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5 四体の骸骨兵

【現在のステータス】

カメリア Lv 4(魔法使い)

 E : カメリアのステッキ/ ぬののローブ

【現在の場所】ゼーアウの集落


桜と楓花が訪れる前――湖の向こうから昇った朝日が、静かにルフト湖の湖面を照らしていた。


東の空が明るさを増すにつれ、湖面を覆っていた薄い霧がゆっくりとほどけていく。

遠く離れた対岸の山々も淡い青色の輪郭を取り戻し、湖畔に並ぶ家々が朝の光に包まれていた。


ゼーアウの集落にも、いつもと変わらぬ朝が訪れていた。


腰まで届く銀色の髪を揺らしながら、一人の少女が湖岸の道を歩いていた。

彼女は歩みを進めながら、集落の様子に目を向けていた。


窓を開ける家はあっても、通りに人影はほとんどない。

一軒の家の前では、女が水桶を持ち上げたまま動かずにいた。やがて深く息をつくと、重い足取りで歩き始める。


少女は足を緩めた。


病人のように顔色が悪いわけではない。それなのに、女の肩には力がなく、歩く姿にも生気が感じられなかった。


「……やっぱり、変わらないね」


銀髪の少女――カメリアは、小さくつぶやいた。


村人たちを蝕む呪いの性質は、すでに把握していた。


人々を一度に倒すのではなく、身体に宿る精気を少しずつ奪っていく。だからこそ異変は目立ちにくく、日々の暮らしを送ることもできる。だが、昨日まで当たり前にできていたことが、いつしか苦痛へと変わっていくのだ。


このまま呪いが続けば、村人たちの衰弱はさらに進むだろう。


カメリアは女から目を離し、湖面を見つめた。

朝日を受けた水は、何事もないかのように穏やかに輝いている。


「湖畔の怨霊(スペクトルム)、か」


集落を一度振り返ったものの、すぐに視線を戻した。

呪いの名を口にしたところで、状況が変わるわけではない。必要なのは、その原因を確かめ、解決することだった。


澄んだ青い瞳に白い肌、整った顔立ち。十五歳の少女でありながら、その物腰には年齢以上の落ち着きがあった。胸元では銀の首飾りが揺れ、白いローブの裾が湖風になびいている。


腰には短剣を携え、手には使い慣れた短いステッキを持っていた。

魔法の才に恵まれた彼女だが、魔法だけですべての危険を切り抜けられるとは考えていない。必要ならば剣も使う。それもまた、彼女が身につけてきた技術のひとつだった。


湖岸には小さな舟が係留され、その向こうには石造りの土台を持つ家々が並んでいる。山々を映す湖と、長い年月をかけて築かれた集落の風景。


美しい場所だ、とカメリアは思った。


だからこそ、この静かな集落が呪いに蝕まれていることが惜しまれた。


湖岸の道は、集落を離れるにつれて次第に狭くなっていった。やがて前方に小さな岬が見え、その先端に建つ古城が姿を現した。


湖に突き出した岬の先に、石造りの城が建っていた。


大小いくつもの塔が連なり、円錐形の屋根を持つ丸塔が朝の光を受けて湖面に影を落としている。かつては美しい姿を誇ったに違いない。


しかし、今では長い年月の風雨にさらされ、塔の一つは上部が崩れ、城壁にも大きな亀裂が走っていた。屋根の一部は失われ、ほとんどの窓にガラスは残っていない。

それでも建物の骨格は保たれ、湖面に映る姿には、かつての威容がかすかに残っていた。


カメリアはしばらくその姿を眺めていたが、やがてステッキを握り直し、岬へと続く道を進んだ。


入口の前まで来ると、彼女は足を止め、崩れかけた城門を見上げた。


「……古いね。二百年前くらいに打ち捨てられた城かな」


クルブ城は、風の国ルフトが再び統一される以前、各地の領主たちが覇権を争っていた時代に建てられた城だった。


再統一によって争乱が終わると、各地の城は軍事的な役割を失っていった。クルブ城もまた役目を終え、長い年月の果てに廃墟となった。


その来歴は、ゼーアウの集落にいたグレーテの蔵書から得た知識だった。


けれども、カメリアがここまで足を運んだのは、古城に興味があったからだけではない。


城を目の前にして、彼女の推測は確信へと変わった。


――ここに、村人たちを蝕む呪いの元凶がある。





カメリアは、崩れかけたクルブ城の入口をくぐった。


城内もまた長いあいだ人の手が入らず、あちこちが朽ち果てていた。厚い石壁に囲まれた廊下には朝の光がほとんど届かず、窓の残る場所でも、床や壁に差し込む光は弱々しい。

薄暗い空間には埃が漂い、天井には蜘蛛の巣が張り、床には崩れた石片や朽ちた木材が散らばっていた。


カメリアは足元を確かめながら進んだ。


長く放置された城では、床や階段がいつ崩れてもおかしくない。

魔法使いであっても、足場の安全まで魔法に頼るわけにはいかなかった。


そのとき、彼女はふと歩みを止めた。


意識を研ぎ澄まし、周囲の魔力を探る。

前方に二つ、さらに奥に二つ、計四つの反応があった。


いずれも、人間の生命が放つ気配とは異なる。生気を感じさせない、冷たく歪んだ魔力だった。


「……四体、かな」


カメリアはステッキを持ち直し、静かに廊下を進んだ。


やがて暗がりの向こうに、剣を手にした二体の骸骨兵(スケルトン)が姿を現した。

さらに後方にも二体が控えている。

前後から挟み込もうとする動きには、かつての戦闘経験が残されているようだった。


鎧の残骸をまとい、白く変色した骨だけで、かろうじて人間の姿を保っている。

眼窩の奥に生命の光はなく、侵入者を排除するためだけに動く空虚な存在だった。


二体はカメリアを認めると、ほぼ同時に剣を構えた。

動きにはぎこちなさがあったが、剣を握る手の位置や足の運びには、一人前の兵士だった頃の名残がある。


思考も感情も失われている。それでも、身体に刻まれた剣技までは失われていないらしい。


カメリアはステッキを構えることなく、呪文を唱えた。


――足止めの呪文(モラ)。


足元に生じた魔力が二体の脚に絡みつき、骨だけの身体を拘束した。

二体は前へ踏み出そうとしたが、脚の動きを封じられ、ぎこちなく身をよじった。


拘束が長く続かないことは、カメリアも承知していた。

彼女は足止めした二体に構い続けず、後方の反応へと意識を向けた。


ほどなくして、残る二体の骸骨兵(スケルトン)が剣を携え、足止めされた仲間とともにカメリアを挟み込むように距離を詰めてきた。


仲間が拘束されていることにも、カメリアに動きを察知されていたことにも反応を示さない。ただ、侵入者を排除するという役目に従い、無言で迫ってくる。


カメリアは短剣を抜いた。


魔法使いである彼女だが、剣の腕も侮れない。ブルーメンの学生のなかでも、戦士を志す者たちに引けを取らない技量を身につけていた。


最初の一撃が振り下ろされる。

彼女は半歩横へずれ、剣が床を打つのを見届けると、もう一体の攻撃を短剣の側面で受け流した。金属が擦れる乾いた音が響き、刃の軌道がわずかに逸れる。

その隙に身をひねって間合いを外すと、二体の剣が空を切った。


一方の攻撃をかわしても、もう一方がすぐに迫ってくる。カメリアは無駄な力を使わずに身をかわし、短剣で相手の武器を弾きながら、少しずつ後退した。


骨だけの相手に斬撃を加えても、刃が骨の隙間を抜ければ十分な損傷を与えられない。必要なのは力比べではなく、相手の動きを利用することだった。


一体が大きく剣を振りかぶったとき、カメリアはすぐには逃げなかった。

刃が迫るぎりぎりまで引きつけてから身体をひねり、攻撃をかわす。剣は彼女の肩先をかすめ、そのまま背後から迫っていたもう一体の進路を塞いだ。


二体の動きが、ほんの一瞬、重なる。


カメリアはその機会を逃さなかった。

片方の武器を横から弾き、続いてもう一体の膝関節へ短剣の切っ先を差し込む。骨のつながりが崩れ、骸骨兵(スケルトン)の身体が大きく傾いた。


二体の攻撃を互いに邪魔させ、その隙に関節を崩す。

派手さはないが、相手の動きを正確に見極めなければできない戦い方だった。


カメリアは崩れた壁の向こうに続く狭い通路へ目を向けた。

二体を相手にするなら、自由に動ける場所を選ぶ必要がある。


攻撃を受け流しながら通路へ誘導すると、骸骨兵(スケルトン)たちは彼女を追って狭い通路へ踏み込み、自然と前後に並んだ。


カメリアは二体との距離を見極めると、短剣を収め、ステッキを構えた。


「――灼地爆の呪文(テラフレマ)」


呪文が静かに響いた。


次の瞬間、通路の奥で爆発が起こった。炎と土の魔力が一気に広がり、衝撃が狭い空間を満たす。

二体の骸骨兵(スケルトン)はまとめて吹き飛ばされ、骨が壁や床にぶつかる乾いた音が響いた。


爆発が収まると、通路には砕けた骨と折れた武器が散らばっていた。

二体は、もはや立ち上がることもできない。

やがて、その残骸も黒いすすとなって消えていくだろう。


火と土、異なる属性を組み合わせた魔法は、単一の属性を扱うより制御が難しい。この術は学生が扱うにはあまりに高度なものだった。


名門といわれるブルーメンの学府で教鞭を執る魔法教師でさえ、十五歳の生徒がこの術を使うと聞けば、耳を疑うだろう。もっとも、それがカメリアだと知れば、驚きながらも納得するかもしれない。


それほどまでに、彼女の実力は見た目からは想像もつかないほど高かった。


カメリアはステッキを下ろし、残る二体へと視線を戻した。


拘束から解放された骸骨兵(スケルトン)たちは、仲間が倒されたことにも反応せず、再び剣を構えて襲いかかってきた。


カメリアは短剣を握り直し、二体の攻撃をかわしながら後退した。

敵が間近に迫るなか、詠唱と魔力の制御に意識を割けば、その隙を突かれかねない。先ほどのように魔法でまとめて攻撃するのは難しかった。


彼女は廊下の先にある窓へ目を向けた。

差し込む朝の光が、暗い城内の床を細く照らしている。


剣をかわして間合いを外しながら、カメリアは窓のある広間へ移動した。

二体の骸骨兵(スケルトン)も、その後を追ってくる。


やがて陽光の差す場所へ踏み入ると、光が床に広がった。窓の向こうには青く澄んだ湖が見える。

朽ちた城の一角だけが、外の世界とつながっているかのようだった。


その光の中へ、二体の骸骨兵(スケルトン)が踏み込んだ。


瞬間、二体の動きが乱れた。


剣を振り上げていた一体の腕がわずかに下がり、もう一体は光を避けるように身を引いた。

アンデッドには日光を嫌う性質がある。陽ざしを浴びただけで一瞬にして消滅するわけではないが、暗がりに潜んでいた骸骨兵たちは、突然差し込んだ光に動きを乱されていた。


「……そうなんだ」


カメリアは小さくつぶやいた。驚いたというより、目の前の現象を確かめたような声だった。


二体はなおも剣を向けようとしたが、攻撃を続ける動作と光を避ける動作がかみ合わず、足運びにも乱れが生じている。


カメリアはその隙を見逃さなかった。


一体の剣を短剣で受け流し、身をひねって軌道を逸らす。剣はもう一体の進路を塞ぎ、二体の動きが重なった。

カメリアは踏み込んで片方の武器を弾き飛ばすと、もう一体の膝関節を鋭く突いた。


骨のつながりが崩れ、骸骨兵(スケルトン)の身体が傾く。


だが、カメリアは追撃しなかった。


二体は陽光を浴びたまま、ぎこちなく後退しはじめた。

彼女への攻撃を続けるよりも、光の届かない場所へ戻ろうとする動きが勝っている。


やがて一体が剣を引きずるようにして廊下へ逃げ込み、もう一体もそれに続いた。骨のぶつかる乾いた音が遠ざかり、城内には再び静けさが戻った。


カメリアは短剣を鞘に戻し、窓の外へ目を向けた。


朝の湖は、何事もなかったかのように穏やかに輝いている。

先ほどまで骨の怪物が剣を振るっていた広間にも、今は風の音と、遠くで鳥が鳴く声しか聞こえなかった。


四体のうち、二体は倒した。残る二体は、日光を嫌って暗がりへ逃げていった。





「……もう少し先かな」


カメリアは古文書の記述を思い返し、城の奥へと視線を向けた。


崩れた壁や朽ちた柱を避け、廊下を進んでいく。

やがて城の奥を抜けると、湖畔へ突き出すように延びた突堤があった。


湖から吹く風が、銀色の髪と白いローブの裾を揺らす。

足元では波が岸壁に打ち寄せ、飛沫を散らしていた。


カメリアは突堤の先端で足を止めた。


グレーテの蔵書から読み解いた古代文字の文書には、生贄の儀式で唱えられた言葉が記されていた。


カメリアは短いステッキを手にし、湖面へ向けた。


「……湖底に眠りし者よ、我が呼び声に応えよ。湖畔の怨霊(スペクトルム)」


しばらく、何も起こらなかった。


やがて、風が止んだ。


湖面を渡る波も、岸壁に打ち寄せる水音も途絶えた。

まるで世界から音だけが失われたかのように、辺りは静まり返った。


そのとき、カメリアの目の前で、湖面の一角がゆっくりと黒ずみはじめた。


黒い影は水底から滲み出すように広がり、その中心から、何かが姿を現しはじめた。

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