が一人ずついた。国王の姿はない。聞き取りは質問官に任せ、報告を待っているのだろうか。
「リディア様と……そちらの神官殿。ハンナさん、でしたかな。お二人は外でお待ちください」
リディアとハンナは部屋の外に残ることになった。中で何が話されるのか気になるリディアだったが、ハンナに促され、しぶしぶ廊下へ出ていった。
扉が閉まると、質問官は桜と楓花に向き直った。
「これから尋ねることに、簡潔にお答えいただきたい。質問した内容以外については、話していただかなくて結構です」
やや高圧的な口調だった。事情を詳しく聞き出すというより、あの日、はじまりの神殿で起きたことを、決められた項目に沿って確認しているようだった。形式的な聞き取りにすぎないらしい。
「国王継承の儀を見ましたか。また、どのような儀式か知っていますか」
「儀式が行われるところは見ました。でも、ご存じだと思いますが、途中で中断されてしまったので、どういう儀式なのかは知りません」
「イリス殿がどこへ行ったか、心当たりはありますか」
「ありません」
「ヨハン殿は、はじまりの神殿の神官ですか」
「神殿で姿を見たことはあります」
質問はその後も続いたが、桜も楓花も尋ねられたことだけを答えた。余計なことまで話して、かえって話をややこしくするのは避けたかった。
やがて質問官は「少々お待ちください」と告げて席を外した。
数分後、質問官が戻ってきた。
「うん。よろしいとのことです」
手元の書類を確かめながら、男は続けた。
「ヨハン殿についても聞き取りを終えております。結果をお伝えしましょう」
男はそこで一度言葉を切った。わずかに間を置いてから告げるあたり、いささかもったいぶっているようにも見える。
「ヨハン殿の軟禁を解くとのことです。これで、ヨハン殿とマティアス殿の無罪が確認されたことになります」
聞き取りは、結論が決まっていたかのように、あっさりと終わった。やはり形式的な手続きにすぎなかったのかもしれない。
それでも、桜の表情は明るくなった。
「ありがとうございます」
一礼する桜の隣で、楓花も安堵の息をついた。これで二人のためにできることは、一つ片づいた。
部屋を出ると、廊下で待っていたハンナが二人の顔を見て微笑んだ。
「もしかして……」
「はい。ヨハンさんもマティアスさんも、無罪が確認されたそうです。ヨハンさんの軟禁も、これから解かれるって」
「皆さんのおかげです。本当に、ありがとうございました」
ハンナは柔らかな笑みをたたえ、丁寧に頭を下げた。
「いえ、リディアのおかげでもあるよね」
桜がそう付け加えると、リディアはぱっと顔を輝かせた。
「えへへ。リディアもお役に立てたんだね!」
褒められたのがうれしいらしく、リディアは小さな胸を張って笑った。
「そうやね」
桜が応じると、リディアは満面の笑みを浮かべた。
実際、父であるアルベルト王が娘を気遣い、取り計らってくれたことも大きかったのだろう。
王城の二階には、石造りの廊下が延びていた。窓から差し込む日の光が石床に淡い影を落とす。その一室の前に、軟禁を解かれたヨハンが兵士とともに立っていた。
四十代の男の顔には疲れが残っていたが、健康を損ねた様子はない。桜たちが近づくと、ヨハンの表情が和らいだ。とりわけ、ハンナの姿を見たときには、ようやく安堵したようだった。
「ハンナさん、ありがとうございます。事情は聞きました」
「いいえ。ご無事でなによりです」
ヨハンはリディアにも深く一礼した。
「元気でよかった!」
リディアはぱっと顔を明るくした。心配していた人が無事だったことが、素直にうれしかったのだろう。
ヨハンは付き添いの兵士に促され、別の部屋へ案内された。軟禁解除にあたって事務的な説明を受けた後、城門へ向かうので、そこで桜たちと合流することになった。
兵士はヨハンを送り届けると、再び桜たちのもとへ戻ってきた。
「リディア様も、そろそろお部屋へお戻りください。国王陛下からのお言葉でございます」
「うん。わかった」
素直に頷いたリディアは、すぐに桜たちへ向き直った。
「じゃあ、またあとで城門のところで会おうね!」
「……よろしいのですか?」
楓花が眼鏡の奥からリディアを見つめた。
「う、うん……。めいわく?」
不安そうに二人の顔をうかがうリディアに、桜がすかさず答えた。
「そんなことないよ」
「もう、桜。そんなことないよ」
「ほら、楓花。リディアが困ってるよ」
桜がわざとらしく困った顔をすると、楓花は涼しい顔で聞き返した。
「私が困らせているのですか?」
どうやら、本気で心当たりがないらしい。
「えへへ。じゃあ、またね!」
リディアは安心したように手を振った。
「うん、またあとでね」
桜も笑顔で手を振り返す。
「出発するときは、ちゃんと声をかけてね!」
念を押すように振り返ったリディアは、二人が頷くのを確かめると満足そうに笑った。
一連のやりとりを見ていた兵士は、王女と気軽に冗談を交わす桜たちに、ただ困惑するばかりだった。
リディアと別れた桜、楓花、ハンナは、兵士長ディードリヒの部屋へ向かった。
そろそろ戻っている頃ではないかと思ったのだが、部屋の前には、以前と同じ金髪の兵士が立っていた。二十代後半ほどの、実直そうな男である。
「すれ違いですね。戻ってきたかと思ったのですが、また出て行ってしまいました」
「そうなんですか……」
桜は困ったように眉を下げた。
「兵士長は、しばらく城へ戻れないとのことでした。詳しい事情までは聞かされていませんが」
「しばらくって、どれくらいですか?」
「数日……ではないかと思います」
曖昧な返事だったが、少なくとも今日明日には戻らないらしい。
父は、いったい何をそんなに忙しくしているのだろう。
仕事熱心なのは結構だが、娘に会う時間くらい作ってくれてもよさそうなものだ。ブルーメンにいた頃も、急な呼び出しで長く留守にすることが何度もあった。
「それで、父……いえ、兵士長はどこへ行ったんですか?」
「申し訳ありません。私も存じません」
もし知っていたとしても、簡単には答えられない立場なのだろう。それにしても、久しぶりに会った娘に、別れの挨拶くらいしていけばいいものを。
桜が不満を募らせていると、楓花も何か言いたげな顔をしていた。
ハンナは二人の気持ちを察したのか、そっとしておいた。兵士も気まずそうに咳払いし、話題を変えた。
「ところで、このあとはどうなさるのですか?」
「私たちは、カメリアとひまわりを探し続けます」
桜が答えると、楓花が付け加えた。
「……それはそうなんだけど、あてがないんだよね」
王都に来れば手がかりが得られるかもしれないと期待していたが、二人の行方は依然としてわからない。
すると、兵士がふと思い出したように口を挟んだ。
「カメリアさんというのは……ブルーメンの学府にいる、あのカメリアさんですか?」
「あの、って……カメリアを知ってるんですか?」
「いえ、私自身はお会いしたことがありません。ただ、学府でも評判の優秀な学生だという話は聞いています」
「実は、ルフト湖の向こう岸にある集落で、カメリアさんらしき女性を見たという話があるんです」
「えっ?」
カメリアの名は、王都にまで知られているらしい。
「もともとは、イリスさんではないかという話だったんです」
兵士たちは王女の家庭教師であるイリスを捜すため、湖の対岸にある集落にも足を運んでいた。
その際、銀髪の女性が急遽、研究の手伝いをしているという話を耳にしたのだという。イリスかもしれないと考えて調べてみたものの、別人だった。
「その女性は、ブルーメンの学府に通う学生だと話していたそうです。研究を手伝っているくらいですから、優秀な方なのでしょう。カメリアさんも学府で評判の学生だと聞いていたので、ひょっとしたらと思ったのですが……」
「でも、それだけで、どうしてカメリアだと思ったんですか?」
楓花が尋ねた。ブルーメンの学生というだけでは、本人とは限らない。
「もちろん、断定はしていません。ただ、お二人がカメリアさんを捜していると知っていたので、何かの手がかりになればと思いまして」
「ありがとうございます」
「情報が少ないので、別人かもしれません。行き先に困っているのでしたら、一度訪ねてみてはいかがでしょうか」
確かな手がかりとはいえない。それでも、次の行き先に迷っているくらいなら、一度確かめてみる価値はありそうだった。
「そうですね。お父さんもしばらく戻ってこないみたいだし、行ってみようかな」
「うん。ほかに手がかりもないしね」
楓花も頷いた。
「ハンナさんは、どうしますか?」
楓花に尋ねられ、ハンナは少し迷うような表情を浮かべた。
「私もご一緒しましょうか?」
桜は首を横に振った。
「いいえ。ハンナさんには、ヨハンさんを送り届ける役目がありますから」
「ですが……」
「ヨハンさんは、旅に慣れているんですか?」
「私ほどではありませんが、旅の心得はあると思います」
ハンナは控えめに答えたが、その口ぶりには旅慣れた者としての自信があった。
「人通りの多い街道なら、それほど危険はないと思います。でも、マティアスさんも帰る途中で魔物に襲われたと聞きました。一人では心配ですよね」
「……それは、そうですね」
ハンナは言葉を濁した。ヨハンを送り届けるのが自分の役目だとわかっていても、桜たちと別れるのは名残惜しいのだろう。
やがて、ハンナは顔を上げた。
「では、また、はじまりの神殿に立ち寄ってください。そのときは、私もご一緒に旅をしましょう」
「うん!」
桜と楓花は、ほとんど同時に答えた。ハンナもようやく笑顔になった。
王都ルフトブルクでの用事は、ひとまず片づいた。ヨハンとマティアスの無実は確認され、カメリアの行方につながるかもしれない情報も得られた。だが、ひまわりの居場所はまだわからない。
桜は腰の剣を確かめ、隣の楓花へ目を向けた。明るい表情には、次の手がかりを求める前向きさが戻っている。
楓花は黒いボブの髪を揺らし、眼鏡の奥の瞳をわずかに細めた。楽観できる状況ではないが、ほかに選べる道はなかった。
ルフト湖の対岸にカメリアがいる保証はない。それでも、手がかりがあるのなら確かめに行くしかない。
こうして桜と楓花は、次の目的地を定めた。王都ルフトブルクでの滞在を終え、二人の旅は再び動き始めようとしていた。




