9 王城探検
【現在のステータス】
桜 LV 7(戦士)
E : 兵士の剣/ 風紋の胸あて/うろこの盾
楓花 LV 6(盗賊)
E : ルミナスナイフ / 旅人の服
ハンナ LV 10(神官)
E : 鉄のメイス / 神官のローブ
【現在の場所】ルフトブルクの王城
「じゃあ、案内してあげる!」
七歳のリディアは、幼さの残る元気な声でそう言った。
十五歳の桜と楓花も、その後に続く。二人は自然とリディアの歩みに合わせ、少し後ろから、その小さな背中を見守っていた。
二十歳のハンナも、そんな三人を微笑ましそうに眺めながら、静かに後を追う。
「どこから行くの?」
桜が尋ねると、リディアは少し考えてから振り返った。
「まずは武器庫!」
「武器庫?」
桜が首を傾げる。王女が真っ先に案内する場所としては、少し意外だった。
「うん。いろんな武器があるんだよ」
リディアに案内されてたどり着いた武器庫の前には、兵士が一人立っていた。けれど、リディアの姿を見ると、特に咎める様子もなく道を開けた。
中へ入ると、剣や槍、弓、盾、それに古びた鎧などが整然と並べられている。壁際には用途の分からない金属製の器具まで置かれ、長い年月を経たものらしく、表面にはところどころ鈍い光沢が残っていた。
宝物庫や庭園のような場所を想像していた桜にとっては、王女が最初に武器庫を選んだことも意外だった。それ以上に、リディアが思いのほか活発な少女であることのほうが、ちょっとした発見だった。
その部屋へ入った途端、楓花の足が止まった。
黒いボブの髪を揺らしながら、琥珀色の瞳が棚に並ぶ武具をひとつずつ追っていく。剣、槍、弓、盾――どれも珍しいものではない。
けれど、その視線が一つの武器の前で止まった。
「……これ」
楓花は、その前にしゃがみ込んだ。
それは通常のクロスボウとは違い、矢を連続して放てるように作られた連弩だった。同じものが十台ほど、壁際にずらりと並べられている。
楓花はしばらく黙ったまま、それらを眺めていた。
一台だけなら試作品ということも考えられる。けれど、これだけの数が揃っているとなると、すでに実用化を前提としているのだろう。
連続して矢を放つ仕組みそのものは、すでに形になっている。あとは、実戦で繰り返し使えるだけの耐久性があるのか。同じ性能のものを安定して作れるのか。そして兵士に配備するなら、必要な数を揃えられるのか。
楓花の頭の中では、そんなことが次々と浮かんでは消えていった。
やがて、弦を引くための機構へと視線を移す。
矢を送り出す仕組み、弦を固定する部分、次の矢を装填する構造――。
楓花は、それらをひとつずつ確かめるように眺めていた。
通常の弓より大きな力を蓄えられるうえ、弦を引く動作そのものには、それほど大きな力を必要としない。弓を扱う訓練を十分に受けていない者でも、比較的容易に強力な矢を放てる。
兵士の数を揃えることができれば、戦い方そのものが変わるかもしれない。
「……なるほど」
楓花が小さく呟いた。
普段は何事にも淡々としている少女だったが、こうした機械仕掛けのものを前にすると、琥珀色の瞳にはほんのわずかに生気が増している。
「城の武器だけあって、精巧にできているな」
そう言いながら、指先を伸ばしかける。
けれど、触れる直前で手が止まった。
「ふーん。楓花、やっぱり、こういうの好きなんだね」
桜が楽しそうに笑う。
「……少し」
楓花はそう答えながらも、目は連弩から離れなかった。仕組みをもう少し確かめたいのか、今度こそ触れようと指先がわずかに動く。
すると――。
「触らないでね。危ないって、怒られたことあるから」
リディアが言った。
その言葉に、楓花の手がぴたりと止まる。わずかに顔を赤くしながら、そっと手を引いた。
「子供からも注意されてるよ」
桜が楽しそうに笑う。
「……分かってる」
楓花は少しだけ視線を逸らした。
桜に何か言い返そうとも思ったが、目の前には幼いリディアがいる。ここで張り合うのも大人げないと、楓花は言葉を飲み込んだ。
「じゃあ、あとでまた見に来ればいいよ。ほかにも見せたいところがある」
リディアがそう言うと、楓花は少し考えるように連弩を見つめ、それから小さく頷いた。
「うん」
素直に頷いたものの、部屋を出る直前、楓花はもう一度だけ連弩を振り返った。
その様子を見ていたハンナが、口元に微笑みを浮かべる。
「皆さん、ずいぶん楽しそうですね」
武器庫を出ると、今度は図書館へ向かった。
そこは武器庫とはまるで違う静けさに包まれていた。高い本棚が幾つも並び、古い書物の匂いがほのかに漂っている。
「すごい数だね。学校の図書館よりも広い。もし、カメリアがいれば、ずっと入りびたりそうだね」
桜が思わず声を漏らした。
「まあ、ひまわりがいれば、早く出たいって言いそうだけど」
楓花が皮肉を込めて言う。
本棚を見上げると、黒髪が肩から滑り落ちる。桜はそれを指先で耳へかけながら、ずらりと並ぶ本の背表紙を眺めた。
「読めない字の題名の本もあるね。何かの学術書なのかな? 魔導書?」
「ここは国の知識の、で、殿堂なのだから」
リディアは、少しつっかえながらも得意そうに答えた。
わざわざ覚えた難しい言葉を使おうとしているのが、かえってかわいらしい。
――どこかの妖精とは大違いだ。
そう思ってから、桜はふと肩を見る。
そういえば、ルフェルンはまだ現れていない。王城の図書館には興味がないのだろうか。
そんなことを考えていると、ハンナも棚を見渡していた。神殿に仕える者らしく、神々や古い神話について記された本を探している。
三人がそれぞれの興味に従って本棚を眺めていると、リディアが突然、奥のほうへ歩き出した。
「次は、イリスさんの部屋」
その声に、三人の足が止まる。
「まだ、何も読んでもいないよ」
桜が言う。
けれど、リディアは気にする様子もなく、そのまま歩いていく。どうやら図書館をゆっくり見せるより、自分が見せたい場所を案内するほうが大事らしい。
「行くよ」
リディアは振り返ることなく、廊下を進んでいった。
三人も顔を見合わせ、その小さな背中を追いかけた。
案内された部屋は、王女であるリディアの居室とは違い、必要なものだけが整然と置かれていた。
広さもそれほどなく、机と椅子、小さな寝台、そして壁際の本棚。それだけで、部屋の主の暮らしぶりがなんとなく想像できた。
「ここがイリスさんの部屋?」
桜が尋ねる。
「うん。イリスさんは、いつもここにいたの」
リディアはそう答えると、迷うことなく本棚へ近づき、その中の一冊を指差した。
「これもイリスさんの」
桜もその後ろから本棚へ目を向ける。肩まで伸びた黒髪が頬にかかり、桜はそれを耳へかけながら、並んだ本の背表紙を眺めた。
その隣では、楓花が少し身を屈めている。低い位置でまとめた黒い髪が肩のあたりで揺れ、細い眼鏡の奥の琥珀色の瞳が、背表紙に記された文字を一冊ずつ追っていた。
そこには、星や月の運行について記されているらしい書物が、何冊か並んでいた。どれも専門的な内容を扱った本らしく、先ほどの図書館から借りてきたものなのだろうか、と楓花は思った。
「占星術なのかな」
楓花が呟く。
この手のものについて、楓花が持っているのは基礎的な知識くらいだった。もう少し古文書を読み解くことが得意なら、カメリアならこうした本にも興味を持って、じっくり読んでいたのかもしれない。
もっとも、機械の仕組みや構造について書かれた本であれば話は別だ。そういうものなら、楓花は時間を忘れて読み込んでいただろう。
「難しそうな本ばかりだね。リディア様は、こういうので教えられてたの?」
桜が尋ねる。
「違うよ。もっと簡単なもの。まだ、子供だからね。それは、リディアが大人になってから教えてもらえるはずなの」
リディアは、少しだけ胸を張るようにして答えた。
「でも、大人になるとね、なかなか頭に入らないものなの」
楓花がもっともらしく言う。
その言葉に、桜が横目で楓花を見る。
「楓花、自分のこと?」
「違う」
すぐに返ってきた答えに、桜は小さく笑った。
一方、桜はそれ以上何も言わず、本棚を眺めていた。
ふと、クヴェル村のはじまりの神殿での、あの出来事が頭をよぎる。
あのとき、クロザールが持ち込んだ漆黒の魔石箱から放たれた衝撃を防ぐため、イリスはカメリアとともに魔法でバリアを築いていた。
突然の出来事だったから、あの場ではそう見えただけなのかもしれない。
けれど――もし、そうでないのだとしたら。
イリスも、魔法を使うことができるのだろうか。
桜は答えを出さないまま、再び本棚へ目を向けた。
誰かがいつものように椅子に座り、本を開き、そして何かの途中で席を立った――そんな気配だけが、この部屋には残っているようだった。
ハンナが静かに部屋を見渡す。
「イリスさんが、きっと、戻ってこられるといいですね」
「うん」
リディアが小さく頷いた。
その声には、やはり寂しさが残っていた。
けれど、すぐに顔を上げると、今度は桜たちを振り返った。
「最後に、私の一番好きなところを見せてあげる」
「一番好きなところ?」
桜が尋ねる。
「うん」
リディアは嬉しそうに頷いた。
三人はリディアの後を追い、王城の奥にあるテラスへ向かった。
テラスへ続く扉の前には、二人の兵士が立っていた。
「リディア様、いかがなさいました?」
「少し外へ出るだけ」
リディアが答えると、兵士は一瞬だけ桜たちへ目を向けた。
王女とともに歩いてきた、見慣れない三人の女性。気になることはあったのだろうが、リディア自身が案内していることもあり、あえて問いただすようなことはしなかった。
「分かりました」
兵士はもう一人と目を合わせると、それ以上は何も言わず、扉の脇へ退いた。
ここは王城の中であり、王女自身も望んでいることだ。何かあれば、すぐに知らせればいい――そう判断したのだろう。
リディアが扉に手をかける。
そして、扉が開かれた途端――。
湖から吹き上げてきた風が、四人の髪と衣服を大きく揺らした。
まだ春が始まったばかりの風には、冬の名残を思わせる冷たさが残っていた。それでも、やわらかな陽射しには、少しずつ季節が動き始めていることが感じられる。
「わっ……」
桜が思わず片手で髪を押さえる。
風にあおられた黒髪が頬にかかり、桜は笑いながら、それを耳へかけ直した。
その隣では、楓花の黒い髪も風に揺れている。細い眼鏡の奥の瞳を細めながら、楓花は黙って湖のほうへ目を向けていた。
ハンナは飛ばされそうになった衣服の裾を軽く押さえ、それから風を受けるように顔を上げる。
「これは……気持ちのいい風ですね」
テラスの向こうには、広大なルフト湖が広がっていた。
広い平野の中に横たわるルフト湖は、王城から少し距離を置いて広がっていた。城と湖との間には広い空間が残され、その先では、大小さまざまな船が行き交っている。
交易都市ブルーメン近くの船着き場から川を下ってきた船は、川幅の広がったルフト湖へ入り、湖を抜けた先で再び川へと戻る。そのまま川を下れば、やがて海へと通じている。その河口に築かれた港町が、ハーフェンだった。
ここは、風の国ルフトを支える水運の大動脈でもある。
湖面には陽の光が細かな光となって散り、そのきらめきは風に揺れるたびに形を変えていた。
湖から吹き上げてくる風は、湖畔の街を越え、王城の高い場所にまで届いている。
「ここ、風がいっぱい来るでしょう?」
リディアが嬉しそうに言う。
「うん。すごいね」
桜は湖を眺めながら答えた。
「だから、ここが好きなの」
リディアは小さな両手を広げた。
その身体を包むように、湖からの風が吹き抜けていく。
「風の国、って感じするね」
桜がそう言うと、リディアは嬉しそうに頷いた。
――そう。ルフトが風の国と呼ばれているのは、ときおり、この湖から吹き込む風に由来している。
とりわけ春と秋には、湖上を渡る風が勢いを増す。広大な湖面を駆け抜けた風は、ときに街の屋根を揺らし、通りを一気に駆け抜けていく。
その勢いは王城の塔をも越え、ルフトブルクの空を大きく揺さぶるほどだった。
「神々が、この国に恵みをくださっているようですね」
ハンナは微笑みながら、湖の彼方へ目を向けた。
「でしょう?」
リディアは得意そうに答える。
楓花も何も言わず、ただ静かに景色を眺めていた。
それは、リディアが自分の目で見つけ、自分の好きな場所として大切にしているものだった。
桜はもう一度、湖から吹いてくる風を受けた。
――早くカメリアとひまわりを見つけて、いつか四人で、この景色を眺めたいな。
そんなことを思いながら、桜は遠くの湖を見つめる。
風は髪を揺らし、そのまま王城の上を通り過ぎ、遥かな空へと消えていった。




