11 兵士たちの頼み
【現在のステータス】
桜 LV 7(戦士)
E : 兵士の剣/ 風紋の胸あて/うろこの盾
楓花 LV 6(盗賊)
E : ルミナスナイフ / 旅人の服
ハンナ LV 10(神官)
E : 鉄のメイス / 神官のローブ
【現在の場所】ルフトブルクの王城
アルベルト王とグレゴール老に別れを告げ、桜たちはリディアの部屋へ戻ることになった。
軟禁されているヨハンの解放については、アルベルト王が手続きを進めると言ってくれたため、安心してよさそうだった。これで、このルフトブルクに来た目的も果たせそうだ。
リディアも、自分のお願いが聞き入れられたことが嬉しいらしく、先ほどより足取りが軽い。
自分の部屋へ向かう途中、リディアがふと足を止めた。
二階から階段を上ってくる兵士が二人いた。
ここは三階、王族の居住区である。普段、一般の兵士が立ち入ることはほとんどない場所だけに、二人とも緊張した様子で周囲を見回していた。
そのうちの一人が、足を止めた。
「もしかして……」
桜も、その顔に見覚えがあった。
「えっ。あのときの兵士さん?」
クヴェル村で、リディアが泊まっていた宿屋を警護していた兵士たち。そして、はじまりの神殿でも、祭壇の間の控室でリディアを守っていた二人だった。
「やっぱり、あのときの方々でしたか」
ハンナが微笑む。彼女もはじまりの神殿で受付をしていたので、二人の顔を覚えていた。
二人の兵士も、懐かしそうにした。
「皆さん、ご無事だったんですね」
「はい。そちらも元気そうでよかったです」
桜が答えると、兵士たちは顔を見合わせ、それから桜と楓花へ向かって深く頭を下げた。
「その節は、本当にありがとうございました」
「ええ」
桜と楓花が軽く会釈すると、兵士の一人がリディアへ目を向けた。
「祭壇の間でも、このサクラ殿がリディア様をかばってくれたんですよ。崩れかけた天井の下で」
「そうだったの?」
リディアは、きょとんとした顔で桜を見る。
「覚えていないの?」
兵士が少し困った顔をした。
「うん。もちろん、変な男が近づいてきたのは憶えている。それをイリスさんがかばってくれた」
――変な男、漆黒の魔石箱を持ち込んだクロザールのことだ。
「あのとき……」
リディアは、そこで言葉を止めた。
けれど、そこから先は、すぐには思い出せないらしい。
桜も、あのとき何が起きたのか思い返した。
漆黒の魔石箱から爆風が放たれ、それをイリスとカメリアがつくった魔法のバリアが防いだ。そう思った次の瞬間には、目の前でイリスが光に包まれて消えた。
続いて、カメリアやひまわり、神官たち、そしてクロザール本人まで、次々と姿を消していった。さらに、楓花までもが消え、その直後には、あたりを黒く不気味な霧が包み込んでいく――。
もし、あのとき誰も姿を消していなければ、この霧によって命を奪われていたのかもしれない。
ただ、まだ桜自身にも分からないことが残っている。
あの場に最後まで取り残されていた桜とリディアが、なぜ無事だったのか。二人を包み込むような、別の光があったことは覚えている。けれど、それが何だったのかは分からない。魔法だったのだろうと考えるしかなかった。
――あの場にいた誰一人として、出来事の前後を正確に把握できてはいないのだろう。
何が起きているのかも分からないまま、リディアもまた、その場に取り残されていたのだ。ましてや、そのすべてを七歳のリディアが正確に覚えているはずもない。
「……よく覚えてない」
リディアが正直に言うと、兵士の表情がわずかに固まった。
「あ……」
兵士は、余計なことを思い出させてしまったと気づいたようだった。
けれど、リディアはそのまま黙って考え、やがてふと顔を上げた。
「ああ、そうだったんだ……。教えてくれて、ありがとう」
「ううん。いえいえ」
桜は少し困ったように笑った。
「嫌なことを思い出させちゃったね」
「……あ」
兵士も、しまったという顔をする。
「すみません。そういうつもりでは……」
「ううん。大丈夫」
リディアは小さく首を振った。
「何があったかは、あんまり覚えてないんだけど……」
そう言って、胸のあたりに手を当てる。
「ぐっすり寝てて、何も覚えてなかった。でも、リディア、暖かい、なんともいえない雰囲気は覚えてるよ」
その言葉に、桜は少し目を丸くした。
兵士も、ほっとしたように笑う。
「あのときは、本当に助けていただきました」
ぎこちなく礼を言う。
「いえいえ」
桜が笑うと、楓花が淡々と口を挟んだ。
「素直に、お礼を言えばいいのに」
「え?」
兵士が戸惑ったように楓花を見る。
桜は、楓花を曲解した。
「ふーん。楓花なら、お礼をせびりそうやね」
「なぜ私が?」
「だって、楓花だもん」
「それでは説明になっていません。私がまるで守銭奴みたいじゃないですか」
「まあまあ」
ハンナが二人を見ながら、困ったように微笑んだ。
「せっかくの再会なのです。そのくらいにしておきましょう」
兵士たちは顔を見合わせ、思わず笑った。
しばらく話しているうちに、二人の兵士がふと廊下の先へ目を向けた。その表情に、先ほどまでとは違う困った色が浮かんでいる。
「そういえば……」
「どうかしました?」
桜が尋ねると、一人の兵士が頭を掻いた。
「これから模擬戦があるんです。一階の兵士訓練場で」
「模擬戦?」
「ええ。ただ、私たち、このあとイリスさんのことで聞き取りがありましてね」
もう一人の兵士も、困ったように肩をすくめた。
「まだ見つかっていないでしょう。それで、俺たちも何度か呼ばれているんです。まあ、当事者の一人ですから。今日も、急に呼び出されて、このあと話を聞かれることになってまして」
「じゃあ、その模擬戦には出られないんですね」
「そうなんですよ。私たちが抜けると、相手の不戦勝になっちまうんで……」
兵士は訓練場のほうへ目を向けた。
「せっかく組んでいたのに、相手にも悪いですしね」
二人とも、本当に困っているようだった。
「それにしても……」
もう一人の兵士が、ちらりと桜を見る。
「さっきから兵士の間では、兵士長の娘さんが王城に来ているって話も広まってましてね。一度くらい、手合わせしてみたいっていう者もいるんです」
「え……私?」
桜が目を丸くする。肩にかかった髪が、その動きに合わせてふわりと揺れた。
「ええ。それで……もしよければなんですが」
兵士は少し言いにくそうに、桜たちを見た。
「私たちの代わりに、模擬戦に出てもらえませんか?」
「私たちが?」
ハンナが思わず口を挟んだ。
「でも、大人の兵士の代役ですよ? そんなに簡単に代われるものなのでしょうか」
「普通なら、難しいと思います」
兵士は苦笑した。
「ただ、今回は王女様が一緒ですから。リディア様から許可をいただければ、訓練場の模擬戦ですし、そこまで厳しい決まりはありません」
「そういう話ですか」
ハンナがリディアを見る。
リディアは、話の内容を聞きながら、どこか楽しそうな顔をしていた。
もう一人の兵士が、少し声を落とした。
「それにしても、なんでも国王が、あの家庭教師のことでずいぶん気にかけているらしいじゃないですか」
「そうなの?」
桜が聞き返す。
「だから、俺たちも今回は突然、こんなところに呼び出されて……。ひょっとして、国王から直接、話を聞かれるんじゃないかって。だいたい、俺たちはイリスさんから、詳しいことなんて聞かされていないし」
兵士は、そこで少し苛立ったように息を吐いた。
「そもそも、たかが一人の家庭教師だろ。たしかに大変なことだが、どうしてそこまで――」
「ごほん」
隣の兵士が、わざとらしく咳払いをした。
そこでようやく、兵士は目の前にリディアがいることに気づいたらしい。
「……と、まあ、そういう噂もあるって話です」
「そうなんだ」
桜は小さく頷いた。
そんな大人たちの微妙なやり取りよりも、桜の耳に残ったのは、やはりイリスの名前だった。
やはり、王城でもイリスの行方を探しているのだ。
そのことが分かっただけでも、少しだけ胸の奥が軽くなった。
兵士たちは、あらためて桜たちを見る。
「それで、さっきの模擬戦の話なんですが、このままでは不戦敗になってしまうんです」
「うーん……」
桜は二人の顔を見た。
本当に困っているのだろう。だからこそ、こんなところで、代わりを頼んでいる。
「リディア様……」
楓花がリディアへ目を向けた。
眼鏡の奥から、静かにその表情をうかがっている。
リディアは、期待するような目でこちらを見ていた。
その顔を見た楓花は、少しだけ目を細めた。
「……リディアが口利きをしてくれたら、いけるって話ね」
「ほんと?」
リディアの顔が、ぱっと明るくなる。
「じゃあ、行こう!」
「はいはい」
桜も笑いながら頷いた。
「ただし、負けてもいいんだよね?」
兵士が少し戸惑った顔をする。
「相手は兵士さんなんでしょ? 勝てるわけないよ」
「うん。それは分かってる……あ」
兵士は言いかけて、少し気まずそうに咳払いをした。
「失礼。でも、不戦敗だけは避けたいんで」
「なるほど」
桜が笑う。
その横で、楓花が小さく息を吐いた。
「……桜なら、いいんじゃないですか」
楓花は、いつものように淡々としていた。
桜はじっと楓花を見つめる。
その視線に気づいているのかいないのか、楓花は細い眼鏡の奥の目を少しも逸らさない。
「……楓花、なんか楽しんでない?」
「気のせいです」
桜がさらに何か言おうとしたところで、兵士が思い出したように口を挟んだ。
「言い忘れていましたが……模擬戦は二対二です」
「そういうことだから、お願いね、楓花」
桜が何気なく楓花のほうを向く。
「え……」
楓花は、思わず目を瞬いた。
まさか自分まで数に入っているとは思っていなかったらしい。いつもの落ち着いた表情が、ほんの一瞬だけ崩れた。
「私も、ですか?」
「うん。二対二なんでしょ?」
「そういう意味では、そうですが」
楓花が兵士たちを見て、それから桜へ視線を戻す。
そのやり取りを聞いていたリディアは、すっかり興味を引かれたらしい。
大きな目を輝かせながら、二人を見上げている。
「おもしろそうだね。行こうよ」
屈託のない笑顔を向けられ、楓花は少しだけ目を細めた。
「……そうですね」
いつもの楓花なら、もう少し渋るところだろう。けれど、リディアの嬉しそうな顔を前にすると、それ以上は何も言わなかった。
「はいはい」
桜も笑いながら、その後に続いた。
ふと、桜が振り返る。
「ハンナさんは?」
もしかすると、ハンナも出てみたいのだろうか。そんなことを考えながら、桜は続けた。
「……神官だものね」
「あら」
ハンナは少し意外そうに目を瞬かせ、それから困ったように、けれど楽しそうに微笑んだ。
「私は応援する側でいいのではありませんか?」
兵士たちは、あらためて桜たちに頭を下げた。
「ありがとうございます。助かります」
そう言うと、二人は先ほどまでの和やかな表情を引き締めた。
これから待っているのは、上官からの事情聴取である。
「それでは、私たちはこれで」
二人はそう告げると、緊張した面持ちのまま、来た廊下を引き返していった。
桜たちも、兵士たちの背中を少しの間見送った。
一階へ下りると、王女であるリディアを先頭に、桜、楓花、ハンナの四人が廊下を進んでいく。
やがて、革や油、磨かれた金属の匂いが混じった空気が漂ってきた。廊下の先からは、兵士たちの話し声に混じって、木剣のぶつかる乾いた音まで聞こえてくる。
その先が、兵士たちの訓練場だった。
中へ入ると、広い石床の上で兵士たちが稽古に励んでいる。壁際には盾や槍、木剣などの武具が並び、中央には模擬戦の場所が空けられていた。
リディアたちに気づいた兵士たちが、次々と振り返る。
「これはこれは、王女様。なぜ、こんなところに?」
年長の兵士が、こちらへ歩み寄ってきた。
「代わりに出てほしいと頼まれたの」
「え、王女様が……?」
リディアが困ったように黙り込むと、桜が代わって事情を説明した。
話を聞き終えた兵士は、納得したように頷いた。
「なるほど。それはちょうどいい。……ですが、このあとすぐなんですが、大丈夫ですか?」
「はい」
桜が答えると、周囲から小さなざわめきが起こった。
「あれがディートリヒの娘さんか」
「風紋の胸当てを着けてるな」
「かわいいじゃないか」
兵士たちは興味深そうに桜を眺めている。
装備だけを見れば一人前の兵士に見えるものの、肩にかかった髪を揺らす姿には、まだ少女らしい幼さが残っていた。
「人気者だね」
楓花が淡々と言った。
「そうなの。じゃあ、楓花も一緒に人気者になろうか?」
「私は別に」
桜が笑う。
その間にも、兵士たちは木剣を手に取り、模擬戦の準備を始めていた。
訓練場の空気が、少しずつ熱を帯びていく。
どうやら、もうすぐ始まるらしい。




